コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

3月21日(土) 科学の子、再び  -育児 - パパ育児日記。-

g631.jpg  子供達とのお出掛けシリーズも主だったアトラクションは既にひと周りし、かつ勉学に勤しみ始め休日も窮屈になってから飛び石になりつつある。同時に祐旭はそろそろ友人同士での遊興にシフトしており、常に兄との対等性に拘る公資と穴埋めにふたり旅とも思案した末に、結局は三年半振りの科学技術館に辿り着いた。
 前回はまさに視覚・触覚に訴える現実科学を体感すべく最上階の歯車やバネを用いた大球転がしのギミックに掛け値無く感動に包まれたものだが、何と無く子供騙しに映ったのは記憶に基づく期待が大き過ぎたか、時を重ねてこちらの眼も肥えたのだろうか。
g632.jpg  子供達にとってもTVゲームにデバイスを借りた科学技術知識の習得や自動車運転教習の方がより受け入れ易くなっていたのも時間の経過の為せる業だったかも知れないが、幸い電事連の原発コーナーは健在で、独りアトムのみならずウラン、コバルトも夢の21世紀を体現する未来だった旧き善き時代の意匠が伺えたのは、もしかしたら逆に館全体の時の流れが緩やかになっている証しだったとしても、わが国にとって幸いに違いなかったろう。
g633.jpg  四階にはしっかり理研プレゼンツの冠コーナーも聳えていたのは、震災から程無くしてキッザニアの東電アクティビティが跡形も無く消え失せていたのと対比するのは不謹慎かも知れないが、時節柄皮肉な符号に苦笑せざるを得なかった。

 北の丸の素淮、吉田御大の像に対面した後、開放されていることを初めて知った清水門を通り抜け、これも前回同様に昭和館だが、国民服の様なモンペの様な装束を纏い井戸水を汲み上げる、アトラクションと呼ぶには些か添え物に過ぎるギミックに興じる程度だった。
 確かに昭和前期の生活様式としては充実した展示には違いないものの、過度に思想性を廃除した造詣は「昭和」そのものを冠に戴くには看板に偽りありの感は否めない。
 その述懐もまた前回の繰返しであり、邪推すれば隣接する旧軍人会館の存在に配慮したものなのかも知れないが、今や震災により存亡の危機に立たされているその九段会館の偉容に触れるに連れ、三年半の時の流れという現実に回帰させられる。

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