コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

3月13日(木) 番太郎精神  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

g620.jpg  そもそも本来国家固有の権利でありながら憲法解釈上行使出来ないとの見解自体、敗戦後間もない時分の諸外国の目、或いは経済再建を優先すべく国内事情を勘案すれば緊急避難としては正しかったとしても、戦後70年近くを経てなおそれに拘泥する謂われは無いとすれば、解釈の変更を以て対処するのは妥当な措置に違いない。
 同時に法制定にあたり既存の法体系と齟齬が無いよう審査するのが内閣法制局の職責であり、従って内閣法制局長官は法制定の趣旨を踏まえ、行政府たる政府による恣意的な法解釈を許さぬべく「法の番人」を務め、憲法においてもまたその例外ではない。
 但し「番人」とは国家国民にとって不利益であってなお金科玉条の如く既存の法解釈を維持するものではなく、政府の一員である以上、政府の方針に則り新たな政策にこれまでの法体系をどう合致させるかという技術的な対応を提示するものでなくてはならない。
 従って、小松長官が自民党の国家安全保障基本法案による集団的自衛権の行使解禁に否定的とも響く答弁を行ったのは、飽く迄同法の成立が解禁の必要条件ではなく憲法解釈の変更を以て可能であり、同法は解禁に伴う実体法整備たる十分条件との見解を示したに過ぎないと受け止めるべきだろう。
 野党はそもそも安倍人事である小松長官をターゲットに、今般の"自民公約否定発言"をもまた槍玉に挙げているが、確かに小松氏の言動に本来黒衣であるべき法制局長官のイメージと合致しない要素がまま見受けられるとしても、戦術的に攻撃し易いからと言って一機関に過ぎない法制局という枝葉の部分から蟻の一穴の如くに攻め立てるのは国会論戦のあり方としては正攻法とは言い難い。
 たとえ憲法の解釈変更上必須でなくとも国家安全保障基本法は文字通り国家安全保障のプログラム規定として必要に違いない。内閣法制局長官がその速やかな審議に寄与出来る環境を危急したい。

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