コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

3月12日(水) 妖怪の仕業  -ゲーム - ゲーム-

g621.jpg  ポケモンに感じた違和感は、80年代の少年ジャンプ宜しき友情・努力・勝利という文部省推薦図書から抜け出して来た様な定型的なストーリー展開への忌避感に由来していたと言ってよい。
 しかしながら子供達がDSソフトを切望した「妖怪ウォッチ」のアニメ版に眼を転じると、その単調さには刮目せざるを得ない。主人公たる少年が敵と対戦するにあたり特異なキャラクターを招聘し、その戦闘がゲーム並びにマーチャンダイズと連動している基本構成は両者同一であるにも拘わらず、例えば敵役にヤッターマン・シリーズの翻案とも言うべき個性を配したポケモンに対し、「妖怪」そのものにはポケモン以上にユーモアの要素を加味しながら中核部位はストレートな勧善懲悪の域に終始しているウォッチは、端的に表せばポケモンの縮小再生産でしかない。
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妖怪ではありません
 ただ敢えて特色を探すならば、分別の生ずる小学生ともなればいざ知らず、幼児にとって社会の凡ゆる出来事を「妖怪の仕業」と見立てる、画面と切り離された日常遊戯への転用を可能とした点であろうか。
 それは初期のクレヨンしんちゃんが母親を名前で呼び捨てにしたりと視聴者に悪影響を斎すと指弾された様な効用もまた否定は難しかろうが、この世には決して存在し得ない空想上の生物ポケモンに対して、人間をはじめ現実の構成物の中に同様に空想ではあっても存在の可能性をギリギリ是認出来る妖怪を見出だす構造は、怪我の功名だったとしてもヒットの要因だったのかも知れない。

 事前に満額予想が踊った春闘だが、ベアも含め実額ベースでは過去と比較にならない大幅賃上げに政権も胸を撫で下ろしているだろう。
 確かに地域や中小企業への波及という点で未だアベノミクスを批判することは可能だが、マクロで見れば所詮高所得者層を潤すのが消費拡大の至近手段であって、結果としてそこからの循環が国家経済全体に波及する効用は誰も否定出来ない。
 責めて箪笥に仕舞うことなくバブリーに散財しようか。

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