コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

3月10日(月) 国民国家  -政治・経済 - 政治-

g618.jpg  少し前まではパーティに日の丸が掲げられているだけで、民族派精神の持ち主としては人後に落ちない自負のある私をしてなお相当な"右寄り"感に圧倒され、主宰者があらぬ非難を蒙らないかとハラハラさせられたものだが、昨今は日の丸はおろか冒頭に国歌斉唱の儀式まで加わるケースもまま見られるとはわが国も変貌を遂げたものである。
 そもそも卑しくも主権国家、就く2670年余の歴史と伝統を有する国家において、国歌・国旗への敬意の薄さ自体が統治を否定するが如く戦後民主主義教育の賜物かも知れないが、同時に律令国家以来の統治者と非統治者を別個の存在と捉まえる旧弊のままに統治機構へのお上意識と裏腹な反権思想が拭い切れない民主主義の不成熟の結露でもあったろう。
 その反動から過剰に様式を追求するのでなく、歴史と伝統を尊重する普通の国へと脱皮する一過程であると受け止めたい。

 風邪で丸二日アルコールを抜いたおかげでパーティの薄い水割りでもふら付きそうになる。
 出向時代師事した維新の元勲の末裔氏は「ラマダン」と称して年に二月必ず酒断ちされていたのを思い出すが、突如肝硬変患者の食い道楽とも呼ぶべき随筆を発表した林葉直子氏に感化された訳ではないものの、宴席が無くとも最低限コップ一杯の日本酒を欠かさない日常生活は肝臓への負担以前に、夕食後早々に眠りこけ人生の残存時間を浪費している様な焦燥に駆られること夥しい。 そろそろ脱皮すべきではないか。

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