コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

3月7日(金) 会議は踊らない  -ビジネス - ビジネス-

 学生時代、大教室の授業に数える程しか出没しなかったのは人に教わるよりは自ら学ぶ信条故と言えば美しいが、座して話者に耳を傾けつつも手元では所謂"内職"をしなければ気が済まないながら族気質が馬齢を重ねて更に止揚され、今やTVを見ながら読書、PCを前にすれば行動記録を記載しつつ音楽を掛けてラベル印刷と常に何かに切迫された様な生活様式に自らを追い込んでいる。
 従って寄る年並みで速やかに睡眠に落ちる体力も失われつつある中で、自ら主宰して事務処理を推進する立場に追い込まれたケースを除けば、会議への耐久力は時を重ねる毎に可及的に失われている。
 敢えて定例の会議体を設けて報告すべき案件を反芻する過程も無駄ではなかろうし、幸い一同外回りが主な稼業だけに会議數そのものは過剰ではないが、会議をセットした段階でひと仕事終えた様な雰囲気が醸成されるわが国風土に鑑みるまでもなく、会議のための会議は極力省力化しなければならない。
 決定を先伸ばしするために「踊る」ならまだしも、往々にして生ずるのはペーパーを読み上げるだけの展開で、識字力を疑っているのかと勘繰られるとまでは申すまいが、付加価値には乏しい。書面以上を要しない案件には改めて触れず極力短時間で切り上げ、寧ろ時間が余れば職務遂行のヒントに繋がる様な四方山話に充てればより有意義に他ならない。
g471.jpg  然れば参加者も何がポイントか事前に推敲せず安穏と構えていては並び大名で終わるから緊張感が生ずる替わりに、会議自体が凝縮されているので出席への忌避感も大いに解消され、集客力が高まって効率性は倍化される。
 マネジメントの変革は先ずミーティングの合理化からということか。

 83年に村田兆治投手が右肘手術に踏み切った際には、運動選手が体にメスを入れるの丸で玉体の如きタブー扱いだったが、結果として還暦を超えてなお140キロ前後の投球を可能としているのは氏個人の精進の賜物だとしても、ジョーブ博士の腕が正鵠を得ていたのは疑い無い。
 何よりもわが国においては、スポーツ医学の第一人者の名に「丈夫」と記載されているのは、冗談の如しではあるものの安心感を誘う巡り合わせだったに違いない。
 御冥福を御祈りしたい。

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