コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

2月22日(土) 丸坊主ではないけれど  -音楽 - DTM-

g471.jpg  初めて自ら購入した鍵盤がローランドのJUNO-106という世代にとって、後年現れたそれ一台で凡ゆる演奏をカバーする所謂オールインワン・シンセの登場は衝撃的であった。時は流れこうしたワークステーション型の重厚長大な機材は今もラインナップには健在であるが、多くの打ち込み音楽家達がPCベースに以降した今は、打ち込みのためのシーケンサー機能と音源の分離が進み、キーボードは丸坊主でまさに入力のための鍵盤か、ライブ等の実演に資する限定的な音源を内包した仕様に収斂されつつある。
 既に「宅録」の世界から遠ざかり、歌謡曲を適当に演奏するだけの私にとっては手近にコンパクトな音源内臓の鍵盤があれば充分であり、従ってベーシックな音色の揃った49鍵のヤマハMXYMOカバーバンド・中国男の公演に導入後一度しか出演していないが、ライブ用ボコーダーをメインユースとするKORGのR3という編制は非常に使い勝手が宜しく全く不満を覚えていない。
 にも拘わらずMX導入から一年余を経ての衝動買いは新し物好きの血が騒いだとしか言い様が無い。しかもそのArturia KEYLAB 49は音源こそ本体に内臓されている様な解説で丸坊主から単体鍵盤への回帰嗜好を満たす逸品と思いきや、現実にはUSBで繋いだPC上に音源ソフト擬きをダウンロードし、発音自体もPCからとは凡そスタンドアロンとは程遠い構成に他ならない。
 確かに70年代からの名器とされるシンセ群の音色が安価に手に入り、ピロピロと奏でれば新曲のひとつでも拵えたくなるミュージシャン魂には大いに刺激的だが、実情はかく用いられず矢張り歌謡曲のお伴の域を超えないのだから、究極の大人の玩具だろう。責めて早々に御蔵入りしない様鳴らし続けてみようか。

g603.jpg  久々に家族で焼肉を賞味する。肉質が全ての如き世界だから仕事柄それなりの有名店に赴く折も少なくない父には平均点であっても家庭向きには決して安価一辺倒ではない店舗だから、矢張りそれなりの効用は求めたい。
 しかし残念ながら取り分けロースが今ひとつであった。確かに父も、また食べ盛りのわが子達にもカルビの脂は必定には違いないが、本来より上級であって然るべきロースの不具合は店の信用を疑わしかねない所行と断罪するのは大袈裟にしても、検討を促したい思い千万であった。

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