コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

2月20日(木) 政府と与党  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

g600.jpg  JAのTPP緊急集会において石破幹事長は「脱退も辞せずということは、遊びや冗談で書いているものではない」と強硬姿勢を示したと報道にはある。
 防衛通として名高い石破氏だが、鳥取という選挙区柄からしてもベースに農林族の血が流れているのは疑い無い。ただその発言が関税化に反対する、第一次産業における南北問題の"弱者"の立場を代弁したと単純に受け止めるのは早計だろう。
 55年体制化における自由民主党が政権交替の可能性が著しく低い中で、政府と党という形で擬似的に二元代表的な構図を演じて来たのはよく指摘されるところである。即ち政策決定は党側が主導し、各業界との二人三脚で総合調整を図る多元主義の一形態であるが、政調部会において前日まで雛壇で厳しい政府攻撃を繰り広げていた人物が、内閣改造で政務次官に収まると一転して官側に座ってひたすら頭を下げ続けるという珍妙な絵柄に象徴される様に、「党は常に業界の味方」という構図を演出してきたとも言える。
 民主党政権において小沢幹事長が政策決定を政府の「政務三役」に一本化したのは、現実の政権交替を迎え擬似的な二元代表を必要としなくなったという文脈に則ればその判断は誠に正しく、副大臣・政務官という政府役職の充実に始まる「日本改造計画」以来の主張の具現化には私もまた密かに大いなる期待を寄せたひとりであった。
 結果的には党の政調、部会の廃止は社会経済の"現場"の声から与党を遠ざける効用しか齋さなかったとしても、安倍政権が「官邸独裁」と揶揄されるまでに権力の集中を図っているのは、形を変えた政府・与党一元化の発露と看做すことも不可能ではなかろう。
 以上の顛末を踏まえて再び石破発言を顧みれば、そこにまたぞろ政府と異なる「与党」の台頭を垣間見ることは出来まいか。それを再び政権交替の蓋然性の小さい基盤政党の座に返り咲いたとする自由民主党の奢り、55年体制の旧弊と断罪することは容易い。或いは近来稀なる高支持率を誇る安倍政権も一年余を経て愈々綻びが生じ始め、与党の"反乱"を許しつつあると朝日・毎日チックに批判することも可能だろう。
 ただ戦後民主主義においてなお制度的には絶対的な権力を与えられていた内閣総理大臣が小数派たる野党への配慮を常に欠かして来なかったのは、単にスムースな国会運営上の要請に留まらず制度運用における根元的な生活の智恵ではなかったかという、これまでの私自身の主張ー政府・与党一元化への軍配ーを覆さざるを得ない論理もまた涌き出て来る。
 天皇陛下に全ての権力が集積していたという意味で決して封建的であった明治憲法下においても、戦後議会制民主主義が制度化されてもその呪縛から脱し切れていないという弊害こそ喚起したかも知れないが、少なくとも立憲君主制に相応しい政府と議会=民党の鬩ぎ合いが存在していたし、帝国陸軍ですら軍政と軍令、教育の鼎立という形で絶対的権力を生ぜしめない生活の智恵が図られていた筈である。
 政府主導の中での与党という立場の使い分け、との表現が好ましくなければ単なる一元化に留まらぬ両者の緊張関係たる、政権交替なき基盤政党の新たなあるべき姿の呈示、と看做すのは些か美化しだろうか。

 夜は各社寄り合いの新年会にその他大勢として参画。戦後民主主義的に捉えればその他大勢の一員だった筈だが、眼前に旧知の議員が座られ有り難くも弄られ役の任に預かり、かつ恰も事務局の一員であるかの如くに終宴後の雑談にも居座り、あまつさえ高校の先輩たる議員と繰り出すとは、実に効率的との表現が直截に過ぎるならば有意義な夜であった。
 会合には臆せず出るべしの古典的な教訓に従うべし。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://kayukawa.blog41.fc2.com/tb.php/3016-3b45a62d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad