コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

2月3日(月) 集会の空気  -政治・経済 - 選挙-

g576.jpg 空中戦の様相の強い都市部の選挙においては日中はミニ集会より不特定多数を対象とした街頭演説が好まれるのは、知名度に秀でる候補者であれば尚更だろう。
 それでも18時以降は地域別の「ハコ物」が並ぶ絵柄は万国共通だが、取り分け参議院の様に全県一区となれば隈無く後援会を設ける訳にもいかないから、複数の衆院議員の組織におんぶに抱っことなる。同様に当該衆院議員の後援会も県議、市議らのそれが複層的に織り成す形で構成される組織の強さが55年体制以来現在に至る政権与党の強みたろう。
 選挙マシンが四年に一度しか働かない知事選とあらば尚一層他力本願たらざるを得ないから、例えばセシオン杉並に舛添都知事候補を迎える集会は、当然に舛添候補への支持獲得・強化を企図した行為に他ならないが、同時に地域の都議や区議にとっては有名人たる舛添という人物を客寄せパンダに自らの後援会の求心を高める作業と看做すことも出来よう。
 従って、地域の関係者が漏れ無く登壇し各人の顔見世興行が終わったところで、満を持して現れた候補者はひと亘り自らの主張を述べ、足早に次の会場へと去る分刻みの段取りが必要で、逆算して足りない時間は他の著目人を招聘して一席唸らせればよい。しかしながらゲストが喋り過ぎて時間が押しては本末転倒も甚だしいから、その人選もまたロジスティクスの重要な要素に他ならない。
g577.jpg  今日は幸い座席を得ていたから著しい苦行たり得なかったが、多数の立ち見客の投票行動にマイナスに響かなかったか、一参加者としてハラハラする長話は厳に戒めて欲しい。

 一部の地域における「鬼は内、福は外」の逆フレーズの存在は承知していたが、祐旭によれば「ワタナベ」姓は節分の豆まきを行わないとは初耳だった。
 要は鬼退治をした子孫にあたる為、改めて鬼は外と唸る必要が無いという理屈らしいが、一説に依れば東北発祥らしい。西方由来の「恵方巻き」はバレンタインデー同様に食物産業のキャンペーンに端を発したものだろうが、「ワタナベ」に関する見解が世を席捲しても豆の消費量にはマイナスにしか働かないし不可解である。逆に言えばだからこそ未だ市民権を得ていないということか。

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