コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

1月19日(日) さあ、燃え上がれ  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

g561.jpg 国歌斉唱に著名歌手を招く風潮はスポーツ・イベントにおいて定着しつつあるが、戦後左傾教育の賜物として日の丸とともに忌避的感情の対象の地位に貶められていた君が代の、本来あるべき姿への復権には隔世の感とともに日本国民たる感慨がある。
 昨年は年末の政権復帰で四月にずれ込んだ自民党大会も今年は通常国会前に復し、何となく華やいだ面持ちが並んでいたが、冒頭を飾る松崎しげる氏の君が代がより一層花を添えていたと言えよう。
 しかしながら所定の議事次第を終え、ハンマー投げの室伏選手を凌ぐパラリンピック成田選手の巧みな話術に接し、大団円と思いきや時ならぬ「ボ・ラーレ」のプロモーション・フィルムが大音響にて奏でられる。勿論「淡麗」の即売会が始まる訳もなく、終盤に至りジプシーキングスにユニゾンで加わるのは再び登場、生松崎しげる氏の歌声であった。
 更に日本語版「ボ・ラーレ」と続き「さあ、燃え上がれ」の連呼が頭にこびりついたところでオーラスは期待通りの「愛のメモリー」。迫力充分ではあったが、大半の参加者は、総裁や幹事長の演説、或いは直近に控えた長崎県知事選、都知事選を皮切りに明年の統一地方選に向けた国政選挙の狭間における体制の引き締めよりも何よりも、松崎氏の圧倒的な歌唱力だけが強い印象を残したのではないか。
 アベノミクスの高揚感とその裏返しとしての幾分の"はしゃぎ過ぎ"をもまた象徴するひと幕と言っては皮肉が過ぎるが。

g562.jpg  親類縁者の新年会で子供達が覚えたての大富豪に興じているが、8が切り札扱いで流れたり、シークエンスで例えば3、4と続くと後続は5、6に拘束されたりと矢鱈とルールが細かい。
 そもそも大富豪が陥落したら大貧民まで堕ちるというバブル紳士的な規制ですら腑に落ちないのに、これでは徒らにギャンブル性を高めるだけだろう。勿論、老若男女に勝機を与えるべく配慮だろうが、実力の反映され難いシステムには納得出来なかった。勝負に拘り過ぎなのだろうが。

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