コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

1月4日(土) 別れの気配をポケットに  -音楽 - J-POP-

g549.jpg  YMOフリークになったのはテクポリや雷電のヒットの後、既に最新アルバムとしてスネークマンショーと共同の「増殖」が発売されていた頃だったが、ひと亘りアルバムやTV、ラジオ放送を浚った後は細野、坂本、高橋三氏に加え矢野顕子氏ら周辺のソロ、更には細野氏のTin Pan Alley、キャラメルママと遡り、はっぴいえんどまで先祖帰りしてメンバーをリアルタイムまで時系列に下って、丁度「ロング・バケイション」に遭遇したというのが大滝詠一氏との出会いの経緯になる。
 従って、ニューアルバムとして心待ちに出来たのは結局「EACH TIME」のみだったが、80年代は太田裕美、松田聖子、森進一らへの楽曲提供による作曲家・大瀧詠一としての顔も色濃く、表現の巧拙は兎も角、歌謡曲からその延長線上にある所謂ニューミュージックというジャンルへの目を開かせて呉れた存在と言えよう。
 実際には、はっぴいえんど時代のファーストと上記二枚を除けば、正直なところコロンビア・レコード時代の一連のナイアガラ作品には余り食指が湧かなかったが、寧ろ大滝氏に刮目させられたのは「坂本龍一の電気的音楽講座」「細野晴臣の作曲講座」らと並ぶラジオ「笛吹童子ショー」におけるアレンジャーの妙を見せ付けられた時ではなかったか。
g550.jpg  それから再びナイアガラを丹念に漁って取り分けCM作品に魅せられ、自らのバンドでサイダーをカバーしたりアレンジをパクらせて戴いたのも懐かしい。
 昨年九月旅の道中で滅多に聴かないラジオから坂崎幸之助氏のナビゲートで音楽論を語る声に触れた際には、その嗄れ振りに大滝氏であることすら俄かには認識出来なかったが、新作は最早叶わなかったとしても当方の蓄積の薄さ故だろう、何度読み直しても理解に苦しんだかの分母分子論を更にフェンさせたポップス論を認めて欲しかった。
 御冥福をお祈りしたい。

 増補再発された筒美京平氏の全集を購入する。大半は耳馴染んだ楽曲ばかりだが、自らの内面から湧き上がる次世代に遺したい楽曲の種が尽きて仕舞ったのだろう大滝氏に対し、求められる偉大なる拡大再生産に徹した京平氏の軌跡は好対象ですらあったのか、とふと思う。

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