コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

11月10日(日) 杉並巡礼  -地域情報 - 東京23区-

g484.jpg  「中央線がなかったら見えてくる東京の古層」という書籍は都市変遷評論家としても、沿線居住者としても興味深い。概説すれば青梅・甲州といった街道筋から、諸説あるものの敢えて繁華街とは一線を画してほぼ東西一直線に設けられた中央線沿いへの人の流れの移行を古に遡ってあらましを述べたものだが、大宮八幡(右写真)への参詣路に由来する松ノ木商店街が最近こそコミュニティ・バスすぎ丸の経路となったものの長年公共交通機関と縁遠くても立派に生き残っていたりするから、杉並は侮れない。
 名は体を表すではないが存外に緑地が豊富なのも財政事情に余裕のある杉並らしいが、わが家を建立する際、徒歩数分圏内に児童公園が点在するのも選定のひとつの決め手だった。ただ時は流れ子供も大きくなって来ると、都会的な猥雑さを愛する身には有り難みも薄れて来るし、あと数軒家も建ちそうなのにと税務署でも無いのに余計な口を挟みたくなる。
g485.jpg  だからこそ早稲田通りに程近い、馬橋公園と杉森中学に挟まれた住宅街の一角に、不思議な空間の拡がる光景には違和感を覚えざるを得なかった。
 確かに大正時代の住宅を公共物として保存するという価値観には大いに賛同するものの、肝心の建造物が焼失してなお残された庭に着目して公園化に拘り続けた意図は伺えない。
 恐らくは亡き家屋を「トトロの家」と讃えた宮崎駿氏の威光に準拠した部分が多かろうが、如何にアニメ産業のメッカと謂えども歴史と伝統の尊重と言うよりは反近代の匂いが漂うのは、わざわざ匿名性を前面に掲げた「Aさんの庭」なるネーミングとともに、これも杉並らしくはあるものの不気味である。
 わざわざ祐旭も課外活動なのか或いは環境教育の一環なのか、学校から訪れた様だが、再建されたのがトイレだけで不審者の住み処たり得なかったのは近隣住民諸兄には御同慶の至りに思えてくる。過剰な色眼鏡で捉えず花壇の多い公園と遣り過ごしていればよいのだろうが。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://kayukawa.blog41.fc2.com/tb.php/2950-aa51605f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad