コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

11月3日(祝) ルーリードにさよなら  -地域情報 - 東京23区-

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収縮していればまだしも ⇒ 拡散し過ぎ
 マニアックな地元密着型の話題ではあるが、戦前にはインテリジェンス機関の一翼を担い、戦後は長らく気象研究所の設けられていた現在の馬橋公園一帯への導線に端を発したのが高円寺中通り商店街に他ならない。ただ厳密に言えば庚申通りへと真北に抜ける一画を中心とした中通りと、北西に馬橋通りまで連なる北中通りに商店街としては分割されており、夏の阿波躍りのメインルートに近く常に賑わいに溢れている中通りに対し、駅から離れる程に喧騒の薄れていく北中通りは、周辺居住者にとっては親しみ易く有り難い存在には違いなくとも経営的には磐石には程遠かろうと見え、事実頓に近年に至るに連れ店舗の入れ替わりも煩雑になりつつある。
 だからこそなのか、つい数日前に路上テルミンの不気味な音色に魅せられたにも拘わらず、今般は北中通り独自の音楽祭とは涙ぐましい努力ではないか。
 幾ら吹奏楽には定評のある杉並学院のブラバンをメインに据えたとはいえ、詩吟の如く歌い手に前衛的なピアニスト、更にはガムランと代わる代わる現れ、果てはその全員が横一列に拡がっての合奏となれば余りにアングラ色が強くて華やかさに欠けよう。中央にチョークで記された線路もどきもシュールだが、通路の片側を演者が占めていては、肝心の売上増への貢献も疑わしく、事実出店も数える程しか見受けられない。
 商店街のみの対応では限界があるならば、ここは町内会にも働き掛けて市井の音楽家を募ってみては如何なものか。元アングラのスターとしては、わが子ふたりを従えて勇躍登壇する意気込みは十二分に有しているのだが。

 日本シリーズにおいて昭和33年三連敗から単身四連勝した稲尾投手、同じく34年四連投全勝の杉浦投手といったひとりマウンドを背負った大エースの存在は今や神話の世界の出来事に近い。中五日ですら希少では昭和50年代に中三日で一、四、七戦の三度エース対決が当たり前だったのも今や昔だし、ここ一番にエースが救援に回るのも分業制の確立された昨今、滅多にお目に掛かれまい。
 だからこそ開幕を委ねた則本投手を五戦以降救援に回した星野采配も古を思い起こさせるものだったが、160球を投げた田中投手の救援起用はドラマチックのひと言に尽きただろう。
 勿論、打者技術が著しく進んだ現代野球を神代と同列に比較することは出来ないが、三点という得点差が後顧の愁いなく救援田中を成立せしめたという御膳立てに鑑みても、矢張り今シリーズは東北復興に資する楽天勝利という国民多数の願いを具現する為にあったと言えよう。

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