コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

10月29日(火) 本物は誰だ  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

 またぞろの偽装問題ではあるが、建築物の様に安全に著しい瑕疵を及したり、食品でも大陸宜しく段ボールを喰わされるとあらば兎も角、些かここぞとばかりに糾弾し過ぎに映るのは感受性が不足しているのだろうか。
 ひとつには嘗ての雪印もそうであった様に、阪急阪神グループの初動対応の不味さが火を大きくした面は否めない。確かに実態を捉える為には現場の監督者による説明は必要だろうが、恰も高帽被った料理長に責任を押し付ける様に映ってはマイナスでしかない。
g470.jpg  ただ実際に芝海老や車海老標記であっても中華料理では慣行として他の海老が使用されていたという説明に一定の理があろうと頷けるのは、恐らくは他の魚においても同様の事態が暗黙の了解となっていなければ極端に安価な寿司店なぞ成立する筈がないという実感に基づくが故ではないか。或いは多くの居酒屋では生麦酒と称して生発泡酒を供しているケースは幾らでもあるが、殊更に騒ぎ立てる顧客はいないだろう。
 後者の例は一般人の拙い舌でも充分に見分けが付くが、車海老の替わりがザリガニだったら詐欺であっても、どの海老までを代替に値する廉価版として許容するか、たとえ舌が越えていて車海老でないと断言出来たとしても、消費者側からのコスト・パフォーマンスを勘案した冷静な判断はあって然るべきではないか。生発泡酒が嫌ならばコストを払って本物を買うべく別の居酒屋を選択出来る様に、安価であれば代替品であってもやむを得ないとの共通認識は働こう。
 勿論、客の顔を見て肉を変えたりという始末は悪質に違いないし、一流と称する店舗が金額に見あわない粗悪な素材を用いていたならば、恰も天然の温泉でなくとも肉体への効用は大差無かろうとも単なる湧かし湯であったのと告げられれば騙されたと受け止める様に、信用を裏切ったという汚点は残る。だからこそ一件一件を大袈裟にあげつらうのでなく、消費者の側が金額と効用から取捨選択すればよいと言うのは物分かりが良過ぎるとお叱りを戴くだろうか。

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