コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

10月11日(金) ガラスの60代  -テレビ・ラジオ - ドラマ感想-

 昨日は某事務所訪問の帰り際、議員ご本人に挨拶し、共通の知人のあることを把握していたのでそのお名前が口から出そうになったところで、先方から先陣を切って「聞いてます」とのお達しである。伺えば丁度その方と昨夜一席持たれた由、こちらも丁度当該御人からの依頼事項がトントン拍子で吉報に至りそうで、誠にベスト・タイミングだった。
 かと思えば今夜は宴席の最中に、金曜夜にも拘わらず週明けアポ取りの御下命あり、中座しては睨まれ、先方には呆れられ、挙げ句送りの段取りも中途半端に終わり流石にキレそうになる。
 ただ猛烈に広い意味では対政治交渉としてひと括りに出来たとしても日常の動作としては須く単発なので、ひとつひとつは大袈裟に一喜一憂する程の大事では無くとも必要以上に小さな幸せを見出ださなければ報いに乏し過ぎるし、その反動として小さな哀しみにも過剰反応しているきらいは否めない。
 もっと職責においては泰然自若と、半ば右から左へと不感症擬きに受け流せなければ、糞真面目で許容範囲が小さいと、同僚からも揶揄されるのだろう。人としてかく感受性を磨耗したいとは微塵も思わないのだが。

g444.jpg  しかしお歴々の宴席で、後妻と息子の不倫ドラマ「ガラスの家」の話題に花が咲いたのは忙中閑ありのひと幕だったろう。
 既に二児の母の井川遥氏の妙な色気も遡上に登っていたが、「主計局長なのに家に早く帰り過ぎ」「その家も豪奢過ぎる」といった突っ込み処に花が咲いていた。嘗てバブル期のトレンディー・ドラマにも「いつ働いているのか」「ぺーぺーの癖に服装が豊富過ぎる」等の指摘があったが、往時文句を垂れながらTVにかじり付いていた世代がそのまま視聴者層として持ち上がっている証しなのかも知れない。
 丁度、金融マンにとって「数億円で騒ぎ過ぎ」と半沢直樹に現実性を見出だし難いのと同様に、官吏を経て功成り遂げた方々の幾分のやっかみも含んだ実感もあろうが。
 主計局長にしてものづくり、擦り合わせに詳し過ぎるというのは二重に捻り過ぎでした。

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