コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

10月9日(水) ゾルゲは何処に  -政治・経済 - 秘密保護法案-

g442.jpg  中曽根内閣における議員立法、所謂「スパイ防止法」が最終的に廃案となったのは、往時の実力者・金丸幹事長の差配であり、そこには後年の訪朝に象徴的な金丸氏の左傾、或いはタカとハトを鵺の如くに仲介する田中派以来の経世会のバランス感覚が働いたとされるが、時代が熟していなかったとも言えよう。
 結果的にはその趣旨は後年の自衛隊法改正に活かされ、更に今般四半世紀を経て再び秘密保護法として国会審議に供されているが、そもそも国家機密、取り分け安全保障に関する漏洩を重罰とする特例法が存在しなかったのは国家としての怠慢に他ならず、漸くわが国も「スパイ天国」から普通の国家になりつつある証佐でもあろう。
 勿論、「知る権利」を嵩にと言っては語弊があろうが、反政府的な文脈の中に意図的に位置付ける向きもあろうし、それとは異なった位相においても公務員倫理法の施行以来、従来以上に官民の率直な意見交換すら難しくなったとされる中で、より一層高級官僚の口に蓋をする様な不必要な自粛を招くのは本意ではなかろう。
 従って政府には、守られるべき「秘密」とはそれこそかの「運命の人」宜しく高度に政治判断に供する特定機密に限られ、平穏な国民生活に何等の影響を与えるものではないことをくどい迄に繰り返し訴えて戴きたい。

 恐らく安倍政権としては長年の懸案を解決したいとの使命感があり、そこには好景気、高支持率を背景にする自負とともに、わが国国民も現に隣国との緊張感が持続する中で、国家安全保障会議と秘密保護法の意義を認めつつあろうという見立てが存在するのだろう。
 ただ折しもOECD国際成人力調査に依れば読解力、数的思考力では首位を占めたわが国も、もし議論する力や客観的評価力という指標があったなら結果は甚だ心許なく、引いては議会制民主主義の成熟度を図れば、お上意識と裏腹の無自覚の反権思想が肝心の局面で鎌首をもたげる傾向も否定出来ない。
 性善説に基づきたい心意気はよく理解出来るし、真にそうあって欲しいが、過度に知力を信用しない心構えも肝要ではないか。当然の様に正反対のインテリジェンス活動の意義も胸に秘めながら。

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