コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

10月5日(土) 浪花のメモリアル  -地域情報 - 大阪-

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 京都では寺巡りの気力が芽生えず、早々に在来線にて大阪へと居を移す。本旨は友人の見舞いではあるものの、行き掛けの駄賃が充実しなければ前段スマート・トリップの名に恥じぬ効率性は齋されない。
 そこで大阪に降り立ちやって来たのが交通科学博物館とは"鉄の人"の如くだが、丁度先月訪れた今は亡き万世橋の交通博物館跡同様に、大阪のそれもまた本年度での閉館が決まっており、文字通りの一期一会を求めた結果に他ならない。
 既に館内の一部は移設に向け公開が制限されているが、冒頭の「未来」を表題とする初代リニアモーターカーの姿が、現に十数年後には中央リニア新幹線が東京ー名古屋間を結び、JR東海のお膝元名古屋にはリニアを冠に戴く博物館すら御目見えしている中で却ってアナクロ感を高め、終焉に向けたカウントダウン的な盛り上がりが一向に感じられない寂寥を倍化させていた。
 奇しくも昨年訪れた京都の梅小路機関区への改修・統合が決まっているとは、これも御縁というものかも知れない。

g436.jpg  都市変遷に続いては本業の野球評論家に回帰し、たこ焼きこと大阪ドームの外観に接した後、南海難波駅と一体化したなんばパークスに足を運ぶ。
 既に野球場としての使命を終え、住宅展示場と化した大阪球場のグラウンドに足を踏み入れたのは阪神大震災の年、はや15年前になるが、当然往時の面影は全くない。
g437.jpg  僅かに投手板とホームベースの位置にモニュメントが残されているが、今となってはこの一等地に館内に大量のテナントを抱え迂闊には解体すらままならなかった野球場が鎮座在していたのも信じられないが、この好立地にも拘わらず晩年は思い切り閑古鳥が鳴いていたとはホークスの惨状が今更ながら憂えられる。
 複雑な階層を有する屋上庭園の一角には南海ホークス・メモリアルコーナー(右写真)が設けられているが、選手としても監督としても見事に「野村克也」の名が抹消されているのは両者の溝の深さを感じさせて却って小気味良くすらある。先日のソフトバンクのクラシック・ユニフォームでは遂に緑装束の野村氏が実現しており、何時の日にかこの記載も改められるやも知れない。

 友人と昼食を採り、更に他のメンバーと合流して見舞いへと向かう。思えば15年前、大阪球場跡を訪れたのも氏の生家跡を垣間見た後だったと記憶を呼び戻しながら。

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