コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

9月20日(金) 事前調整だんごう  -地域情報 - 地域情報-

 今週は丸四日間、役所に赴く以外は判で押した様に毎日23時まで、事務作業に没頭していたと言ってよい。
 勿論、当方がお伺いを立てる要求側であって、役所サイドにすれば降って湧いた様な事態に本来ならば迷惑千万がられても致し方無いところ、ペーパーの作成→チェックと修正指示→修正と夜分遅くまでやり取りを繰り返していると、互いに著しい迅速こそが最優先との共通認識の中で、必ずしも相応しい表現であるかはさておきストックホルム症候群的な共犯意識も生まれ、恰もともにひとつの仕事をともに為し遂げるが如き一体感すら醸成されたと述懐するのは、余りに美化し過ぎなのだろうか。
 幸か不幸か宴席も欠礼を余儀無くされても乗り切れる類ではあったが、漸く一旦完パケとなった20時半発、一路蓼科高原へと車を飛ばす。本来ならばヘッド・スケジュールが予測されたこの週末には古式ゆかしき一泊懇親会を設営しており、午後から先乗りしているべきところ大遅延での出立である。
 確かに絶好のリゾート環境には違いなかろうが、地方ベースの企業らしく保養所もこの日目的地が最東端で、有り体に言えば睡眠時間の足りない身の上に三時間以上の強行運転は些か苦行に他ならない。加えて三連休前の金曜とあらば都内を抜けるまでの混雑も激しく、絶景の筈のビーナスラインも真夜中では単に工事だけが盛んな田舎道に過ぎない。
 結局到着しても終焉間際のカラオケに参画する気力もなく、僅かに露天風呂にて一部方々と懇親を温めたのみだったが、日付が変わるまで胃腸を空にはしておけないので、途上サービスエリアにて小休止を試みている。
 夕刻の上り線が必ず渋滞する中央フリーウェイならぬハイウェイはゴルフ場選定にあたっても極力回避に努めているため、談合坂SAに降り立ったのも久方振りであった。
g411.jpg 団子三兄弟の替え歌「談合三兄弟」が一世を風靡した時分には既に縁遠くなっていたが、企業人と化しても暫くは学生時代の友人達と連れ立って旅に赴いたものである。その際、携帯電話も存在せず、稀に伝言ダイヤルを活用するという荒業も試みたが、基本は自動車数台に分乗して一箇所に集結し、恰も磁器誘導式バスIMTSの連接運転宜しく連なって隊列走行に努めなければならない。そしてその集合場所が、中央道方面の場合ほぼ自動的に談合坂SAだったのである。
 既に嘗ての姿は忘却の彼方だが、民営化の最大の眼目であろう、小綺麗なフードコートに生まれ変わっているとは頼もしい。独り饂飩をすすり再び走り出す。侘しさの中にもひと仕事終えた安堵感が懐かしさとともに虚空へと消えていく。

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