コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

9月19日(木) 番人はもういらない  -スポーツ - プロ野球-

g410.jpg  昭和50年代には公式球を扱う二社の反発係数が著しく異なる「飛ぶボール」の問題があり、昨今は国際大会の増大から世界標準に準拠したのが統一球であるから、幾ら規準の範囲内とはいえ打撃戦を誘発するために反発力を高めるという行為からして、興行の側面を軽視すべきではなくとも、余り誉められた事態ではない。
 あまつさえ当事者が明らかに昨年までとの相違を実感として物語っているにも拘わらず、製造会社別に口止めして糊塗した経緯は姑息極まりないし、たとえ真実にその事実を把握していなかったとしても、球界のトップが自らそれを露わにしては責任逃れと言われても反駁出来ないばかりか、球界の意志決定の在り方すら疑われかねない。従って加藤コミッショナーの任期途中の辞職は遅きに失したと言わざるを得ないだろう。
 翻って日本野球機構の最高責任者たるコミッショナーは、労働争議で実質的に読売新聞を放逐された初代の正力松太郎氏(写真)を除けば、必ずしも野球という競技そのものとは直接の関わりの無い、法曹を中心に外務、警察といった官出身者に占められてきたのは、取り分け商業ベース色の強い昨今の米大リーグと対照的で、よくも悪くもわが国らしい。
 加えて唯一の民間出身者であった金子悦氏が江川事件における「強い要望」裁定で辞任の余儀無しに至った経緯もあり、コミッショナーらしい采配振りを見せていた川島廣守氏もセ・リーグ会長からの異例の昇進だったが、元を辿れば正力氏の後輩たる内務官僚であり、官OBポストが揺るぎ難かったのもやむを得ないのだろう。
 勿論結果責任は致し方無いとしても、恰も悪代官の如くに避難轟々の加藤良三氏も人格的には定評があり、寧ろ外務官僚として先任になる下田良三氏の方が、世間的な高い評価とは裏腹に日本シリーズにおけるDH制度の強引な導入など、公平性を旗頭に過去の経緯を踏まえぬ運営を行ったとして異論が残っているのは皮肉である。
 恐らくは王貞治氏の担ぎ出しも念頭にあろうが、単一球団の会長職にある以上に、球界の至宝に体力的にも過剰な負担を掛けることは避けるべきだろう。コミッショナー自らが先頭に立つという意味では、詰まるところプロ野球が読売グループに依存している事実を所与の与件と捉えれば、球界のマネジメントのあり方を現実に依拠させ再活性化を図るという意味でも、皮肉でなく渡邉会長がもう少し若く気力体力ともに充分であったらと残念でならない。

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