コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

9月17日(火) 位階に叙する  -政治・経済 - 経済-

g409.jpg  企業にとって創業一族、就く中興の祖とも言うべき大人の逝去は、大往生ならば尚更に、誤解を省みず述べれば一定の事務手続きも含めて心構えは用意されていたとしても、大事に他ならない。
 例えば対外関係部局にすれば、葬儀に向け軽重を施しての案内先の選定等も必定だが、民間人であっても産業振興において国家として認められた功績があれば、葬儀もまた一家、一企業のそれには留まらない。
 わが国叙勲制度が冠位十二階に範を措くのは言う迄も無いが、明治期以降は主に武官を対象に再編され、米国由来の共和主義的思想から先の大戦後は一旦生前者に対するそれは廃止されながら、昭和38年に復活したのは、わが国の国際社会への復帰に伴い外交局面において、諸外国要人に対しても同時に国内においても功績を称える実質的な証の必要性、より卑近に言えば鹿鳴館的な舞台において何等の燕尾服を飾る物品が存在しない不如意からの要請であったとも言えよう。
 実際、原則70歳を超えなければ叙勲に預かれない現行制度においては、取り分け民間人たれば勲章を佩用する機会は、親授或いは伝達に預かる当日と記念撮影、更には各種設けられよう祝賀会の類に限られ、最も耳目を集めるのは残念ながら御本人の胸を飾ることの無い葬儀の場であろう。
 この際、職業軍人たれば自動的に勲章のみならず従八位も授けられた戦前と異なり、 生前者叙勲は復活しても位階は没後に留めおかれたため、桐花大綬章が通り相場となっている元総理の様に逝去時にワンランク上がるケースや不幸にして若くして亡くなられた際の死亡叙勲も存在するが、概ね既に叙勲された大往生の御仁には叙位が待っており、有り体に言えば社葬に欠かせぬ必須アイテムとなる。
 21世紀に入っての叙勲制度改革において、従来の旭・瑞の並びから前者が政財、後者が官と形式上官尊民卑が改められたが、国家功績への栄典である以上その本質は動かし難く、元来が官職の序列である叙位はよりその傾向が強いと聞く。しかしながら事務方としては如何に早期かつスムースに、当然社葬の時期を踏まえながら拝受に至らしめなければならない。
 怒濤の日々が始まる。

 百歳を迎え程無くの逝去には、恐らく有り体に言えば親族も医療体制側にも、一世紀までは何とかという現実的な配慮は働いてはいただろうが、周囲のそうしたそこはかとなき雰囲気を御本人も感じ取り、大事業を成し遂げた様な安堵感の中に、自ら張り詰めていた糸を解き、冥土へと旅立たれたのではないかと受け止めて仕舞う。
 人間は本能の域において自らの死期を悟るのみならず、人生の幕を閉じるその時をまた支配出来るものなのだろうか。

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