コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

9月4日(水) 副官は山の中に  -ビジネス - ビジネス-

 上位下達の軍隊組織の合理性は、階級と職位を明快に分離していることに如実に現れている。勿論、陸軍なら中隊長は大尉、大隊長は少佐と求められる階級標準は示されているが、同じ階級であっても所謂ラインとスタッフを峻別することにより指揮命令系統を一元化する試みと言えよう。
 民間企業においても今や同様のシステムが採用されているが、階級も職位も対外的には例えば同じ「課長」職であるのが、時に混同を招いても敢えて何方の「課長」かを曖昧に留めることで社員の意欲惹起に反しない効用を狙っていると深読みすることも出来る。
 陸軍の例に倣うならば私のポジションは小隊長に比肩し得るが、実働部隊たる部下の報告に判断を下すという嘗ての課長職、文字通りの管理職スタイルとは程遠く、自らも小銃を抱えて部隊の最前線で敵兵に相見ゆる、美しく言えば行動隊長、その実典型的な中間管理職の姿であろう。従って管理職としての職責においては必然的に部下との共同歩調を擁すが、同時にプレイヤー部分は虚しくひとり立ちを余儀無くされても誰にも文句は言えない。
 残念ながら私は無意識にその両者を峻別しながら、他方敢えて混同させて来たのではなかったか。小隊長ならば当然同じ中隊の他小隊との意思疎通を図らなければならないばかりか、時には大隊更には連隊の枠を超えた連携が必要となるが、一個の重装歩兵たる身分においては「野性の証明」宜しく厳しき環境であっても部隊の助けを求めるのは、心情的には許容される部分もあろうが本来は御法度である。
 恐らくはひとり立ちすべき局面において部下に依存し、逆に組織としての行動が求められながら敢えて単独行動を採り、かつそれを敢えて正当な助力を求める替わりに自発的な他者の共同歩調を促すために情報を流布させるという、些かあざとい戦術に堕していたのではなかったか。
 膨大な時間を共有する小隊の隊員や嘗てそうであった者との間にコミニュティ的な仲間意識が芽生えるのは、中間管理職として必要な組織運営の手法だとしても、表現の露悪趣味は別として所詮企業とは「仕事の切れ目が縁の切れ目」であるべき世界という根源に、私はもう一度立ち返らなければならない。

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