コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

8月29日(木) 俺達バブル入社組  -テレビ・ラジオ - 半沢直樹-

g392.jpg  かく大ヒットに至るとは嬉しい誤算だったのかも知れないが、既に口端に登り尽くした様に、勧善懲悪の時代劇の現代版翻案というのが半沢直樹の本質なのだろう。
 だからこそ原作以上に善玉は善玉、悪玉は悪玉に徹し、設定もドラスティックさが加味されてより解り易さを貫く工夫が為されてはいるものの、それ以外は驚く迄に原作が忠実に踏襲されている。
 ただ原作とのタイムラグを埋めるために本来バブル真っ盛りの88年の入行を四年遅らせたがために「俺達バブル入行組」であるのは変わらずとも、後に経済指標から顧みれば実際には既にバブルは崩壊していたにも拘わらず、体感からバブル最末期とされる92年入行となったことによる違和感は少なからず顔を見せている。
 例えば少し下の年次に大量の後輩を持ち、若い身空からマネジメント的実体験に恵まれたというバブル世代のイメージは、次年以降急速に採用を絞られ部下にありつけない92年組には当てはまらず、実質的な年齢との逆転現象を経て漸く管理職らしきポジションに至るという点で、恐らくは映像にある同期の鉄の結束といった風土は希薄になっていよう。
 或いは原作で強調されている合併行の襷掛けの弊害が割愛されたのも、既に92年組がある程度の地位を占める時分には三大メガバンクにおいて旧出身校が取り沙汰され難くなっていたと評するのは幾分短絡的かも知れないが、少なくとも現在の目から見れば内部的な優劣には概ね決着が着いているから今更描かなかったのは正解だろう。
 一方、原作の年代に沿えば半沢はもう数年若く、だからこそ大和田常務との軋轢も世代間抗争らしきコントラストを見せるのだが、TV版は大和田常務がひとりズバ抜けて飛び級の如く若い特異な役員会の様相を呈している。即ちこれもタイムラグのマジックと錯覚しそうになるが、現実にはメガバンクの役員は年を追う毎に若返り、香川照之氏の年輩の常務が存在して全く不思議ではないし、寧ろその分肩叩きも早まるからバブル末期世代が片道切符の出向になっても間尺が合っているとは笑えない帰結ではないか。
 自らがその世代だけに切実な実感もあるが、愈々佳境に入る前に原作を読み終えて先が読めて仕舞ったのは視聴者としては失策だったか。

 所詮中身の優劣よりもそれを主張するのが誰かで物事は決まると言えば如何にも根回し社会の弊害の如きだが、現実に例えば「彼は足繁く見舞いに来て呉れた」という事実が国政を左右するケースも存在する。人間らしい営みとはそんなもの。

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