コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

8月22日(木) 幸せになりたい  -音楽 - 懐かしい歌謡曲-

g379.jpg  北海道に音楽メデァアを携行しなかった代償として、急遽SAで購入したのは安価な今井美樹ベストのみ。おかげでウルトラヘビーローテーションとなり函館に至る時分には、子供逹もすっかり「雨にキッスの花束を」を「チュウチュウ」とばかりに口ずさめる域に至っていたが、こうして聴き連ねていると後に旦那となる布袋作品氏一辺倒になる前の今井氏には、嘗ての松田聖子氏がそうであった様に実に多彩な顔触れによる楽曲提供が行われ、良質な「歌謡曲」の担い手として機能していたことが今更ながら伺える。
 それは「日本の女性シンガーソングライター」という全く捻りの無いタイトルのディスクガイドにおいて、今井氏への楽曲提供者と記されたライター当人のそれに興味を抱かせるという視点に立てば、今井氏がハブの役割を果たしていたとも言えよう。
g378.jpg  例えばライターのひとり柿原寿美氏の過去作にあたれば確かに今井氏の歌いそうな楽曲が並んでおり、うち数曲は実際にセルフカバーだったりもするから耳馴染みがよい。しかしながら今井楽曲の、松田聖子氏におけるユーミンとも言うべき上田知華氏の、クラシック色の強いカリョービン時代からソロまで丹念に辿ってみても必ずしもメロディの美しさを堪能出来ると言い難いのだから、矢張り歌手・今井美樹氏の触媒効果は小さくないと瞑すべきなのなのだろう。

 「夢は夜ひらく」の落ち着いた、率直に言えば暗いイメージが強かったから、数年前に金融機関アレルギーで常に大金を携行してと報道された際には些かコミカルな展開に違和感を禁じ得なかったが、今から考えれば既に何等か神経を病むものがあったのかも知れない。
 或いは娘の宇多田ヒカル氏が大物になり過ぎたことがその一因の如く取り沙汰されても当の宇多田氏の責でもなかろうし、そもそも鼻唄混じりの習作とも言うべきだったろう楽曲をアルバムにまで仕立て上げられ希代のシンガーソングライターの如く祭り上げられられ、失礼ながら若くして才能を消費し尽くす羽目に陥った氏こそ被害者かも知れない。
 例えばMISIA氏の様に純粋に唄の旨いシンガーとして、余力があれば偶に楽曲にも手を染めるというスタンスで臨めば長保ちしただろうか。同じくシンガーであった母、藤圭子氏がどう思っていたかは最早解らない。

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