コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

8月3日(土) 忍び 偲ばず 無縁坂  -育児 - パパ育児日記。-

g340.jpg  嘗て友人達の結婚式二次会に舞踏隊を率いて演出・出演していた経験則に鑑みれば、相応の技量と鍛練を要求される演劇に対し、決めの部分さえピタリと揃えればそれなりに見映えがするという意味で踊りは素人演目として非常にお手頃である。
 だからこそ定型化されたパターンを延々と繰り返す盆踊りは老若男女、経験の有無、更には時間軸すら殆ど問われず誰しもが参入かつ退出可能な演芸であると同時に、大量の人員の動作がピタリと揃う決めの部分が頻出することから、参加者にカタルシスのみならず継続によるトランス状態すら齊すエンターテインメントであるとも言えよう。
 事実、小学校で開催されたそれで、当初は尻込みしつつ傍観していたわが子達も、友人達に促され登壇するとついぞ終焉まで二度と再び観衆に回帰せず、「同じ阿呆なら踊らにゃ損」を体現したのであった。

g341.jpg  以前リアル「逃走中」を運営した学生の話を興味深く伺った記憶があるが、こちらはボードゲーム版である。
 ただハンターは独立変数で操作される形になっているとはいえ、プレイヤー相互が協力したり、時には独り抜け駆けしたりの駆け引きの要素がエンターテインメント性を高める構図であり、番組では出演者のキャラクターに基づいて実質的な役柄を割り振っているが、ボードではそこまで再現するのは不可能である。だからと言ってモノポリーが高尚に過ぎ、ネゴシエーション部分を割愛する替わりに産業スパイを取り入れた億万長者ゲームが国産されたのと同様に、わが国ボードゲームの主たる消費者たる小学生をターゲットにするには、相当な単純化は欠かせず、結果賽子勝負に集約している為今ひとつカタルシスに欠ける。
 ご丁寧に裏面は「戦闘中」で、こちらは純粋にプレイヤー相互の争いだから再現可能性は高いが、武器による文字通りの戦闘は矢張りボードゲームには限界があろう。と思っていたらわざわざバトルボールを駒として誂えた「戦闘中」単独ゲームも発売された様だから発想は皆同じらしい。
 今更ながら人生ゲームのシンプルさがエバーグリーンの最大の要素であることを思い知らされる。

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