コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

7月29日(月) 道の向こうへ出掛けよう  -地域情報 - 北海道-

g312.jpg  幾ら南の島に赴いても観光との両立を企図してプライベート・ビーチがあっても日々赴く海を違える様な貧乏性だから、リゾート気分の薄い北紀行とあらば一瞬たりとも無駄にはしまいと目が血走るのは道理である。
 ただ流石に旭川と富良野を両立させようとは如何な倉本聡氏であっても北の大地のスケールを嘗めており、松木幹事長ならずとも辞任は免れまい。幸い痩せ過ぎた中嶋朋子氏にも太り過ぎの中島唱子氏にも関心は薄いので一路旭山動物園を目指すこととした。
g313.jpg  話題沸騰だった時分の2006年に視察として訪れているが雨の中、駆け足で退散した記印象しかなく、今般もその再来が危ぶまれたが、開園前に到着すれば途上の豪雨が嘘の様に晴れやかな酷暑が我々を迎えて呉れた。
 所謂「行動展示」は今では多くの動物園に採用されているから、丁度改めてスターウォーズを鑑賞しても二番煎じの如く錯覚を齋すように、旭山もまた既に著しい新奇性に欠けるのは事実である。
 それでももぐもぐタイムの喧騒を避けぺんぎん館にあざらし館と回廊を270度、或いは上下にと動物が行き来する定番の光景は旭山オリジンたるプレミアム性を勘案せずとも充分鑑賞に耐える造詣であろうし、観衆の声援に応えて積極的に回遊する北極熊の職責を弁えた姿勢も、飼育サイドのサービス業たる理解に基づくものであり好感が持てた。
g314.jpg  ただ改めて実感したのはこちらも旭山の象徴たる、正門から登れば東の高台方向に位置する一連の動物の遊び場の意義ではなかったか。例えば手長猿はその矯声が寧ろ煩い程ではあったが、本来の売りたる鉄塔渡りの芸以上に確実に観衆の着目を集め、食後の惰眠を貪っていたオランウータンも恰もそれに触発されたが如くに空中散歩には及ばずともパフォーマンスを開始する。一方で猿やチンパンジーはただ群れる絵柄が繰り広げられるのみでレッサーパンダの吊り橋往来も拝めなかったが、矢鱈と入り組んだ、70年代に描かれた未来絵図の如く構造物のキッチュさとも相俟って、常に全てのベストパフォーマンスとの対面は叶わずとも、容易にその具現性を想像し得るところが、幾多のエピゴーネンを招聘してなお旭山が珍重されリピーター獲得にも資する秘訣なのだろう。
g315.jpg  新たに遊園地跡地に麒麟、カバ館の増設が進められており、恐らくは嘗て倒産寸前の地方動物園に過ぎなかった時分の面影を残す北部に寂しく鎮座する麒麟も脚光を浴びる日が訪れるのだろう、経営磐石を確認して旭山を後にした。
 夏休みの宿題に「旭山ガイド」を選択し、写真を撮り捲っていた公資も満悦したのではないか。

g316.jpg  優雅に帰路に着くと思いきや転んでも只では起きないではないが、富良野には届かずとも美映までの南下なら足跡を残すことに全身全霊を懸ける父には持ってこいである。
 通り掛かったぜるぶの丘では何故かバギーで花畑をひと周り。丘に登って今ひとつ眺望の叶わなかったケンメリの木には改めて麓まで足を伸ばす。何となく懐かしさとともにCMの情景が甦るが当然後付けの記憶であり、高橋幸宏氏がドラムを叩いた「愛と風のように」の世代ではない。
 牧草ロールやマイルドセブンの丘の雄大な情景にも都心居住者が優越感の中に田舎暮らしに仮初めの憧憬を抱く「思い出ぽろぽろ」宜しき世界とは無縁極まりないが、YMO「Firecracker」が西洋から見た間違ったと東洋を具現化したという倒錯と同じ意味でのステレオタイプの北海道らしさを実見したのは有意義だったろう。
 夜は祐旭の所望した蟹に烏賊刺し、貝とまた食べ過ぎて眠りに就く。繁華街すすき野は健在であった。

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