コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

4月18日(月) はかりめ一丁  -グルメ - 和食-

f107.jpg  寿司屋に赴く度に余りに穴子ばかり食らい付いている父に触発されたのだろうか、遂に祐旭も穴子寿司に手を出す様になってきた。
 そもそも「御飯は真白に」がテーゼであり、凡ゆる丼を拒絶する私が何故穴子寿司を好物とするのかは大いなる疑問だが、同じく好物の稲荷寿司同様に、白米も含めて素材の味覚に捕らわれなくなる迄に、甘垂れを主体に食しているとの解釈は、逆説的だが成り立つだろう。
 だとすれば白い部位が全く見えなくなる程に大量のルーを要するカレーも、徴兵逃れかと見紛うばかりの炒飯への醤油の掛け方も納得が得られるというものだろうか。
 矢張り垂れの豊富な穴子の押し寿司も範疇で、新幹線移動時に各地の名物を賞味しているのは既に述べた通りだが、昨今驚いたのはわが国最大の持ち帰り寿司チェーンたろう京樽のそれから中具が消失したことである。
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(左)桃太郎寿司 と (右)七福神
 勿論、混合物を忌避する食物原理主義者たる私にとって昆布の存在は有難迷惑以外の何物でもなく、吉野屋の完全子会社に伴う経費節減策であっても大いに歓迎していたが、更に不思議なことには何の告知も無くその存在が消え、また何時の間にか復活していたことだろう。単なる昆布不足に依るものだったとしたら、その英断を継続ならしめなかったことを真に遺憾に思う。
 ただ翻って穴子そのものに惹かれているのかと問われれば微妙であって、富津の昼には形状が棒計りに酷似していることから地域独自の呼称として流通している「はかりめ」の天麩羅を賞味した(左写真)が、成る程妥当な味覚ではあるものの、矢張り海老天に比類するものではない。どうやら祐旭も同感だったらしく、こちらはひと口で断念していた。
f110.jpg 父子ともども薄味をたしなむが如く美食家には到底なれそうにもない。

 と思っていたら図らずも公資がバイキングで自ら積極的に野菜を取り分けているのだから、これでは鳶が鷹である。
 妻の教育が奏功したのかも知れないが、環境の為せる業には限界があり、人は持って生まれた性質が重きを為すものと得心してみようか。

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