コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

8月17日(金) 壮大なる実験  -海外情報 - 中国-

 国内外を問わず旅に出ると漏れなく便秘気味になる。しかもウォシュレットなしでは尚更である。そろそろ症状が悪化してきて恒例の朝の散歩もパスせざるを得なくなってきた。
d259.jpg 上海最期の日程は2010年万博会場である。黄浦江を挟んで総面積400ヘクタールとは空恐ろしいが、驚くべきは25000人に上る立ち退き者の数である。森ビルの再開発もそうだったが、漏れなく地権者には新たに瀟洒な団地を国家が与え、スラムから2LDKにランクアップして万事ハッピーとの解説だが、急にゴージャスになった彼等の今後の生計は成り立つものなのだろうか。その地上げも含めた造成に始まる建設過程から、テーマ「Best City」のあり方をイベント期間に留まらず跡地利用も含めて提起するというのは、まさに"都市とは何か"を問う、異様な開発スピードと国家の強権が並存するここ上海でしか為しえない壮大な実験たり得よう。
 しかしその条件を割り引いたとしても、イベントには大なり小なり希望に満ち満ちた「近未来図」が描かれるのが判り易く、2005年わが国における愛・地球博の「環境」に比べるまでもなく集客にも配慮された万博らしいお題の選択と言えよう。返す返すも世界都市博の中止が惜しまれる。是非ともわが国には幻の"東京大使"を日本館のメインキャラクターとして再利用して貰いたいものである。
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(左)人民大会堂にて/(右)寧夏の回族民族服
 午後のお土産タイムを経て空港までは世界発営業路線のリニアモーターカーを試乗したが、これは別項で触れたい。

 ここで団長・副団長の議員二氏とは別れ、心も体もすっかり身軽になっての夜半、重慶入りである。ああ嘗て旗鼓の勢いで首都南京を陥落せしめた帝国軍に際し、蒋介石閣下が臨時政府を置かれた重慶である。近衛公の発した「国民党政府を相手にせず」の声明は爾来34年を経て現実のものとなったのである。等という冗談は間違っても言える雰囲気はない。ここでも同行戴いた中日友好協会幹部の方が「ここは上海か~!」と驚愕されたいた様に、渋谷センター街かと見紛う大繁華街は昨今数年で築かれたものらしい。しかしその感慨も尻目に我々が向かったのは、重慶名物・火鍋料理であった。
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甕の中には陰茎が
 中国視察が毎昼毎夜中華料理だったのは当たり前である。さぞかし胃腸に負担がと思われようが、存外にカンペイ(干杯)の災渦に見舞われることも少なかったし、嘗て横浜中華街で某先生に昼飯を奢って戴いた際にも痛感したが、良質な中華料理は油分が少なく、それを時間を掛けて食べるから胃潰瘍を経た私の消化器官にも非常に優しいのであった。勿論余らせるほど次から次へと皿が運ばれるのが持成しの極意であるから量のコントロールを間違えると大変で、往々にして教訓は次回に活かされず日に日にフォアグラ症状を示すのだが、流石に人民大会堂のメニューは絶品だったし、夜は西夏、昼は宋と美しい民族衣装の給仕の方々とともに賞味した銀川も「牛の陰茎」スープのみならず非常に印象深かった。
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(左)噴水舞う重慶の109前/(右)幾ら何でも煮しめ過ぎ
 ところが重慶まで南下したところで事態は一変する。汁は明らかに常軌を逸した赤みを放っている。この種の鍋は台湾料理他の名称でわが国にも進出してきてはいるが、その辛さは段違い平行棒である。しかも内陸だから海鮮は少なく、野菜を食さない私は必然肉ばかりになる。とはいえ元来の辛いもの好きに加えて緊張感からの開放、更には便秘への良き刺激にもなろうかとパクパクあり付いたのが、文字通りウンの付きであった。大連では無用の長物であった征露丸、ならぬ正露丸のお世話に預かり、なお断続的な便意を抱えたまま後半戦に突入するのである。火鍋のわが国本土上陸の際には少なくとも麺類を増加すべく進言申し上げたい。

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