コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

7月30日(日) マタシテモ  -写真 - ★カメラ&レンズ・機材-

i15.jpg  台北でのシャンプーの最中、交替で泡で装飾された髪を撮影し合っていたところ、祐旭からのパスを受け損ない、哀れ落下したニコンの35倍コンパクトは僅か二週間でお釈迦になったのである。
 勿論、保証期間内なので修理に出せば済むのだが、大きさも見映えも何と無く埒外だったので新規所望するとは我ながら馬鹿としか言い様が無い。
 不見転で失策したため久々にビックカメラにて実地検分すれば「世界最小30倍」は確かに小振りだが、流石にもうソニーはご遠慮したい。ならば一眼とともにキャノンとなるが、最新作はお値段も張るしこれも亦分厚いではないか。ところがハタと気付いたのは望遠は一代前から40倍で変わらず、要は自撮り用にモニターが跳ね上がるギミックを有する分肥り気味なのであって、考えてみれば今般も持参した自撮り棒は遂ぞ一度として登板する局面が訪れなかったのだから、新機能は無用の長物である。
i14.jpg  店員氏が次々と寄って来る押し掛け商法に久々に見舞われて閉口し、わざわざ有楽町から赤坂に河岸を改め結局旧作を入手した。ところが驚いたことに今度は、台湾では立派に働いたカシオの広角が、分離されるレンズ側が反応しなくなっているではないか。こちらは錯覚に過ぎず程無く復調したが鬼籍に入るカメラ達、流石に軽快な新規は丁重に長持ちさせようか。
 久々のおおむらさきは前半中コースはラストのロングで砂イチのパーを拾い期待を持たせたものの、漸く霧雨が上がると湿気だらけの暑さに体力を奪われたか、後半はダボチンスキーが続いた挙げ句のダブルパーで撃沈とは悔いを残した。
 スプーンで250y近く飛ばす体格の良い御仁には少しも触発されず、軽く振り続けたドライバーはまずまず、ミドルパットが入っていただけにアプローチ・ミスが痛恨だったか。

7月28日(金) 金曜日には球を投げて  -政治・経済 - 政治・経済・社会問題なんでも-

i12.jpg  ootemoriなるビルの中のフリースペースが初めてなら、ボッチャ観戦も初めてだったが、陸のカーリングと言われてもカーリング自体のルールも覚束無いから、元より著しく複雑では無かったとしてもその真髄には到底至らない。
 ただ多くの障害者スポーツが既存の競技に器具を用いて改編したものであるのに対し、端から新たに考案され遡及的に万人に門戸が開かれたという意味で、ボッチャの立ち位置は極めて現代的である。
 他方、ジョブ・ディスクリプションがある程度明確な職責においては、既に多くの組織において時間管理を伴わない高度プロフェッショナル型の賃金形態が採用されており、第四金曜に限らず出入りは拘束されない。逆に時間と場所の固定が前提となる製造業やサービス業においては如何に推奨されようと、端から休暇にでもしない限りプレミアムにはなり得ない。
i13.jpg  従って、障害者支援の大義名分の下に、ボッチャに託つけて、大手町の一空間のみプレミアムフライデーのイベントに邁進する姿は、元より働き方改革の一助を担うべく敢えて人身御供を演じているのだとしても、椎名副総裁にはしゃぎ過ぎとお叱りを招きはしないか。
 かく言う私も議員対応を装い、宴席までの繋ぎとして、その実物見遊山で見物していただけだから多くは騙り得ないが。

 夜はホテルのお庭で洒落たバーベキュー。焼き場に隣接した席は外気と火炎でダイバダッタも吃驚の熱気が罰ゲームの如しだったが、今日も肉と貝ばから鱈鰒詰め込んでアルコールを煽り、二次会も放談会に。

7月25日(火) みんながあなたのことを  -海外情報 - 台湾-

i3.jpg  そもそもサピックス夏期講習の合間を縫うので父よりもプレ受験生の日程優先だが、ハワイなら海と真珠湾、パラオは潜水、ケアンズならコアラにカンガルーと複数の目玉商品に対し、三泊四日の駆け足でも概ね堪能可能との観点から台湾に落ち着いたとも言える。
i4.jpg  して早くも最終日、遠乗りは諦め忠烈祠に、嘗てわが国統治期の護国神社であり、即ち今もなお台湾の靖国神社である。予備知識無く伺い門下に立哨する衛兵を眺めていると自然に前庭に招き入れられ、程無く更に七人の兵隊さんが行進入場してくる。
 規律正しく中央を闊歩するに連れ、観衆の喫水線も潮が満ちる様に繰り上がっていくのが面白い。愈々本堂まで到達すると儀仗銃を捧げつつ交換しつつ、こちらにも二人を残して五人で引き返す。バッキンガム宮殿の如く楽隊の無い分却って静謐であるし、朝一番は冒頭国歌も流れる豪華版であった。残念ながらわが国皇宮護衛官の交替儀式は警察組織でもあり仰々しくは行われないが、陸海空に共通した制服エリートへの登竜門たろうし、国民が軍の存在感や規律に親しむという意味でも有用だろう。
 流石に朝方は炎天下の鑑賞も然程苦にはならなかったが、交替した衛兵が門番に着任する時分には既にお馴染みの熱気に襲われる。スコールも御目見えし今や亜熱帯と化したと揶揄されるわが国を遥かに凌駕しているが、台風シーズンにも拘わらず全行程快晴続きだったのは暑くても幸甚と受け止めるべきなのだろう。

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 わが国なら家電の爆買いや医療ツーリズムであれば、台湾も飲食に留まらず昨今はシャンプーが新たな名物に浮上するとは、観光立国もサービス産業が死命を制するということか。
 残り少なくなった島紀行だが避暑も兼ねホテル近隣の美容室を目指し、観光ガイドに掲載されている割りに外観はおんぼろで一瞬怯んだものの、一転して店内は華やいでおり安堵する。
i7.jpg  頭皮マッサージを兼ねる実理性とともに座したまま泡立て、とくに女性はララーシュタインの如くに髪を逆立てるパフォーマンスが人気の秘訣であり、当然著しいコストも技術も擁しないからコロンブスの卵である。
 ロングタームの妻はそのまま残し、幾分サラサラ頭に変貌した子供達と総統府の外観のみ眺めてとんぼ返り。祐旭が東京駅に酷似していると看破した様に旧台湾総督府だが、結局わが国統治期来の遺構は旧台湾神社の圓山大飯店とともに痕跡を残せぬままに終わった。

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右は高雄のMRT
  至る処に専用レーンを仕立てたBRTも走っていたが、結局台北と高雄で試験的に一度ずつ地下鉄を利用した以外全てタクシー移動だったのは、都市の領域が狭く未だバイクも多くて渋滞が無いのに加え、どうやらわが国同様の距離と時間の併用制ながら、圧倒的にタクシーが安いからに他ならない。
i10.jpg  ドアこそ自動ではないものの一様に黄色に一括された姿は、羽田にて丁度黒や紺ばかり並んだタクシー乗り場に「一台もいないかと思ったよ」と二人して宣ったわが子の述懐を待つ迄も無く、五輪に向けユニバーサル・タクシーの仕様統一も遡上に登るわが国にとっても、示唆に富むものがあったろう。
i11.jpg  最後の昼餐はわが国でもお馴染みの天香回味とし、本場もまた舌にカレー風味を曲解させる香辛料は普遍であった。寧ろ醤油ベースの垂れだった一昨日の方が"台湾じゃトラディショナル"なのかは、小籠包六回に火鍋二回で結局純然たる台湾料理を賞味していないので判らない。

 帰路、こちらもわが国統治期の遺構と言えよう松山空港は同年に供用された板付飛行場同様に、極端に市街地から近い利便性が売りだが、手狭かつ騒音問題等から移転が遡上に登っているとは勿体無い。 「ここは松山~」とこぶしを回す公資の唄声とともに充実した旅は終わった。

7月24日(月) 小籠包に包まれたい  -海外情報 - 台湾-

h986.jpg  朝から蟒蛇の如くに腹に収めていく子供達には朝食バイキング付きは幸便だったが、父は茹で卵にスクランブルエッグ、残念ながらこれも名物の牛肉麺はどうにも出汁としてエキスを収奪された後の、出涸らしの草鞋を口に運んでいる様で、初日限りにて断念した。

 「以徳報怨」蒋介石総統閣下が今は亡き蘇連邦とは対照的に敗走する帝国臣民を解放したのは、勿論国共内線に向けた対応の一環ではあったろう。ただ現実に大陸を中華人民共和国に席巻され、反抗が叶わなかった結果として、東西冷戦の最先端に位置することになったわが国が早期の独立と、国防を駐留米軍に委ね経済復興に特化し得たとすれば、たとえ片想いであったとしても中華民国にそこはかとなき共感を抱くのは道理である。そして中国四千年の歴史の一部が、遠く重慶を経て搬送展示されているのがここ国立故宮博物院、三日目に至り極めて正攻法に回帰し、流石にこちらは要入館料である。
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 早朝から訪れたので目玉商品の翡翠の白菜には並ばず御目に掛かれたものの、豚の角煮が嘉義の別館に出張中とは残念だった。何と無く歴史展示が物足りなく感じられたのはそもそも書や焼き物の類に興味が無いからだろう。しかも自慢の庭も月曜休館とは御縁が薄かったか。
 更にドバイに続きスカイツリーにも抜かれて世界第四位に後退した台北101へと連日のタワー詣でとなった。
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 五稜郭にしろ、横浜にしろ、タワーと名の付くものには喜び勇んで登ってきたが、いざ高速エレベーターで89階に進んで摩天楼から地表を眺めても今ひとつ感慨が湧いて来ない。寧ろ91階の屋外展望台は柵だらけで到底展望には不向きだったものの、あと10階分のタワー先端を仰ぎ見たのが余程得難い体験であった。
 要は眼下に拡がる街道であれ建物であれ、或いは遠く臨む海山近隣の諸都市であれ、例えばあれが嘗てわが国最高峰であった新高山なぞと故事来歴あるアイテムを実見した事実に意義を見出だすのであって、単に美しいスペクタクルには重きを肯じ得ない性癖ということか。
h992.jpg  ダッコちゃんにも似たサンリオ作のゆるキャラ、ダンパーベイビーは色合いによっては「ちびくろサンボ」的な懸念を生じさせそうではあったが、帰路88階の下りエレベーターへの通路には辺り一面に宝石商が拡がり、高く昇れば舞い上がり財布の紐が緩まる訳でも無かるまい、些かサンシャイン60の亜流の様な、洗練とは必ずしも相容れない様相であった。

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ピサの斜塔でもタージマハールでも御馴染みの図
微妙にズレました
   さて小籠包も有名店にと永楽街に繰り出してはみたものの、わが国にも支店を有するそれは長蛇の列で、散歩がてら練り歩く気力・体力は熱気に奪われ、近隣で妥協したところ椎茸の味が強く道中ほぼ唯一の失策だったか。
 しかし転んでは只では起きず都市変遷評論家の顔に変じて地下鉄をひと駅試乗、JTBから与えられた台北版SUICAを活用する。中正記念堂はわが国統治期の歩兵第一連隊駐屯跡地らしく余りに広大で、照り返しの厳しさに遠く蒋介石閣下のお姿を仰ぐのみで早々に退散した。
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こちらにも101はしっかり写り込んでいる
 ここでホテルに戻り今般唯一のリゾート・モードは屋上のプール、妻はお買い物である。ホテルからも101はランドマークたる役割を立派に果たしているが、タクシー移動ばかりなので一向に土地勘は備わらない。

 夕刻は士林市場へと繰り出した。地下へ降りればケアンズの夜市を遥かに凌駕するキッチュさ、旧き良き亜細亜らしいと言うべきか、お洒落・小綺麗と言った賞賛とは正反対にある食堂街だが、確かに小籠包は安くて美味い。
 一階は常設化された的屋業の集合体の如しで、海老釣り、風船割り、射的にコリント型のパチンコと出店が並ぶ。麻雀牌を用いたビンゴが実に中華仕様であったが、収穫物はメザシの縫い包みとはこちらもシュールだった。
 到底耐震基準を満たしている様には見えないが、老朽化に伴い一旦仮店舗に移転した後、旧来の趣きを維持しつつ再び市場として賑橋を取り戻したらしい。畢竟、築地もまた本当に再開発されるならば、仲買売買施設としての狭義の市場性に留まらず、こういた夜市的なエンターテインメントや猥雑さをも包含する、「おんな城主 直虎」における気賀の如く市場擬きを目指すことになるのだろうか。
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 実は御出掛け前に揉まれて仕舞ったのだが、妻が散策中に発見したマッサージ店で揃って再び揉まれ、実に六店目となる小龍包に有り付く。思うにわが国のそれは比較的皮が厚くて寧ろ肉まんの領域に近いのに対し、本家は餃子との親和性が高いのが個人的な勝因だったろうか。

7月23日(日)-2 走れバイシクル  -海外情報 - 台湾-

h976.jpg 鄙びた街並みや明媚な風光よりは判り易いギミックを好む性向からすれば、航路拡大の為に敢えて半島を旗津島として切り出し、その結果観光地化したと言われても必ずしも食指の動く響きではない。
 港からフェリーにて約10分、沖合いに小振りとはいえ駆逐艦らしきが停泊しているのは、行政区画としての旗津区が南沙諸島をも管轄していると聞けば合点がいくが、船着き場に降り立てば辺り一面に並べられたレンタサイクルに自然と足が向かう構造になっている。
h977.jpg 電導自転車と言ってもわが家も長年愛用し、屡々盗難にも見舞われて来た足漕ぎのアシストにあらず、ハンドルのスターターを回せば滑走する四輪車だから明らかにわが国法規に照らせば所謂原付に他ならない。事実、貸与時には運転免許証を預け入れるが、旧宗主国条項が働く訳でも無かろうから合法であるかは問うてはなるまい。
 ただ風力発電も設置される風の流れの良さの中、車道を滑走すれば猛暑も吹き飛ぶ快適さと同時にこれ自体が立派なエンターテインメントである。幾ら貝好きであっても貝殻博物館を繁々と眺める趣味は無いが、海沿いに配置された魁偉な貝殻のモニュメントはキッチュでこれ又絶好の絵柄では無いか。
h978.jpg ところが好事魔多し、調子に乗って風車まで足を伸ばしたのが運の尽き、俄かにスピードが衰えて来る。慌てて踵を返したものの復路迷って漸く商店街に辿り着いた頃には風前の灯火になって来た。充電が切れれば単なる重い箱、EVの悲劇を遠く台湾で体感する羽目に陥るとは露も想像しなかったが、一家四人総出で交替しつつ人力で漕ぎ尽くし命辛々船着き場に帰還出来たとは、子供達も成長を遂げた証しであろう。

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 東京タワーにしろスカイツリーにしろ、古来より虚空に聳えるタワーは人間の飽く無き上昇志向の象徴であるとともに、都市の位置関係を把握する為のランドマークでもある。
 事実、フェリーからも高雄85スカイタワーの偉容は際立っていたが、タクシーから拝察する限り途上には実用性に乏しそうなオブジェばかり至る処工事の嵐である。しかしながらいざ東京タワーとほぼ同標高の展望台にセットされた、眺めるべく光景を模した図番には、須く完成形が恰も現在であるかの如くに掲げられているではないか。
 地表には試験的に導入された路面電車がHOゲージの如くに蠢き始めてはいるものの、どうやらタワー自体も空き家が少なくなく、都市の活性化に向けた成長余力と見るか、単にバブル崩壊宜しく工期遅延による夢の残砂と受け止めるべきかは微妙であろう。
h981.jpg  近隣のデパートの2フロアを占めるフードコートにて又もや小籠包、目の前には大戸屋が鎮座しているのは日本映画同様に日本食への人気を物語っていようか。わざわざ午後の日射しが益々照り付けるなか徒歩移動を選択したのは、三多商圏駅に直結しているからに他ならない。
 ここからは敢えて地下鉄(左写真車内)に乗ってみた。切符の替わりにプラスチックの丸コインを投入する手法は印度も同じだったから亜細亜では一般的なのかも知れない。

 左営駅に帰ってきた。再びバーコードを翳すも改札に弾かれる。どうやら指定特急券は凡ゆる自由特急券の権能を内包するわが国と仕様が異なるのは、矢張りハイブリッド種故か。止む無くみどりの窓口に並ぶも指定は既に満席、では終点だからと自由への振り替えを求めると、あろうことか差額を返金して呉れるではないか。しかもご丁寧に一本早い次のひかりの時刻まで教授され、良心的かつ親切である。
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 いざホームに登り或いは大陸ならば血で血を争う席の争奪戦が繰り広げられようかと身構えたものの、皆整然と列を為し全くの杞憂であった。途中駅からは自由席の通路にも乗客が並び、日曜の夜とはいえ経営危機も憂えられながら先ずは順調な需要振りである。
 振り返れば確かに解説が無いので小ネタを仕込むには不都合だったが、何よりもコスト面から、また縛られず自由気儘な行脚という意味でも非ツアーは正解だったのではないか。

 台北に戻りその足で火鍋を鱈鰒喰らい、丁度隣のタピオカも賞味する。「世界発 現場でタピオカ作り」なる日本語のコピーも鮮やかだが、杏仁豆腐にしろ周囲の液体の甘さに相違して本体の味が稀薄な食物は苦手で、折角の台湾名物を哀れ残して仕舞った。いい加減便秘続きの胃腸が許容の限界を迎えていたのかも知れないが。

7月23日(日)-1 地底超特急 南へ  -海外情報 - 台湾-

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 台北駅は国技館にも似た佇まいの堅牢洪大な総合駅舎である。昨日ホテルに草鞋を脱ぎ、ケアンズではレストランの予約迄もおんぶに抱っこだったJTBツアーデスクを真っ先に訪れたものの、あろうことか土日は人手が足りずチケット手配が叶わないとはとんだ喰わせものである。止む無く見る限りセブンイレブン2対ファミリーマート1の割合で点在しているコンビニの画面案内に従い、半信半疑で印刷したバーコードを改札に照らせば案ずるより産むがスムースに構内に滑り込み、見渡せば空港の如く近代的な造詣に対面する。
 折角なのでと大枚叩いた「商用」即ちビジネス=グリーンに居を据えると、程無く車窓にはわが国かと見紛うが如き辺り一面の水田が拡がり、僅かに彩る木々だけが南国モードを物語っている。
h984.jpg ただ都市部に一直線に線路を引いたからだろうカーブすら希少で、かの中国リニアの様に加速するに連れ増大する揺れに身に迫る些かの恐怖感も皆無であり、元よりわが国技術の高さの証明には他ならなくとも、とくに前半戦は隧道ばかりで観光路線としては物足り無さは否めない。
h975.jpg 何よりも路盤や制御システムは欧州仕様で出発し、上物だけJR東海が鳴り物要りで逆転受注した混血児にも拘わらず、グリーンにはパーサーがお絞りを運び、前席の背中には"台湾のウェッジ"と囁かれているかは定かで無いが雑誌が据え付けられる、グリーン車のサービスまで完全に瓜二つで、視察対象としては物珍しさに乏しかったと言うのは無いものねだりだったか。

 台湾第二の都市、高雄が先住民族の地名の音にわが国統治期に宛字で高雄の字を誂えたエピソードは有名であろう。
 しかし観光バスが我々を待ち受けてはいないので、逡巡もせず行き当たりばったり向かったのは蓮池潭であった。いきなりジグザグの廻廊を亘り龍の胎内を潜り抜け、五重の双搭の片割れに登り文字通り蓮だらけの湖面を睥睨すれば、吹き去る風が快適である。今度は虎を通って元に戻るのだが、龍虎だけに「おいしいですね」と呟いてみても最早わが国でも通用しない呆けだろう。況んや高雄においておや。
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 東洋人ですら異国情緒を掻き立てられる絶好の撮影スポットであり、絵に描いた様なエキゾチズムは貴重な観光資源に他ならず、少し歩けば今度は横たわる龍が我々を待ち受け、幾分小振りな双搭に観音様までトッピングされた春秋閣が現れる。遥か向正面には得体の知れない巨大な神様も鎮座しているのが伺えるが、惜しむらくは日照りが強過ぎて到底徒歩行軍に及ぶ気力は湧いて来ない。
 しかしこの広大な空間は何等かの宗教性を帯びているとしか思い難いものの、かの関羽雲長を祀る廟こそあれストレートな神社仏閣の類は誂えられていない。或いは土着信仰とはかく形而上のアイテムに囚われない仕立てなのかも知れない。

7月22日(土) 神は隠さず  -海外情報 - 台湾-

h965.jpg  朝8時にわが家を出立し、現地時間13時には台北に降り立っているのだから、凡そ半世紀に亘るわが国統治という事実を措いてなお台湾は掛け値なしに近しい国である。
 想えば2011年のグアムを皮切りに、バリ島沖縄ハワイ北海道パラオ、そしてケアンズと、祐旭が受験生だった2015年を除いて外地や海外に赴いてきたが、実に非リゾート地は初めての選択であった。
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 辺りを見渡せば多少なりとも郊外なのだろうか、亜細亜風と言うよりは疎開の如く、蘇洲夜曲の奏でが似合いそうとの感想は明らかに年代的にそぐわないものの、スクリーンに映し出された様な光景が散見される。しかしながら程無く中心街に至れば絵に描いた様な先進国が現れた。

 従って極めてオーソドックスな家族旅行宜しく名所旧跡からスタートする。孔子廟は公資の命名の由来のひとつ、と言えばルーツを探る道程の如く美しかったが、実態は全く無関係である。とは言え大陸の菅原道真として太宰府の替わりに受験生が詣でるには相応しかろう、何故か客引きに極めて積極的なお札の即売ならぬ即書コーナーにて公資は当然「学業精進」、祐旭は「夢想成真」と若干叙情フォークの如しだが認めて貰う。
 続いて定番中の定番の龍山寺は、東南亜細亜の上座部ほどではなくとも、仏教ながら多分にアミニズムが移入された様な混淆振りには面喰らうものの、寧ろわが国の佗び寂びを極め華美とは対極に位置する寺院の方が世界的には奇異なのかも知れない。 丁度夕刻の日行のタイミングだったのか参拝者が須く南無阿弥陀仏を、読経と言うよりは賛美歌の如く吟い続けており、祭り宜しくハレの空間を形成するのもまた日常に同化した宗教の有り様なのだろうと得心しておいた。

h968.jpg  夕刻からは早速バスに揺られて約一時間の小遠征である。わが国統治時代の金山跡が由来であり炭鉱の街同様に思い切り寂れた後に、急傾斜故の段差豊かな斜面地建造物群がレトロな風景として映画のロケ地として注目を集め、結果的に観光地として一斉を風靡することになった波瀾万丈の地、九份である。
h969.jpg  加えて映画「千と千尋の神隠し」の舞台とのまことしやかな風説が流布され、スタジオ・ジブリからは公式に否定されているものの現地では敢えて噂が拡がるままにしているのだろう、今やわが国の台北観光最大のメッカとなっている。
 亜熱帯気候故に油分豊かな調理が好まれ、それを中和する為の居並ぶ茶店もまた台湾のアピールポイントのひとつだが、「泣かないで~」と館ひろし氏を気取りながら中国茶を啜る嗜好は無いものの、多くは中華料理店もまた兼ねているから混まない内に小籠包にあり付く。焼売は崎陽軒を至上に仰ぐ一方で、餃子はみんみんも正嗣も拘りなく平らげる私も小籠包には疎遠であったが、明らかに本邦より美味に感じられるのは本場たる先入観の為せる業だろうか。
h970.jpg 勿論、湯婆婆の館のモデルとされている阿妹茶酒館やその向かい合わせで絶好の撮影ポイント、海悦楼茶坊は混雑の極みなので別の店舗だったが、幸便に四階窓際の席に案内され、台湾麦酒が薄くて夫婦共々恐ろしく口に合わなかったのを除けば、夕暮れの海を臨む絶景に早速祐旭も携帯の待ち受け画面に採用しており、常日頃の如く満腹中枢を惑わせるが如く過剰な注文に散財するのであった。 ただ何れも煌びやかな、有り体に言えば派手な仏閣二者に対して、確かに日本人が好みそうな情緒性に富んだ趣きには違いないが、逆に言えば必ずしも中華イズムらしからぬ風情であり、これが台北最大の観光資源とは間釈が合わない感無きにしもあらずではあった。

 ツアーの起終点がマッサージ店なのはJTBの策略だろうが、見事に乗せられて揉まれて帰る。元より観光客向けだから台湾式を称しても過剰な痛みは伴わないが、泰王国の様な安価には程遠い。観光客料金と言えばそれ迄だが、総じて物価は高く、逆に観光スポットが何れもロハだったのは産業としての観光立国に未だ潜在成長域を残していると読むべきなのだろうか。
 ただ振り替えれば結局この初日の夕刻が最初にして唯一のツアーとなったのは意外な展開だった。

7月21日(金) 忘れた時は出掛けずに  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h963.jpg  ドラマとは世相の鏡であり、たとえ歴史に題材を求めていても同時代の嗜好性が須くそこに投影される。例えば映画「バブルへGO」はかのバブル景気への憧憬に依居するものであろうが、同時にその後のリーマン・ショックで局面は一変したものの、少なくとも製作された2006年の時点では感覚的にはミニ・バブルとも言うべき経済情勢にあったことが伺われよう。
 この段に則れば漫画「疾風の勇人」の意外な人気は、元より高度経済成長期に至るダイナミズムへの郷愁が多分に作用はしていようものの、現下が景気循環の上昇期に位置しているとの認識が、暗に受け止められている証佐でもあろう。
 「吉田学校」たる枠組みをベースに置いている時点で既に小説吉田学校史観の影響が見られるが、かの戸川猪佐武氏は寧ろ三木武吉氏、河野一郎氏から田中角栄氏に至る党人派の軌跡が主眼にあり、小説吉田学校に描かれなかった池田勇人氏を筆頭とする宏池会の歩みを加味したものとも言える。
 ただ結果的に保守本流を形成することになった吉田氏から池田氏、佐藤栄作氏の流れを受容するにしろしないにしろ、須く戦後わが国の骨格を編み出したのが吉田茂総理との解釈は一致している。
 渡辺謙氏の演じた吉田茂「負けて、勝つ」が2012年のドラマである事実は、或いは"吉田"のアンチテーゼであった"鳩山"に端を発する民主党政権の崩壊を視野に入れたものと懐旧するのは些か後読みが過ぎるのかも知れまい。
 とは言え多分に本筋には余分としか表現の仕様の無い親子ドラマが混入されている点を除けば、一貫して戦力無き国家を希求して経済成長を優先した「吉田ドクトリン」が肯定的に描かれている。
 そこには勿論、タイトルにも透けて見える外交官の陸軍嫌いが強く反映されているとしても、果たして経済復旧が一定規模に達した後の自衛力に如何なる想いを馳せていたかは必ずしも窺い知れない。
h964.jpg  五年後の眼から見る時、それは多分に示唆的である。本来、憲法とは国の統治機構の在り方であるとの前提に立てば9条ばかりがクローズアップされるべきでは無いとの議論はあろうが、「負けて、勝つ」を「負けるならいくさ以外で」と読み替えるにしても、晩年の吉田茂氏の恐らくは定着し過ぎたドクトリンへの幾分の悔恨を秘めた静かなる転向に、今ならなおスポットライトが当たっていたのだろうか。

 越すに越されぬ大井川を越えず、その畔の島田駅から程近くに遠征した。永田町稼業に長らく携わっていても、企業と政治家の関係性が永田町とは一変する「地元」の日常的な光景を目の当たりにする機会は稀少なだけに、貴重な闖入であった。少し遠かったけど。

7月15日(土) お灯明にはならないけれど  -スポーツ - ゴルフ-

h962.jpg  酷暑の中、ひと月振りになる芝刈り、惜しくも二桁を逃すピタリ賞百ではあったが、取り分け後半の、OBによるダブルパーを2ホール叩き出しながら、にも拘わらずパーも3つ拾っての48は大いに光明が開かれただろう。
 そもそもボギー狙いで最大限ダボを減らす慎重なプレイを続ける限り、大叩きした時点で百切りに黄信号が灯り緊張感を喪い疲労ばかりが残る事態に陥りかねないが、出入りが激しくても50を切れる実績があれば希望が拡がるのである。
 考えてみればOBの連発も些少なりとも距離の伸びる前兆と受け止めれば吉兆たろうし、更に虫の良い話しを言えば、大叩きを抹消すれば論理上は40代前半も著しく困難な道程では無くなる帰結が導かれよう。
 事実、177ヤードと115ヤード打ち下ろしのふたつのニアピンを、何れもパー縛りをクリアして獲得しているのだから、技量以上にメンタル面も鍛えられているのかも知れない。
 何よりも亡き父のドライバーが当たっていたのは、良い供養になったのではないか。

7月12日(水) 働く男  -写真 - ★カメラ&レンズ・機材-

 同僚が長旅に出たのは六月第四週だが、その前週後半から事前演習だったので、はやひとり立ちも実質ひと月になる。
 正味三人半の小所帯からひとりが欠ける戦力減は甚大で、何かに急き立てられている様な焦燥感と常に背中合わせではあるものの、人は良くも悪くも柔軟性に長けた生き物なので、少しずつ生活パターンが確立されて来る。
 昼間は人に会うのが商売だから、従来から文章や書類を認めるのは不意の電話や来客に惑わされない、宴席の無い夜を用いてきたが、溜まった事務処理は寧ろ朝を活用するというのが体得した解である。
 元より朝食会があればより気忙しいが、幸い国会の閉まった夏場はそれも幾分疎らになる。何れにしろ7時までには家を出るから、オータニやらルポールやらに向かわなければ7時40分頃には出社するとして、何と無く部局全体が稼働モードになるまでの約一時間を、これまでは些か怠惰に時を刻んでいたのを宗旨変えして、集中して作業に充てれば効率性は高い。
 ただ郵便物の多くは午後イチに到着するので、昼食会から帰着すると机上に堆く積み上げられて萎える事態も少なくはない。元より一刻を争う処理ばかり要求される訳では無いからパターンに即して翌朝送りにすればよいところ、いつ何時不測の事態が訪れるやもという、美しく言えばリスクヘッジの習性が染み着いているのか、或いは単なる貧乏性か、寸暇を惜しんで処理に血道を挙げ、今度は纏まった暇が生じるアンバランスにも事欠かない。
 そもそも茶々を入れたり、永田町での、周辺居住者で無ければ理解を得難い笑いを披露する話し相手が居ないと、黙々と作業に勤しんでは独り言ばかり増えて一見危ない人の様相も呈している。
 物理的な多忙さよりも心理的な潤滑油に欠ける日々、暑さもピークの八月を迎えればひと息付けるのかしらん。

h961.jpg  そのストレス解消でも無いのだが買い物ブギ、そろそろ新しいモノが欲しくなるタイミングで時宜を得てダイヤルがガタガタになるとは、流石のソニー製品ではないか。
 記録用が主のコンパクトは望遠が鍵なので光学40倍のキャノンに牽かれたが、敢えて一眼との重複を避け35倍のニコンを選択する。
 しかし実物を不見転のまま購入したため常日頃携帯するには微妙に大振りだし、飛び上がるフラッシュの土台が如何にも華奢で長持ちするか不安である。人の安全に直結しない工業製品は、定期的な代替わりを促す位が経済的合理性を有するという示唆だろうか。決して安心には資さない気もするが。
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