コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

1月29日(日) 新しい芝刈りを  -スポーツ - ゴルフ-

h827.jpg  前回初見参の無欲の好調に刺激された訳でも無いのだが、折角の社用族の身の上ならば会員紹介扱いにてプレイ出来る、にも関わらず日常的に社業としては殆ど見向きもされないゴルフ場を、あわよくば発掘さもなくば品定めして篩に掛けるようかと八王子の古風なクラブハウスへと赴く。
 ドライバーはそれなりに安定して前へ前へとバックしなかったが、恐らく創立時はコース周辺に建造物が立ち並んではいなかったろうものの、今や市街地に程近く距離の短い分、バンカー幾多グリーンには微妙なうねりと打数が嵩んでいくのも道理かも知れまい。
 そもそも起伏に富み平坦なホールが僅かだからこそ、存外に第二打以降も奮わなかったのは宜なるかなであろう。
 ただ詰まるところ四ホール目のロングで見事スリーオンと思いきや奥のバンカーまで転がって暗転と、手前から攻めるの鉄則に反したのみならず、ロングとショートで稼ぐべく皮算用が崩れた心理的ダメージが大きく作用したのは否めまい。
 驚いたのは幾ら冬場とはいえ風呂が改装中だったことで、幸いごみ焼却場の見返り施設と思われる近隣の戸吹ゆったり館にご案内されたが、結論としては風呂が治ったらもう一度くらい挑んでみたい、と日記には書いても位の所感か。

h812.jpg  京樽系列の三崎港は店舗に依っては職人が目の前で握って呉れる、開店寿司としては中の上クラスに位置していよう。しかし今日はどうも客の回転が遅いのではと思ったら、通常少なくとも二名以上の職人氏が陣取るところ、何とナポレオンも吃驚のひとり立ちである。
 憐れ若き職人氏は注文を受けては手づから握りつつ、バックヤードには「お時間戴きました」と客に猶予を得たと添えて腰低くオーダーし、更に各席に「注文漏れはありませんか」と平身低頭しているが、カウンター20席に三テーブル全て賄うのは聖徳太子でも難関だろう。
 恐らくは偶々欠員が生じたのだろうが、ならば最初からパネルタッチ、オールバックヤード方式の方が、とくに「穴子十貫」等と特異な注文を乱発するわが家には相応しかろうと思っても、矢張り人が立ってる有り難みもあったりして。

1月28日(土) 少し太って、なが~く肥らないで  -育児 - パパ育児日記。-

h809.jpg  学校公開の名のもとの土曜授業の参観、三時間目は四年以上のクラブ活動である。体育館を二つに分け一方は篭球、公資は当然の様に卓球に身を寄せている。
 四つの台に分かれてのトーナメントも上級生を薙ぎ倒しての二連勝とは、流石に わが家でも温泉でも、あまつさえ大枚叩いてコーチの指導まで受けている鍛練の成果が着実に表れていると言えようか。
 しかしながらクラブ員だからある程度の水準こそあれ、皆ラリーが続きスマッシュまで決めているのだから立派なものだが、どうやら取り分け公資の学年が流行の端緒らしく、シニアボランティアなのか些か礼儀作法にも煩い白髪、禿頭の二人の特設指導員すら誂えられている。

h811.jpg  ただ幸か不幸か小学生同士の対戦では著しく体力を消耗しはしないから、ダイエットへの寄与は小さかろう。古より身長マイナス100がひとつの指標として口端に上って来たが、この簡易システムにおいても昨今は110にハードルが上がっているし、寧ろ健康診断において矢鱈と取り沙汰される体格指数BMIを基盤とする「標準体重」が市民権を得つつある。
 これは身長の二乗にBMI22を乗じたものでわが身に置き換えれば12キロオーバー、更に厳しい「美容体重」BMI20を摘要すれば20キロ近くなり未だ免停には至らないものの罰金額が増えていく。
 実際には加齢に伴う緩やかな増量は許容されて然るべきで、危惧すべきは為替同様著しい変動に他ならない。実際、BMI20換算なら標準並の公資も学童仕様である身長の三乗X13で図れば7キロオーバーである。因みに中学生の祐旭は既に166センチのため何方でもほぼ結果が一致しており成る程配慮が行き届いている。
 しかしながらこれは飽く迄「標準」であり、力士にアンコとソップがある様に、幾ら食べても太らない好代謝から、美しく言えばエネルギー効率に優れ余剰原資が脂肪へと蓄積され易い人まで持って生まれた体質は一様ではない。
 だから例えば[身長ー110]X1.1をふくよかの方へのメルクマール、新太っちょ指数と定めるのは如何かなどと、公資と同病相憐れんでみる今日この頃。

1月25日(水) 一年を三十日では過ごさない  -スポーツ - 大相撲-

h807.jpg  新横綱・稀勢の里の誕生を忠心よりお祝いしたい。そもそも優勝経験の無いままに昇進した双葉黒の廃業に至る不祥事以降、横綱昇進の条件が実質的に異様に厳格化され、本来「二場所連続優勝、乃至はそれに準ずる成績」の要件が、90年の旭富士以降は八代連続で「二場所連続優勝」を摘要されていた経緯に無理があったと言うべきだろう。
 協会側も些か焦りを覚えたか、三年前の鶴竜が漸く優勝同点、優勝での昇格となったが、旧に復すには今般は寧ろよい契機になったのではないか。
 稀勢の里は大関昇進の際も慣例たる三場所33勝に満たないとの批判があったが、これとて嘗て三場所目の優勝を考慮された長谷川、優勝に次ぐ11勝で三場所前の負け越しを不問にされた魁傑らの30勝昇進に鑑みれば、数字による外形標準にのみ固執して将来性を閉ざして仕舞う蓋然性を今一度顧みるべきであろう。
h808.jpg  実際今般も次点とはいえ二差に続いての全勝を逃しての初優勝とは、横綱審議会への諮問を見送られても文句は言い難い成績とはいえ、例に挙げて申し訳ないが低迷から一転して二場所連続優勝で横綱昇進を果たしたものの、名大関で終わるべきだったと後に語られる琴櫻の様に、単に直近二場所だけの瞬発を以て判断すべきか否かが問われていたとも言える。
 勿論、国技であるからには日本人には少々甘くてもという暗黙の合意に裏付けられているのを割り引いたとしてなお、新たな指標として「年間最多勝」という外形的な裏付けを加味する苦肉の策は、結果的に従来の「二場所~」のみに拘泥しない、多面的評価を斎す大袈裟に言えば画期的な大相撲改革ではなかったか。
 だからこそ新横綱の責任は重いが、新入幕から73場所と亡き師匠、隆の里同様の遅咲きも相撲に限らず凡ゆる競技年齢、就くピーク年齢が上昇している中で、逆に新時代の力士の生き様を是非示して欲しいではないか。

1月22日(日) 大関に叶う  -スポーツ - ゴルフ-

h810.jpg  寒さも程々の中、前半はボギー・ペースでスタートし久々に同伴した政府高官氏から「こんなにお上手でしたか」と誉められる始末。ラスト三ホールでトリプルを二つ叩きながらも48は上出来に極まり無かろう。
 しかしながら幸い運転義務からも逃れたからと周囲の期待通り昼食時に日本酒を煽り、かつ折からの強風に見舞われた後半はいきなりの連続トリプルに気力も萎えそうになる。が前半もトリプル二つで50を切ったのだからと気を取り直しつつ、現実にはかく急回復は難しいかろうと諦観しつつ、14番ロングでミドルパットを沈めてボギーを拾ったのは明らかに回復基調の先行指標であったろう。
 実に15番からのミドル、ショート、ロングを三連続パー、しかも何れもパーオン2パットとは神憑り的展開に他ならない。常々言われることだが「ゴルフはメンタルのスポーツ」を初めて心から実感したと言えよう。
 結果は水平賞の96。勿論、距離の短さに助けられたのは否めないが、ドライバーの安定とともに、上げてザックリ、転がしてトップは必ずしも払拭出来ていないものの左手主導のアプローチが少し体得出来たのが奏功していよう。ただ考えてみればキャディーなし、初見のラウンドでパッティングの妙を発揮出来たのだから、そもそもグリーンが簡易だったのかも知れない。
 風邪を圧して強行出場した甲斐があったというもの。その代償は翌週前半のお仕事に少しばかり支障を来したが。

1月20日(金) 万歳の反対なのだ  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h804.jpg  仕事柄国会に入る事態はまま生ずる。当然議面から手続きを踏んでもよいが自由度を確保する為に通行証を借りるケースも多い。幾ら探しても衆の宛先が見付からず衛視に訪ねたら何時の間にか参院に居たこともあったが、院の独立性から衆参各々の通行証は相手方には通用しないから無自覚に突破していたことになる。実は四階の図書館を通過すれば誰にも咎められず両院を闊歩出来るがこれは裏技である。
 とは言え永田町周辺居住者生活17年目にして開会式に赴いたのは初めてであった。元より爵位を次いだ訳でも高額納税者になった訳でもなく傍聴席だが、和装議連の面々は紋付き袴、留袖のみならず振袖まで現れ、本会議場の衛視も今日はモール付きである。
 旧貴族院である参議院本会議場には460の座席があるので概ね半数は議席指定が無いがこの日だけは全席自由、しかしながら衆参総員が集まるため後ろは立ち見である。昨年から共産党も出席に転向した為、論理上はより混雑していることになる。
 与党が自然に右翼に陣取ることも無いが中央一列は慣例として閣僚席、総理の隣に見知らぬ顔があるのは最高裁長官である。 やがて場内に一瞬にして静寂が訪れると伊達参院議長に先導され天皇陛下が入場された。日本国民としてお姿を拝謁するだけでも有り難いが、退位法が成立すれば通常国会への御臨席はこれが最期となろう。
 陛下のお言葉の前後に衆参議長は交替で玉座に進み出、陛下に正対したまま降壇するが、これこそが嘗て福永健司氏が高齢を理由にリハーサルを強要され議長辞任に繋がった「カニの横這い」、と政治フリーク的な感慨も訪れる。厳密には松本治一郎氏の拒否事件以降、正対時以外は臀部を晒さなければ可と改められたので横這いではないが、確かに高齢者が後ろ向きに階段を降りるのは危険に映る。
 帰路は大島議長が先導して厳かな儀式は約10分で幕を閉じ、今日だけは開放される中央玄関も閉鎖され、中央広間の四つ目の台座は再び空席になる。
 虚礼は確かに廃止すべきだが、これは虚礼ではない。

h803.jpg  段々と知能が衰えて経済モノは新書ですら読むスピードが格段に下がっているが、「通貨の日本史」は興味深かった。
 先の大戦までは日本三悪人のひとりだった足利尊氏が復権し、逆に建武の中興は「新政」に暈された様に、歴史に後代の同時代的な評価が反映されるケースは少なくない。
 つい二十年程前までの財政金融の最大の眼目はインフレ退治であり、過去の通貨政策もまたその文脈から捉えられていたが、寧ろマネーを増大させる試みへの憧憬が滲み出ている。
 現世が元禄太平記で無いが故ではあるが。

1月19日(木) 吹けば飛ぶよな  -ゲーム - 将棋-

h805.jpg  ウルトラセブン第44話「第四惑星の悪夢」を想起する迄も無く、人工知能の発達したロボットに支配される人間という構図は目新しいものではない。幸か不幸かそれはまだSFの寓話でしかないが、知能競技の世界では既に現実になりつつある。
 市販されている様な将棋ソフトは素人眼にも特定のアルゴリズムに支配されているのが明らかだったが、今や人智には数限り無くともコンピュータには有限な変化を、しかも一瞬にして読み解くのは朝飯前で、ボナンザとの対決が話題を浚ったのも今や昔、犬が人を噛んでもニュースにならないではないが、寧ろ人間が人工知能に勝利する方が稀少になっている。
 恐らくは対人工知能の矢面に立った米長前将棋連盟会長には、引退した自らなら敗北しても将棋界の失墜とは看做されまいとの計算とともに、自らの知名度を活用して話題作りに供したいとの思惑もあった筈である。結果的にその行為が引き金となり任意参加の電王戦なる棋戦まで産み出し、人間の劣位が誰の眼にも明らかになったとはいえ、予想を遥かに上回る人工知能の発達に席巻された責を全て米長氏に帰するのは酷に過ぎよう。
 米長政権を引き継いだ谷川体制を四年で終焉させることになった今般のカンニング問題の結末も、詰まるところは人工知能との対戦を事実上容認した米長体制以来の旧体制批判に帰因する要素が見え隠れしているが、勿論対局時に李下の冠を排除するシステムは必要だとしても、須くコンピュータをタブー視したところで研究の際の利活用まで否定するのは現実的でも無ければ、寧ろ将棋の発展を阻害しかねまい。
 取った駒を再利用しない為に将棋より遥かに変化の少ないチェスにおいては既に人智との優劣が確定して久しいが、これを理由にゲームとしてのチェスが衰退するには至っていない。
 寧ろ棋界にとって喫緊なのはこうした未曾有の事態にリーダーシップを発揮する指導者の存在であろう。69歳で亡くなるまでA級の地位を維持しつつ会長職と両立して将棋会館設立を果たした大山十五世名人の如く、それこそ人智を超えた傑物を望むべくはなく、二上、中原、米長と名人乃至は名人クラスの、引退若しくは引退に近い実力者が会長職を継承した三代は適任者に恵まれた幸福な時代であり、B級1組に陥落したとはいえ未だ光速流衰えぬ谷川氏に同様の差配を求めること自体、無理があったのだろう。
 折しもこの日"神武以来の"77歳、加藤一二三元名人の引退が決まった。何れ谷川十七世の治世が再び訪れるとしても、その日まで集団指導体制を以て乗り切るのか、或いは元前頭筆頭ながら実務能力から武蔵川親方を理事長に仰いだ相撲協会の故事に学ぶのか、今こそ人工知能には決して担えないヒトの力が求められているのではないか。

h806.jpg  新劇が翻訳劇をその端緒としたのは、文字通り歌舞伎をはじめとする伝統芸能に比して新しかったからだが、舶来品を有り難がるわが国の気質が作用していたことも否めまい。
 今では異人を装う者同士が日本語で演ずる特殊な古典劇と化しているが、日本語だから話しの筋は追えるものの、寧ろ中国で映画化される三國志宜しく、観衆が遍くストーリーを把握している前提で細部の説明を省ける利点とともにキメのシーンの演出の巧拙、原作の西洋思想が如何に翻案されているかを味合うところに妙があるのだろう。
 逆にその翻訳劇が輸出されれば歌舞伎同様に台詞自体は解読不能でも、東洋に移植される際の変数にエキゾチズムを感ずると言えよう。
 従って池袋にて、本家倫敦においても上演された和訳のオフィーリアもまた、その意図がどうであれYMOの如く「ステレオタイプの東洋」として受け止められたのではないか、と開会式に長髪の鬘を被って現れる英国議員の心持ちで鑑賞した。

1月15日(日) お金は貸さない  -スポーツ - ゴルフ-

h800.jpg  厳冬は電力需要を拡大するものの出不精を促進して消費の減退を齋すのかも知れないが、だとすれば全国的な大雪の中にここ木更津だけは氷点下を回避されたのはわが国経済にとっては僥倖だったろうか。
 しかしながら既に練習の段階でグリーンの異様な早さには眼を見張る状況だったが、いざ始まるとティーは刺さらず、ナイスオンと思いきや跳ねるグリーンに嫌われて零れ落ちと、冬は手前からを痛感させられたのである。
 ただ三連休に学校傍からスキーへと向かう祐旭に荷物を搬送したその足で、久々に赴いた田無の巨大な練習場にて、砂の下を掻い潜るべく打ち込みに終始したが為か右手親指の爪間に鮮血を滲ませながらバンカーに挑んだ成果だろうか、練習通りに砂を取り過ぎて砂の器アゲインもあれ、我ながら苦手意識の強いバンカー・ショットにも拘わらずそれなりにふわりと上がる球を実践にて披露して砂イチすら成し遂げたのは、寒空の初打ちも意義があったというものだろう。
h801.jpg  驚いたのは丁度正午過の後半スタートだったにも拘わらず最終組で、雪予報でのキャンセルが相次いだのは理解出来るとしても、旗を受け取ろうと歩み寄ると倒したままで結構ですとのキャディー氏の仰せであった。バンカーも同様でならす必要も無く、だからと言って無闇に砂を目指す訳もないが、要は日々改めて御手入れ部隊が回遊する為の、倒れた旗はメルクマールの意も兼ねており、法人向けコースの手厚いケアに唸らされたのである。
 後半は流石にグリーンも通常スピードに回帰したが、考えてみれば季節を問わず手前から攻めるのが王道であり、期せずしてその効用を思い知らされたが、詰まるところスコアは105と昨年平均と大差無く、今年の行く末をもまた暗示する様な大禍無き門出であった。

1月11日(火) ここでタクシーさがし  -車・バイク - 自動車全般-

h799.jpg  須く倫頓を手本に仰ぐ必要は無かろうが、ブラックにしろイエローにしろ一見してタクシーと判る独特な形状は異邦人には解り易いのかも知れない。なる程わが国においては企業毎の色鮮やかなボデーがタクシーたるイコンを代弁しているとも言えようが、障害者乗車の円滑化も含め東京五輪に向けた次世代タクシーとなると結局は倫頓タクシーの亜流に回帰するのは、そもそも乗合自動車として優れた形状なのだろうか。
 タクシーと言えば供給過剰を齋したとしてひと頃は規制緩和の悪例の代名詞だったが、今月末には都内の初乗り運賃が400円前後に引き下げられ、替わりに長距離は値上げとなる。
 嘗ては駅で客待ちしていたタクシーには「近くてすみません」では済まされず、更に万札を出そうものなら降車拒否に遭遇するのも屡々、名古屋では流しのそれは安易に捕まえず大手二社を無線で招聘すべしと指導されたものだが、高齢者や訪日外国人の短距離移動に資するとの大義名分のみならず、自民党本部から第一議員会館は足腰が退化しそうでも会館から霞ヶ関に急行する際には重宝しよう。
h802.jpg  アプリから気軽に呼び出せる様になれば客待ちするタクシーの行動様式も大きく変革しよう。考えてみれば既にホテルに大量のタクシーが屯していたのも今や昔、長距離客を捕まえる嗅覚という職人技もまた、"繋がる"通信技術の波の中に体系化されていくのだろうか。

 議会は須く会派を単位に運営され、政党とは飽く迄院外の私的集団に過ぎないとの論理は、当代に至るまで政党に法人格を賦与する法的根拠が政党助成法以外に存在しない法理からも明らかである。
 実際、議員内閣制でない地方議会においては同一政党内に複数の会派が並立する事態は必ずしも珍しくない。
 ただだからと言って都議選を半年毎に控えたタイミングで最大会派から離脱した新会派「新風 自民党」の三議員の公認を認めるという判断は、現行会派に何等かの瑕疵が存在すると党中央が追認したが如くあらぬ疑いを招きかねまい。
 元より想定される"都民ファースト"党の攻勢を柳に風と受け流す為の、鵺宜しくの融通無碍さが政権政党の長年の知恵と割り切って仕舞えばそれ迄なのだが。

1月9日(祝) 仰ぎみるこそ尊けれ

h797.jpg  総じてこの年末年始はカレンダ配置から休みが短かった感があるが、祐旭こそ土曜に始業だったものの、公立小の公資は今日までと「幸せな月曜日」が機能して逆に空前の長き冬休みだった。
 とはいえ年男にも拘わらず正月らしい行事は皆無で、街中には成人式へと向かう振袖華やかしきを余所に、新年会とは名ばかりの昨年に次ぐ火鍋の集い、卒業から25年弱を経て第二次海外サイクルがピークを迎えて僅か五人とはこじんまりも極まれり。欠員分も平らげて満腹中枢は元より流石に胃腸にも支障を来しそうな膨満感に溢れる。
h798.jpg  漸く年中行事にあり付いたのはSAPIXの組分けテストを終え帰還した公資の〆切前日の書き初めで「お正月を写そう」が成立する。父と兄とは打って換わって存外に手慣れた風情なのは手先が器用なのか、或いは映像として全体を捉える俯瞰性に優れているのか。

 早卒業四半世紀とは若気は気ばかりで体力が覚束無くなるのも致し方ないが、サークル時代の友人のその後を追ったHPも最早休眠中ではあるものの、節目の年とあらば同窓会をとの声が沸沸と聞こえ始めるのも道理であろう。
 全国20数大学毎に委員会の存在するサークルであり、それだけ聞くと左巻きの様だが純然たる総資本下にあり、母数も多いため振り替えれば10年は御成婚二次会プロデュースの延長線上にパーティ・スペースから本郷の合宿擬きの泊まり込み大宴会、20年は子育て世代らしくと言うべきか大江戸温泉物語と趣向を凝らしてきただけに、今更単なる会食では芸が無さ過ぎよう。
 我ながら大広間で飲んで飽きたらひとっ風呂浴び、ラーメンやら軽食も別途所望出来てあまつさえ宿泊も可という温泉アミューズメントは名案だったが、再利用するなら記憶が欠落する程に年老いるまで待たねばなるまい。逆に30年を超えればホテルの一室にてエクゼクティブ・モードもあり得ようがコスト面からも未だ尚早であり、幾ら「励ます会」チックだからと言って憲政記念館に白羽の矢を立てても、この洒落は殆ど通用しまい。
 一案としては御成婚二次会期から遡上に上り続けている屋形船があるが、集合時間がケツカッチンになるネックを果たして解消出来るのかは見通しが立っていない。
 気の効いたプランがあったらご教授下さいませ。

1月6日(木) 切り札は何か  -政治・経済 - 国際政治-

h791.jpg  四日を皮切りに五日の経済三団体、次いで業界団体の新年賀詞交換会が実質的な仕事始め、通常国会の開会も例年通りに復し永田町的には比較的ゆるやかな年明けの為だろうか、総じて議員本人の出席は少ない。
 行動パターンも自然確立されて、何れも入口外に陣取って事前立礼の構えで来訪者をお迎え、謹まず新年の寿ぎを申し上げるだけでひと仕事こなした様な、実際立ちんぼで足が棒になる。
 ただ緩やかな年明けと思いきや、既に半ば予想されたとはいえ、いきなりツイッターにて「世界の警察」の筈の国家から保護主義的な矢が飛んで来て、昨年来の英米の激動から定番フレーズと化した「流動的な世界情勢」の深化を更に実感させられる。
 極めて逆説的に捉えれば先進国において最も安定的な政権たるわが国の予見可能性の高さこそが最適な経済環境の根幹であることが、改めて浮き彫りになる事態とも言えよう。
 しかしながら民主主義の成熟した国家には良くも悪くもドラスティックな変革は急激に訪れ得ないとするならば、国民ですら予想外の、必ずしも望ましくない結論を導き得る、悪く言えば理性との対局に位置する直接民主主義的な手法を時に採用するのは、著しいリセットと再構築の機会を齋すと肯定的に受け止めることも不可能ではない。
 元よりわが国の安定性への賞賛を少しとして否定するものではないが、もしわが国に欠けているものがあるとすれば議会制民主主義下においてその契機となるべき政権交代ーそこには55年体制下における派閥連合政権における疑似政権交代を含むーの蓋然性であり、一義的にはその因果は野党の罪であろう。
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