コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

8月28日(金) 発明・発見のひみつ  -育児 - パパ育児日記。-

h652.jpg  バレーボール部の夏期練習も前半で終わり、予想通り自由度に富んだ祐旭の夏休みだが、稀少な宿題のひとつが「発明」とは自主性を重んじる私立校らしい発想である。
 だからと言って突飛なアイディアが湧いて出る訳ではなく、扇風機の前に氷を置いてより冷風を室内に蔓延させようという、簡易だが夏らしい実利的な構想に基づき、父子オリンピックにて材料を調達する。
 と言っても扇風機はありものの壊れかけを流用するから、氷受け用と溶けた水受け用の水回り品、これらを固定する針金のみで、父の出番も針金を巻く冒頭作業に留まった。
 結果的には妻の差配で柔軟剤を凍らせ配置してなお、思い切り近付けばそこはかとなく香る程度ではあたが心持ちは涼し気だった模様である。

h653.jpg  オリンピックではビニールシートも購入し早々昼前には路上の席取りに及んだが、中途の確認を怠ったためか危惧された通り、17時開演を回って大混雑のなか辿り着くと跡形も無い。
 都市計画道の成立した南口は歩道にシートを据え付け開演の一定時間前にそれを車道脇の側溝上に移動させる流儀が半ば確立しているが、生活道のみの北口は物理的に歩道にしか陣取れない。しかも公的に禁じられているのは車道の席取りであり、歩道はシートなしガムテープの目貼りのみも機能していると見受けられ、慎重に場所を選ばないと他人の領域を侵しかねない。
 だからと言って僅かにパイロンに絡めた部分に押し込められたシート領域だけが孤塁生き残っていても、相当に縮こまって二人座るのがやっとだったが、最早抗弁の術もない。元より知人の出演も無く、五月雨式に小雨も到来したため長居は無用とばかりに引き上げた。高円寺在住歴通算27年、未だ阿波おどり見物は初心者並みである。
 なおこの日行われたWorld Hapinessは10年目にして遂にサボりました。

8月26日(金) 新しくて旧い歌謡曲  -音楽 - J−POP-

h651.jpg  通販の利便性以上に購入履歴からお薦めを推奨されるアマゾンの機能は、個人の嗜好性という極めて秘匿性の高い情報が日々集積されているという意味では不気味だが、利便性に富んでいるのは疑い無い。
 取り分け音楽の様に、論理ではジャンル分けし難い分野においては、恐らくは数値による裏付けが為されているであろう連関が、大半は視聴込みで提供されるのは有用な情報に他ならない。
 何しろ一概に「シティポップ」と言われてもフォークやカントリーに近いものからダンス、テクノ寄りまで幅広く、細分化したとして実際のところどれが自らの感性にヒットするかは当たらぬも八卦で、だからこそ嘗ては視認し得る唯一の要素を以て「ジャケ買い」なる博打が大手を振っていたのだろう。
h649.jpg  元よりプロデューサーや歌い手という明確なメルクマールに基づくポップアップは判り易く、例えば一十三十一氏に関与し続けているクニモンド瀧口氏の手掛けたUko『Saturday boogie holiday』は即刻購入して想定以上にストライクであったが、大半はレンタルを駆使して数打ちゃ当たるに努める他は無い。
 結果的に"乱聴"の中から好評価を得たsugar's campaign、Shiggy Jr.、ORLAND、The Oto factory、Lucky Tapesと並べてみると、今度は逆算して自らの嗜好が伺えて興味深い。即ちクニモンド系のポップ/ソウルの王道スタイルの含有する要素の中で、シティポップの分類で筆頭に掲げられそうなシュガー・ベイブから更にフォーク寄り、よりは存外に踊れるトラックに魅せられていることが判る。
h650.jpg  勿論そこにはギターのカッティングより鍵盤のコード弾きたる自らの演奏家資質に由来する好悪、或いは女性の金切り声は許容出来てもか細く高い男性ボーカルは受け付けないといった生理的と言うべきか、メロディそのものの可否だけに留まらない部分も関与していよう。
 正直なところフロントに立つのが女性であれば、その容貌の支持への介在を全く否定はしないものの、声質の重要性は今般sugar's campaignの新作が些か策を弄し過ぎに響くのもゲスト・ボーカルの選択に依ろう。
h654.jpg  だからこそ身に染み付いたテクノの記憶とともにトークボックスによるホース声の方が寧ろ親和性があるのだが、思えば20世紀には歌謡曲フリークを自認していたにも拘わらず、随分とニッチな路線に舞い込んだものである。ただ若き日に刷り込まれた80年代歌謡の弦を幾分ニューウェイブ チックなシンセ仕様に、リズム隊をクラブ風味に味付ければ詰まるところ著しい相違は無く、ヒット曲の最大公約数の方がメロディの複雑化と単純化というロングテールの追求により様相を異にしただけなのかも知れない。
 その帰結として、万人の耳に馴染む大衆的な楽曲としての歌謡曲という総合ジャンルは既に架空の存在と化し、アイドル歌謡やラップの類と並走乃到は微妙に重なり合う狭間にシティポップも位置付けられ、中でもより大衆性を獲得した楽曲の担い手が齊した要素が新たな歌謡曲の血肉として糾合されていくのだろう。嘗てのニューミュージックの様に。

8月22日(月) 杜の中  -育児 - パパ育児日記。-

h648.jpg  俗に「家族ぐるみの付き合い」と言っても子供を媒介にしたママ友同士か、夫婦間に主にするものが大半であって、父と子が同居するケースは少ない。従って今般、変則的な一部家族ぐるみのプール詣でが成立したのも女性陣の紐帯に三年越しで闖入した帰結であったと言えよう。
 ただゴルフから前夜遅く長駆自走して帰り、朝から移動で一行をバスに迎える瞬時のツアコンを経て、待機して午後には家族を迎えて父母への顔見世興業の後、車を借りて愛知の山奥の宿地へと移動する昨日は初日から体力的には消耗戦であったろう。
h647.jpg  明けて本日は企業人に徹して朝からアテンダー稼業だが、中途で二分された一行の会社組に随行したところ予想外に待機が長引き、先行してプールに向かった親子組にわが子だけ先に合流と二方面併行の展開が訪れる。
 少なからず仕事と家庭の板挟みの如しだが、慌て追い付き着替えてプールへと急行すれば、午前を祐旭のポケモン探索に費やした二人は既に流れるプールに陣取って、若き男性陣をフロートの恐竜へと載せては搬送する職責に嬉々として従事しているではないか。
h646.jpg  実際、二年前に比べれば一同応分に成長して始終目を光らせている必要性は薄れてはいたものの、低学年児童主体かつ男手の少ない中で、中一の祐旭と小四ながら体格の宜しい公資は、公資自ら看過した様に「自分達は大人役」を自認しつつ、立派にスライダーやらも謳歌していたのだから、結果的には案ずるより生むが易しだったのではないか。
 幸い懸念された台風も当地は回避され青天を満喫したわが家はひと足先に退散し、名古屋市内まで送り届けて宴席に合流する。漸く企業人の顔だけになってひと息付くと思いきや、今度は父入院の一報が入り、幸か不幸か親の住まいも病院も30分圏内外かつ自前の足も用意してあったので夜半の東名を飛ばしてとって返し、二次会カラオケに合流した。
 わざわざ車輪付きのカメラケースに潜ませて持参したキーボードでウルトラマンばかり伴奏し、いい加減へべれけになった夜は更ける。
 朝風呂で身を引き締めて盛り沢山過ぎる旅路は翌朝、バスを送り出してお役目を終えた。帰路、矢張り関係者から視察の相談があったのに鑑みるまでも無く、永田町は選挙続きの長い夏から靖国と盆踊りという極端なお盆の週を経て、漸く束の間のひと呼吸を迎えているらしい。
 何方様もお疲れ様でした。こうして夏は暮れてゆく。

8月20日(土) はたらくクルマ  -車・バイク - エコカー-

h644.jpg  出掛けの帝都は豪雨、途上幾分小降りにはなったものの雨雲は果てることなく、中止になったら富岡製紙工場でも覗いてと企んだが、ひと組だったら早々断念したかも知れないところ、コンペとあらば雷でも鳴らない限りは中止の号砲は鳴らない。
 元より各社秘書の集いとは言え、肩書きこそ秘書室所属ながら所謂純粋な秘書業からは遠ざかる一方で、ゴルフ人口不足の折り人数合わせに駆り出された身の上に仕事モードには程遠く、飛ばし屋や熟練の士に煽られる日頃と打って変わって初心者も少なくない気楽なラウンドである。
 加えて晴れ間も覗きはじめ心持ちこそ優雅になったものの、結局今日もバンカー、アプローチとも素人モードで、後半イン10番のバーディ逃しのOKパー以外に見せ場も無く、優雅さを成績に結び付けるには至らなかった。
 漸く昼間には佐久市内を睥睨したものの、後半も再び雨に祟られ浅間山は影も形も無く、偶然某先生をお見掛けしたのが何と無く職務を果たした感。

h645.jpg  そもそも長野まで自走往復は狂気の沙汰だったかも知れないが、遠乗りでプリウスの燃費力を試してみたかったのも事実である。
 結果としてリッター24.6kmからスタートして関越道の間に24.8まで稼いだものの、上信越に入り事故渋滞もありスピードを上げたところ見る見る内に24.2まで後退し登りの魔力を思い知る。
 矢張りハイブリッドはパワー不足かと思いきや、帰路の下りは驚くまでに電気だけで快走し逆に25の大台に突入したのだから末恐ろしい。元よりメーターが点滅するまでガソリンを入れない主義であり、残り目盛りひとつに至って耐え切れず上里SAにて10リットルだけ補充したのは情けない上にせこさの極みだったが、気が大きくなって再び飛ばしてなお更に上昇し、わが家に到達する時点で25.3である。
 しかも夜なので却って渋滞も解消され、往路よりも時間短縮を具現するとは畏れ入った。
 長嶋終身名誉監督ではないが、道路こそは谷あり底ありが望ましいということか。

8月17日(水) キッスは甘くして  -グルメ - ドリンク-

h641.jpg  メローイエローが復活して五年、既に跡形も無くなったが、最も現役だったマウンテン・デューもまた昨今急速にわが国自販機市場からは抹消されつつある。
 そこで思い立ってアマゾンを漁ると驚く勿れ、スイートキッスを発見して迷わず注文してみた。
h643.jpg  80年代を席巻したとも言うべき柑橘系飲料は、汎用性に乏しい私の味覚に合致した飲食物としては珍しく命脈を保っていたが、コカ・コーラのイエロー、ペプシのデューに純国産を以て対抗したチェリオのスイートキッスがひっそりと健在であったことには先ず深く頭を垂れたい。
 ただ関西系企業だけに取り分け関東市場では縁遠くなるのだとしても、改めて恐らく数十年振りに口にしてみると明らかにはちみつの甘味が強く、同時に何時の間にか自ら弱炭酸を標榜する程に確かに炭酸の刺激は小さく、前二者に代替するには少なくとも個人的には力不足の感は否めなかったろう。
h642.jpg  ケアンズでは毎日所望した(右写真)様に、マウンテンデューはとくに海外では未だ頻繁に目にする主力商品であるが、ペプシ国内販売のサントリーへの移管に伴い完全に本邦市場からは消滅したミリンダの様に自前の果実系飲料との競合回避たる要因にも乏しいから、単純にわが国における柑橘系飲料の地位が地に墜ちた帰結なのかも知れない。
 だとしても唐突に復活して風の様に去ったメローイエローのケースもあるから、ペプシには昨今流行りの強炭酸かつ濃厚路線のミニ・マウンテンデューの開発を期待したい。そもそも山の梅雨には不似合いな嗜好なのかも知れないが。

 既に夏休みを満喫したため今週は出勤だが、同僚にも巡り会えず独り寂しい限りである。思い余って本日は自主的に休業してみたら、昼食懇談随行をすっ飛ばしていたことに後から気付く。お盆惚け。

8月14日(日) 遠きリオに  -スポーツ - ゴルフ-

h639.jpg  未だ迷いの続くアプローチ、相変わらずのバンカーでグリーン周りを行ったり来たり、ざっくりにトップではスコアにならないのも当然だろう。
 後半に至りドライバーとパッティングが回復した為、何とかゴルフらしくはなったが悩みは深いと言わざるを得まい。
 そもそも飛ばし屋のお二人に合わせて青ティーにしておかげでミドル470yといった絶望的な展開にも遭遇したが、ロング第一打OBに続き前進残り270yを微ワンオンする御仁には、わが国オリンピックの如くに科学的な秘策でも編み出さない限り最早比較の対象になるまい。
h640.jpg  ただお盆にも拘わらず暑さはそこそこで、スルーの効用か耐え切れぬピークに達する前に風呂まで辿り着いたのは幸便だったが、運転のためアルコールにも溺れず、しかしながら帰着早々眠りこける体力の減退の方が、ゴルフの技量より余程深刻ではなかろうか。

 おかげで真夜中に覚醒してTVを付けるとコルバドールの丘に佇むキリスト像には見覚えがある。遥か10年前、ブラジル視察の最終日に確かにリオの地に足を踏み入れているものの、前夜酔い潰れて朝方財布が無いと大騒ぎして、午後には早々に帰国の途に付いた為、改めて旅行記を読み返してみても何等記憶が甦えらない。
 丁度と言うべきかゴルフの決勝を拝察したが、ジャスティン・ローズ選手たる聞き覚えのある名前だったのでまだしも、他国の争いを眺めていても盛り上がらない。
 どうも今般の五輪観戦はわが国のメダル・ラッシュにも拘わらずノリ遅れて仕舞った感ひと塩。

8月11日(祝) 泣くのが嫌ならさあ通れ  -地域情報 - 東京23区-

h638.jpg  鉄道にしろ自動車にしろ、乗り物そのものよりもその行路に関心を抱くのは都市の変遷に直結するからだろう。逆に言えば空港や港といった居留地はいざ知らず、行程自体を目視し難い海や空は研究対象としての価値は小さくなる。
 かく理屈立てしても結果として現れる行動は所謂"鉄道フリーク"と大差無いのは、「乗り物ニュース」を有り難く拝んでいる時点で否定し難いが、敢えて言えば今般珍しく水に牽かれたのは、それが確立された水路であるという点で論理は一貫していよう。
 西部に住んでいると東京がバンコクに比類する水の都であることは仲々実感出来ないが、戦後都心の多くが水路から道路へと転換されてなお江戸期に源流を持つ水運は健在であり、同時に水利とその裏返したる水害対策としての河川管理は今もなお進捗を続けている。
h636.jpg  とはいえ隅田川と旧中川を結ぶ小名木川に運河が存在する事実すら「乗り物ニュース」にて初めて知ったが、限定公開と言われるとこの機会を逃してはと意気込むのは人間心理であろう。
 下町のパナマ運河の異名は些か大袈裟としても、河床の低い小名木川への水運を確保する為に設けられたのが扇橋閘門であり、隅田川方面から訪れた船が閘門に入ると水位が下がり、東側のゲートを開けて旧中川方面に進んでいく。
 程無くその船が折り返してきたのには驚いたが、わざわざ閘門体験の船運ツアーがある模様で、水がゴボゴボと吹き出して水嵩が増す後者の絵柄の方が迫力があろう。
h637.jpg  ただ解説を拝聴しつつ約一時間強に運河を渡ったのはツアーの二隻のみであり、元より恒常的に貨物船が往来しているとも思い難いとはいえ、かく立派なギミックを維持しかつ観光目途に無償通行させるコストが、災害時の代替航路たるメリットに見合うのかとの疑問は残る。
 しかも旧中川との境に存在する同趣の荒川ロックゲートの竣工が2005年と聞けば、片側にのみ閘門を戴いた四半世紀強の間は如何なる運用が為されていたのか、天下の副将軍にも謎は膨らむばかりであろう。
 しかしながら理系チックな祐旭なら興味を覚えるのではとの思惑は見事に当たり、夏休みの自由研究にはドンピシャリでもお題自体に見合わなければ致し方無いものの、土木技術としては高度に違いなかろうし、何よりも視察対象として単純に面白かった。実際、公開初日とはいえ山の日にも拘わらず思いのほか賑わっていたのも事実である。
 隅田川の屋形船のみならず東京湾に至るクルーズ船も好評を博している様だから、勝鬨橋が再び開門するには及ぶまいが、旧河川局も水運マニアを増殖させるべく文化としての水路との視点を是非プレイアップして戴きたい。

8月9日(火) 今日から会社を休みます  -スポーツ - プロ野球-

h635.jpg  真夏に至り今年二度目のドームとは意外だが、復活した内海投手が大禍無きビッチングで20時半終了の予定調和的なゲームだった。

 驚いたのは寧ろ同日発表された中日・谷繁監督の休養であろう。
 中日球団には生え抜きのレギュラー級を大挙放出した昭和30年代の濃人旋風や、一族朗党首脳陣を率いて桂冠し江藤、一枝といったひと癖ある生え抜きと対立したダンディ水原といった、外様監督による政変の歴史があるのは事実だが、今般は些か様相が複雑であり、等しく生え抜きではないが選手として在籍経験のある総監督と監督が並立し、首脳陣も二系統に分立していたのは谷繁監督とともに横浜組の佐伯コーチもまた休養に追い込まれたことからも明らかである。
 問題はもう一方が代行に就任した森ヘッドコーチを筆頭とする西武組であり、外様同士の争いだったことだろう。
 谷繁監督が律儀に自らの解任会見に現れ、にも拘わらず休養扱いなのも矢張り外様だった山内一弘元監督と全く同じケースだが、過去例に準える迄も無く敢えて休養としたのは森代行は森監督ではなく、来期は別人が指揮を採るとの含意であろう。
 86年の究際は高木守道代行ではなく星野仙一新監督と生え抜き同士の跡目争いだったが、今般はこの期に及んでなお外様の小笠原二軍監督の昇格が有力とされている。
 これでは球団サイドが幾ら否定しようとも、「勝者」たる落合氏の責を問いたくなるのは中日ファンならずとも道理であろう。
 元より生え抜きに拘り続けた挙げ句、球団そのものを喪った南海電鉄の教訓に学ぶ迄も無く外様の指揮官を否定する謂れは無いし、そもそも名選手名監督ならずが枚挙に暇無いのも事実である。
 であったとしても少なくとも落合氏の説明責任は否定出来ない。バレンタイン氏の魔術に翻弄されてわが国初のGM職を全う出来なかった広岡達郎氏とは違う意味で、落合氏はわが国におけるGMとは何たるかを自ら明らかにすべきだろう。

8月7日(日) ゴジラと息子  -映画 - シン・ゴジラ-

h632.jpg  特撮に目覚めたのは70年代末のウルトラ・シリーズの早朝再放送からなので、娯楽作品と化した後の初期ゴジラにも間に合っていないし、復活後は既に怪獣から離れる時期だった。
 従って後のハリウッド版を含めて関心は薄く、今般も祐旭が所望しなければわざわざ映画館に足を運ぶには至らなかったろうが、折角ならばとTOHOシネマズ新宿に赴いてまず歌舞伎町の変容に面喰らうところから始まった。
 500円を積みましてIMAXを選択したものの前日の予約で既に空いているのは最前列のみと人気の高さに直面してなお、この時点では特段の期待は抱いてなかったのである。
 しかしながらその目算は大いに裏切られる。
h633.jpg  第一作がゴジラの襲撃を未だ記憶に鮮明な大東亜戦争の東京大空襲に準えていることはつとに指摘されいる通りであり、同様に今作の前半が東日本大震災における津波災害を念頭に置いていることは容易に連想されよう。
 ただ震災被害と原発の事故が等閑視されている現実に鑑みれば、次いでゴジラが暴走した原子力の象徴として扱われるであろう展開が安直に浮かぶところ、事態は必ずしもそれを主眼として進まない。勿論、ゴジラを抹殺することは叶わずその動作を停止させるに留まる結末は原発に対する警鐘をも意味していようが、恐らくは初代が直前の第五福竜丸による被爆の象徴であったことを所余の前提として、敢えて原子力のメタファたるを説明過剰にせず過度の思想性を背景としない描写を選択したのではなかったか。
 だからこそ物語の本筋は寧ろ集団的自衛権の発動を巡る攻防になるが、そこには絶対的平和主義の観念論は跋扈せず、政府を戯画的に描いてもそれは民主主義の些か過大なコストの象徴として、幾分のユーモアを漂わせている。
h634.jpg  更に言えば、大空襲と福竜丸という人災をゴジラたる天災を以て代替した初代に、宇宙戦艦ヤマトほどにあからさまではなくとも仮想敵国の意図的なすり替え願望が託されていたのに対し、今般は震災という文字通りの天災の立地をそのまま首都に置き換えるのみで仮想敵国に触れない替わりに、日米同盟に集団安保と集団的自衛権の異同を仮託させることで、現実の仮想敵国が透けて見える構図になっている。
 元より時おり挿入されるわが国の経済危機への懸念が、多様な意思の忖度という民主主義コストの一態様に留まらず、例えば金融市場で濡れ手に粟を企む亜細亜系マフィアの跳梁にでも絡めていればよりストレートに企画意図を明示出来たのかも知れないが、そこはわが国がアプリオリに讚美してきた国連=安保理を敵役に配する構図を以て一定の解釈が類推されよう。
 元よりその分、日系人を米国代表に仕立てることにより性善説に基づいて同盟国を讚美し過ぎたきらいは否めないが、少なくとも昭和29年に直面した現実を現代に移植する、即ちゴジラが再生しなければならなかった意義は充分語られていよう。
 銀河英雄伝説が民主主義の基礎テキストであるならば、こちらは現下のわが国のそれを体現する秀作ではないか。

 一日遅れで妻の誕生日を祝い、ゴジラの公開が3月でなく8月であることに改めて気付く。

8月2日(火) 跳ねるはカンガルー  -海外情報 - オーストラリア-

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コアラはカメラ目線
 帰国の朝に気球を嵌め込むプランもあったが高額のため見送ったところ、マッサージ師から「発熱気味」と指摘された公資が事実38度台に至っていたから懸命だったろう。幸い薬が効いて朝には平熱を回復し、日々ロハのクロワッサンだけで済ませてきた朝食もホテルのバイキングと最期の贅沢に預かり、帰国の途に付いた。
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ブーメラン・ストリート
 余った豪弗は空港で飲食物に換え、準備万端乗り込んだ機内は、今度は機能していたモニターに10ドル払って映画三昧、パンフレットは八月に切り替わりながら中身は前月仕様のアバウトさこそあれ、睡眠を求められなければ座席の狭さもギリギリの許容範囲だったろう。前後を修学旅行生と家族連れに挟まれた祐旭は余りの煩さに値を上げそうだった様だが。
 これまでの南の島では何れも「地球の歩き方」と「るるぶ」に首っ引きで寸暇を惜しんで移動を続けてきたおかげで、掘り出し物を発掘する幸運にも見舞われる替わりに、タイミングを逸したり変化球を狙い過ぎて外したりも決して少なく無かったが、定番スポットが固定されているケアンズではツアーに身を委ねたのが、些か財布の紐は緩くなったとはいえ優雅に網羅出来て正解だったのではないか。
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こちらがARMY DUCK
 よくよく思い返せばナイトマーケットでは邦人学生がワーキングホリデーのバイトで雇われる位だから、リゾートの仮面から一歩街を外れれば実は裏物価が存在するのかも知れないが、逆に白人の存在は海辺の公園擬きを散歩した際にしか認識出来なかったに近い。その肝はわが国との一時間の時差にあり、おかげで帰着は夜半になっても翌朝から通常通り出社し、よく言えば政権の安定性を体現する様な総花的な組閣への対応に始まり、夜の宴席まで何事も無かったかの如く日常に回帰出来るのが、珊瑚海海戦の空軍基地変じて日本向けリゾートに生まれ変わったケアンズの味噌たろう。
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中央がモジモジ君
 何よりも程好い暑さと終始天候に恵まれたのは日頃の行いの賜物と自負するのは能天気に過ぎるとしても、受験三昧の一年間を乗り切った御褒美と受け止めたい。夜毎の肉食で更にふくよかになったろう公資には帰国すればサピックスの日々が待っている。

 なお今般のお題のひとつだった自撮りは、新調したリコー機はレンズよりもモニターに視線が及んで仕舞うきらいがあり、旅を通じて傾向と対策は掴んだものの残念ながらフラッシュが装備されていない為、全天候に映えるには至らない。
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キュランダ駅にて
 そこで自撮り棒だが、スマホならばシャッターを切るところまで配線が為されていても、通常のデジカメではセルフタイマーに頼らざるを得ず、20世紀に回帰した如くアナクロな展開を迫られた。しかも絞り値の測定に難ありが伺われ、中途からは幾度試みても露出オーバー続きでこちらは結局解決に至らぬままである。今後に課題を残し、まず一幕を閉じよう。
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