コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

7月31日(日) きっと貴方は戻って来るだろう  -海外情報 - オーストラリア-

h609.jpg  開場前に早々到着して一家から責められることの少なくない父だが、ツアーにも拘わらずオープン30分前にバスから放り出されるアバウトさは南国仕様に他ならない。
 ただおかげで隣の軍事博物館前に鎮座する戦車との記念撮影にも預かり、朝一番で人気の少ないTjapukai Aboriginal Cultural Parkに入場出来たのだから早起きは三文の得には違いない。
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 早速、総員顔にペイントされスケジュールに則ってアボリジニの歴史を拝聴するが、如何せん日本語だらけのケアンズには珍しく英語に限られ、部分的にしか理解出来ないのは情けない。しかしながら単なる民俗資料館かと侮っていると敷地は遥か奥深く、草原のなか昨日も拝聴したディジュリドゥの音色をベースに繰り広げられるノリの良い民族舞踊に預かった後は、混雑の前にこれも連日のブーメランである。
 ところが継続は力なりなのか、或いは俄かバレーボーラーの成果か、本日の祐旭の投擲は見事回転して帰還するではないか。動物園にしろ文化体験にしろ同じ趣向に再三巡り合うのは観光資源のバリエーションの少なさを表してはいるものの、逆に二度目だからこその昇華を体感するのは望外の産物であった。残念ながら成長の足跡を残せなかった公資が「球技経験はあるけど足だから」と自ら解説していたのには負けん気の強さが滲み出ていたが。
h612.jpg  更に昨日は鑑賞のみだった槍投げにも挑戦し、ブーメラン塗りに及んだところで、暫し父は単独行に入る。昨日スカイレールに赴いた際にも垣間見た Australian Armour & Artillery Museumに再び出会し、しかも自由行動とあらば最早彼の地が呼んでいるとしか思えまい。よく見ればスカイレールの跳ぶロープ下と、アボリジニ館の遊戯場と、軍事博の演習場が三者対を為してなだらかな山裾を巧みに活用する構造になっている。
h627.jpg  思えばグアムパラオから愈々赤道を超える道程も、ここ豪州大陸本土こそ若干の空襲に至ったのみとはいえ、激戦地東ニューギニアは往時のオーストラリア領に他ならない。その歴史を裏付ける様に戦車ばかりの展示の一角には、皇国の強者達が遺したであろう日の丸をはじめとする品々が飾られていた。
 チケットを忘れても再入場可かと一瞬躊躇したが、顔面の文様が雄弁に支払済を物語っており、未だ途上のブーメラン塗りにとって返すと謳い文句のペイント指導付きが純然たる自主学習状態に移行していたのも南洋モードか。帰路はわが家のみとなり行きは客層に合わせてか片言だった運転手氏が、実は日本語ペラペラだったのには驚いた。ケアンズで内緒話しは厳禁である。

h615.jpg  市内のプールは残念ながら改装中のため、午後はホテルのプールでリゾート気分を味わうが、常夏に近いとはいえ冬季のケアンズに、父はジャグジーに入り浸りであった。
 昼食は漸く都市型リゾートらしいと言うよりはわが国にて既に見飽きた造詣のショッピングモールに闖入し、プールを挟んで再び散策に及べば、ホテルと飲食店、かの大橋巨泉氏のOKストアはじめ土産物屋が格子状の街路に並び、東端は程無く海なので街の歩き方を把握するのに時間は要さない。
h617.jpg  三日目ともなると名残惜しくなるもので夜まで活動を続けたが、夜行性の動物探索と聞いてナイトズーの如くをイメージしていたら、群生する大量のワラビーを懐中電灯で照らして拝むだけとはロハのツアーらしく些か寂しい展開だったが、初日に続くガイド「ピーちゃん」氏の巧みな話術で厭きさせないのは立派である。
 そしてそのまま海辺に移動し、南十字星をはじめ南半球の、天然のプラネタリウムに肖ったのは得難い経験であった。ウルトラマングレートでは月に帰るのは南夕子ではなく北斗だったのかも知れない。

 この日、わが国では東京都知事選の投開票日。結果に触れた公資は「父は悲しんでおります」とビデオに解説していた。

7月30日(土) 今日は、キュランダ村を出発します  -海外情報 - オーストラリア-

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 明けて二日目はケアンズの誇る世界遺産、太古の熱帯雨林に包まれたキュランダ村に赴く。往路は立派なスキー場に舞い降りた様なスカイレールを称するゴンドラにて出陣し、中途乗替駅では巨大な樹木の聳える脇道を暫し練り歩く。
 遥か上空から山岳を俯瞰する構図は資源の有効活用に他ならないが、水辺を掻き分け到達する沖縄型のマングローブを想定していると、却って雄大に過ぎる分、有り難みが湧き辛い感もありミッツ氏ならば如何にコメントするだろうか。
 壮大な滝の眺望も待ち構えていても早々に過ぎ去り、安価なバス行程の方が逆に融通の効く場面もあったのかも知れないが、王道のツアーに身を委ねるのが正攻法なのだろう。
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 到着して肉とワニのスープに預った後は、オプションのうちコアラ撮影は昨日済ませたので、替わりにアボリジニ文化体験を選択した。コアラの如くに労働強化を訴えること無く投げ遣りにもならず、古来の風体を装う方々によるウーメラなる独自のカタパルト擬きを用いた槍投げを拝見し、次いでブーメランは自ら投擲する。更に樹木を繰り抜いた伝統管楽器のディジュリドゥはモンゴルのホーミーの如くにも響くが、トークボックス経由のロボットボイスを想像するのが容易かろう。
h603.jpg  さてメインは太平洋戦争期のArmyDuckによるジャングル巡りである。空港を超え郊外までの道程がラウンドアバウトだらけである様に、英国式の道路行政によりわが国同様の左側通行である中、米軍の置き土産たるこの水陸両用車は左ハンドルである。ガタガタと荒れ地を闊歩する間には青い蝶「ユリシス」を発見し、幸福が訪れる必要条件たる三度の邂逅をはや達成したところ、車両はそのまま沼地に突入した。
 残念ながら熱帯植物に少しとして知見が無いので宝の持ち腐れではあるものの、恐らくは南洋諸島を徒歩行軍したであろう帝国陸軍との彼我の差に思いを馳せざるを得ない。
h604.jpg  ここはRainforestation Nature Parkとして自然遊園に誂えられており子持ちのワラビーにも御目見えしたが、更に移動したキュランダ村本体では名物のアイスクリームこそ賞味したものの、コアラの親子に又してもカンガルー・ワラビーの二大巨頭に触れ合い、餌付けする以外は街全体が巨大な土産物屋の様相を呈している。
 動物愛玩嗜好の薄い父と全く路線の異なる息子達は、肌が気持ちよいと全うな感想を抱いていたが、確かに立派なカンガルーの皮も大量に店先に並んでいた。
h605.jpg  元よりワシントン条約には適合しているが、かく特産物に留まらず飲食に至るまで物価は寧ろわが国を上回る程で、JTBにおんぶに抱っこだから余計にではあっても行く先は須く観光地仕様であり、だからこそ至る処日本語が確実に通用するのも道理であろう。中国語表記もまたチラホラ見られるのはかの国の高所得者層の台頭を物語っていようが。
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 オーラスはキュランダ鉄道。鉱山への物資搬送のため艱難辛苦建設された高原列車が今や貴重な観光資源となり、ヘアピンカーブで車窓から車窓を眺める絵柄は長く「世界の車窓から」のオープニングを飾ったことは有名である。
 バロン滝を拝む中間駅では長く停車し、帰路はゆったり眺められるのが有り難い。折々のスポットではスピードを緩めて解説が入るが、流石にかのリポビタンDの「ファイト一発」の撮影が行われた吊り橋は日本人にしか理解出来ないので一瞬で通り過ぎる。そもそもケイン・コスギ氏をわざわざケアンズまで連れて来る時点でバブリーな香り満載であろう。
 乗り物酔いのある妻と公資は「目的地への移動を愉しむ発想が無い」と幾分懐疑的ではあったが、リゾートらしい札びらの叩き方だったのではなかろうか。
h608.jpg  オージービーフにカンガルーと豪州らしいシュラスコを賞味して今日も夜は更ける。

7月29日(金) ソラとワニとの間には  -海外情報 - オーストラリア-

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 夜も明け切らぬケアンズ空港は椰子の木で埋め尽くされるリゾート仕様と思いきや存外に簡素だが、幸い市街地まで20分程とは至便である。
 早朝にチェックインし朝食を求めて途上バスから発見したマックへと赴くと、朝からポテトばかり頬張らないのは万国共通の風習なのだろう、河岸を替えフィッシュ&チップスにあり付いて漸くひと息付いた。今般は行程の大半をツアーで埋めるためJTB現地事務所にて段取りを確認し、睡魔に襲われつつも数少ない空時間にホテルに至近な動物園を目指すとは早くも効率的かつ精力的な出だしである。
h594.jpg  しかもカジノの上階に陣取ったZoom & Wildlife Domeはまさに名は体を表すと言うべきか、確かに動物は点在しているものの屋内に張り巡らされたアスレチックにターザン宜しく挑むとあらばわが身第一、鳥々の囀ずりに囲まれる風流を余所に最早他の生き物なぞ二の次だろう。
 恰もどっきりカメラの野呂圭介氏宜しくヘルメットに安全スーツまで着込み、異国に馳せ参じて数時間で疲れも見せずに綱渡りに興ずるのは若さ故の特権たろうか。果てはドーム屋上に身体を曝して外周を練り歩くとは、勿論厳格に命綱で括り付けられているものの、空中回廊の趣きにわが国では決して容認されないワイルド振りを満喫した。アスレチックでは慎重居士だった公資が存外にひとりさっさと闊歩していったのには面喰らったが。
 のっけから予想外の展開だったが、元よりケアンズ最大の眼目は動物との触れ合いであり、早速午後からのツアーもHartley's Crocodile Adventuresへと向かう。バナナワニ園からバナナを省いた様なものと高を括っていたらあにはからんや、金網に包まれたボートを仕立てて巨大なクロコダイルの巣食う池へと闖入するや否や、元来冬場は少食で寧ろ丘に上がり日光浴でエネルギーを消費しなければならない彼等に、何時もより多目に喰わせておりますとばかりに激しい餌付けが展開されるではないか。
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 ディナーショーの顧客の如くひとりひとりユーカリの枝を抱えて恭しくコアラに近付き、一方で放し飼いのなか三々五々餌付けに供されるカンガルー、ワラビーと、等しく重大な観光資源でありながら待遇に著しい格差の認められる三大スターとの触れ合いを経た後には、水を抜いた貯水槽風の一角に大量に屯するクロコダイルに直面した。
 要はワニの養殖場であり先刻の池で人生を全するのは選ばれし者のみ、一部は元ヤクルト〜阪神のパリッシュ選手に消化されようが、大半はワニ革たる使命が待っている。記憶を辿ると商社マンだった父の父の家には今では到底お目に掛かれない立派な象牙をはじめ現行法下の禁制品の宝庫だったが、ワニは養殖由来なら輸出入自由である。元より天然のワニを捕獲してハンドバッグに仕立てる様な手間暇を掛ける酔狂な輩は蕃人の地ですら存在しまいし、ワニ革の財布やベルトも些か金満なイメージに毒されていよう。子ワニともフレームに収まり、定番のコアラとの公式撮影が締め括りとなった。
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左は子ワニ、右は大ワニ
 コアラ労働基準法に基づき撮影に従事するのは三日に一度、30分のみとはブラック企業が腰を抜かしそうな厚遇だが、確かに大人しく抱かれ、かつ適宜カメラ目線を呉れる域に達するタレント性を獲得するのも楽ではなかろう。祐旭が何故か「パンダは可愛い」と述懐していたのはわが国における両者の立ち位置を如実に示していたが、コアラは和歌山ではなく名古屋市に生息している。
 帰還すると昨夜からの丸で長い一日を終えた様な些かの疲労感に包まれながらも臆せず街を練り歩く。自動車優先で凡ゆる横断歩道は押しボタンにより祁魂しい警報とともに青に変わるが、人車ともに少量なので危険には程遠く、リゾート地にありがちな街を出るまでの渋滞とも無縁である。
 食の好みに振幅が大きいわが家の夕食は、愈々危険水域に及びつつある公資の過食懸念を措いてなおバイキングが、当たり外れ無くオールラウンドに通用する。にも拘わらず祐旭の評価は「カレーが意外に美味」で奇しくも父子の味覚の一致を顕わにする頃には、アスレチックに駆け回ったのは遠い過日の如しだった。

7月28日(木) ケアンズを写そう  -海外情報 - オーストラリア-

h590.jpg  愈々二年振りの海外旅行と意気込んでみたところ、総て差配を妻に委ねていた酬いか、前日になって夜半発と聞き少し拍子抜けしたものである。
 ただ実際には当日朝の荷造りを可能にし、更に生じた猶予は外貨の交換に充て、豪弗のため新宿へと赴くのを奇貨としてこの期に及んでカメラの新調を画策し得たのは有意義だったか。
h589.jpg  水中対応は元より自撮りを目途としたのは些か時節に迎合し過ぎだったかも知れないが、魚眼には及ばずとも画角の大きさが肝になるとばかりにオリンパスの焦点距離21cmからのそれに狙いを定める。
 ところが考えることは似たりよったりなのか品切れ続きで、東西のビックカメラから西口奥のヨドバシまで練り歩く羽目に陥り、その過程で量販店相互の価格体系の相違にも直面したが、結果的には三度ビックカメラに立ち返り、衝動的にリコーのFR-100を購入して仕舞った。
 愚直に今日までバレーの夏練に出掛けた祐旭を学校まで迎える間を充電に充て、早速撮影に及んでみたところレンズと本体を同一平面に並べ得る構造は確かに自撮りには適していよう。肝心の「水中」は旧機の再登板に頼らざるを得ないが、レンズを分離出来るところは玩具としても楽しそうである。
h591.jpg  簡易三脚擬きの自撮り棒も誂え、新たなお題に挑んでみたい、と勇躍出立する。

 毎度躁急で空港にて退屈する反省から敢えてスロースタートに努めたところ、初めての第三ターミナルは歩けど歩けど到達しない。おかげでフードコートで寛ぐ暇も無く、慌ただしく買い出しして出国手続きに雪崩れ込むと、売店ひとつ見受けられぬ無味乾燥さに搭乗前から格安航空の身分を思い知らされる舞台設定になっている。
h592.jpg  実際、日本販売向けなのだろうパッケージになっている軽食はお世辞にも再び味わいたいとは思い難い内容だし、再起動ばかりの画面の沙汰も金次第、喉の渇きを癒そうと深夜にペプシを所望すると、有料は承知でも日本語の出来るCAが高圧的で閉口する。
 この苦汁のなか座席を詰め込んだ787で睡眠を採らなければならないのだから叡山の修行僧も真っ青のジェットスターである。 早朝、疲れ果ててケアンズに到達し、漸く南半球の旅が始まる。

7月26日(火) 頑鉄と次郎  -スポーツ - 野球全般-

h588.jpg  わが国における野球の振興は戦前期は第一に東京六大学を中心とする大学野球が担ってきたと言ってよい。従って商業性を否定的に捉えられた職業野球と卒業後の六大学OBの居場所となった社会人野球は、ともに後発として寧ろ相携える間柄だったと言ってよい。
 その構図が転換されるのは六大学からのプロ入りが恒常的になる昭和30年代で、昭和33年の長嶋茂雄氏の巨人入団以降、職業野球が中核に躍り出る。従って昭和36年のプロアマ断絶の引き金となった所謂「柳川事件」はプロと社会人野球の力関係の確立を象徴的に示したものとも言える。
 勿論、社会人野球における主流が初期のクラブチームから企業チームに移行していったのは、企業スポーツそのもの意義もまた従業員の福利厚生から広告宣伝、或いは社員の帰属意識、士気の高揚へと転化され、更に体育会で鍛えられた人材の確保たる現実的側面も左右していた筈である。
 ただそれでもなお社会人野球の最高峰に「都市対抗」の名が冠せられていたのは、長らく東京・大阪にフランチャイズの偏重していたプロ野球に対する僅かな優位性であったろう。
 バブル期に仕組まれた蹴球のプロ化が、遥か後発であるが故にプロを頂点とする組織の一元化とスポンサーシップを隠蔽する地域性の標榜を為し遂げたことにも感化され、今やプロ野球もまた地域分散が進み、一方で経済的基盤を喪いつつある企業チームは暗黙の住み分けとなったプロ養成機関の座を独立リーグへと委ね、クラブチームへの回帰の名の元にスポンサーシップを剥奪される一方で、僅かに生き残ったそれは一定条件下に元プロ選手を受け入れることにより、漸くヒエラルキーの傘下に自らの地位を再定義させる過程に入ったと言えよう。
 この中で豊田市と日立市という典型的な企業城下町同士で争われ、元プロ選手をレギュラー捕手に戴くチームの初優勝は実にわが国野球の今を端的に現す事例であったのではないか。

7月24日(日) ナカ三か月  -スポーツ - ゴルフ-

h583.jpg  実に賢島以来三ヶ月半振りのラウンドとは、本格的に棒振りに勤しんだ2002年以来最大のタイムラグであった。
 元より打ちっ放しこそ欠かしていないとはいえ、コックを効かせて飛距離が伸びたかと北叟笑んでいたら、先週に至りドライバーに違和感を覚える。
 だからと言って打ち増すことも無く通例通りひと箱で切り上げた報いか、その通りの前半戦で引っ掛けありチョロありとブランクそのままのノー勘で、丸でゴルフにならない。
 久々の衝動買い新兵器、チッパーとウェッジの中庸が如きもバンカーこそ一発で飛び出したものの、アプローチではお約束のトップの換わりに下を潜ってザックリが頻出し、ウェッジとの併用を模索せざるを得なかった。
 後半に及んでドライバーもパッティングも回復軌道に入ったのは、勘所が甦ったのだとしてもまさに山勘でしかないので合理的な対処は不可能である。インの距離の無さに助けられたとはいえ、残りふたつボギー、ボギーでとのプレッシャに臆することなく皮算用通りで、9打の大叩き込みで50を割ったのだから是認しよう。
 同伴の御仁が余りにもズバズバとワンパットを決め、果ては最終ホールはチップイン・バーディと自らのスコアの不甲斐なさまで虚空に霧消させて呉れそうな一日だった。

 帰路、遊説車に邂逅する。御縁は感ずるが票は増えない。

7月21日(木) すぎちょびれ  -テレビ・ラジオ - TV-

h579.jpg  選挙中は音沙汰の無かった朝食会に赴いたのは主役への関心も去ることながら、恐らくはリニューアル後この手の会合では初の御目見えになる東京ステーションホテル見物もまた興味深いものだった。
 嘗て上階部に存在した宴会場は如何に変貌したかと思いきや、矢張り小規模なものが数部屋であり、駅直結の立地を活かして宿泊に特化して差別化を図ったのだろう。
h580.jpg  その足で会館に向かい、届け物だったりご挨拶なり用途は様々だが、時節柄知事選に話題が及ぶのは必定だろう。帰路には隼町を経由するが、偶発的な訪問が重鎮との邂逅に結び付くと引きの強さに我ながらひと仕事こなしたが如く感慨を覚える。
 来客を経て再び出立し、今選挙で引退の御仁の新事務所開きに細やかだが嵩のある贈物、更に高島屋でも遭遇した近隣の社長訪問と続く。結果はともあれこの機に人事を尽くせば、次なるに実を結ぶ効用も見込めよう。
 再度帰還して社内の報告、夕刻にはまた出て四ッ谷にて鮨を戴く。とはいえカウンターとは恐縮で摘まみ主体と我が儘も申し上げたところ、穴子までシャリが無かったのには少し心残りだったがこれ以上贅沢は言えまい。些か日本酒を煽り過ぎたが、朝から晩まで盛り沢山の一日だった。

h581.jpg  公資に聴く限り昨日のTVはこの話題ばかりだった様だが、トップ当選の参院議員職を半年で投げ出した時点で公人としての存在意義を喪ったばかりか、隠遁生活で芸能界においても過去の人となった 大橋巨泉氏が、ブラウン管の扱いだけが未だ健在であることに驚きを隠せなかった。
 ただ相前後して鬼籍に入った永六輔氏とともに半年近く前に出演した「徹子の部屋」の再放送は、記録としては貴重であっても愉快に茶の間で眺めるには余り相応しい映像とは言い難かったのではないか。
 失礼を顧みず述べるならば、はっぱふみふみやゲバゲバ90分のみならず、クイズダービーやハウマッチですら歴史と化した今、巨泉氏の過大なプレイアップはTV黄金時代へのTV局自身の憧憬の産物に過ぎなかったのではないか。

7月18日(祝) 演説は何処へ  -政治・経済 - 選挙-

h587.jpg  ひと足早く夏休みに入った祐旭に続き、公資も終業式を残すばかりで、兄弟相携えて公資のお楽しみ会の景品製作に余念が無い。父も冒頭、一挺目には関与したが、古式ゆかしい割り箸鉄砲も確かによく飛んでいる。
 父も嘗て銀玉鉄砲に日々興じた様に、或いはLSのプラモ作りに血道を挙げた様に、拳銃には男児の血を騒がせる蠱惑性があるが、長年培われた知恵の結晶たる手作りもまた優美ではあった。

h586.jpg  選挙が終わったら選挙とは切ないもので、又もやの土曜出勤に陥ったが、幸い三連休のため海の日の今日は一家で新宿へと赴く。にも拘わらず遊説見物とは酔狂にも程があるものの、ジャンパー姿の演説に直面したのは元より前座ではなく選挙カー同士がバッティングした帰結らしい。
 車上から90度に近い階段を一歩一歩噛み締めつつ降壇する姿は新自由クラブから40年、牛若丸氏も確実に齢を重ねているとお見受けしたが、おかげで道を挟んで向正面からの演説になったお目当ては拡声器からの声が届き難く、矢張り遊説は些かアナクロではあっても「勝たせて下さい」の絶叫連呼の方が道行く有権者の足を止め易いとの現実が伺われた。
h582.jpg 乳母車から総理と握手した経験もある公資が候補者の手を握り「自慢出来るから当選して欲しい」と喜色満面だったのは、動員の効用が老若男女を問わないことを物語ってはいたが。
 その足で新宿高島屋に回り、御成婚二次会プロデュース業に勤しんだ折りには足繁く通った東急ハンズも大分と品揃えが変わったかと練り歩いていると、「理路整然とした不誠実」と揶揄された前知事のお面に出会したのは、時節柄些か悪趣味ではあった。
 旧くは「橋の哲学」でインフラ整備を一蹴した美濃部氏にはじまり、無党派を標榜した青島・ノック現象など、直接投票の大都市首長はどうしても知名度と時の流行り廃りに左右されざるを得ないが、敢えて国政の逆貼りに流れるのは帝都の意志として得策ではないのではないか。

7月17日(日) ウルトラマン誕生  -テレビ・ラジオ - ウルトラシリーズ-

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前列は米国、後列は鬼っ子の泰王国産
 ウルトラマン50周年が杉並公会堂にて挙行されたのはウルトラQ最終回「あけてくれ」の放送予定を差し替えてまで放映された「ウルトラマン前夜祭」の再現たる趣旨であり、投票日で無かったら勇躍駆け付けたいところだった。
 幸い中継を録画して拝察したが、メインエベントが50年前の再放送上映とは些か安直とはいえ、その前座たる出演者座談会では面影の欠片も無い禿頭のホシノ元少年以上に、イデ隊員の二瓶正也氏の異様な肥り方に目を奪われた。
 ただ更に驚いたのは歴代ウルトラマンの紹介の中に「リブット」という初耳の御仁が含まれていたことである。
 若かりし時分に特撮フリークだった私のウルトラの知識は実質的に80までで止まっていたところ、子供達の成長に比類して平成三部作以降も後追いした形だが、ソフビ漁りの賜物で不遇のマイナー期もひと亘りは抑えている筈である。
 にも拘わらずXやオーブといった新参者にあらず、何故にパワードの次席に唐突に浮上したのかと検索を掛けるとマレーシアからの渡来人であった。
h578.jpg  アニメのUSAや豪州のグレートなど外地育ちの一族は他にも存在するものの、恐らくはタイのチャイヨー・プロのウルトラマン・ミレニアムへの対抗上、公認の亜細亜系として敢えて見せしめの如くに一族入りを促したのであろうが、結局円谷家の関与を曖昧にしたまま袂を分かったチャイヨー問題が旧コンテンツの海外展開にも陰を落としている現実を裏から炙り出している様に見えなくもない。
 思えば登壇した関係者に一人として円谷姓は見受けられず、50年前のフィルムに颯爽と輝く英二氏の姿と対比するまでも無く、新作の宣伝に努めれば努める程余計に、遺産を食い潰す円谷プロとウルトラの凋落振りがクローズアップされざるを得ない。 既に世田谷とも縁の切れたウルトラの星が杉並に輝いている場合では無いのだが、今日ウルトラマンは放送開始から50周年を迎える。

 戦国時代が大宗を占める大河ドラマにおいては同一人物を複数キャストが演じるばかりか、逆に同じ俳優が同時代の武将を亘り歩いて視聴者の記憶に混乱を来すことも少なくない中で、松本幸四郎氏による38年振りの呂宋助左衛門は、三谷幸喜氏らしい遊び心だったろう。
 元より「黄金の日々」と言えば鋸で首を引かれる川谷拓三氏ばかりが印象深いが、同一キャラクターが複数作品で別の役を演ずる手塚治虫氏ばりのスターシステムの援用、との解説は解り辛いか。

7月13日(水) 21勝11敗  -政治・経済 - 選挙-

h573.jpg  結局、参院選は最初から最後まで全体情勢は変わらずのままだったと総括出来よう。勿論、個別の選挙区にスポットを当てればあと一歩及ばずから日に日に差が開くまで過程は様々だが、少なくとも東北における与党の完敗は目を覆わんばかりであった。
h574.jpg  そこには確かに農業改革とTPPの逆風もあろうし、震災の傷跡と類推される沿岸部の伸び悩み、また減員区も大きな要因として挙げられようが、詰まるところは従来通りの候補者選びが通用しなくなった証しではなかったか。即ち与党の金城湯地だからこそ近代化を迫られず、県会議長まで功成り遂げた御仁の上がりポスト扱いは何れも討ち死にし、逆にこれまで劣勢だった「西」では若手を擁立して終始リードを保ったままゴールを迎え、西高東低を具現している。
h575.jpg  恐らく牙城であった関西における民進の退潮も、維新という特定のファクターこそあれ同様の分析が成立するのではなかろうか。 面白いのは会津には未だ「長州の総理では」との声があったとの指摘で、元より薩長土肥と朝敵の構図に全てを帰するのは短絡的であったとしても、確かに青森、山形、宮城、岩手、福島、更には新潟、長野と並べてみると、かの93年の保守分裂が未だ尾を引いていることは確かで、藩閥政府に虐げられた歴史が非自民乃到は反権のエネルギーを生んだとの解説も強ち否定は出来ないのかも知れない。
h576.jpg  だとすれば既に現職ひとりのみとなった、五分の四が東北で残る首謀者も数少ない西低に至る三重であった新党つばさ、ならぬみらいの亡霊もまた霧消していないということだろうか。

 企業の研修では功利的な現実主義者として孤立感が否めなかったが、大学時代の友人に混ざると守旧頑迷な現実肯定論者と責められる。
 古式ゆかしい集団体制と非日本的な合理主義を足して二で割った中庸を求める調整よりも、理想を追う過程に意義が見出だされるのだとしても、結果が伴わなければ風呂屋の釜ではないのか。
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