コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

6月30日(木) 真夏の西高東低  -地域情報 - 福島県-

h550.jpg  ボウリングを挟んでの陸奥シリーズ、昨日は今月二度目の宮城から盛岡へと更に北上する。
 遠征の数少ない醍醐味は名物料理であり、今日も僅かな合間を縫って冷麺を所望したところ、名高いぴょんぴょん舎は観光地仕様と否決され、運転手氏のお説に従い盛楼閣にやって来た。いきなりスイカの泳ぐ絵柄に幾分気圧されたものの、いざ箸を付けると成る程美味ではないか。
 しかも混雑のなか早々に辞去したおかげで午後の行程までの途路、石割桜に御目に掛かる。元より花は咲いてはいないが、花崗岩を切り裂いて現れた樹木の強靭さが如実に示されている。
h549.jpg  自主的に観光タクシーに変じた運転改めガイド氏は「盛岡唯一の見処」と自虐的だったが、プチ観光にはお手頃だったか。

 翻って本日は福島、流石に会津まで遠征するに及ばず、僅かに昼食は喜多方ラーメンに預かり確かに叉焼は美味だったが、厳密には本場とは言い難かろう。
 都市と在郷との別に乏しく小集落が連なるわが国においては、全国津々浦々に名所旧跡が配備されているが如き錯覚に陥るが、実際には明治以降に人為的に編み出された集落にあらずとも経済圏に特化、と言えば美しいが名所旧跡に乏しい地方都市も少なくない。
h551.jpg  実際、福島もまた郡山もそうだったのだが、更に田村市の工業団地まで足を伸ばしたのは貴重な見分だったろう。正直なところむつ小川原や苫小牧の惨状を脳裏に描いていたが、拡張予定地こそあれ大半は売約済みで今更ながらとはいえ最後発で第二次産業の波が訪れている東北地方の一端を垣間見る感があった。
 だからこそ余計に直接の被害こそ甚大では無くとも、震災後に増築された部分のみ建屋上に敷き詰められたソーラーパネルが、経済合理性とは全く異なる意味での震災の傷痕を強く想起させた。
 農業改革の影響ばかりが喧伝されているが、東北だけが全国と全く異なる様相の選挙戦を繰り広げているその理由を、我々も冷静に検証しなければなるまい。

6月29日(水) 高峰コーチは変身しない  -スポーツ - ボウリング-

h557.jpg  「りつこさ~ん」にも「美しきチャレンジャー」のビッグ4魔球にも遅れてきた世代であり、最も熱を上げた中学校時代は数多のボウリング場が淘汰され、一定規模の総合アミューズメント施設として再浮上する時分だったろうか。
 ハイスコアでも辛うじて150を超えるかという身分に留まったが、往事は最低五ゲームは投げる為にノーマルに対し90度横向きに、指をレーンに平行に手首への負担を軽減させる秘策に取り組んだこともある。
 当然、カーブもシュートも変化は掛けられない替わりにコントロールに徹することになるが、如何せんよりパワー不足が促進され、通例に復しては折に触れ再び横投げを試みと往き来し、数年に一度しか登壇しない昨今も試行錯誤は続いていたと言って良い。 しかしながら先月、サンプラザでの家族投における意外な安定に気をよくした訳でも無いのだが、会社行事の事前練習たる大仰な催しに闖入し、不可解にも好調が維持されていたのである。
 結果的に本番に向け選手を拝命したのは、元より力量を評価されたのでなく人手不足の所産に過ぎないものの、我ながら好成績にも拘わらず上には上がおり、更にハイスコアが臨めそうだったニゲームを中途で打ち切られた名残惜しさの捌け口としては挑むところとも言え、いそいそと盛岡から東京ドームシティへと駆け付けたのである。
 昭和36年にはわが国初の自動レーンが導入されたパイオニアとも言うべき後楽園が会場に選定されたのは、単に会社から至近であるが故だが、ダブルの後のガーターという著しい勝負弱さを発揮しながらも10フレでスペアを拾い、凡そ30数年振りの140台をマークして最低限の責務は果たし得たのでは無かったか。
 実は練習投球で一度ビッグ4に出会したが、魔球に挑むより確実に小瓶を狙うべきとの突っ込みは数限りなく新藤恵美氏に浴びせられているだろうから控えておこうか。

6月27日(月) 孤高の王国  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h547.jpg  大府市の施設を訪れ、デジャブでなく嘗て同じシチュエーションで足を運んだに違いない確信が湧いてくる。かく事態の為に常日頃小まめに映像に収めているのだが、膨大なデータを紐解いても結局それが何時なのか判明しなかった。記憶も記録も、充てにならないものである。
 今回は過去に例無き程に愛知に赴く事態が生じた。元より調整事や自主的な動員が主には違いないが、口幅ったい物言いが許されるならば私も事務方・陪席のみならずフロントマンたる様相をも示すべきお年頃ということか。
h548.jpg  往路には、このところ食べ過ぎから控えていたが、東京駅の駅弁コーナーに期間限定登場した広島穴子の出店に誘われ食してみる。出来立てほやほやにも拘わらず通例通りの価格とは良心的だが、宮島でもそうだった様にこちらが本来の穴子飯に近いのだろう垂れも甘味も控え目で、個人的には関東仕様にアレンジされた通常のパッケージ版の方が好みだった。残念。

 同じ島国であってもドーバー海峡の隧道が関門トンネルと大差無い英国と、対馬経由でも200キロを超えるが故に、遂ぞ関釜連絡船に替わる大陸への陸路を築き得なかったわが国とでは、所謂"移民"に対する危機感は著しく異なるのだろう。些か穿った物言いをすれば、ウィンブルドンを席巻するのはアングロサクソンとアーリア人までということか。
h556.jpg  恐らくは1980年のハプニング解散の様なもので推進派も現実味が無かったからこそ過剰に訴えた望外の果実に改めて慄然としているのかも知れないが、それだけ国民の不満が溜まっていた証佐とも言える。
 ただ一時の感情に流れ易い国民投票に国家の将来を委ねたのは、間接民主主義の総本山、議院内閣制の権化たる英国だからこそ一層、無責任に過ぎたとの謗りは免れまい。勿論、否決を前提に「民意」のお墨付きを得たかったのだろうが、結果論だとしても指導者は声なき声を忖度し、百万人と謂えども我行かんの心意気を持たなければならないという、見事な反証となって仕舞った。
 そんな悠長には構えていられないとはいえ、敢えて羮に懲りずに覚ましてみるインターバルもかくなる上は肝要か。

6月24日(金) お城巡り  -地域情報 - 信州-

h542.jpg  北海道は別格としても岩手、福島に次ぐ都道府県第四位の面積を誇る長野県も、南信まで遠征すれば遥かなる旅路だが、都市部を巡るには新幹線でひとっ走りである。それでも所謂北信に長居出来ないのは経済圏の分立する長野県の特色であり、慌ただしく帰り際に善光寺へと駆け付け、今更縁結びに用は無いものの煙を浴びて厄を落とし、日々開かれる御簾に御目に掛かるには間に合わず、神仏混合とも言うべき複雑な沿革を伺って松本へと急いだ。
 嘗ての国府として旧制高校も存在した松本からは中部地方の資本が入って来るが、先ずは松本城へと急行する。大学時代の友人と訪れた折から13年振りになるが、妙に小振りに感じられたのは入口から遠望するのみで蕎麦で腹を満たして早々に立ち去ったからだろうか。
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 曇天のなか駅からの北アルプスもうっすらと臨むに留まったが、幸いにも名物の山賊焼きを買い込んでかいじ号に腰を落ち着ける。昼に天麩羅を平らげた身の上にはボリューム満点に過ぎ、以降の行程ではタクシー内に軽やかな大蒜臭が漂うことになったのである。

 残念ながら真田丸でもお馴染みの上田までは足を伸ばせず、中央線で折り返し向かったのは甲府であった。
 友人の初任地であったことから夜陰に紛れポリスボックスの立つ金丸邸への接近を試みたこともあったが、甲府では雨の上がるのを見計らい武田神社へと参上したのである。
 9年前にも同じ様な趣旨で訪れているが、いざ境内に足を踏み入れて欠片も残っていないのだから人間の記憶たるは怪しいものである。観光タクシー宜しく運転手氏のお説に従い、信玄公の墓所も経由したがこちらは明瞭に脳裏に甦り、穴場の割りの再訪に驚いた始末である。
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 入り組んだ行程こそが城郭都市の特色で松本に近似するとの解説を戴いたが、まさか先刻そちらにも伺ったとは仲代達矢氏でも思うまい。本来は武田神社こそが武田三代の平城であるにも拘わらず、後年の甲府城の復元が進んでおり、確かに駅周辺の石垣に唐突に巨大な門が現れているが、城で街興しもひとつの手段としても、観光立国たる投資には些か遠大に過ぎる感は否めまい。
 昭和初期の建造物として近年再評価されている県庁旧館、県議会議事堂の威風を車窓から眺めてあずさへと至る。充実した旅であった。

 と書くと恰も観光旅行の如しだが、実際には名所旧跡の合間に計9件もの訪問を、ではなくて本旨たる訪問の余録に寸暇を惜しんだ道程を述べたに過ぎない。
 お疲れ様でした。

6月22日(水) 一番ぢゃなくても  -政治・経済 - 選挙-

h541.jpg  遂に告示を迎えた第24回参議院通常選挙において特筆すべきは各党の提出した比例の名簿であろう。元より非拘束式であるから本来は掲載の順位は何等当落に影響を及ばさない筈だが、第一位を占める候補者が圧倒的に有利であることは、所謂「ア行効果」として既に実証されており、例えば前日ハム・ヘッドコーチの阿井英二郎氏が出馬すれば20時に当確などと喧伝されていたのである。
 今般も自由民主党の25番目に名乗りを挙げた候補者がそれに該当し、スワ名前で選ばれたかなどと騒がれたものだが、蓋を開けてみるとア行には全く関係の無い御仁が冒頭に並んでいるではないか。
 よく見れば一票の格差是正の為に合区を余儀無くされ、選挙区でなく比例からの擁立となった二人の候補者であり、合区騒動の際に執行部が代償とした「優遇」が空手形で無かったことが実証されていた。
 他党においても党首や参議院代表者を優先したりと、六度目にして漸く非拘束名簿式における選挙戦術が確立されてきたということか。
 結局野党の「オリーブの木」は成立せず、馬鹿正直にアイウエオ順で並ぶ民進が"民主"的ではあるものの、却って芸の無さを感じさせる始末だった。

 つい先日まで「さわらび会」という派閥横断グループを率いて影響力を見せていただけに鳩山邦夫氏の急逝には驚いた。
 四代目のプリンスは無所属新自由クラブ推薦での初当選から自民入り、細川連立政権の誕生する93年に離党し新進党から「兄弟船」で民主党を設立も、都知事選に出馬落選して御殿のある文京区を去る。以降はブリジストンの本拠福岡に選挙区を移して自民復党、野党時代に離党してまた復党と、政界再編から政権交替の混迷を象徴する様な足跡だった。
 祖父・一郎氏は日本民主党を率いて吉田政権を打倒した後、保守合同で自民党初代総裁となっているし、兄・由紀夫氏は同じく93年に離党してさきがけから民主党政権を担ったのは記憶に新しい。
 一方、父の威一郎氏は大蔵次官から自民党参院議員を全うしている。五代目に血は受け継がれるのだろうか。

6月19日(日) Be A good sport  -育児 - パパ育児日記。-

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 選挙中に土日丸々休みは気が引ける、と溢すのは職業病の如しだが、先週から土曜は半日ばかり働く、高度成長から安定成長期に切り替わった時分の大手サラリーマンの如く勤務形態を自主的に試みている。
 会社に居れば単身事務作業は捗るし、関係者は須く稼働しているから外回りにも充てられ、にも拘わらず午後は自由な半ドンも期間限定なら効率的な要素もあろう。

h538.jpg  祐旭も小学生時代と異なり毎週土曜は学校なので、出掛けるならば日曜が望ましい。してスポーツマンには程遠いわが家がスポッチャに向かったのは、太っちゃの運動不足解消に資するべく親心に他ならない。
 いざ足を踏み入れると、確かに所狭しと運動設備が並んでいるが、ラウンドワンの付属設備らしく趣きはゲームセンターのそれである。防具を装備して東京ボンバーズ宜しくローラースケートを皮切りにゴルフにバッティング。シュミレーターと網を張った練習場の双方が配備されているのは芸が細かく、バスケのシュートや卓球の如くストラックアウト擬き、筋肉番付の簡易版とも言うべきゲーム仕様も盛り沢山である。
h539.jpg  メンテナンスは必ずしも万端では無い様で故障の貼り紙も散見されたが、ダーツに足下のパネルが変化するe-スポーツ、体を傷めそうなロデオ、果ては釣り堀と運動の領域に収まり切らない種目にも事欠かない。
 元より子供向けには違いないが、日が暮れ始めるに連れ学生風情も増え、昨今引き籠り気味と揶揄される青年層には陽の光を浴び過ぎない屋内施設が心地好いのだろうか。この勢いで是非投票行動にも及んで貰いたいものである。
h540.jpg  それでも屋上のマルチコートは千客万来で、にも拘わらず10分で整然と交替していく姿はまさにわが国らしい光景に他ならない。運動部入りした祐旭の強い要請を踏まえ、敢えて待機してオーラスは家族四人で軟式バレーに挑んでみた。
 総括すれば模擬スポーツの見本市であり、10分毎に模倣を繰り返すとは飽き易い現代人の特性を踏まえた遊戯場と言えようか。よく見ればバブルサッカーの如くマイナースポーツも登場しており、模様替えの際にはカバディや四ピンも是非追加検討を戴きたい。

6月17日(金) 貨車は何処に  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

 旧民社党も現職は川端達夫氏や高木義明氏、後継の新党友愛を含めても落選中の城島光力氏ら末裔は数名を数えるばかりの中、本年三月の大内啓伍氏に続き米沢隆氏と相継いで訃報に見舞われた。
 両氏は委員長職も相継いで務めているが、その足跡は対照的である。
 大内氏は若かりしより将来を嘱望されたプリンスで、職員がノーバッヂのまま中執(中央執行委員)となる栄逹コースの存在した旧社会党に対し「党官僚」から議員を輩出する旧民社特有のシステムから表の顔となり、選挙区こそ東京だが春日一幸、塚本三郎両氏の輝かしき愛知民社の流れに位置付けられよう。
 一方、米沢氏は佐々木良作、永末英一氏と同様に旧同盟系労組を背景にしている。
 両者の歩みは政界再編の過程で大きく分かれ、米沢氏は新生・小沢一郎、公明・市川雄一の両氏とともにワンワンライスと称され、やがて新進党に名を連ねる。対照的に細川、羽田の両内閣に入閣した大内氏は支持母体の違いからも新進党には加われず、塚本氏ともども政治人生の最期は自民党で迎えることになる。
 即ち、自民党より右と言われた安保政策と文字通りの民主社会主義を分担した形だが、この結末にこそ民社党の存在意義が隠されていたのではなかろうか。
 80年代からの社公民乃至は江(江田三郎)公民に代わる自公民路線の形を違えたひとつの萌芽が新進党であったとの解釈を採れば、アベノミクスの浸透という経済政策を掲げる今こそ、政治闘争に堕せず使用者側と同じ合理性に立つ旧同盟を基盤とする労働組合と手を携えた、新たな自公民が求められている。戦前からの悲願であったナショナルセンターの統一が、万年野党の最大の支持母体たる帰結しか斎さなくなった、連合の側にこそその悩みはより深いのではなかろうか。

 ダブルが回避された余波としては、対象が限られる分だけ余裕が生じ、余禄があれば対応も丁重になる。
 窓口を示して後は野となれではなく、個々の情勢に応じたフォローに努めていると範を越えそうになり幾分の歯痒さも生じる。

6月14日(火) 襷を外す  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

 2001年の再編に依り合併を余儀無くされた省庁においては、例えば旧自治と旧郵政の総務省の如くに所謂襷掛け人事が継承されている。それ自体は官の特性ではなく、みずほ銀行の誕生にあたって漸く旧第一と勧業両社の人事部門が統合されたと揶揄された様に、和を尊ぶわが国の知恵には他ならないが、一方で人事が滞留する恐れは否めない。
 嘗て国土交通省においては昭和47年入省の次官が四代続いたことがある。そもそも旧建設が技官・文官の持ち回りだった処に旧運輸が加わり、旧建文の同期から二人の次官が誕生する事態は異例で無かったとしても、三者襷掛けの余波で四年に及んだのである。その次は一年次跳んでいるとはいえ、必然的に他省庁に比して若返りが遅れることになる。
 その慣行が今般遂に破られた。順繰りならば旧建文である次官に旧運輸からの起用が決まったのである。下世話ではあるが、90年代までは旧国鉄と併せて二人の議員を参院比例区に送り込みながら、昨今は落選続きで次官ポストを喪うとまで危惧された旧運には、時代の変転もあろうが大逆転である。勿論、復興庁というもうひとつのポストを得たが故の所産であったとしても、邪推すれば鼎立した三者の内の二つが手を握った結果に見えなくも無い。
h534.jpg  ただ確実に言えるのはポストも天下りも制約される中で組織として有能な人物を活用し、同時に公正かつ妥当な将来処遇のあり様を示して若き人材を確保する為には自ら新陳代謝を図らなければならなかった、その帰結ではなかろうか。しかしながら同時にそれは、旧内務に由来する建設省もまた普通の官庁へと軟着陸、との表現が穏やかで無ければ脱皮した証しでもある。

h535.jpg  昨日の成婚18年にあたり一月生まれと間違えたかと疑われかねないが、思い立ってガーネットの品を妻に渡す。
その相対でも父の日の早出しでも無いのだが、鞄を新調して貰った。常に持ち歩いている為にいい加減底が擦れていたが、愈々チャックが脱落して代替わりを余儀無くされたのである。
 ところが何でもかんでも詰め込んでおけば安心する質なので、時にはドラえもんのポケットの如くに付箋やらクリップやらを取り出して喝采を浴びる替わりに、いざ入り用の品を探しても簡単には発見されない事態にも陥る。
 そんなことは全て丸っとお見通しなのか、単なる勘違いかは定かでないが、見事ひと回り大きなそれが配給されたのである。何と無く縮尺が合わない様な光景に出会っても、錯覚ではありません。

6月12日(日) みっつみんなで太ってる  -車・バイク - 燃費-

h531.jpg  バレー部に草鞋を脱いだ祐旭の試合見学に、忘れ物を取りに学校経由赴き、更に公資を英検会場へと送り届ける。
 その過程でハタと気付いたのは、プリウスの平均燃費表示が少しずつ伸びていくことである。この御時世に偽装しなくとも数字が改善されていくとは目出度い話しだが、僅かにエンジンを吹かした後にバッテリーをフル活用して滑走を続けると、驚く程にガソリンを消費しない。エコロジーには特段の関心無くともエコノミーには敏感だから、数字で効率性を示されると更に高い数値を目指すべくびっくり日本新記録の様な誘引に駆られるではないか。
h532.jpg  必然的に急発進・急加速も無くロースピードに徹することになるが、次々と後続車に追い抜かれてなお敵愾心を燃やすことも無く、安全運転にも資している。思わぬ効果はまさにハイブリッドだが、満充電には到底到達しないからEVモードは利用出来ず、これだけ蓄電と放電を頻繁に繰り返していると蓄電池の寿命に響かないかと少し心配になって来る。

h533.jpg  火曜に二桁十歳を迎えた公資の祝賀は焼肉、五日遅れでも「食べられるなら何時でも」と旺盛な食欲は既にこれより三役クラスである。
 常々父が「ひとつ人より太ってる」などと大ちゃん数え唄を捩って警鐘を鳴らしても、「父の体質を受け継いだから」と反駁して聴く耳持たず、肉に白米を詰め込んでなおわが家でケーキを、放置すればホールで平らげかねない勢いだった。
 「とおでとうとう太ってる」には些か支障ありなのだが。

6月10日(金) あのひとはもういない  -地域情報 - 仙台-

h527.jpg  朝は経団連での会合に陪席し、その足で仙台へと向かう。今週は福岡、名古屋に次ぐ遠征になるが、微妙な行程の糊代を有効活用すべくわざわざやまびこを選択した。しかもE5系に直面したのを幸いに、思い切ってグランクラスに初搭乗してみる。
 細やかな贅沢とはいえ倍額に近い上乗せ分は自前だが、軽食に飲み放題と言われても午前中からアルコールに溺れる筈も無く、ガラカラの車内は視察に値する物珍しさには欠けている。
h529.jpg  元より函館まで一気通貫でも四時間だからフルフラットの必要性には乏しいものの、既に787の王様シートに耽溺した身の上には、電源すら存在せず、手元に資料を仮置きするスペースも無くては作業環境として中途半端と言わざるを得ない。
 検札廃止で足並みを揃えて来たJR東海との数少ない差別化、優位性の発露には違いなかろうが、結論としては大枚を叩く誘引には欠けること夥しかった。

h528.jpg  福岡には及ぶべくも無くとも仙台もまた片手以上は足を運んでいる。20年以上前、広報マン時代には徒歩で幾ら登れども城の欠片も現れず、「広瀬川~」と唄う気力も消え失せた記憶があるが、皇族や維新の元勲、軍人を除けば極めて希少な戦後政治家の銅像に未だ対面していないとは、永田周辺居住者として猛省しなければなるまい。
 厳密に言えば城趾と言うよりは旧陸軍第二師団に付随する護国神社に寄り添う形でひっそりと愛知揆一氏は佇んでいた。
 吉田十三人衆から佐藤派五奉行を経て、田中派七日会の知恵袋とも称された政策マンたる愛知氏が現職蔵相のまま急逝しなければ、或いはオイル・ショックによる狂乱物価をものともせず列島改造に邁進し続け得たのか、些か木が生い茂り柔和な表情が何を云わんとしているのかは読み取り難い。
 本題の大衡村における要人お出迎えを恙無く終え、元より製造工程に全く明るく無い境遇には宝の持ち腐れたる即席の工場見学にも預かり、所期の目的も行き掛けの駄賃も、充実した一日だった。
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