コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

5月30日(月) 権力と建築  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h513.jpg  今月は実に六度目、中学高校期に前後八年の長きと企業人と化して半年弱、幽閉されていた時期を除けば空前の愛知県詣でである。
 未だ嘗て新幹線を乗り越した経験は無いが、朝方になる往路は貧乏性もあろう健やかな睡魔は訪れ難いので、必然的に読書が進むことになる。

 政治については評論家業のみならず周辺居住者としての本業に他ならないが、前者においても職業野球をはじめ対象領域が多岐に亘る為、例えば河野一郎氏や岸信介氏の大物支援者であった大映のラッパこと永田雅一氏のオリオンズ・オーナーとしての栄光と挫折など、複数分野に跨がる足跡を追うのは知的好奇心が多方面に刺激されて非常に興味深い。
h420.jpg  中でも政治と都市変遷を結ぶものとしては御厨貴氏の「権力の館を歩く」が稀有な例だが、その系譜を引く同じ御厨氏編の「建築と権力のダイナミズム」もまた労作であった。
 霞ヶ関の変遷や議事堂の構造、また直接には都市そのものでは無いものの警視総監と消防総監を巡る旧内務省内の角逐など、加齢に伴う集中力の減退から数冊を抱えて交互に読み進めるのが通り相場になっている昨今、分厚い論文にも拘わらず帰路も眠ること無く一挙に読破して仕舞った。
 権力が「館」や「土地」に依居する要素が色濃くあったからこそ、些かの論理の飛躍を恐れず述べれば旧建設省は旧内務省にあり、携帯電話をはじめとするコミュニケーション手段の発展とともに意思疏通が個人化され同時に場所に由来しなくなった現代において、建設は運輸とともに省庁再編の初期構想に倣えば「国土開発」に組み入れられ、権力と館との切り離しが名実ともに明らかにされたとも言えよう。
 こちらは文字通りの貧乏性だが3000円超の書籍故に見送っていたにも拘わらず、ブックオフのネット版で巡り会えたのは幸便であった。

5月29日(日) あしたのために その1  -育児 - パパ育児日記。-

h517.jpg  食のメニューが限られる割には所謂ファミレスを忌避するのは余計なスノビズムかも知れないが、今日は昼から神戸屋キッチンである。パンのバイキングという小道具も然り、そこはかとなきハイソさが漂うのは同じ杉並でも浜田山という土地柄にも帰因しよう。
 幸いなことにこちらも今月から杉並ナンバーであり気後れは無用である。

h515.jpg  元より高尚さを演出した訳では無く、お目当てはハイランドセンター、先月は懐旧宜しくすぎ丸経由だったが、車ならわが家からスープの覚めないならぬ公資の酔わない距離である。 この一等地に日頃は半ば遊休地風情のショートコースまで構えている時点で、都心の練習場がひとつまたひとつとマンションに化けていくなか相当に優雅だが、レッスンプロが常備されているのも高級住宅街仕様に相応しい。
 久々にレッスン対応の短い右翼側打席に居を据えて一家四人で打ちっ放しに興じていると、程無くして人の良さそうなプロ氏が現れた。ひと昔前は自動車運転教習所とまでは言わないものの、一見客には如何にも面倒臭気な物腰を隠さない輩も少なく無かったが、客商売として正しい方向性であろう。
h516.jpg  握り方に始まり体幹を左右に揺らすこと無く身体を回転させるのは、俄かに腰痛持ちになりつつある祐旭には幾分苦行だったかも知れないが、眼から鱗ほどに打球の勢いが増す様な魔法にはあらずとも、僅か20分でも基礎から学んだのは無駄ではあるまい。
 ドイツ村の延長線上とばかりにアプローチでの玉入れ合戦に勢を出していた父にも、改めて勉強になるひとコマであった。
 雰囲気に飲まれたか、気が大きくなって帰路には中古のウッドも買い与えて仕舞ったが、折りを見てレッスンを受ければ高校に上がる時分にはゴルフ部を視野に入れることも満更無謀な試みにはならないのではないか。

5月27日(金) TVの国からキラキラ  -テレビ・ラジオ - TV-

h508.jpg  引越しとともにTVを新調して六年半、電源を入れると暫く画像が乱れ、程無く落ち着いてはいたのだが、段々とその待機時間が許容出来る域を凌駕してきた。温まるまで暫くお待ちくださいとはブラウン管でもあるまいしと嘆いてみてもこれぞSONYスタイル、一定期間を経過すると自動的に消滅する時限装置が仕掛けられていたのだろう。
 中身は杉並ケーブルテレビ経由なので実質モニター使用のため付けっ放しとし、仲介するオーディオ側のオンオフで対応してきたが、バスタ視察の後に立ち寄ったピックカメラにて、丁度モデル末期で本日までお値打ちとの甘い誘いに見事に乗せられて、どうせならひと回り大きくとわが家まで走りラックの寸法を確認してとって返し、衝動買いに及んで三週間近く、遂に到来したのである。
 元より一世を風靡した「亀山モデル」の貼り紙は既に何処にも見当たらず、民族資本からも脱落しているが、いざ居間に据えてみると前機比拡大した様に見受けられないと子供達も浮かぬ顔である。恐らくは画面は広くても外枠が薄くなった為だろうが、デフォルトのままだと色合い自体も如何にも薄く映るのは、良くも悪くも色鮮やかな階調基盤のSONY仕様に毒されてきたが故の所産かも知れない。
h510.jpg  些かは私の色弱が悪さをしているのだとしても、凡ゆる人物が白塗りの時代劇でも困るので設定を試行錯誤してみたのだが、今度は遠目には美しくとも近付くと粗が鼻に付く東京選出の元総理現象に見舞われた。
 目の付け処がシャープだねと洒落ている場合ではなく、微妙に輪郭が鋭角に過ぎてビットレートの低いストリーミング映像にも似た瞬間が訪れる。或いは杉並ケーブルの4K仕様との相性もあろうが多難な船出である。

 サミットも滞り無く過ぎ、「過ちは繰り返しません」と碑文に従った訳では無くとも歴史的な米大統領訪広には違いない。
 金曜でありこれに合わせ急行を試みる関係者も少なく無かったろうが、勿論こちらも謀略史観を介在させる謂われは無くとも、多分にタイミングが悪過ぎ、国家賠償を求めても然るべきな羽田空港の航空機炎上封鎖事件であったか。

5月26日(木) 嵐の前の食欲  -グルメ - 激辛グルメ-

h504.jpg  世相の複雑化に伴い新たな病名が「発掘」されることがあるが、逆流性食道炎もそのひとつではないだろうか。消化を促す胃酸が空腹時に食道下部に働き掛け炎症を齊す事象で、従来なら単に胃酸過多とされていたものがガストロームの処方により劇的に解消されることから敢えて新たな病名として独立させたのであろう。
 元よりそれは対症療法に過ぎないが、文字通り喉元を過ぎればで痛みが緩和されれば放置し、再び悪化しても市販のガスター10では効果が小さく医療費の拡大に寄与せざるを得ないのが味噌である。
 このところ久々に症例激しく、にも拘わらず陳麻婆を昼に食す事態に直面するとは自らの読みの浅薄さを憂えざるを得まい。キャピトル東急の休業時には伝統の星ヶ岡が仮営業していた赤坂東急プラザに後継として納まった中華を一度賞味したかったのだから自業自得だが、四川飯店のそれより明らかに強烈な辛味にも拘わらず、食道並びに胃から消化物が消え去った後になお著しい痛みを覚えることが無かったのは気の置けない会食だったが為か。逆に言えば自覚の有無を問わず食道がストレス感知器として機能しているのかも知れない。

h505.jpg  食道楽の如しだが夜は日頃馴染み過ぎた赤坂界隈を離れて外苑にて伊太利料理と洒落込んだ。妙に客数が少なくわが国景気の先行き見通しが憂えられそうだが、その分ギャルソンを独占出来て優雅である。実際には女性かつフランス料理ではないのでカメリエーラと呼称するのが正しいらしい。
 前菜が多くて驚いたが替わりにパスタと肉は少な目でこちらも優雅な構え。牛の胃袋が美味であった。

5月19日(木) パニオン・スタイル

h496.jpg  所謂業界団体の総会が五月に集積しているのは、六月後半たる企業の株主総会に先立ち人事の固まるタイミングを見計らっての設定だろうか。今や個別企業が総会に準拠せず四月の会計年度を以て実質的に役員人事を行う為に、それを受けての団体人事には五月はより好都合になった感がある。
 元より企業以上に反主流派や特殊株主は存在しないから総会自体はシャンシャンの儀式であって、附随するパーティへの出席がわが方の職責となる。それでも一昨日の様に挨拶に薬玉割りと段取りが明確なケースは逆算すれば出席者もまた限られるが故の場繋ぎに他ならず、こちらも要人を迎えてご案内を口実に、パーティで立礼に立つ関係者に握手するのと丁度裏腹に、要人に存在をアピールするのが関の山である。
h498.jpg  他方、大規模なものとなると形ばかりの出欠表こそあれ、誰が現れるかは蓋を開けてみなければ判らない分、入口間近に陣取って訪れた旧知の御仁と懇談する即席の社交場と化すのが通例である。しかも主催者面していても実は微妙に招かれる会員企業サイドだから形而上の職責に乏しく自由は効くし、同じ世界に16年も居ると未知乃至は記憶に無い人物からも挨拶されて恐縮する事態すら生じる。
 こうなると立ちっ放しでも90分位は早々に経過して、かつひと仕事こなした様な根拠無き満足感にも包まれるのだから、大半が捌けて後の階下のラウンジにて今後に向けての即席の反省会まで、思いのほか濃密な一日であった。

 議員会館の金属探知機の奥に俄かに現れた液体検査機、サミット前の小道具かと思いきや恒常的な措置らしい。元より航空機の搭乗には理に叶っていても、人の集う場所であるべき議員会館にはハードルを上げ過ぎの感も否めない。
 しかも安普請のなのか構造上致し方ないものなのか少量には反応しないらしい。おかげでいきなり「飲んで下さい」と告げられて毒味と言うよりは人体実験に供される羽目に陥った。
 悶え苦しむ演技力も無いので大人しく口に含んだが、明らかに怪しい風体ならば兎も角マニュアルが行き届き過ぎてはいまいか。世知辛い世の中。

5月18日(水) パンツとワイン  -グルメ - ワイン-

h495.jpg  昼間のパーティと言えば着席して講演に預かり、食物は箱弁かカレーの類が定番だが、中には立食に肖るケースがある。夜の商売故に名刺を置いて痕跡を残し、裏口から抜け出す技術ばかりに長け、宴席が無くとも必然的な梯子のおかげでバイキングを賞味する時間的余裕の訪れ難い夕刻の宴に対し、昼ならば予め腹を満たす時間組みを充てることも可能である。
 しかも本日は年に一度の富士宮焼きそばの出店、幸か不幸か悪天故に狭い憲政記念館も程好い集客で、海老のかき揚げにも肖るとは希少な役得たろう。
h497.jpg  普段昼食は採らないが今夜は旧朋が遠方より来り長丁場が予想される為、二重に好都合だった。とは言え若かりし時分同様に丑三つ時までパンツ一丁で歌い踊るのは、全く記憶が無いにも拘わらず写真が残されている様に精神的には爽快でも肉体への影響は決して小さくは無く、翌午前中は久々に恰も廃人の如しであった。

 勿論、長年のサイクルに身体も馴れていよう夕刻になれば自然とまた宴席に及ぶ活力が回復されるのだが、流石にこの日は酒量を控えと明白な意志を以て臨んでも、いざ眼前にアルコールが注がれれば杯を満たすがままに喉を潤わせるのも必定である。
h498.jpg 元来麦酒よりは日本酒派だったのがこのところ頓にコーラの類の清涼飲料は寧ろがぶ飲みしても、炭酸酒への誘因が著しく下がっている。しかも食物の単品大量主義同様に日本酒ならば大吟醸だろうと二級酒だろうと好悪の別が著しく小さく、逆に言えば西洋酒は総じて気に召さないのは、味覚も然りだが何と無く酔い易いという先入観故だろう。
 にも拘わらず結論から言えば今般は、厠に籠ってアルコールを排出し何事も無かったかの如く復席する芸当に及ぶべくも無く、最後まで思考も胃腸も健在だったのである。
 矢張り貴腐は悪酔いしないという好例なのかも知れないが、ボルドーでも存分に酔いどれていたのだから、わが国国民の体質に見合うワインという取捨選択が存在するのだろうか。KENZO恐るべし。

5月15日(日) 良い仕事  -育児 - パパ育児日記。-

h491.jpg  都合四度もキッザニアに通い、挙げ句亜流のカンドゥすら制覇した父にしてみれば三月によみうりランドに御目見えした「グッジョバ」は垂涎の的だったが、流石に中学生には子供騙しかと手控えていたところ、先週遂に到来した新車の家族初乗り先として浮上したのは幸便であったろう。
 昨今の社会科見学ブームを反映して前二者のお仕事体験に対し「ものづくり」をコンセプトに掲げているとあらば、第二次産業従事者としても視察必須に違いない。
h494.jpg  ただ些か朝一番に出遅れた為、自動車工場も小一時間の行列を費やして漸く車両検査・試験走行のカスタムガレージに肖る始末で、文房具擬きの遊具でお茶を濁しつつ、焼きそばUFOまでの待ち時間に一旦別棟まで待避して昼食を挟み丘の湯に身を浸す展開は、既に子供達の読み通りであった。
 眼前に聳える割りにアクセスに難儀した観覧車を見送った為、なお生じた余剰時間は存外に空いていた路面第三軌条型ながら電気自動車に費やしたが、流石にスリーダイヤを買い叩く外資系企業らしい意匠である。
 残念ながら巨大なやかんからお湯を浴びるUFOキャッチャーならぬコースターは大混雑で到底見送らざるを得なかったが、横浜のカップヌードル・ミュージアムの焼きそば仕様に番号札であり付き、オリジナル絵柄・具材のUFOニ箇を抱えて申し訳程度にランド本体を眺め、お開きとした。
h492.jpg  整理券方式とソビエト式行列とが混在し、かつ前者もキッザニアの如く厳密な時間差管理が為されていないので、開場間も無く須く予約発券して仕舞えば文房具と服飾の体験学習も賞味出来たことに後から気付いたが、不可解なのはジャイアンツ球場によみうりゴルフが隣接するにも拘わらずランドには球技との相乗効果を図る意図が全く欠落しており、今般の改装に当たっても何等の配慮は見受けられなかった。
 それは西武球場と西武園の如く双方に跨がる観光という概念が存在し得ないが故かも知れないが、詰まるところスポーツとものづくりの直接の親和性の低さに起因し、だからこそ構造不況期を経て第二次産業を主体とする企業スポーツもまた衰退の波に見舞われた、との結論を導くのは些かの飛躍を介在させ過ぎだろうか。

h499.jpg  わが家の車庫には幾分過長で玄関を半ば占拠するプリウスを選択したのは似非環境派を気取る意図には基づかない。
 勿論、公資が「父の運転にも拘わらず揺れが少ない」と看破した様に、ハイブリット故の静粛・安定性とともにランニングコストの低廉たる実利の追求も大きな要因には違いない。
 しかしながら最たるは最新の安全運転機能を実地で見聞すべく道路族の端くれとしての先物買の思惑が沸々と湧き上がったからに他ならず、だからこそ中央フリーウェイを跋扈して稲城まで疾走したのだが、結論から言えば白線検知は確かに機能していたもののクルーズコントロールの進化版はディーラー氏の解説を御座なりに聞き流した報いか、動作にすら至らなかった。
 ただ少なくとも多彩なボタン配置は、自動車が優れて電子制御品と化しつつある事実を如実に示しており、老練なドライバーには不評かも知れないものの幼少からゲーム機に接してきた世代には、寧ろ自動車離れを回避する新たなキラーコンテンツたり得る可能性を予感させる「良い仕事」ではないか。安全運転そのものに資するか否かとは些か次元を異にする感想ではあろうが。

5月13日(金) ゼロの焦点  -スポーツ - プロ野球-

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右はサヨナラ打の瞬間
 二リーグ分裂後唯一の防御率零点台は1970年の村山実兼任監督の0.98、圧倒的に投高だった戦前まで遡っても藤本英雄氏の0.73が最高である。従って現時点でそれすら上回る0.6点台菅野投手の常軌を逸しているとしか表現の仕様がない。
 だからこそ菅野登板に的中した今年初めてのドーム観戦はハイペースが予測されたが、相対する成瀬投手の好投も相俟ってあわや二時間以内で収束の恐れすら疑われたのである。
h489.jpg  しかしながら13日の金曜日には好事魔多しか、守備の乱れから同点とされ九回自責点零にて降板、延長に及び重なる守乱も最後は坂本選手の逆転サヨナラ打と、試合時間のみならず読売巨人軍としても結果として帳尻が合わされた形になったが、如何せん釈然としない。
 そもそもエース菅野以外は失礼ながら見慣れない顔触れになった巨人軍の先発の中で、肝心の菅野投手に勝ち星を付けられない様では前途を悲観せざるをするを得まい。にも拘わらず首位とはここ一番の華麗なる底力と讃えるべきか、色鮮やかなヤクルトはじめ他球団の不甲斐なさに以て瞑するべきなのか。

h501.jpg  「コンクリートから人へ」は民主党政権の標語だったが、その潮流は小泉政権に端を発すると言っていい。災害の連鎖を経て幾分潮目は変わりつつあるとはいえ、ザ・強靭化の藤井内閣官房参与に高度成長期と期を一にする「国土の均衡ある発展」テーゼの匂いが漂うのに対し、大石久和氏の言説は文明論から紐解かれてマクロ経済に至る、わが国の社会基盤の未だ尚脆弱性を素人にも呈示して魅せるという意味で、まさにインフラの伝道師の名が相応しかろう。
 確かに役所の現役時代から職業柄求められる政治性以上に哲学的な思索が先立つべく見受けられる方だったが、時代が人を喚んだと言うべきか。しかも講演に接する度に明らかに笑いの要素も増え、失礼ながら着実に上達されており、思わず牽き込まれて左官に勤しみたくなりそうだから恐るべしである。手元不如意の中如何なるインフラを優先すべきかというミクロの決死圏の話題はまた別の次元なのかも知れないが。

5月11日(水) 水曜日にもカレーを食べて  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

 前維新衆院議員や美人区議を抑えてオープンエントリー一位に輝いた伊藤洋介氏とは何者かと紐解いてみて、バブル期に仇花の如くにブラウン管を賑やかした「シャインズ」の御仁であったことに気付く。
 所詮は参院全国区の縮図としての人気投票に過ぎないと言えばそれ迄だが、圧倒的な集票を呼ぶ程の知名度とは思えないし、エントリーナンバーは9番だからア行効果の為せる業でもない。
h487.jpg  元より応募者458名、ファイナリスト12名に対して総得票数27,952と容易に組織票を許しかねない規模に留まったのは課題を残したが、何と無くサラリーマン新党の末裔の様な穏便な結論が得られたのは、参院選そのものへの集票に何処迄寄与するかは別として、ひとつの落ち着き処であったとも言えようか。

 夜が通例の派閥パーティにあって昼、かつ着席にカレーと新派閥としての特異性ばかりが報じられた水月会だが、お土産はしっかり伝統的な派閥パーティの様式に則っており会長はじめ幹部の出身派閥との親和性が類推された。
 更に言えば来賓の現職大臣が自ら対比してみせた「最も旧い政策集団」由来の、昼はカレーたる歴史をまた体現する意図が無意識に働いたと読み解くことも出来よう。
 曜日の感覚が無くなる船乗りは金曜のカレーで週末を知るとされるが、代議士は木曜昼の派閥のカレーで明日からは地元とスイッチを切り替える、訳も無かろうが。

5月8日(日) Bus Is The Mystery  -地域情報 - 東京・多摩地域-

h484.jpg  新宿の南口と言えば丸で戦後間もない時分の闇市を動態保存したが如く情景が記憶にまだ鮮明で、新南口の竣工以降も駅前の橋梁は目紛るしく白線が塗り替えられ長らく甲州街道のネックたり続けてきた。
 従って今般の駅ビル竣工は大仰に捉えれば戦後60年を超え再開発に漸くひとつのピリオドが打たれた証しとも言え、萬を持して黄金週間最終日の視察先の僥倖を射止めたのであった。
h485.jpg  勿論、点在したバスターミナルを糾合するバスタ新宿を眺めても感慨には乏しいものの、複雑な導線は女性向けのファッションビル「ニューマン」に誘われる一方で、自然と外郭の回廊を巡回するべく構成が整えられているのは大阪でも垣間見た、恐らくは昨今の都市部再開発の潮流なのだろう。
 しかしながら屋上にとって付けた様な会員制菜園が施されているのは御愛敬だとしても、折角電車とバスという都市交通の結接点でありながら、その景観を活かさず恰も隔絶された空間に留まっている造詣は些か勿体無いと謂わざるを得ないし、既存のルミネと住み分けを図った形のニューマンも駅ビルに求められる猥雑性からは些か超越したお洒落感に過剰ではなかったか。
h486.jpg  当然の様に足は近隣の高島屋へと向かったが、確かに経路は整備されたとはいえ連携を期すには中20年の時の流れは長過ぎよう。高島屋自体もすっかり伊勢丹タンに水を空けられており、小田急サザンテラスは再び孤立無援の構えである。ミライナが街に溶け込むまで未来を描くには未だ道遠しか。

 甲州街道を亘り古の南口から三越改めビックロにて、it's a SONYの時限爆弾が炸裂したTVのリニューアルを物色した後、大ガードへと向かうには、青梅街道の源泉とされる隧道を抜けなければならない。
 小便臭い戦後仕様から随分と小綺麗にはなったものの、定期券所有者には喫近の課題ではなくとも確かにこれでは東西自由通路の設立が待たれるのも必定である。
 食欲に満ちたわが子らの熱い期待を受けた串揚げバイキングは確かに食材こそ幾分見劣りはするものの、自ら揚げる新機軸が待ち時間なく快適で明らけく食べ過ぎて仕舞ったが、新たなるエネルギーを常に滋養し続ける新宿の夜には、新南改札やサザンテラス口改め甲州街道改札よりも似つかわしい絵柄ではなかったか。
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