コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

4月29日(祝) 昭和の万華鏡  -育児 - パパ育児日記。-

h467.jpg  平日が混在し、しかも土曜半ドンの私立中学生を抱える家庭には多分に中途半端な黄金週間初日は久々の父子三人旅を目論んだが、既存の子供と御出掛けスポットを網羅したのみならず中学生と幾分ひねた小四生に見合う体力勝負の運動モノには父のエネルギーが及ばず、結果として先月に続いての風呂、二度目の浦安万華鏡にやって来た。
 初陣の際、園児だった公資に記憶は無かろうと踏んでいたが、開口一番「コナンの処に似てる」と喝破され、事実水着ゾーンに点在する名探偵コナンに纏わる謎解きを紐解いていったのが四年前だから相当に印象深かったのだろう。寧ろ祐旭の方が物珍し気であった。
h468.jpg  男女混合が足湯だけのお台場は大江戸温泉物語本体に比べて撮影可の水着ゾーンが相応に拡く、基本構想の相違が認められるのは、福田組から経営移管された経緯に由来するのかも知れないが、電車が遅れる程の強風に依る風呂との寒暖差には多分に悩まされたものの、黄金週間が疑われる程の隙き具合が良い案配で、コストパフォーマンスに優れているのは疑い無い。
 反面、周囲はだだっ広い埋立地ばかりで他の遊興性に欠けるものの、未だ新自家用車は到来せず往路は無謀にも浦安駅から徒歩行軍を試み、何故か千葉の旧家を拝察した後、敢え無くタクシーに身を窶したわが方には支障なく、そもそも一日複数スポットを目途とした頃の持久力が喪われている父にも好都合だった。大量のマンションに囲まれながら駅前に椰子の木が並ぶリゾート仕様の新浦安駅の奇特な光景を帰路のバスから拝察するに、多分にコンセプト倒れに落ち着いている万華鏡の前途は幾分危ぶまれたが。

h469.jpg  「竜宮城」で卓球熱が高まったのは運動不足のわが子には幸便だったが、近場の練習場に通うに留まらず卓球台がわが家に現れるとは驚きであった。
 折り畳み式で本物の縦横とも概ね半分のミニチュアとはいえ、二人分が数珠繋ぎの子供部屋に漸く収まる程の存在感を発揮している。当然面積は四分の一だからスナップを掛ける様にダウンスイングで打ち込まなければコート内に収まらないのが却って基礎練習には持ってこいだが、技量に乏しい初心者では上に到底ラリーには及ばず途切れ途切れ、サーブとリターンの応酬である。
 大陸もピンポン外交が騒がれた時分には可愛気もあったのかも知れないが、わが家のピンポン内政や如何に。

4月26日(火) 緩やかなオフィス  -ビジネス - 仕事の現場-

h465.jpg  役所の如く狭隘なスペースに多数人員が押し込められているとは言わないものの、殺風景に縦島が林立する古色蒼然とした居住環境は、竣工35年に近付くオフィスビルとしては小綺麗な部類ではなかろうか。
 慣れ親しんでいると特段の不満は覚えないものの、日本橋タワーに新居を構えたグループ企業の視察に預かり、当世オフィス事情の進展振りには目を見張るものがあった。
 何しろ眺望を基盤にオープン・スペースを回廊が斜めに横切りながら、一体感を齊す為に中央に点在する懇談用ソファーまで目線が切れぬ高さに統一するとは合理性よりもオフィス環境を優先する配慮が行き届いているではないか。
 しかも打ち合わせ様の各個室でさえ気分次第で責めないで、気分転換に留意すべく部屋毎に机も椅子も個別に調合し、これをコンサルに委ねず自前で仕立て上げたというのだからその労苦には頭が下がろう。
 ただにも拘わらず些かデジャブの如く映ったのはひと月前に同じく伺ったグループ企業のそれに、相応に酷似する要素が認められたからに他ならない。
 そちらは柔軟な発想が求められるのか、寛ぎ用途のスペースが何故か階段上になっていたりと所々に代理店業らしい突飛さは伺えたものの、作業に没頭する為の籠り部屋が仕切られていたりいなかったりを除けば、双方に配備されているのも同じである。
 詰まるところ限定されたオフィス内において新奇な職責に努めるには、日々心を新たに出来る様な居住空間の多様性が求められ、流行りのフリーアドレスもその一貫で、PCを除けば机上悉く藻抜けの殻で原則ペーパーレスが推奨されるのも環境の変え易さを優先した結果と言えなくもない。
h466.jpg  ただ作家がわざわざ喫茶店で執筆する様なものだとすれば、敢えてオフィスに留まらず出掛ければ良かろうと宣うのは、永田町が本拠の如く外回り稼業故の戯れ言かも知れまいが、逆に社に腰を据える時は固定した席と顔触れがあってこそ仕事モードに入るという効用も否定し難く映る。数年して更なる進化の姿を眺めてみたい。

 開場後にはテーマソングがパワープッシュの如くエンドレスで奏でられ、いざ登壇してなお国歌斉唱、党歌斉唱となかなか開会に至らない励ます会だが、当然ながら主役は歌のおばさん、志村愛子氏ではない。
 しかし僅か数年前には国旗掲揚、国歌斉唱の段取りが半ば下手物扱いで特筆されていた事実に鑑みれば、今や著しく稀少性高く感じられなくなったのは時代が氏に追い付いてきたと捉えることも出来よう。
 ただ名前を連呼するテーマソングは流石にアナクロで、すぎやまこういち御大作曲だけに今更変更が効かないのかも知れないが、総裁選出馬に向けては一考の余地があるのではないか。

4月24日(日) マルベル堂に身を寄せて  -育児 - パパ育児日記。-

h472.jpg  妻の髪結いと着付けの手間に鑑みれば本来は入学式の前後が望ましかったのだろうが、結論としては改めての家族写真となった。
 公資の小学入学以来丁度三年振りだが、更に三年前の祐旭が小学校、公資が幼稚園のダブル入学はスタジオありすであり、実にピノキオはダブル七五三以来八年振りとあらば、移設して小綺麗になって然るべく時の隔たりであろう。
h473.jpg  今般は端役の公資とともに兄弟写真も要望したからとはいえ、主役も中学生ともなると古の東映ニューフェイスもかくあらん、階段に片足を掛けて斜を向いたりと矢鱈とカットが多彩で、にも拘わらずプロらしくカメラマンは遮二無二連写したりしないので、写真選択の余地は限られて効率的である。
 しかも子供達も分別ある被写体に育ってきたから、構図が決まるのも撮影も全く滞りなく拍子抜けする程スムースだった。
 従前は豪奢にアルバムも拵えていたが、箪笥の花と化すのは目に見えているから紙焼きはいらないと主張してみても、基本料金に台紙が含まれている為、必要最低限だけ注文して後は今般も大枚を叩いてデータを購入する。
h474.jpg  次回はまた三年後、九年振りのダブル入学になるから主役が増えてカット割りが更に増すのだろう。

 21世紀に入り補欠選挙が春秋の統一になってから準備期間が豊富になったからか、物量作戦が繰り広げられるのが定番になりつつある。
 とはいえ与野党一騎討ちの構図が参院選の帰趨を占うにはマスメディア的にも好都合ではあっても、天下分け目の一戦とは些か大仰に構え過ぎだったのでは無かろうか。
 結論としては所謂"民共合作"が一定の功を奏した形になったのは、革新王国北海道故か、或いはこの世の不幸を一身に担った様な特異な候補者を擁した個別事情だったのか。天災が結果に影響を斎したのかをも含め、答えは未だ定かではないものの、代議士は地域代表である以前に国民代表たるべしとの本旨に叶う、その為の小選挙区制が機能しての結果には違いないが、もう少し地域の声は地域に委ねてもという気もしてくる。

4月22日(金) 遠き王子様  -地域情報 - 東京23区-

h461.jpg h462.jpg
 例年五月から六月がメッカとなる派閥のパーティが、今年は国会と選挙日程から約ひと月前出しとなり、今週も計三派が挙行されたが、去る火曜日には恐らくは史上初めて遂に派閥同士がバッティングする事態に陥った。両派が元は同根であることから想像を逞しくするのは邪推だとしても、これでは丸で踏み絵である。
 幸い派閥パーティは開会前の立礼に所属議員が並ぶため、ここで握手出来れば一網打尽、効率的に他ならないが、誤算だったのは東京プリンス亡き後の新高輪プリンスへの道程で、水道橋というわが方の辺鄙さを割り引いてなお、長距離に加えて構造上の車寄せ渋滞とが相俟って辿り着いたのは哀れ開会後であった。
 しかも円周をぐるりと一巡して開場に到達するだけでもひと苦労で、名刺を置いて僅かに痕跡を残し直ぐ様踵を返して移動したものの30分の時間差も活かせず、二発目も既に領袖のダミ声が木霊する会場は足を踏み入れる余地も無い。
 かく時勢においては華々しいパーティは自制すべきというのもひとつの考え方であり、現に防災をテーマとするセミナーに切り替えたケースもあったと聴く。ただ一方で某知事の言ではないが、過度に自粛することなく寧ろ日本酒をはじめとする熊本の特産物を消費しようというのも、復興への寄与の方策であろう。

h464.jpg
在りし日(07年)の赤坂プリンス
 東プリが改装に入り、復活する赤プリには大規模宴会場が無いというパーティ・ジプシーとは何等の連関は無くとも、プリンス氏の死は呆気ないものだった。
 そもそも個人的には「Purple Rain」は聴いたかなという程度の洋楽音痴なので、大学時代のサークルの友人達の足跡を追ったHPに、レコード会社と揉めて象形文字を名乗っていた時代の通称から"Formerly known as"の構文を戴いたことが想い起こされる位の関わりしかない。
 ポール・マッカートニー氏やミック・ジャガー氏に代表されるロック・スターの健全な老後が描かれる中で、ジミヘン氏やジム・モリソン氏宜しくドラマチックな最期もまた健在で、しかしながらそのタイミングが後出しされた分、伝説として祭り上げられ難い世界になったという、当たり前の事実に直面したと幾許かの感慨を記しておこうか。

4月21日(木) かぼちゃ畑で捕まえて

 講演原稿のライター業も全く経験則に欠ける訳では無いものの、昨夕の国際TV会議を経て追加執筆作業の御鉢が回ってくると、勘所を取り戻す迄の余裕を見計らい今日は5時起床の早朝出勤だった。実際には筆が滑り始めればスムーズに脱稿して出立までの猶予を、もうひとつの筆まめに充てる。
 次いで午後は名古屋に総勢40名を超える方々への情勢報告に赴く。元より弁論部時代から人前で話すのは馴れているし嫌いでない質だが、地域には地域の状況や風習もあり、皆相応のポジションの面々が一見神妙に聞き入って戴きながら、裏を返せば関心は薄く寧ろ震災後の多忙な最中に正直なところは迷惑千万ではと気後れしても始まらない。
 充分に慎重にひと言ずつ紡いだ積もりだったが、日頃の早口から意図的にトーンを落とした結果、寧ろ深刻に響き過ぎで、だからと言って初対面が大半では笑いも取れないし、そもそも笑いのツボも判らない。にも拘わらず関係者の受け止めは前のめりに過ぎた様で、聴衆を前に微妙なニュアンスを伝える難しさを改めて思い知らされ、自覚症状には乏しくとも些か高揚していたかと反省にも囚われた。よい経験になったと言える様に今後の糧にしたい、と纏める位しか能なく頭を低くして退散する。

h463.jpg  名古屋への移動は万一寝過ごしたらとの強迫観念が働くのか睡魔が訪れ難いが、最近は帰路も覚醒したまま東京駅に舞い戻る事例が少なくない。ひっきりなしに飛んで来るメールへの返答を余儀無くされるのも然りだが、嘗ては朝昼構わず絶好の子守唄だった講演者の声にも誘われなくなった様に、眠る体力自体が喪われているのかも知れない。
 それでも豪雨のなかパーティを二本梯子して帰着し、来週に向けた重大なる課題への準備に勤しんだ。ことここに至っては人事を尽くしてではないが、永田町周辺居住者の神頼みとあらば山王日枝神社より他は無かるまい。
 社を後にしたのは23時に近い。長いだけでなく盛り沢山の一日だった。

4月17日(日) Let's Debut Again  -音楽 - 懐かしい歌謡曲-

h459.jpg  例えば松田聖子氏の非ユーミン楽曲における故・大村雅朗氏や、夫婦時代の平松愛理氏楽曲を始めコード分散綺羅びやかな清水信之氏ら、寧ろ編曲者の名前が印象に残るケースは少なくない。
 だからこそ「ニッポンの編曲家 歌謡曲/ニューミュージック時代を支えたアレンジャーたち」には、知財権も確立されていない編曲家という職人に陽を当てるのみならず、ディレクターやスタジオ・ミュージシャンという彼等を取り巻く存在をも再評価の対象として明らけくしたという意味で、 歌謡曲フリークとしても、また実演家の端くれとしても非常に興味深く読了した。
 ただ同時に楽曲全体にパッケージで関わる分野だけに、現に奏でられる音の大宗が自然に脳内に再現される程に耳馴染んでいる曲で無ければ縷々説明されても実感が湧き難く、音楽を言葉で表現する難しさもまた改めて思い知らされたとも言えよう。

h460.jpg  この観点からは一昨年逝去した大滝詠一氏のニューアルバムは、絶好の研究材料だった筈である。
 提供楽曲からオケは同一で氏のヴォーカル・バージョンと、キーとオケも異なる純粋大滝版が混在しており、取り分け前者では声と符割りの異動が井上鑑氏のアレンジを逆説的に如何に引き立たせるか、が浮かび上がって然るべきである。
 しかしながら結論として編曲の妙の発見に至らなかったのは、詰まるところ私の耳は編曲を総合芸術として受け入れる域には至らず、「異邦人」や「迷い道」の様な極めて特徴的なイントロや責めてオブリガード程度までを、別個のメロディとして知覚するに留まっているからに違いない。
 極めて好意的に捉えればメロディ・メーカーや独演家としては一定の機能を果たせたとしても、バンマスには些か役不足ではなく力不足という帰結に至る。
 なお大滝氏には78年にリメイクによるベスト盤「デビュー」があり、生前の氏自身がラジオで「次はデブ・アゲイン」と揶揄していた経緯を踏まえれば、含蓄のあるタイトルであったとは言えようか。

4月14日(木) 帰納と演繹

 保守の思想とは緒戦人間の理性的判断は人智の範囲を超えるものではないから過去の経験則に従うという意味で、優れて帰納的であると言えよう。
 元より人脈という言葉の響きの美醜を於いてなお政治のフィールドに周辺居住者であっても携わるならば、人と人の交わりにより物事が編まれていく仕組みは、恰も務台読売元社長の「白紙でも売ってみせる」の言にも似た現実として受け止められよう。
 確かに周辺居住者の命題がロビイスト擬きの政策決定への影響力の行使である以上、人間関係もまたその効果測定に帰因する、演繹的に導き出された要素が求められる。ただ政治と行政とが混在する議院内閣制である以上、兎角省庁を軸とする縦割りの構図に単純化される一方で、同時に横断的に調整を図り決着を齊す機能を、政治が有していることを忘れることは出来ない。
 例えば極めて実利的な影響力の行使という観点からは全く削ぐわない、下世話に表現すれば飲み会では頻繁に顔を合わすにも拘わらず、一度も"仕事"を共にしたことの無い人間関係が、ひと度別の局面で突然に効用を発する可能性を否定出来ないばかりか、到底想像に至らぬ援軍の到来は縦割り社会に対峙するに当たっては絶好の煙幕たり得るとの解釈も成り立とう。
 勿論だからと言って惰性で友達百人出来るかな、の世界だけに留まっていては本末転倒には違いないものの、実利的な関係性を整理して再認識する作業と、一見無駄飯に過ぎぬ様な結び付きを、長期的な投資と看做して許容する双方向のバランスが必要となる。その為には資源の余力とともに長期戦の構えが必定だから、永田町周辺居住者は霞ヶ関のそれよりも長居することになる。
 と自らの存在を自認するが如き言ではあるが、考えさせられる昼と夜であった。

 その会食の最中に熊本にて大きな地震が発生する。初動としての安否確認は職責ではないので見守る他の術はないが、職業柄の第一感は誤解を怖れず述べれば、ダブル選挙は遠退くだろうということである。

4月9日(土)-2 島の風に吹かれて  -旅行 - 国内旅行-

h453.jpg  賢島カントリーを後に足早に向かうのは、宮内庁御用達の名門、志摩観光ホテルである。宿地となった賢島プライムリゾートも恐らくは何方か首脳の宿として用いられようが、矢張りサミット事前視察を標榜するからには華麗なる一族でも御馴染みのメイン会場を眼に焼き付けねばなるまい。
 生憎本館は改装休業中だが、流石の観光地仕様かタクシー運転手氏も手慣れたもので、間断ない道路工事と行き交う全国各地からの警察車両の網を潜り抜け、検問されてなお「視察の方です」と切り返し、驚く程スムースに新館玄関まで辿り着いた。
h456.jpg  事実視察には違いなく、現に下見の必要性が皆無とは言い切れないものの、長居するには手持ち無沙汰感は隠し切れず、ひと仕事終えた様な顔をして賢島駅へと歩みを進める。
 頭端式ホームに色取り取りの列車が並ぶ絵柄は終着駅らしい風情だが、正直なところ往路の長旅が想い起こされ些か辟易として来るのは否めない。ところが新型観光特急しまかぜに草鞋を脱いでその想いは一変する。行きの旧型車との比較云々の域を遥かに越え、先頭には展望車両、中間には完全個室と半個室のサロンが誂われ、我々も早速食堂車に陣取り酒と摘まみを片手に車窓を眺めれば、鄙びた田園風景も恰も「いい日旅立ち」を彩る絶好の観光資源に見えて来るではないか。
h457.jpg  確かにだからと言って賢島が近付いて来る訳ではないが、長時間を逆手に取って豪奢リゾート列車を宛て移動そのものをも旅の一資源として取り込むとは、流石に本家"しまかん"志摩観光ホテルを筆頭に賢島リゾート以下、萬各グレードに至る居留地を並べ、高級ゴルフ場もセットに一大観光拠点を築いた大近鉄グループの底力を実感せざるを得なかった。
 ひと頻りアルコールを満たして車内視察を終えた後は優雅にリクライニングする自席に取って返して爆睡する。元より実際には乗員を旧型車の半数に絞って尚余裕を齊す程度の旅客数に過ぎず、三編制のみ名古屋・大阪から一日一往復に留まる為、周到に旅程を組まない限り安穏と御利益に肖るのは難しい。
h454.jpg  アクセス路が限られる警備上の好都合こそあれ、皇祖天照大御神を祀る伊勢神宮あらばこそのサミット誘致であり、しまかぜの導入自体が式年遷宮と期を一にしたものに他ならないものの、改めて伊勢志摩の存在を少なくとも国民万般に知らしめるという意味で、たとえ決定から僅か一年ではインフラ整備に格段の効能は及び得なかったとしても、サミットの誘致の効果は決して小さくはなかったのではないか。
 そして経験則からその効能を察知したとしても、現実に伊勢志摩に赴くには地の利のある友人の差配が無ければかくスムースかつ、帰路におけるサプライズをも擁したおもてなしを戴く旅は決して成立しなかったろう。
 丸で出向時代が甦った様な二日間と旅を伴に出来た元同僚達に改めて感謝したい。

4月9日(土) つづきは三重で  -旅行 - 国内旅行-

h455.jpg  嘗て出向時代には一端の研究員を気取って大胆にも先進国首脳会議への提言を手に官邸に赴く暴挙に及んでいたものの、万国津梁館ウインザーホテルにこそ後年足跡を残しながら、サミットそのものに参加した経験は当然無い。
 今般もそれは変わらないが、アフターならぬビフォーの視察に預かったのは出向時代に席を同じくした友人の計らいに他ならない。
h451.jpg  それに付けても実感するのは伊勢志摩への時間距離であろう。午後の入学式を終え一旦帰宅してから赴いた上に、名古屋まで到着して漸く折り返しとは遥かなる道程である。夕焼み迫る古ぼけた、はや厳戒体制でゴミ箱が閉じられ車掌氏がポリ袋を抱えて回収に勤しむ近鉄特急に揺られること二時間余、賢島のひとつ手前の鵜方からタクシー飛ばして宴席に到着したのは20時を回り、伊勢海老に日本酒を煽っても酔いどれモードには追い付かず、疲労困憊の中に旅先の夜は更けたのであった。

 明けて部屋の窓を開ければ眼下には英虞湾が広がる。クルーズ船の漂うきらびやかなオーシャンビューが謳い文句だが、実際には真珠か否かは伺いしれないものの養殖網の点在する長閑なわが国の原風景に他ならない。
 プールやスパに大浴場、家族向けにはコテージまで多数用意されたプライムリゾート賢島は名は体を表す欧米型滞在リゾート仕様だが、週末にも拘わらず明らかに人影が希少なのは矢張り時間距離に起因しまいか。
h452.jpg  ひと頻りホテル内を散策して矢鱈と凝った朝食に預かった後は折しも松山選手の躍進するマスターズ中継を眺めて心意気を高め、出立すれば目と鼻の先が賢島カントリーとは確かにリゾート気運高まる構造に相違ない。
h450.jpg  ただ必ずダウンアップを繰り返し、要所と言うよりは随所にアリソンバンカーが配置されたわが国唯一のLPGA公式戦の舞台、賢島カントリーは距離もあり確実にタフで、ノーキャディのなかグリーンの傾斜にも悩まされ、前回冴えたアプローチも元の木阿弥となれば、快晴の新緑に到底相応しからぬスコアに留まったのも致し方無かろう。
 而して短いホテルライフとリゾートゴルフの旅路も早くも帰路が近付いてきた。実は驚く勿れここまでは前菜に過ぎず、これからメインディッシュが控えていたことが明らかになるのだが、その前に項を改めよう。

4月8日(金) この世界は諸君青年達の  -育児 - パパ育児日記。-

h447.jpg  サクラが咲いてから二ヶ月余、そこはかとなく残存する染井吉野に誘われる様に入学式の日がやって来た。
 卒業式に続いての陪席を期する父は当然の如く朝方を想定していたが、蓋を開けてみれば本家の高校に続いての午後開催とは大隈講堂もフル稼働である。
 看板を囲んで撮影の長蛇の列に並んだおかげで二階席から遠く演壇を臨むに留まり、父兄も総じて気合いが入っているのか多分に蒸し暑さは否めなかったものの、いきなり校歌の事前指導から始まるところが流石の学院ブランド、「都の西北」そのものを戴く誇らしさがそこはかとなく漂って来る。
h448.jpg  校長や学長氏の談話も如何なる方向性が相応しいかのか凡ゆる疑問を個々人が自らに問い掛けるべしなぞと、過剰に情緒的だった公立小の祝辞に比類すべくも無く、わが国のリーダー育成を視野においた英国型のエリート教育に資する自負の如き、とは誇張が過ぎるかも知れまいがが、私立一貫校の父兄となった実感が俄かに湧き上がってきた。
 大学までのエスカレーターは受験という詰め込みではあっても強制的な知識習得の契機を喪う替わりに、校長氏曰くの通り自らの特性、趣味・嗜好にある程度特化した取捨選択の自由を与えられたのと同意であり、だからこそ教育過程においては寧ろ教員よりも生徒自身の責が問われる帰結を齊そう。
h449.jpg  そもそも入学式に新入生個々の出番は無く、だからこそたとえ一階席を確保しようとも眼に映る光景に大差あるまいと高を括っていたが、頭上から覗き込んでみれば祐旭は一組最前列で、相変わらず式次第を縦に横に眺めたり後ろを振り向いてみたりと、幼稚園の入園式で丸で国会答弁に立つ代議士のように軽く右手を挙げながら、と父に評された振り向き様のハイ、以来変わらぬ父譲りの落ち着きの無さを充分に垣間見ることが出来た。 些か牽強付会かも知れないが、かく好奇心旺盛かつ平均点よりは明らかに分野毎に得意不得意が明瞭なタイプには高等科が大学の気風を先取りし、必然的に中学もまた高校相当の自律性を要求される校風は合致しているのではないかとの想いを新たにする。
 開放された大隈公園にて暫し撮影に勤しみ同地を後にする。六年後、祐旭がここに足を踏み入れる時分にわが国が如何なる変貌を遂げているかは定かでないが、祐旭の、そしてわが家の新たな生活が始まる。
次のページ

FC2Ad