コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

3月30日(水) 花は桜木  -スポーツ - 大相撲-

h441.jpg  理事復辟を目指した元横綱・千代の富士の九重親方が断念に追い込まれたことにより、先月の理事選自体は泰山は鳴動しなかったが、社団法人改革により公的な理事選任手続きまでにタイムラグが齊され、結果として理事長選がよりクローズアップされる形になったのは、我こそはと名乗りを挙げた両者に如何なる影響を残しただろうか。
 新たな焦点となった評議員制度、或いは史上初めて一門から四理事を輩出した出羽勢が北の湖理事長の遺志を次いで貴乃花親方に与するのではないか等と様々な憶測が流れたが、蓋を飽けてみれば元横綱・北勝海の八角理事長の六対二の続投とこちらは鼠一匹も現れなかった。
h443.jpg  ただだからと言って巡業部長は格式からすればナンバー3には違いなく反主流派を閑職にとの報道は些か穿ち過ぎではなかろうか。何が貴乃花親方をかく駆り立てているのかは定かでないけれど、散り際はまずまず潔かったと言えようか。

 グランドパレスと言えば故・伊東一雄氏の独特の発声とともにあったプロ野球・ドラフト会議の会場というのも既に昭和の時代の物語である。
h442.jpg  年々早まる開花時期を見込んでこの日に宴席を設営したのは正解だったが、年に随一の書き入れ時にも拘わらず特段繁盛している様に見受けられないのは、穴場としては有り難いものの他人事ながら経営が心配になって来る。
 金さんの如くひと肌脱いでとの義侠心からでは毛頭無いものの、二次会も23階に登って売上に貢献してみたが、隣国の金さんが22階から連れ去られた歴史的事実も更に忘却の彼方であろう。尤もこちらはホテル側は忘れてしまいたい夢想花だろうが。
 残念ながら公人の肩書きは無いので私人としてになるが、会の前後には靖国神社に花見がてら手を合わす。なお冬休みの湯沢を訪れている妻子も暖冬のおかげで雪に事欠き、結局ガーラに闖入したらしい。

3月28日(月) 駆け込み供給  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h435.jpg  そもそも参院選を視野に前出しした国会日程に加えてサミットで実質更に短く尻に火が点いた訳でも無かるまいが、驚く迄の怒濤のパーティ・ラッシュである。
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 加えて東京五輪とともに誕生した東京プリンスが再び東京五輪を前に一年の休業に入る特殊要因が加算され、赤坂プリンス亡き後、パーティ会場メッカのひとつだっただけに駆け込みの加速する年度末が訪れるのも永田町的には致し方なかろうか。
 折しも暫しの別れを名残惜しむ様に、今日は某閣僚の試乗対応に始まり中抜けの麹町、赤坂を挟んで芝に三度も足を運び、新宿で締めるまで実に史上最多五軒の梯子であった。新年度は新高輪プリンスへと河岸が移るケースが予想され、物理的に梯子に困難を来すのには困惑すべきなのか、或いは割愛するに美しき言い訳たり得ると受け止めるべきなのだろうか。
 既にオークラも本館は閉鎖されており、2020年に向けた建設ラッシュの訪れこそが、建替か化粧直しかは別にしてその間の得べかりしと再興後の利害得失を勘案し経営判断という踏ん切りを齊す催事の効用に他ならないが、恐らくは全く様相を異にしてはいるものの砂防会館もまた60年弱の歴史にピリオドを打つ。
h444.jpg  建設と言えば道路と河川という看板すら最早公共事業の毛嫌いされる昨今においては色褪せつつあるが、嘗ては砂防こそがその代名詞であった名残とも言え、自由民主会館竣工前の自由民主党本部が入居し、「建設」の本丸だった田中派やその流れを組む御仁の根拠地であり続けてきた。概ねは隣の新館に既に待避しているが、またひとつ権力の館が幕を下ろす感慨に捕らわれざるを得ない。

h440.jpg  土曜日は芝目の強い高麗グリーンに悩まされながらニアピンをふたつも獲得するウッド技も然りだが、我ながら大分とアプローチが安定したものである。
 全く物怖じしない狸に見入りつつ、オーラスでトリプルを叩いて丁度百とは 二回連続で程好い緊張感と悔恨に苛まれ次回への野望を燃やす芝の上であった。高麗で更に距離が縮まり、そもそも往復路も恐ろしく近しい有り難いよみうりに感謝したい。

3月25日(金) 笑顔の行方  -育児 - パパ育児日記。-

h431.jpg  卒業式で泣かないと冷たい人と言われそうと唄った斉藤由貴氏も家康の年上にしか見えない妻になって仕舞ったが、自身振り返っても卒園式は忘却の彼方、小学校は一年だけの馴染みの無い土地だったし、中学は一貫校に持ち上がる形ばかりの通過儀礼、高校はそもそも受験シーズン中で総員の半数も揃わないので記憶が定かでない。
h432.jpg  僅かに大学紛争以来空かずの間だった安田講堂の解禁記念を兼ねていた大学のそれこそ物見遊山としては印象にあれ、四月になればここへ来て、などと物思いに耽る卒業式にはついぞ無縁であった。
 だからと言う訳でも無かろうが、総員百名にも満たない卒業証書の授与も、冒頭とオーラスのみ読み上げで、中間はキセル宜しく恐らくは姓名だけは呼称されているのだろうが音声はマイクにも乗らず、校長氏の風体装束とも相俟って腹話術の人形の如く口パク風情が幾分コミカルに映る淡々とした風景にしか見受けられなかった。
h433.jpg  しかもピアノ伴奏すら配して些か自己陶酔のきらいの否めない校長氏に区長祝辞代読の区職員挨拶、更には大量極まりない来賓紹介と「おめでとう」の連続発声は退屈の域を超えており、大いにムードの削がれるものだったろう。
h434.jpg  道徳の授業で放映される古の教育テレビのドラマ宜しく、総員が代わる代わる述べる卒業メッセージは折々に唄を交えたミュージカル含みで、当然笑いの要素には著しく欠けるものの春はお別れの季節、を演出するには相応しかったが。
 そもそも一旦鞄で飛び出しながら曰く「小学生らしさを現す」為に横並びでスーツにランドセルのコーディネートに改めるべくとって返し、これまで通り友人達と示し合わせて登校する祐旭自身にも湿っぽさは微塵も無く、 寧ろ保護者の如く「祐旭を宜しくお願いします」と送り出していた公資の方が在校生は答辞の五年以外不参加の為か、余程名残惜し気であった。
 終演後は担任氏を囲んだり友人達と写真撮影に戯れる。多くは同じ中学に進む中で少数派の祐旭にとって小学校の記憶は人混みに流されていく中でいつしか消えゆくのかも知れないが、六年間を通奏した「地元」のある限り今後とも友人達と遭遇する機会もあろうし、イコール別離を齊すだけではない卒業もまた味わい深いものではなかったか。

3月24日(木) 北紀行  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h430.jpg  北の大地を訪れて札幌に足を踏み入れないとは珍奇だが、開業を控えた北海道新幹線と何等関係が無いのは残念である。 僅かに苫小牧東部工業団地の、恰も列島改造の強者どもが夢の跡の如くに広大に拡がる空間をその目にしたのが、蜻蛉返りの旅の収穫だったろうか。
 ベットタウンに酪農、製造業、そして空港と自衛隊という北の大地の縮図の様な熱い選挙戦は程無く正式な号砲を迎える。

 物量動員による古式ゆかしき地上戦あらば、他方ネット時代に相応しい空中戦の試みがオープンエントリーであろう。
 往々にしてオープンを標榜しても半ば本命を抱えた出来レースの拍付けか、どう見ても勝ち目の無い選挙区に限られていた「公募」が、極端に振れ幅の大きな選挙が続きかく事例から当選者が相次いだことにより、新たな人材供給システムの一画を占めるとともに玉石混淆の懸念もまた顕在化しつつある。
 この中で選出の経緯もまた数値という形で公衆の面前に晒す試みは、実質的な全国区を抱える参議院選挙にこそ相応しいとの思惑は当を得ていよう。
 勿論、文字通りのエントリーであって、ネット上で当選したからと言って漸く候補者たり得るだけであり、当該候補のリアルな当選への道程は未だ険しかろう。ただ一見重工長大で旧態依然に見受けられる自由民主党が、実際にはニコニコ動画との連携をはじめ驚く程にネット戦略を活用しているという事実を、究極の現実たる選挙戦の外縁にまで仮想空間的な試みを導入することに依って知らしめるという効用は小さくないし、引いては18歳投票に向けたアピールとも親和性を有しよう。
 選挙戦そのものにおけるネット活用が、デジタル・デバイドという批判論を内包してなお解禁されつつある昨今、電子投票を視野に入れた前哨戦としても有意義な試みではないか。公務員の兼職禁止や流動性の少ない労働慣行など、そもそもオープンに名を馳せる段階でのハードルが高過ぎて詰まるところ士業や政治関係者に限定され易い前提条件には大差あるまいとの懸念は、また別の問題ではあるが。

3月21日(祝) 王に叶う  -旅行 - 国内旅行-

h425.jpg  早朝、息子二人を叩き起こして朝風呂に向かう。原監督も肖ったという「開運の湯」は18金仕様だけに系列ホテルでは度々盗難に見舞われたと聴くが、きらびやかながら幾分寂れた哀愁も漂う豪華絢爛の造詣が「竜宮城」の看板に偽りない。露天も豪奢でバイキング会場を溢れんばかりに埋め尽くしていた家族連れも、始動前なのか驚く程に人影少なく優雅であった。
h426.jpg  昨日で味を占めたのだろう、公資主導の卓球再戦を経て一路袖ヶ浦へと向かい、実に六年振りの莓刈りとは原点回帰の面持ちだったが、行けども行けども満員御礼売り切れとはシーズンの為せる業なのだろうか。
 急遽途上見掛けたドイツ村へと旋回したところ、ヴィルヘルム二世の銅像が掲げられている訳でも辺り一面にベンツやBMWの並ぶバブリーな展開もなく、どうやら自然に満ちた花と緑の絵柄がドイツらしさを醸し出す趣向かも知れないと得心しつつ、花が咲くにはまだ程遠いので単なる平原でしかない。
h427.jpg  そもそも東京ドーム60個分のマザー牧場の三分の一程度の敷地に過ぎず、児童から生徒への端境期にある祐旭には子供騙しだったかと、責めてパターゴルフでもと園内を急げば行列のそれに反して人っ子ひとり佇まぬゴルフ練習場に誘なわれたのが運命の分かれ目であった。
 丁度二週間前の練習で巧打を披露していた祐旭が俄然乗り気になったが故の選択には他ならないが、ひと頃ゴルフ場を賑わしたショートホールにおけるワンオン・チャレンジならぬホールインワン・チャレンジとは豪気であろう。
 元より50と70ヤードの二つのグリーンの、谷底に当たる経路上にカップが切ってあり転がりに期待は持たせるものの、存外に好調で惜しいショットを連発する父を尻目に、あれよあれよと見事祐旭が捩じ込んで仕舞った展開は最早ビギナーズ・ラックでは済まされまい。実際、本日も未だ二人目でその栄誉は永らく掘っ立て小屋の如きクラブハウスに掲示されるばかりか、当日の園内チケット3500円分が供与されるとは、広く臙脂のWの先輩たるゆうき投手の方が大分と色褪せてきている替わりとばかり、わが家のゆうきは「持っている」男であった。
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 しかも特筆すべきアイテムなぞなかるまいと高を括っていたらあにはからんや、悪戦苦闘指を痛めながらのアーチャリーならぬアーチェリー初体験に、公資が矢鱈と念入りに防具を付けて参画した全長60mの芝そりと、戦利品を有効活用出来たのだから、何番煎じかの果実刈りよりも余程新奇性に富んでいたろう。
 充実した旅であった。

3月20日(日) 龜の甲羅に跨がって  -旅行 - 温泉旅行・温泉宿-

h420.jpg  哀しき受験生の性故に家族旅行を封印してひと年余り、記録を紐解けば黄金週間に遠征した京都・大阪に帝国委任統治領パラオの大物こそあれ、名古屋への顔見せ興行や年中行事の湯沢を除けば、実に国内一泊旅行は平成25年の戸隠忍者村以来となる。
h421.jpg  自家用車不在の手元不如意からわざわざレンタカーを調達したものの、三連休の中日にも拘わらず大渋滞に直面したのはまさに好景気の証佐たろうか。尤も割り込みが半ば前提で最左翼車線を走る正直者が割りを喰うアクアラインへの侵入路の構造に専ら起因する感は無きにしもあらずだったが。
 千葉と栃木に四ホテルを構える三日月グループ最大のスパは木更津の海岸に恰もその一角だけが唐突にリゾート仕様で現れるが、古式ゆかしい温泉旅館風情と巨大な風呂周りが同居する「竜宮城」の異称がまさに名を体が現していよう。
 早速水着に着替えてスパに突入するものの屋内はスライダーこそあれ流れる温水プールは特筆すべく規模ではない。しかも幾ら亜熱帯に変貌しつつあるわが国とはいえ、三月の千葉の寒空にパンツ一丁で乗り込むには些か躊躇せざるを得ない。
h423.jpg  しかしながら意を決して扉を開けると、流石に20メートル級の箱型プールこそ閑古鳥だが、こちらにも現れた流れるプールに回遊しつつ身を温めると、湯の色合いも紫から黄緑からの大小選り取り見取りの風呂桶が処狭しと鎮座し、テルマエ・ロマエの世界に迷い込んだ様なローマ風立像のレプリカに囲まれながら東京湾を遠く臨む絵柄が些かシュールなところがまたわが国の家族旅行らしい。
h424.jpg  一旦チェックインして寛いだ後は、これも敢えて前時代的な温泉宿モードに徹しているのか「お祭りランド」で射的や太鼓の達人で過ごしたのはお祭り気分を満喫したかった訳ではなく、お目当ての卓球台待ちの時間潰しには違いなかったが、矢張り上山田温泉以来二年半振りのラケットながら、慣れるに連れて公資がスマッシュまで打ち分けていたのは成長の足跡であったろう。指折りカウントしてサーバーを手旗信号宜しく指名する審判業が妙に似合っていたのも、この父にしての感はあったが。
 小腹が空いて焼き玉蜀黍を摘まんで仕舞ったおかげで和洋中雑多著しいバイキングの食が進まず、蟒蛇の如く平らげていくわが子らの食欲に気圧されたものの、出先でも大富豪に、毎度のイッテQの画面とともに夜は更けていくのであった。

3月16日(水) 民進くん  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

 賃上げがかく注目を集めるのはデフレ続きだった21世紀のわが国経済においては経営側にとっても面映ゆい悲鳴には違いなかろうが、登場するアクターとして経済団体・業界団体が形を潜めたのはバランスよりも業種・個社の実績に応じた個別対応が定着したからであり、必然的に総資本対総労働という文脈におけるカウンターパートたる連合の存在感もまた希薄になっている。
 寧ろ政府が成長の果実の分配に依る好循環の音頭を取り、企業間の替わりに企業グループ内、平たく言えば"系列"におけるベアの横並びならぬ縦並びが推奨されるに至っては、些か修正資本主義の香りが濃厚に過ぎるものの愈々日本型コーポラティズムも成熟の域を超えつつあるとも謂えよう。
 元より春闘を政治闘争に援用した総評政治部としての社会党が労働者を代表する政党のあるべき姿だったとは思い難いが、少なくとも社会党を源流の一部とする社会的なニュアンスにおける"リベラル"の党の影が一向に浮かび上がらない往時との好対象もまた、二大政党制に突き付けられた国民からの疑問符と平仄の合ったものなのだろうか。

h419.jpg  勿論、全く影響力を発揮し得なかったとは言い過ぎだろうが、新党問題が変転を余儀無くされただけに本業がお留守になったが如く世評受け止められたのは得策では無かった筈である。
 そもそも民主の看板に拘るのは20年の歴史への敬意のみならず来るべき参院選に向けた現実的な要請であり、自由民主党もまた公募による決定だったと被合併側からの助け船に乗りつつ「民主」に準拠した落とし処を探るべくところ、蓋を空けてみると支持者からも「民主党は嫌い」と広告通りの烙印を押されて仕舞ったのでは立つ瀬が無かろう。
 結果として耳馴染みのある様な無い様なネーミングに落ち着いたが、新進党が新党ブームの集大成としての「新・新党」からの語呂合わせと揶揄された以上に、「進」は一体何処から現れたのかは判然としない。
 "国民とともに進む"という尤もな解説こそ施されてはいるものの、中華民国のそれも新進党の当初案も英訳にはなProgressiveを充てており、即ち一般代名詞を超える意味合いは求め難かろう。ただだからこそ敢えてInnovation=革新といったイデオロギーに拘泥しない構えを政府・与党へのアンチテーゼと捉え、野党結集の旗頭に徹する短期決戦の構えを明瞭に出来るとすれば瓢箪から駒と捉えることも出来よう。
 民主主義を守りたいと大上段に構える前に、先ずは議会制民主主義における代替の受け皿に徹する気概を、民進党には求めたい。

3月14日(月) ホワイト・ラブ  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h417.jpg  政党の大会とは公的には最大の意思決定機関、即ち企業で言えば株主総会に当たる存在だが、企業以上に特殊株主の壊滅した昨今は、通常国会開会前に新年会続きの地元から上京して東京モードに切り替える、風物詩のひとつを超えるものではない。
 今年は既に正月四日から国会が開かれており、加えて昨年末の60周年記念大会との間合い、更には事実上の参院選の決起集会を兼ねるべく三月に後ろ出しされ、不思議なことに野党各党も概ね同時期の挙行に帰結した。
 このところは前夜祭として屋台村が設けられたりとイベント性も高められ、当日も著名なゲスト歌手がヒット曲を奏でるのが定番になっていたところ、沖縄出身のアイドル・グループ出身者が冒頭の国歌斉唱時は歌手として現れ、後段では代わる代わる登壇する候補者のひとりに早変わりしていたのが唯一のエンターテインメント性に留まっていた。慣れとは恐ろしいものでそこはかとなき物足りなさが漂っていたが、頓に椎名元副総裁に叱られそうな"はしゃぎ過ぎ"が憂えられがちな今日この頃だけに、寧ろ穏当な措置だったのかも知れない。

h418.jpg  明けて本日は白い日だが返礼行脚は存外に稀少で、何故か丁度ひと月遅れの誕生祝いに預かる。野菜嫌いたる趣味嗜好が広く関係者に伝播しているのは有り難い話しだが、厳密には肉しか食さないとの風評は些か曲解で、逆に齢を重ねるに連れ舌が肥えることも無い替わりに単品大量主義の看板に偽りが生じ量を捌けなくなっているだけに、些か食傷気味のきらいも正直なところ否めない。
 それでもわざわざ肉のケーキを戴けるなんて、お腹一杯なぞとは到底申し上げられず、並々と注がれ続けるわんこ蕎麦状態のまっこりとともに平らげました。ありがとうございます。

3月11日(金) ビリオネア  -育児 - パパ育児日記。-

h415.jpg  中学校当局からアプリの推賞すら受けるに至って遂にiPhoneに切り替えた祐旭ですらDSとともに電子ゲームは一定時間内のお達しのあるわが家において、昨今の流行は思い切りアナクロなトランプである。
 中でも戦略性富んだ「大富豪」は頭の体操としても有用であり、だからこそ大人と子供では優劣が明確になりそうなところ、敢えてルールを複雑化することにより偶発性も同居させ得る点が遊戯として老若男女に長く親しまれる所以たろう。
 曰く8切りや同マークの数列縛り、シークエンス四枚の革命の許容などにより、戦術と手配の強弱に必ずしも完全に依居しないばかりか、大富豪が陥落すれば一挙に大貧民に転落する「都落ち」は、そのネーミングにおいて地方創成の立場からは叱られそうだが、格差の固定を許容しないという意味で、一部では「階級闘争」とも呼ばれたこのゲームに相応しいか否かは別として、現代において象徴的な示唆にもまた富んでいよう。
 勝負に拘る負けず嫌いの公資が手元に3を一枚残して賭けに出たりするのに対し、大陸的な祐旭は万事無理をしないとは、短時間で決着が付く割りにはゴルフや麻雀には至らずとも性格が出るものである。
h416.jpg  なお幼少時は「大富豪」で親しんだが、文字通り都落ちしたら「大貧民」に変わって驚いたが、世界大富豪連盟というお大尽な響きの組織がある様に、ゲームの名前は多分にバブリーな方が相応しかろう。

 五年前は免震以前の耐震の社屋の地上18階の揺れに怖れを為していたが、夏に向け馬鹿正直な程に節電たる国策に寄与すべく変則休日のおかげで、木金は社外、土日は社内の変則対応で休暇が激減した記憶が生々しい。
 元より被災地の苦闘に鑑みれば些末な労苦には違いないし、安全性を十二分に担保すべくは論を待たないが、5年を経てなお資源の高循環のみならず取り分け地域の基幹たるエネルギー産業の再活性化にブレーキを掛ける、観念的乃至は感情的な議論が未だ蔓延っているのは残念でならない。

3月10日(木) 霧は晴れたか  -スポーツ - プロ野球-

h414.jpg  1970年の週刊ベースボールを読み進めてむと、当初こそ強く否定を繰り返しながら芋弦式にクロ判定が増えていく、所謂「黒い霧」恐慌の様が伺われる。
 元よりオートレースという公営ギャンブルにおける不正即ち刑法犯と、野球協約上の違反たる敗退行為=八百長の並走した70年と、賭博の対象でないプロ野球に賭けを持ち込んだノミ行為に準ずる今般とを同一の視点で解釈することは出来ない。しかしながら野球の競技そのものを賭けに供している時点で、嘗て処罰者を排出した額の多寡が罪刑を構成する麻雀賭博と異なり、俗に反社会的とされる分野の介在という観点から野球協約上の裁断が下されるのはやむを得ない。
 ただ不可解なのは昨年、三選手の処分で幕引きが図られたにも拘わらず、何故に今更唐突に新顔が現れたかであり、更には敢えて当該高木投手のみ記者会見を設営した、その様式の意味するところであろう。
 確かに万事おおっぴらだった70年代の様に次々と灰色高官宜しく五月雨式に報道に名が踊る展開は人権に煩くなった現代では考え難く、従って唐突感溢れる発表に収斂しただけかも知れないが、首謀者とも言うべき前三者と高木投手とを切り離し、言わば被害者モードのポジションに据える意図は明確に見出だせよう。
 「黒い霧」においては事態発覚以前に内々に疑義のある選手を処理した近鉄はフロントに逮捕者まで出しながら大きな被害を免れた一方で西鉄がスケープゴートとなり、中でも金銭を預かっただけで八百長行為に荷担していない池永投手は、他の追放二選手と明らかに差異があるとの指摘にも拘わらず、力量の大きさ故に象徴的に追放処分が下されたという二重の見せしめ効果が働いたと言える。
 高木投手はそこまでの大物ではないものの一軍戦力には違いなく、だからこそ実行し得る立場にあった八百長には荷担していないことを明示するとともに、半世紀近く前の教訓を踏まえて明瞭に共同正犯にすら当たらないとの峻別を企図したのではないか。それはコンプライアンス天国の現世においてはともすれば鼻白まれる画策かも知れないが、少なくとも敗退行為そのものに及んでいない限りにおいては、開幕前に打ち止めを図るのは日本プロ野球界にとって有益な処置であろう。
 替わりに読売巨人軍は自主的に今季の栄達を過度に希求しないという日本的な阿吽の呼吸は八百長とは呼ばない、とは些か踏み込み過ぎかも知れないが。
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