コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

1月30日(土) 禁門の変  -グルメ - 美味しいもの-

h369.jpg  甚だしき偏食たる私が貝好きであるのは寧ろ奇異な印象すらあろう。九十九里か房総なのか記憶も定かでないが、幼少時に食した焼き蛤が後年に至るまで味覚を支配したのだろうか。味噌汁も今もなお若布に豆腐よりも浅蜊であり、恐らくはわが家のエンゲル浅蜊係数はわが国有数の地位を占めていよう。
 祐旭の受験戦争も愈々大詰め、今週後半からは体調管理の観点から学校は有休としたが、ここに至りじたばたしてもと仲通り商店街に新規開店した「貝せん」へと一家で訪れたのは父の嗜好に他ならない。とはいえ病癒えたパラオにて挑戦して貝に慣れた祐旭もまた帆立の刺身を再三注文している。
h370.jpg  焼き貝セットに酒蒸し、貝焼売、貝クリームコロッケと次々と平らげれば、充満する貝臭に鼻腔を細める公資が貝フォンデュに付随するバケットばかりで腹を満たし、平均単価の低廉に大きく寄与したとしても、居酒屋チェーンの類に俗に大蛤と称される代替物ホンビノスが増大している様に国産蛤漁獲高は著しい減少を示しており、大きさに劣る輸入物主体でも貝専門店とあらば散財に至るのは否めない。
 貝の生臭さに惹かれる割に、僧侶並みに生臭い牡蠣はご遠慮しているが期せずしての壮行会、貝には当たらず明日からはヤマが当たって欲しい。

 結論は翌週との見方が強かったので質疑応答の中途で画面から一旦離れたところ、同僚に回顧談が始まったと促され、慌て再びテレビの前に駆け付けると言葉に詰まりながら辞職の弁が放たれた。
 表現は悪いが、政府にはボロボロになるまで使い切る選択もあったろうし、甘利氏個人としても全て秘書の落ち度と切り捨てることも不可能ではなかったろう。
 些か偏った物言いなのかも知れないが、誰も真の悪人ではなかったという点で残念ではあるが救われた感もある。政治的に如何なる影響を齋すかはまた別の話しとして。

1月26日(火) コンドラチェフには及ばない  -音楽 - 音楽-

h367.jpg  読書量が増すと比類して増大するのは音楽鑑賞である。書斎でPCを前にしながらならばレンタルで漁った シティポップが充満しているが、腰に負担もあり往々にしてカウチポテトならぬベッド煎餅、となると音楽専用iPhoneでyoutubeに頼ることになる。かくなる上は源泉掛け流しでは飽き足らず耳馴染みのあるものをと模索すれば、YMO関係に回帰するのもやむを得まい。
 リアルタイムからのYMOフリークと謂えども熱の上がり方には波があり、小学六年からYMO散開までをピークに一旦収束し、大学卒業後に自身含め成婚二次会で演奏した「似非YMO」、更には21世紀に入ってからの人力カヴァー「中国男」で再燃するのと時を同じく本家も事実上の再々結成で二度目の山が訪れ、ここ数年再び落ち着いてきたと言ってよい。
h368.jpg  ただ年末急に、英国のYMOファミリーたるジャパンが聴きたくなり急遽アルバムを買い占めてみたところ、今となっては些か金管色のアナログシンセの音が却って新鮮と唸っていたところに、先週レンタル店で流れた楽曲に耳が感応する。テクノ臭の強さと明瞭なメロディに訝しみながら帰着するとアマゾンから封筒が届いており、幸宏氏のメタファイブの新譜からと疑問が氷解した。
 そもそも最初の谷の時分の幸宏氏のアルバムは当時スルーしていたので身体が率直には反応しないし、残念ながらメタファイブもLEO今井氏の楽曲と声には魅了されなかったものの、YMO本体の嗜好性が最もストレートに体現される現役時代からの幸宏氏法則が今になって機能してきたと受け止めるべきだろうか。
 逆にブランクなく買い続けてきた教授の方は、未発表曲集の第二弾はYMO以前ということで若干は期待してみたが、クラシック風の習作あり、バックトラックは華麗だが唄が始まると萎えるものありと、一作目に負けず劣らずのマニア向けの品だった。
 カントリーに先祖帰りし過ぎな細野さんのニューアルバムも近々だし、手垢の付いたWorld Hapinessに替わるYMO出演も企画されていると聴くが、さて三度目の山場が訪れるかはまだ定かでない。

1月23日(土) そして・・・めぐり逢い  -アイドル・芸能 - 舞台・ミュージカル-

h366.jpg  年に一度の定例、大学時代のサークルの新年会。個人宅に居を据えての忘年会から新年会に移行して既に十年、ここ数年はホストへ負担への配慮と各人の可処分所得の拡大、更には参加面子の固定化に鑑み、昼の店舗スタイルが定着している。
 帰国から幾年の者あらば、第二次外遊サイクルに入ったか渡英した者、渡英を控える者あり。三重より蜻蛉返りするレギュラーメンバーあらば、帝都と地方を往来する職種で中には十数年振りの再会というケースもある。
 日々の往来も激しく、土曜にも拘わらずTV出演から駆け付ける者あらば、職務に向かうべく早引けする者あり。模試の息子を迎えに急ぐべく素面のままの者あらば、子息の餅つき大会で結局間に合わずの者あり。
 流石に脂の乗り切った公私ともに多忙な世代と自画自賛しても詮ないが、慌ただしく近況を述べ合いながらもその中身の大半は子供について、上は大学受験から年中組まで多岐に亘るため、既に子育てから手が離れた先行者には懐かしい、後発組には先達の経験則が貴重な知見に当たろう。
h365.jpg  何れは孫の話しになるのだろうかなどとたわいも無いことを言いながら、私もまた早々に車を飛ばして模試会場へと向かうのだった。

 高校時代に愛知県の老舗舞台、御園座の公演を課外授業扱いで学年揃って拝察した折に、余りの私語喧騒に壇上の主演俳優から「お客様、芝居が壊れます」と御叱りを頂戴した記憶がある。
 今にして想えばそれは前進座の中村梅之助氏の舞台だったのだろう。その時分、既に再放送の「遠山の金さん捕物帖」は拝察していた筈だが、あの梅之助かと畏敬に及ばなかったのは若さ故である。
 氏以降の金さんが如何にも大物風情で桜吹雪を露にするカタルシスに焦点が置かれたのに対し、寧ろ遊び人の金さんの日常の描写が主題とも言うべき梅之助氏の金さんは、今もなお数多遠山もののひとつの雛型であり続けている。
 勿論、その酒脱な主題歌もまた印象を倍加させていよう。何しろ「ご存知長屋の金さんが、諸肌脱いでべらんめえ」である。「ご存知長屋の金さんに、捕れない者は悪だけさ」では役立たずではないか、と長年疑問だったのが「惚れない者」と氷解した際の感慨も懐かしい。
 御冥福を御祈りします。

1月22日(金) 賢者は聞く  -政治・経済 - 政治家-

h363.jpg  古本漁りとSAPIX送迎に伴う土日足留めの相乗作用により、11月が30冊、師走は26冊、明けて今月は既に30冊超と乱読が勢を極めている。
 勿論、野球や相撲、音楽といった読み流せるものも多数含まれてはいるが、一方で政治よりは政策の範疇にある、古本というより古書の表現が妥当な書物にも手を出す中で、今更ながらに通読したのが72年のベストセラー「日本列島改造論」であった。
 国土の均衡ある発展の総仕上げとしてブームを巻き起こしながらオイルショックによる狂乱物価の波に見舞われたことから負のイメージで捉えられがちであり、苫東・むつ小川原といった後代の負の遺産の萌芽が散見されるのも事実である。しかしながら地域振興に関わる言説が旧聞に感じられるのは巧拙は別として大半が具象化されたからとも言え、だからこそ日本改造計画ほどのインパクトは受け止められ得なかったものの、同書のベースとなった自民党都市政策大綱の残滓と言うべきか、補遺の如くに終盤に凝縮された都市政策の項が今もなお手付かずに近いだけに寧ろ新鮮に響く。
h364.jpg  取り分け私権に対する公益の優越が強調されているのは、国土の規模からも大陸の如くに一夜にして更地を設けて白地に絵を描く様な離れ業は望むべくなくとも、虫食い状態で点在する道路用地が無惨にも何時訪れるとも判らない供用の日を待ち続ける姿を、帝都の凡ゆる一等地に垣間見るわが国の有り様を振り返る迄も無く、残念ながら現在も通用する警鐘たろう。
 元より時ならぬ田中角栄本の出版ラッシュは列島改造が描いた高度成長の見果てぬ夢への憧憬たる要素もあろうが、氏のコンピューター付きブルドーザーと称された比類なき主導力と、にも拘わらず同居するトリックスター的なユーモアを、コンプライアンス天国の当代が逆説的に切望しているであろうことは、「まあその~」の物真似が通用する最後の世代としてはよく理解出来る。
 ただ石原慎太郎氏の近作「天才」は些か期待外れだったのではないか。ジャーナリズムではないから新たな事実を発掘する必要性は無いものの、大半が既に多くの著作で目にした旧聞の羅列に留まっており、或いは寧ろ田中批判の側にあった石原氏には新奇に映ったのかも知れないが、想像逞しく角さん本人に成り変わって胸中を吐露する試みには程遠かった。
 裏返せば「よっしゃよっしゃ」も矢張り遠くなりにけり、ということなのだろう。

1月19日(火) 国会へ行こう  -育児 - パパ育児日記。-

h361.jpg  私自身は小学六年から地方に幽閉された為に残念ながら社会見学で国会を訪れてはいない。その意趣返しでも無いのだが、祐旭の出番に際しては父もまた永田町周辺居住者の端くれとして参上すべく12年の構想を温めていたのである。
 受験を控え万一流行り病でも拾いはしまいかと妻は欠席の可能性も示唆していたが、残り少ない小学生生活の本人のたっての希望から登壇に至ったのは父にも幸便であった。
 ただ9時半スタートという社会科見学のしおりだけを頼りに院内に足を踏み入れると驚く勿れ無尽蔵に小学生の集団が現れ、闖入者の身分では国会職員に尋ねるのも気が引けて到底巡り会えるとも思えない。
 中庭で張ってはみたものの、そこがコース上の如何なる行程に該当するかも定かではないから既に通り過ぎていたら後の祭り、想定では院内で待ち構え唐突に父現るの絵柄を目論んでいたので疑心暗鬼ながら衆議院に突入するが、予想通り第一委員会室近辺から多数児童が階段を降りる姿は目視されたが、そもそも周辺居住者生活15年にして未だ衆院を彷徨っていたら参院に居たという程の方向音痴では、事後の行程を類推することすら叶わない。
h362.jpg  半ば諦めかけたところに閃いたのは参観入口から消えたバスの行き先で、遠目から正門前に鎮座する数台を確認したところで先回りとばかりに正門側に駆け付ければ、あにはからんや既に記念撮影に及ぶ直前とは間一髪である。幸い祐旭も「ほんとに来たのかよ~」と謎の自由人の如く父を嘆きながらも、友人に父来るを告げたりと心底敬遠してはいない素振りである。
 俄かカメラマンに変貌して一行を見送り中庭に戻って邂逅した永田町住人氏によれば、メッカのこの時期は参観受付に待ち構えて学校名が読み上げられたら同一行動を採るのが秘訣との有り難い教えで、以て三年後の公資の際に向けての自らへの申し送りとしたい。
 なお祐旭は馬橋小としては数年振りに抽選で当たった最高裁で模擬裁判にも興じて一日を満喫したとのことである。

 国会答弁では総理が、記者会見では官房長官が解散・独立騒動が収まったSMAPにコメントする。記者は兔も角、委員会で質問する野党議員にはユーモア感覚の微妙さよりも芸能界の掟はそれ程までに威令が轟いているものかと邪推して仕舞う。
 元より聞かれれば「よかった」という以外に反応しようがあるまいに。

1月18(月) 白さも白し帝都の雪  -地域情報 - 東京23区-

h360.jpg  緩やかな温暖化の賜物か、暮れから年明けにかけ未曾有の暖冬と思いきや唐突に訪れた寒波は帝都に大混乱を齋した。 高円寺駅に到着すると既に中央・総武両線とも不動の構え、そもそも総武線側は中野から分離する東西線が混在している為より身動きが取れなくなっている。
 逆に言えば中野まで歩けば打開策は切り開けるのだが、雪道の危険性に鑑みれば大人しく留まるしかない。しかも見通し不足とJRを責めても致し方ないが、中央線が運転再開と聞いてホームを跨いでも当然満員で乗り込めず、その間に東西線が動き出す始末で右往左往する。
 ただホーム往来の間、ふと改札を見下ろせば既に入場規制で駅の外まで人が溢れており、早起きは三文の得が実証された形と言えようか。後に聞いたところでは、駅間に停車させることによる不測の事態を防ぐ為に安全性の観点から間引き運転をより推奨した帰結らしい。勿論、判で押した様に丸ノ内線新高円寺への振替をアナウンスするのは、積雪に相応しい対応とは思い難かったが。
 結局、渋滞でも慌てず騒がず高速道から離脱せず待つべしの法則同様に、寒空を避けて泰然と東西線の車内で待機し、漸く発車したら中野で車庫行きと見事間引き対象に当選しながら中野駅に辿り着く。今度は四線八ホームで方面別発着が固定しない中野駅の構造に悩まされながらも、予想通り未だノロノロかつ人員満載の中央・総武両線を尻目に、中野発東西線で優雅に飯田橋へと旅立った。
 出社は概ね30分強の遅延だったが、同僚は駅までのバスが動かず徒歩でスッ転んでなお一時間遅れで現れたし、間引き比率の高かった京王線方面からは実に到着が昼に及んだ御仁も居たと伺えば、それでも精勤に努めるわが国国民は立派である。 道路には見事に車もまた電車以上に自主的に間引かれていたが、北関東や長野方面に始終往来する議員車でも無ければスタッドレスを履く道理も無いから代替手段に乏しく、儚くも帝都の雪への脆弱さを露呈した朝であった。

1月14日(木) 兵隊さんの位  -ビジネス - ビジネススキル-

h359.jpg  今年早くも二度目の豊田市への遠征、本拠とはいえ6時発ののぞみ1号でも9時スタートには間に合わない。
 研修の類は座学だけでは退屈だが、架空の企画書の如きを認めさせらるのも普段論理的な思考力や図解を駆使した資料作成に殆ど注力していないので知恵熱が出るし、だからと言って集団で脳を掻き回すのは仮初めでも結論を欲しがる、走りながら反射神経で対応すべく職責には苦痛極まりない。
 然して叡山に登る見習い修行僧宜しく身構えていたが、思いのほか納得のいくものだった。ひとつにはグループ作業が最小催行人数の三人と意志疎通が謀り易かったが故だし、偶さかに顔触れに恵まれたのかも知れないが、兵隊さんの位と言うべきか、大尉から少佐ぐらいでも階級が上がると参加者の平均質が向上するというのが真理だろうか。
 そもそも製造業だから理系が多数を占めるのが道理で、更に文系の中でも異端の東京探題とは余りに境遇が異なり過ぎて噛み合わない言語に悩まされるのがオチだったが、旧建設省の道路・河川が技官ポストたる例を引くまでもなく、職種は多岐に亘ろうとも管理手法には一定の共通性が認められ、その実務を体得するハウツー要素が強かったが故に現実との解離が小さかったのが最大の勝因たろうか。勿論、遅参・早退けの融通も効く好待遇もまた好印象に繋がっていようが。
 実際には五芒星の数は増えても部屋住み親方との表現は妥当でないのかも知れないが、隊付士官は管理職とは言い難いから折角の研修も宝の持ち腐れとはいえ、人事評価のあり様については寧ろ評価される側にもこうした理解を求めるべきではないかとはふと思ったのは本来の意義とは異なろうが収穫であった。

1月11日(祝) 昭和も遠くなりにけり  -スポーツ - プロ野球-

h357.jpg  腰痛のおかげで珍しく特段の目当ても無くTVを付けると飛び込んで来たのは名球会のチャリティ野球であった。
 創始者であり長らく同会に君臨してきた金田正一氏の退陣を挟んで久々のイベントだったが、驚いたのは投手陣の層の薄さである。元より捕手の二千本安打達成者に人材を得ない為に、嘗てもセの捕手は万能野手の松原が務めるケースが多かったので、パの和田、小笠原という元捕手の起用に違和感は無い。しかしながら寧ろ投手は多彩な重鎮陣からコーチとしてユニフォームを纏う中堅まで次々に現れ、体力的に早々に若手に切り替わる野手よりも重厚な布陣だった記憶がある。
 確かにパ側は山田、東尾と還暦を超えた大物登板こそあれ51歳の工藤、47歳の野茂が二イニングずつの重労働で、六回までに短縮したにも拘わらず締め括りは野手の中村紀に委ねる始末、逆にセは年齢こそ大差無いとはいえ山本昌、佐々木、高津、岩瀬と現役に近いか現役の顔触ればかりと、中間層に著しい人手不足である。
 勿論、八十路に近い小山、米田の御老体に鞭は奮えまいし物故者も増えと会員名簿を眺めてみると、金田氏に殉じたと見られる退会者の影響もあろうが、そもそも200勝というハードルが今や高きに過ぎ新入会員の補充に乏しい実態が浮かび上がる。
 ただこの中で白眉だったのは矢張り世界の王ではなかったか。始球式では甲子園に続いてマウンドに登り長嶋茂雄氏が左手一本で打ち返せる好球を揃え、捕手まで届くかという特別出演・江夏の球を思い切り身体を引いて右前に運ぶ技術は到底75歳とは想い難い。逆に言えば名球会のタレント不足を露呈した形だが、僅かに真っ向勝負に強い清原の打棒が救いだったか。

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在りし日の広島市民球場
 ショートリリーフなら現役でも通用しそうだった工藤監督とともにセで光ったのは果敢にスライダーを投じた先発の北別府投手だろう。
 その北別府氏を発掘した広島カープの宮川元スカウトが8日亡くなった。現在も日本記録の通算代打安打187本の宮川氏は亡くなった津田投手はじめ首脳陣の緒方監督、高ヘッドコーチ、チャリティ野球では現役時代の仏頂面と一変していた前田外野手と教え子を並べてみると、熊本生まれで日鉄二瀬出身の古葉元監督の経歴に由来すると解釈されがちな「九州カープ」が、実は宮川氏が築き上げたと言って過言ではないことが明らかになる。
 黒田・前田二枚エースの揃った千載一遇の昨年の好機を逃したのが改めて悔やまれよう。

1月10日(日) 楽しい時も神頼み  -育児 - パパ育児日記。-

h356.jpg  視察の合間に太宰府天満宮(右写真)に足を伸ばしたのも10年近く前になる。当時はまだわが子の学業成就を祈念するのも先の話しと安穏としていたがいざ目前に迫れば神頼み、道真公にすがる想いである。
h353.jpg  勿論、当人は湯島まで赴く暇すらないから父と実弟が代理人、時恰も明日は成人式、来週は共通一次改めセンター試験と実際に正月なのだから当然かも知れないが、まさに盆と正月が一緒くたに訪れたが如き賑わいに他ならない。
 最たるお目当ては定番たる合格祈願の鉛筆であろう。12本セットでうち6本は格言が付されているのが売りで「困難にうちかて」「自分でなせば叶う」などと刻印が入る。万一国語の試験問題との整合性を問われないように残り6本は無地である。
h354.jpg  三年後には同じ命運が待っている公資は末吉の籤に納得していたが、交通安全、家内安全と御守り袋の大量消費に努めたからには賽銭以上の御利益を期待したいではないか。

 さて当の本人はこの日も翌日も腕試しも兼ねたプレ受験第一弾、実際には物理的に入校は不可能でも近隣で試験が開催される学校が推奨されるのは、受験料を収入源としたい学校サイドと各々の塾が学力に応じて事実上提携していると言っていい。
 父は久方振りに俄かに腰痛に見舞われたものの、先ずはひと区切りとセミ打ち上げ兼あと三週間に向け東京飯店で焼き肉を賞味する。もうひと踏ん張り。

 [追記]
 翌週の模試の最中にシャーペンの芯切れという未曾有の事態に直面した祐旭は、罰当たりかと懸念しつつも已むに已まれず件の鉛筆を折り、削るべく画策するも定規では到底能わず、愈々芯だけ取り出しやおら掴んで回答に努めたらしい。
 矢張り同時に買い与えたボールペンでは代替出来ない早速の御利益。事前に自ら失策を経験するのも本番に向けたよい教訓となろう。

1月5日(火) 年の初めの御挨拶

h351.jpg  年末にこれでもかとばかりに再三挨拶周りに及んだ反動でも無かろうが、新年御挨拶は賀詞交換の場を拝借するに留めている。本来の出席意図は上官へのアテンダー業にあるが、異様な混雑を大義名分に入口付近に事務方宜しく張っていればこれ幸いと自らの挨拶に充当出来る。
 しかも例年、稼働二日目の五日に主だった団体は集中するから国会議員もこの日に併せて上京し、蜻蛉返りして以降は党大会まで田の草取りに邁進するのが様式化しており、一網打尽にするのに効率がよい。
h352.jpg  加えて本年は既に昨日通常国会が開会しており、かつこの日は国会日程のエアポケットになるのでさぞや立錘の余地も無かろうと身構えていたが会場の広さも作用しているのだろうか、蓋を開けてみれば存外に込み合っていない。
 確かに当初3日とされていたお伊勢詣りがバッティングして総理不在は織り込み済みだったが、全閣僚が同行する訳でもないし、途上のお見送りも一部地域の役職者に限られよう。
 どうやら開会中のため大幅に出席が制限される地元の新年挨拶周りをこの貴重な国会の狭間に充てる、通例とは正反対の行動パターンが多数採用されたと見受けられる。
 勿論、馬齢を重ねたおかげで逆にその場で初めてご挨拶を頂戴したりとほぼ半日棒立ちで疲労困憊、新高輪プリンスでお茶を飲みひと息付いてから会社へと辿り着いたが、イレギュラーな日程は関係者の思惑を微妙に狂わせる、という一例か。
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