コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

8月31日(月) 虫の居処  -育児 - パパ育児日記。-

h170.jpg  夏休み最終日、最早夏休みで無かった祐旭にもオーラスばかりはと妻が豊島園へと誘い、釣りや遊具やらに耽溺する。
 釣り堀もまた餌の生き物に触れ得ない父には不得意分野だが、父が一緒であれば決して訪れることの無い地に足を踏み入れたのが昆虫館であった。
h169.jpg  幼き日々には誰しもが虫に親しむもので、想えば私もまだ雑木林も豊かだった青葉台の社宅付近でカナブンの捕獲に勢を出していたものである。しかしながら長づるに連れ虫には文字通り虫酸が走り、成虫はまだしもあまつさえ幼虫には近寄ることすら叶わず、百歩譲ってサナギマンまでという虫も殺せぬ非生物学的人格が形成されたのである。
 にも拘わらずわが家は昨年から俄かに賑わいを見せ、既に成虫段階で到来したパリーフタマタ、ヒラタ両クワガタに続き、ケースに加え木材、腐葉土まで誂えアトラスオオカブトとニジイロクワガタを幼虫から成虫に孵さしめているのも、わが子らの教育的見地からは望ましいと言わざるを得まい。
 しかも何れも番での扶養とはブリーダーもかくあらん所業だが、この中でアトラスだけが雌のみの在住であり、婿を取らねば寂しかろうと義侠心が湧いたと言うよりは、男尊女卑の昆虫界において明らかに角の大小で容姿に優る雄を求めたのもまた道理であったろう。
h171.jpg  然して三等に掲げられた雄アトラスに狙いを定めて籤に挑むと、虫の知らせは無かったろうが驚く勿れ一等当選、目出度くわが家に到来したのがコーカサスオオカブトとはまさに事実は小説より奇なりではないか。
 確かにアトラスより更にひと廻り大きく見目麗しくあるものの、ともに国内頒布多数で安価なコーカサスは一等には相応しいだろうが、アトラスと異種交配に及ぶにも至らず独身貴族が増えて仕舞った。この図らずものムシキング状態は祐旭の理科の意外な好得点に寄与しているのだろうか。

 【追記】 コーカサスの男性は到来から約二週間で逝去された。縁日のひよこの様なものかも知れないが、アトラスはなおまだ見ぬ夫を待ち続けている。

8月30日(日) 見る阿呆  -地域情報 - 東京23区-

h166.jpg  嘗て日にちありきで前夜祭含め三日間だった時代には雨天中止も珍しくなかったが、夏休み最後の土日に固定されてからはまさに商店街の書入れ時故か、余程の豪雨で無い限り極力決行される高円寺阿波踊りである。
 ただ地元居住者からすれば悪天は当然集客に響き過度な喧騒から回避されるのは却って好都合であるし、加えて勉学の合間を縫って楽隊として太鼓を抱える友人の勇姿に接するべく祐旭が観戦出陣するとあらば、笠を開き得るスペース確保のためにも場所取りが必要となる。
h167.jpg  メインストリートとなる南口高南通り側は車道脇へのシート貼付は開演一時間前と運用も厳格で、朝から予備抽選の如く手前の歩道に陣取って号砲と同時に車道へと猛進する輩が耐えないが、幸か不幸かお目当ての、嘗て祐旭自身も参画した拘束の緩いすぎの子連は北口のみの回遊である。それを見越して純情商店街に妻の安置したブルーシートは残り一時間を切っても雨に打たれながら立派に命を永らえており、一本東側の道に友人と腰を据えた公資とは別枠で観戦する。
 勿論天候不順もあろうが、高円寺に到着した観衆は一方通行で南口に誘導されるのでそもそも北口までは人の流れが及び難い上に、公資の佇む脇道よりも道幅自体は広いにも拘わらず通路としての人の行き来の少ない純情商店街が、まさに地元民に与えられた観戦の穴場であることを在住通算26年目にして漸く体得し得た。
 焼きそばやらたこ焼やら頬張りつつ祐旭の友人とも無事邂逅し、一時間強で退散する。夏の終わりの見る阿呆。

8月25日(火) 白段階段  -地域情報 - 東京23区-

h165.jpg  「昭和の竜宮城」の異名を持ちながら目黒雅叙園がそこはかとなく黒い影漂う印象を醸し出しているのは、嘗て隣接していながら資本上切り離され別会社となり、イトマン事件で名を馳せた雅叙園観光による風評被害は大いに左右していよう。ただ雅叙園時代もバブル崩壊後に経営破綻しており、目黒駅から急坂を下る立地からしてもその規模の割に宴会場としては著名とは言い難い。
 にも拘わらずほぼ七年に亘り毎年足を運ぶ機会に恵まれていたのは、出向先のOB会とも言うべき年中行事の幹事役が当選した十年前に、当該会合の幹部の取引先との御縁から会場として白刃の矢が立ち、その由来は忘れられても爾来代々能舞台の鎮座する大広間を、幾分割安に利用する技が引き継がれたからに他ならない。
 その会も一昨年からはより合理的な居酒屋へと居を違え、今般は全く異なる会合の事務方として赴いたが、それだけでは芸も無かろうと八度目の到来にして初めて足を踏み入れたのが名物百段階段であった。
h164.jpg  ただ結果から記せば丁度視察の始まるタイミングで上官から明日の対応につき下命があり、その依頼先がまさに視察メンバーとして目の前におわしたのは天の配剤だったとしても、関係者との調整のメールと電話に明け暮れて到底解説に耳に傾ける隙も無かったのは、折角自らの嗜好の赴くままに設営したにも拘わらず痛恨の事態だったろう。
 実際には職務に忠実な学芸員氏が階段の踊り場毎に設けられた嘗ての宴会場の装飾の美を、恰も機械の如くテープレコーダーの如くに丸一時間讃えるばかりで、何故「百段」を名乗りながら真実は一段足りないのかは辛うじて判明しても、果たして壮観だが凡そ配膳には不適切な施設で如何に宴席をこなしていたのかといった、思わず聞き耳を立てたくなる様な蘊蓄は皆無だったというから、登壇した事実だけで充分だったのかも知れない。幸い会合前には懸案も落ち着き今夜も酔いどれました。

8月23日(日) Now You're Just Like The Rest  -音楽 - J-POP-

h162.jpg  7年前、所謂"フェス"なる催しへの初の御目見えとなった第一回World Happinessに際しては、左翼的で不適切な比喩ではあるが「何でも見てやろう」の精神で開場前から夢の島に駆け付けた記憶がある。
 やがて入場に列を為す煩わしさから年々到来時間は遅れ気味にはなっていたが、程好く食指をそそられる顔触れが散り嵌められたおかげで、時には中抜けして第五福竜丸の残滓を眺めたりしながらも程々に長期滞留していたものである。
 然るに既に昨年からYMOの登壇は跡絶えており、多くの観衆もまたそれを踏まえての行動かメインエベントが近付いてなお過去に無い隙間に溢れた集客であったのは疑い無い。恐らく主催者側も織り込み済で例年ごった返す飲食店舗群が公園部から場内後部に移設され、使い勝手がよくなったのは事実だが、満員御礼になったら混雑で機能し得ない配置だったろう。
h163.jpg  詰まるところ一昨年の細野・坂本公演ではステージ上にあったユザーン氏が私の目の前で関係者席のチケットを求めて入場したのが18時であった様に、metafive以外には惹かれ得ない本年であったろう。
歴代
1(2008)
2(2009)
3(2010)
4(2011)
5(2012)
6(2013)
7(2014)
 かつそれすら冒頭の「SCHOOL OF THOUGHT」こそ期待を持たせたが、以降はパンクとテクノの混成が如く新曲を含め家路を急ぎたくなる始末だった。又もやの「Cue」もゲストは土屋昌美氏のみで昨日まで東京国際フォーラムだった細野晴臣氏の客演も当然無く、その風街リジェンドとの対比は目を覆わんばかりだったというのは言い過ぎだろうか。
 明らかにアルコールの過ぎたユキヒロ氏の酔いどれMCもハレの日たる祝祭感よりは徒労感の象徴の如くに映り、美しく批評するならば8年目にしてWorld Happinessも普通のフェスのポジションに落ち着いたと捉えるべきなのかも知れないが、それがユキヒロ氏の描いたひとつの終着点だったとしても、矢張り教授の活動再開を待ちたくなるのは道理だろう。
 来年も夢の島に夢とハピネスを求めることが出来るのだろうか。

8月21日(金) 私は熱いお茶を飲んでる  -音楽 - J−POP-

h160.jpg  ザ・ベストテン世代には画面上に溢れる松本隆氏の名には毎週接していた筈だが、その存在を明確に認識したのはYMOから遡りはっぴいえんどのレコードを揃えてからだったろう。
 元より楽曲はメロディありきで歌詞は随伴物たる感覚の強い私にとって、「日本のロック」からアイドルに至るまで、しかも男女を問わず"代弁"する姿には、作曲のコンビを組むことも多かった筒美京平氏同様に、職業作詞家としての技量の粋には畏怖を抱いても音楽家というイメージは希薄だったのは事実である。だからこの45周年記念「風街リジェンド2015」を先行予約したのも衝動を超えるものでは無かったろう。
 しかしながら蓋を開けてみるとはっぴいえんど期からの縁が齋す出演者・楽曲を基幹としたこともあり自然と口ずさめる唄ばかり、しかも何れも一曲が短く、かつ一時の紅白歌合戦の様な代役による高尚なカラオケ大会に陥らず、オリジナルの歌い手が最大二曲毎に入れ替わり立ち替わり現れては去る余りに豪奢な構成に畏れ入る。
 還暦・太田裕美氏の変わらぬ歌唱力、「キャンティ」のさわりへの"(原田)しんじ~"の嬌声、顔は酷似しているが歌は及ばない美勇士氏の「セクシャル・バイオレット」、若かりし時分より寧ろ綺麗な早見優氏もさることながら、嘗てバンド仲間の御成婚二次会で実演した身の上には、フルコーラスの「ハイスクール・ララバイ」は感涙ものであった。
h161.jpg  箸休めの様なクラシック楽曲を挟み、ナイアガラ・トライアングルのVol 1,2からの混成部隊が現れ「A面で恋をして」からは大滝詠一氏楽曲のオンパレードとなる。冒頭、相当に凭れながら精根使い果すが如く松本氏のドラミングが奏でられたはっぴいえんどもまた当然の様に三人編制だったが、大瀧楽曲の弦アレンジを一手に引き受けていた井上鑑氏率いる風街バンドのメンバー紹介インスト曲が「スピーチバルーン」と「カナリア諸島にて」だったことに待つまでも無く、このステージが同時に大滝氏の追悼公演であることが明らかになる。
 スクリーンには「松本隆の共作者は数多いが、大瀧詠一の共作者は松本隆ただ1人である」との生前のコメントが投影されたが、松本氏にとってもまた大滝氏は無二の存在であったに違いない。
 片岡義男の映画主題歌を経て鈴木茂、小坂忠、矢野顕子と昨今の細野晴臣御大系の公演でお馴染みの顔触れが続く。何かが憑依した様にジャズ仕様の「ガラスの林檎」を唱える吉田美奈子氏に刮目の不変さが神々しさすら漂わせる斉藤由貴氏と宗教的な佇まいを経て、俳優としては既に宇野重吉氏の域に達しながら久々に歌手に戻ったオーラスの寺尾聡氏が白眉であった。
 アンコールは再びはっぴいえんどの発掘された"新曲"に続き「風を集めて」で締める。開演前に流された、リーダー渡辺氏の急逝等で欠場となったCCBはじめ、松本氏の全盛期1980年代も既に歴史の世界に入りつつあるが、「日本のロック」の始祖たるレッテルの是非は別として、はっぴいえんどが暗に目指したであろう歌謡曲そのものを彼等のフィールドに取り込むという壮大な実験の成果に道溢れ、入場に長蛇の列を為し段取りこそ今ひとつながら予想以上に音楽を満喫出来た東京国際フォーラムの夜だった。

8月20日(木) アリラン 峠を越えていく  -スポーツ - プロ野球-

h158.jpg  今年四度目の野球観戦にして実に三度目のマイコラス投手とは巡り合わせとしか言い様の無い18日。寧ろすっかり有名人となったバックネット裏に陣取る夫人に視線が集まる中、丁度岩隈投手と反対称が如くに五回までパーフェクトのマイコラス投手は六回に無安打で一点を奪われ、故・村山実投手に次ぐ史上二度目のノーヒットありランが期待されたが、結果一安打完投とは記録マニアとしては実に惜しまれよう。
 次いで19日、巨人は一挙の12得点で逆転勝ちしたが、驚いたのは二番手で2イニングを投げた土田が勝利投手、三番手4イニングの小山にセーブが与えられたことである。確かに土田投手が代打と交代した五回の攻撃で逆転しているので勝利投手の権利を一旦得ているが、わが国独自の規定として後に登板した投手が1イニング以上多く投げた場合、その権利が移るとされていた。従って小山投手が勝利投手とされるべきなのだが、2005年に野球協約が改められていたと初めて知った。
 統一球同様、こちらも世界標準の一環だろうか。

h159.jpg  職業野球選手の経歴の一部として高校野球にもそれなりの知見は有しているが、フリークの域には程遠いし甲子園に一喜一憂した記憶も無い。
 にも拘わらず柄に無く熱くなって仕舞ったのはほぼ毎試合、公務の合間を縫って母校の応援に駆け付けていた政府高官の姿をFacebookで拝見していたからに他ならなかい。
 その早実は敗れたが、高校野球100周年の節目に45年振りに古豪・東海大相模が優勝を決めた20日、原監督率いる巨人軍が甥の菅野投手の完投でサヨナラ勝ち対首位阪神三連勝とはこれも巡り合わせだろうか。

 随想集~今週のプロ野球から、「記録の手帖」風にまとめてみました。

8月16日(日) ミスター・セブンティ  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h148.jpg  平和安全というわが国外交安全保障に大きな影響を斎す法案審議の真っ最中に迎えるからこそ、より注目の高まった戦後70年談話だが、結論から言えば総理は非常に慎重に事を運んだと言えよう。
 だからこそ過去例に比して分量が多く、明治以来のわが国の歩みを日露戦争の坂の上の雲的な意義にも触れつつ、順を追って解説する様は些か歴史の教科書の如ききらいは否めない。
 ただ「経済のブロック化」による資源外交の中に先の大戦が位置していたとの見解も示し、「子や孫に~贖罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と謝罪の連鎖にひとつのピリオドを打とうとする意志を、未来指向の名のもとに置いたのは、幸か不幸か俄かに悪化しつつある経済情勢の中、中韓が勢いよく反駁し難いという客観情勢にも恵まれたとはいえ、総理の姿勢と戦禍を被った諸外国の主張双方にバランスを採ったものであったろう。
h157.jpg
パラオに眠る戦闘機
 天皇陛下の「平和を切望する国民の意識に支えられ」という御言葉とも調和することでより中道的に響く、と皇室外交をストレートに政治的に受け止めるのは畏れ多いのかも知れないが、発信という形での外交上のサインを政府は巧みに乗り切り、ひとつの山場は確実に超えたのではなかったか。

 こうした戦後の歴史に則る国際社会における、敢えて言えば"駆け引き"に国民多数の合意のもとに挑む為にも、高等学校の教育過程に「公共」とともに「歴史総合」を新たに創設するとの方針は朗報である。
 そもそもクロマニヨン人とネアンデルタール人ばかりに詳しくなって時間切れで近代史が御座なりになるのがわが国の初等、中等教育の定番だったが、昨今は地理必修の見返りに日本史、世界史の選択となり、結果として国民から日本史そのものの知識量が低下しているのは由々しき事態に他ならない。
 従って、歴史と伝統に則った国家と社会の構築に向けた基礎共通認識として、とくに近現代に絞ったわが国と世界、一気通貫での歴史教育が、地域によって偏向することなく行われることを切に望みたい。
 それはまた嘗ての公民が更に敷衍されるのであろう「公共」とともに来るべき18歳公職選挙法改正において、若年時からの投票に赴く習慣の醸成にもまた資するだろう。

8月15日(祝) 早く王様になりました  -学問・文化・芸術 - ミュージカル-

h153.jpg  「最早夏休みでない」祐旭の長い夏、恐らく唯一のビッグ・イベントの栄誉に輝いたのはライオンキングであった。
 剽窃とオマージュの相違は紙一重なのかも知れないが、かの激情家たる手塚治虫氏が自らのジャングル大帝レオが大家ディズニーに翻案されたことを寧ろ肯定的に受け止めたのも牧歌的な時代のエピソードだったろう。
h156.jpg  ただレオが丸で創業時の西武ライオンズ宜しく大人になる迄の過程こそ幾分長くは感じられるものの、何よりも感嘆を禁じ得ないのは鯛や鮃ならぬ麒麟に象、縞馬といった端役キャラクター達の発想に富んだ造形ではなかったか。
 漫画やアニメーションの形で動物を擬人化するのは難しいことではないが、ことそれを人の演ずる舞台に置き換えた場合、当然動物そのものの形容は不可能であり現に主要キャストの中でもミーアキャットに実物比の体格差から推察される愛玩対象たる存在感を直接に視覚に訴えることは叶わない。だからこそジャングルを構成する物言わぬ純然たる動物を、所謂着包みとは異なる「衣裳」の範疇で表現することにより人間臭さを補う試みが舞台美術の妙と言えよう。
 絵に描いた様な勧善懲悪兼成長譚は古のディズニーの正統性そのものであり、嘗て大量のシンバのひとりを演じた祐旭も感無量だったろう。その際にも唄われた「早く王様になりたい」を口ずさんだ公資が何故この曲に馴染みがあるのか当惑していた展開に鑑みれば、三歳児の記憶はとくに耳に敏感であったということか。
h155.jpg
若かりし祐旭6歳の王
 父ムファサの弟、悪役のスカーが妙に黄門様ご一行の飛び猿に似ていたのは、剽窃とは無縁だろうが。

 帰路は浜松町への導線上にあるハマサイトで寿司をつまむ。近隣の汐留シオサイトの二番煎じだが、こちらにはまだ著しき再開発の波は訪れておらず、凡ゆる飲食店には「四季チケット持参で一割引」の看板が掲げられている様に、オフィスの閉まった土曜は恰も四季専用食堂の如しである。
 中曽根総理に立ち居振舞いも指南したという浅利慶太氏去りなお春夏秋冬、今日で全ては終わらない様である。

8月14日(金) 奇を衒う  -育児 - パパ育児日記。-

h150.jpg  祐旭の年齢に即して一都三県の主だった子供と御出掛けスポットは総浚いしたが、当然三歳下の公資には記憶もあやふやな時分も少なくなく、ならば再訪するにしくはないにも拘わらず敢えて変化球に挑むのは父の悪い癖である。
 嘗ての都有三号地、現都庁ほどに長らく塩漬けになっている訳ではないが、開発途上の更地は期間限定催事にはもってこいで、新豊洲駅前においてUGOKASなるイベントが開催されているのを発見し、今日は祐旭にも仁義を切っての二人旅である。
h151.jpg  ただ結論から言えば、折角水着に着替えた割には長いだけで傾斜の緩やかなスライダーはじめ水ものはじゃぶじゃぶ池の域を超えず、公資にも既に子供騙しに近かったのは期待外れだった。
 一方で「動かす」の名に恥じず空中滑走や簡易バンジーにも臨んだが、命綱やら大仰な装備に身を包んだ挙げ句に高さに恐れを為して壇上から引き返し、詰まるところトランポリンのみとはもう少し年齢重ねるべきと言うよりは、矢張り子供同士で参画しないとノリも悪く、踏ん切りが付かないという帰結だろうか。

h152.jpg  帰路は公資自身は七年振りになるからほぼ初見に近い大江戸温泉物語を経由したが、お盆真っ盛り故かも知れないが別館たる浦安万華鏡の優雅さとはうって変わっての激混雑振りに、幾ら風呂好きの公資といえども辟易気味だった。薄紙が破れる前に跳ね上げる、妙に巧みな金魚ならぬボール救いの技を披露して、足湯に浸って退散する。
 大枚叩いた割に成果芳しからぬ微妙な盆路だったか。

8月12日(水) Let's Fly Again  -地域情報 - 東京23区-

h145.jpg  SAPIXの夏期講習漬けの小休止を前に、父も夏休みの宿題とも言うべき、久々に紙を纏めるお仕事に一段落を付けて中野サンプラザで細やかな晩餐である。
 小学校教諭への暑中見舞いに「一日14時間勉強しています。最早夏休みではありません」と悲痛な叫びを記した祐旭をもわざわざ導いたのは、今は亡き雇用促進事業団から中野区の第三セクターに委ねられたサンプラザも、東京五輪に向け再開発を余儀無くされるからには隣接駅在住家としてその勇姿を記憶に刻んでおかなければとの責任感故であったろう。
h146.jpg  しかしながら偏食著しきわが家に相応しきバイキングの名に牽かれて訪れてはみたものの、一見してひと昔前の行楽地の旅館風情である。実際、宿泊客が大宗を占め外来はひと握りとしか見受けられないし、そもそもお犬様の住居から陸軍中野学校と数奇な運命を辿った中野駅北口一帯が警察病院と大学街に一変してなおサンプラザの命運は未だ明確ではないらしい。
 コンサート会場から宿泊施設、ボウリング場にカラオケまで揃った幾分アナクロなこの建物に今暫くはお目に掛かれるのだろうか。バイキングはこれっきりだろうが。

h147.jpg  永田町、霞ヶ関においてすらYシャツ着流し姿が常態化しつつある中、今日は初めて上着を脱ぎ捨てて出勤した。休日はTシャツに短パンかつノーパン健康法に努める暑がりにとって、久々に神保町まで物見遊山に繰り出してみるに付け、かく装束の麗らかさに痛み入る。
 時恰も長年、東京・関西・中部三巨頭の遥か後塵を拝しながら、俄かに時の人となってなおよくも悪くも焦りの感じられない九州電力が漸く原発再稼働に漕ぎ着け、だからと言って鹿児島から冷気が送られてくる訳ではないが、必要以上に手続きに時を擁したお陰で却って官邸界隈の反対運動にも良き冷却期間となったのは不幸中の幸いだったろう。
 傍らでは冒頭から飛ばした公資が敢えての小休止を経て新たな皿を抱えてバイキングに挑むところである。こちらの再稼働は些か腹回りを加熱させそうだが。
次のページ

FC2Ad