コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

5月31日(日) コルセット・スティングレイ  -スポーツ - ゴルフ-

 昨日目が覚めると寝相が悪かったのか、久々に軽度のぎっくり腰気味である。本来ならば安静第一のところ、既にに先週予約したマッサージへと逡巡しつつ向かえば、背中の張りが腰に負荷を掛けていると諭される。いや腰痛が上半身に悪影響を及ぼしているのではないかと反論するのも面倒で、引き揚げてベットに身を横たえる。

h67.jpg  一時的に痛みが増すのは織り込み済みだったが明けて早朝4時、危惧した通り癒えるどころか却って悪化した感もある。ただ不幸中の幸いは高齢者の如く腰を屈めざるを得ない症状からは脱却し、単なる左腰の鈍痛に変化したことか。
 果たして随行の身の上を投げ出せる訳も無くコルセットを巻きつつの第一打は安寧に腕だけで振ると教科書通りの引っ掛けで、ままよとばかり次ホールは腰を回すと右半身にも痛みが走ったが、恐らくは無意識の内に大振りせぬよう調整しているからなのか妙にドライバーが安定しているではないか。
 確かに短いカメリアヒルズだが、モンダミンカップまでひと月を切ってラフもそれなりに伸びているし、OB二発、後一歩の惜しいパットの連続でパーはひとつのみながら49/48で八ヶ月振りの二桁とは上出来極まりなく、同伴の重鎮氏から「こんなに旨かったっけ」とお褒めの言質も頂戴する。しかも二度に亘り二階建てになったショートを二つともかっ浚い久々の五輪も大勝とは、東京まで残り五年を切って早々に前祝いである。
 適度な緊張感の代物か右肘の鈍痛と左手の痺れをお土産に貰ったが荒治療が奏功し腰も快方に向かっている。何より矢張り練習の成果か、夏に向け期待を持たせよう。

5月27日(水) 永久世話人  -政治・経済 - 環境・資源・エネルギー-

h59.jpg  朝食会の経団連会館にそのまま居を据え、帝都関係各所視察団の兵站事前行脚に合流する。日参している永田町や霞が関も社用車でグルグル回れば極端な方向音痴の哀しさ、ガイドの役目も覚束無くなってくる。
 それでも自動車工業会までに時間が浮いたので、東京タワーを横目に眺めめつつ四月に竣工した芝の水素ステーション視察を急遽組み込んだ。肝心の顧客が未だ雀の涙だから当面は本業の水素供給よりもショールーム需要が大きく、だからと言って商品は数年待ちの超品薄とは、赤羽橋交差点に隣接したこの超一等地につい数年前まで自動車販売店が存在したのも驚きだが、何とも贅沢な利用である。
 更に青山に移動し打ち合わせを兼ねて立派なカレーを戴く。異人さんや芸能界の方かと見紛うが如くハイソな顔触れのなか、店長氏の格子状の衣裳のインパクトが余りに強くてそれ以外の印象は丸で残らなかった。優雅な半日。

h60.jpg  嘗て友人の御成婚二次会をプロデュースしていた20世紀末には、葉書やファックス、電話とアナクロな通信手段に限られていたから会合ひとつ開催するにも先ず兵站だけでひと苦労だったが、メール・ベースになって著しくそのコストは解消された。
 今や距離の近い間柄では携帯やショートメールが当たり前になり、更には変遷の蓋然性の高い会社メールよりも Facebookでの案内が優先されデジタル・デバイドが危惧される始末である。
 従って元幹事長・政調会長の御大を囲む出向先のOB会も40人に至る盛況であっても流れ作業の域を超えることはなく、却って関係者から次々と労いの言を戴き労少なくして益ばかりは恐縮である。OB全員と顔が通じている唯一の「生き字引」を自認する手前、事務局役は当然の責務であるし、逆に他者に委ねて口先介入するより自ら仕切った方が遥かに楽だろう。そもそも会合中も段取りに走り回っている方が性に合っている。
 年に一度の楽しいお祭りでした。

5月23日(土) 嗚呼玉杯に花うけて  -ヘルス・ダイエット - アロマ・リラクゼーション-

h57.jpg  接骨院を旗頭に風俗営業すれすれのマッサージ至るまで指圧按摩の世界は幅広いが、杉並の下町高円寺には総ての類型が顔を並べていると言っても過言ではない。
 漸く出不精から脱却したと思いきや、雑駁に分類すれば第二類型たる柔道整復士の自由診療扱いのお馴染みさんが退職され、第四分類と言うべきか安価なタイ式やらアジア系のそれも含め店舗行脚を余儀無くされたのである。
 結局、通例のマッサージに落ち着くのだが、今度は次回の予約をと勧誘がしつこく気が進まない。ところが同じ構造でもうら若き乙女に揉まれて勧められると安易に受諾するのだから男とは現金なものである。言われるが儘にカードに金参萬圓もデポジットしてポイントも貯めて仕舞ったので当面第三分類の「リラクゼーション業」で様子を見ようか。高齢化の進展に伴う需要拡大により参院選に候補者を輩出するまでにはもう少し時間が掛かりそうだが。

h58.jpg  通算200勝の前も後年ソフトバンクのフロントに陣取り杉内投手放逐発言で注目される小林至投手を擁しながらの70連敗だったが、その年の秋に学生時代唯一にして現在に至るまで空前絶後の神宮観戦が201勝目に当たり、以降も二人のプロ選手を生んでいる風聞に預かるにつけそれなりに健闘している印象があったので94連敗は寧ろ意外であった。
 企業のノンプロ・チームが激減し、大学野がその受け皿になっている訳では無かろうが、相対的に六大学野球が復権した分、東大の文武両道度合が比重を下げた帰結だろうか。
 開成高校に倣っても「弱くても勝てる」とは限らないが、新神宮球場に開花を視野に知恵を捻っての奮闘を期待したい。

5月20日(水) 哀しい色やね  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h55.jpg  詰まるところスコットランド国民党の躍進と保守党の単独過半数を両立させた英国総選挙は、わが国の二度に亘るそれを凝縮させた様な結末ではなかったか。
 元より維新の会は地域政党とは言えないが、与党の数を補う補完勢力に擬制されたという意味で大阪とスコットランドは二重映しになるし、住民投票に敗北した点も状況を一にしている。
 ただ独立を一義とする国民党が再戦への糧として総選挙における一定の勝利を獲得したのに対し、維新の住民投票敗北が事実上の白旗を意味することになったのは、二度の総選挙で有形無形の期待権を消化したという物理的要因以上に、果たして彼等の目標が大阪都の実現なのか或いはそれを梃子とした政権の獲得であるのかが判然としない実相を大阪市民に洞察されたからではなかったか。
 キージンガー大連立内閣における独社会民主党の様に、果た又小沢一郎代表の民主党が福田大連立への参画を志向した様に、政権を担った経験則の無い政党が先ず第一党でない与党入りを目指すのは現実的な対応であり、維新が自由民主党に対抗しての政権交代を主眼に置かなかったとしても批難される謂れは無い。しかしながら過半数の補完に留まらず、改憲に資する総議席の三分の二を充足させるというもうひとつの低いハードルが存在しただけにより与党と野党の中間に位置する"ゆ党"的な色合いを濃くさせ、結果的にその立ち位置が住民投票にも響く悪循環を招いたとも言えよう。
 嘗て中選挙区時代には保守系無所属の追加公認という議員の新陳代謝を促す自由民主党の知恵があり、政治的な危機に際しては社会主義政党に議席が零れる歯止め、保守の受け皿として新自由クラブが生まれ、更に政権交代すら具現化した日本新党は小選挙区制度とともに後年の保守二大政党制を導いた。
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2013年党パーティーにて
 維新の影響力の源泉が大阪にあるのは疑い無いが、河野洋平・田川誠一というスター政治家の居た新自クの神奈川が十年の命脈を保ったのに対し、日本新党~新進党から自民党への帰参者が後を絶たなかったのは恐らくは系列の県議・市議らが真っ先に出戻りを余儀無くされ、その組織に支えられる国会議員に選択の余地は無かったが故だろう。
 維新が圧倒的な勢力を誇るだけに感情的な軋轢を置けば府議・市議は支持層を一にする自民に回帰するのは容易であり、だからこそ維新は残された期日の中で野党結集の主導権を握りもう一度二大政党制の一方の雄たる夢を描くか、或いは民主の左派を切り捨て失礼な物言いながらともに脱出ロケットに乗って政権の一翼に闖入するのかを峻別しなければなるまい。
 それが出来なければ又しても保守のウイング拡大への一過性の寄与を果たした新党群のひとつにカウントされ、歴史に埋没する運命が待っている。タイムリミットが橋下「市長」の今年中なのか、来夏の参院選にウルトラCを駆使して改憲まで或いは次期総選挙まで猶予を預かるのか、そしてその舵取りは果たして誰に委ねられるのだろうか。

5月18日(月) 街は SHOW by 商売  -育児 - パパ育児日記。-

h52.jpg  キッザニアの如く擬似的な職業体験は幾分大仰に捉えれば、貨幣という本来擬似的な信用創造の模倣の獲得を通じて勤労意欲を惹起せしめる意図を内包していよう。従って北中夜市という商店街のコミューン的な催しにフリーマーケットの名を借りて児童が出店するという試みにも、売買という商行為の実体験が齊す教育効果は存在しよう。
 但しそこに介在する貨幣が実価である以上、輩出される信用を児童のみを以て担保させるのは範を超えており、従って商店街に居を構える人物が恰もハメルンの笛吹き宜しく児童を煽り、たとえ祭り事の一環であっても児童のみをして店舗を運営させようとする試みは些か無責任、という言葉が厳しければ無邪気であり過ぎたろう。
h53.jpg  止むを得ず児童各人の保護者が同伴し、多分に疑念を抱きながら"打ち合わせ"にも介入し、洞窟に誘い込まれぬよう慎重に、結論としては保護者が有事には責任を分担すべく当日も文字通り保護に待機する体制を前提に、出店に至ったのだった。
 ただこうした紆余曲折を経ながらも実際に現場に及ぶと案ずるより産むが易しと言うべきか、打ち合わせ段階から取り纏め役だった公資は自ら出品したプラレールに留まらず、訪れる児童幼児更には物見遊山の外国人顧客との商談を電卓片手に切り盛りする姿は一端のCFO兼務の経営者風情である。
h54.jpg  小規模事業者の特例により消費税も免除という訳でも無かろうが、勉学のため当日のみ中途から参画した兄を売り子に配し、それでも売上高に拘るところは負けず嫌いの資質が功を奏している。
 戴く謝辞をして顧客の満足を自らの充足感として受け入れ、貨幣経済における商行為を経済面のみならず労働価値としてもまた体感するには良い経験になっただろうか。結局、カードは捌けてもプラレールはそれなりに売れ残っていたが。

5月17日(日) 醤油の名門  -スポーツ - ゴルフ-

h49.jpg  景気の低迷、競技人口の低減から相当に敷居が下がったとはいえ未だおいそれとは忍び込めない名門ゴルフ場は少なくない。隣接するパブリックのあやめは嘗て訪れたが今日は本チャン、紫カントリーすみれコースへの登壇の機会に恵まれた。
 何しろ吉川英治、正力松太郎、稲山嘉寛と並ぶ永世会員の顔触れだけで気圧されて仕舞うが、バンカーと池が巧みに配されという決まり文句では抗し切れない程に、取り分けグリーン周りはバンカーだらけだし、ドッグレックも少なくない。そもそも日頃第二打はウッドで可能な限り近付け運が良ければパーオンもという戦略性の欠片も無いゴルフだから、刻んで下さいと諭されこんなに頭を使わなければならない競技だったかと初めて気が付く始末である。
h51.jpg  幸いショート・ウッドでの刻みは予想外に成功していたが、それなりにアプローチの距離が残るから打数もまた刻まれていくし、池の敷石で跳ねて飛び出して来た幸運も活かせない。名門らしく原則常用カートは無く、確かに平坦だが道路を超えての移動ありで健康的には違いないが徒歩量は馬鹿になるまい。
 残念ながら全ティーグラウンドに安直された動物のブロンズ像を拝む余裕にも恵まれず、練習場通いで培った筈の稲山イズム、我慢の哲学もスコアの低廉には寄与しなかった様である。

 黄金週間中に従来から名前をよく聞いたスイング碑文谷(左写真)に足を伸ばしてみたが、土地柄だろう立派なフロントに有料の撮影機能まで誂われ、あまつさえスポーツクラブまで併設された思い切りバブリーな練習場であった。
h50.jpg  先週は定番の平和台はファーストゴルフが満席で大泉に急行したが、嘗て再三訪れたバーディーゴルフは跡形も無い(右写真)。道路拡幅の過程で暫定的に市営の園芸場になっている牟礼の旧三鷹ゴルフもそうだが、郊外とはいえ市街化区域にありそれなりにまとまった土地を有するゴルフ練習場は周辺が再開発体勢に入り地価が上がれば容易に売却され得るし、そもそも用途規制の中での暫定構造物が税率宜しく長期化したケースも少なくあるまい。
 旧立川飛行場の縁を残す立飛も閉鎖され、神宮球場再開発に伴い第二球場の練習場も風前の灯火になってきた。150ヤードを超える傑物が新設されるとも思い難いから、今後都心の練習場は比較的待ち時間が短い巨大かつ高額なセレブ向きか、セミプロチックな管理者が半ば道楽で運営していて出入り自由で安価故にいつ何時消え失せても甘受せざるを得ない古式ゆかしいスタイルを対極に戴きたながら、中間層は一層の混雑を余儀無くされよう。矢張りルーフバルコニーでの素振りも再開すべきか。

5月14日(木) 投げたなら、こう打って  -スポーツ - プロ野球-

h46.jpg  週刊ベースボールを恒常的に購入する様になったのは昭和58年の半ば、既に肩を痛めていた江川卓投手が満塁の場面で急遽リリーフ登板し優勝を決定した未だ旧き良き時代の名残りの感じられた頃である。
 爾来年刊概ね50冊として約1600冊、何れは他の野球関連書物とともに大宅文庫宜しく民間図書館として開架に供する所存だが、勿論その為ではないものの久々に60年代末から82年までの同誌を買い漁ってみた。嘗ては野球を専門分野とする古書店を実際に訪れるか、個別のカタログ販売だったが、幸いYahooオークションのおかげで幾分の割高を甘受すれば選り取り見取りだし、高額だが稀少な名鑑号も出物は少なくない。
h48.jpg  例えば日ハム創設時の三原社長やヤクルトの早大カルテットなど首脳人事に如何かる人間模様が寄与したかは矢張り同時代の文献に当たらなければ解らないし、野球評論家としての本務たる日本プロ野球移籍・トレード大全の充実、取り分け未だ解明の進んでいない三塁/一塁のベースコーチ探索にも極めて有用である。何よりも現代よりも遥かに直裁乃至は辛辣な文面が愉しめる。
 大量に仕入れ過ぎて早くも幾分食傷気味ではあるが、かの元パ・リーグ記録部長千葉功氏の労作連載「記録の手帖」ともども気長に読破したい。

h47.jpg  本年初の野球観戦は広島戦、黒田投手の復帰、前田投手の渡米前最終年の蓋然性で意気軒昂の筈が打線が沈黙し、現にここ二戦も零封、一点と怪我人と不調だらけで予想もし得ない顔触れになった巨人軍も同じく湿りがちながら連日の一点差負けである。
 先方が地元関係者だけに穏便な三連敗逃れだったが、盛り上がりに欠ける展開、唯一の魅せ場は二塁・片岡→遊撃・坂本のグラブトスでどう見てもセーフなのに余りの華麗さに塁審も思わず腕を上げて仕舞い、にも拘わらず何等異論も出なかったプレイぐらいだったか。

5月12日(火) 十年たったら  -地域情報 - 名古屋・愛知-

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現在(左)と埋立中(2004年)
 万博に先立っての2005年の開港前後には実に 四度に亘り視察に赴いた中部国際空港も、次の御目見えは四年後、そして中五年で今回とは、世間の注目度合いと見事に比例していよう。
 オープン直後は鉄人プレゼンツのレストランが半年待ち、風呂は入場規制だったのだから閑古鳥とは言わない迄も隔世の感がある。幾ら関空の教訓から埋立段階から低コストに努め民間人材による経営合理化を謀り、現に五期連続黒字の優良企業とはいえ、イベント転用には好都合でも普段はガラガラの通路をえっちらおっちらでは幾ら美味でも突端まで足を 伸ばす以前にレストランの存在に気付かなそうだし、近隣に温泉採掘中では眺めは良くても分が悪い。
 勿論、こうしたインフラ施設は採算性のみを追究するものではないが、新奇性に伴う集客が一段落すると航空機利用の本来需要以外のリピーター確保は至難の技だろう。本業においても大半を占める中国便はビジネス需要頼みだし、民族資本二社が日に一往復羽田連絡便を運航はしているものの、東京サイドの羽田アクセスが向上すれば名古屋駅から30分の立地でも分が悪い。
 昨年はゆるキャラグランプリ会場の栄誉に輝いた様だが、ホストの知名度が上がったという話しは聞かない。セントレアだけにセントくん、ではなくフーちゃんも幾分寂し気に見える。

 昨日は久々に日本酒を痛飲して名古屋までの移動時は息も絶え絶えであった。早々に記憶が飛んで銀座に繰り出したのもうろ覚えで、席上幾つか調整案件が遡上に登っていた模様だが、一夜明ければ何等心当りが無く随員の体を為していない。
 聞けば手酌で自ら日本酒を飲み倒していたらしい。先方に下戸で素面の方がおられて良かった。

5月7日(木) urban off  -地域情報 - 東京23区-

h37.jpg  生後間も無くから小学三年生までを過ごした横浜市緑区青葉台は社宅住まいだったが、二棟計32世帯の小所帯とは砂場や簡単な遊具も誂えられた団地風情だった。だから団地ともお的な情景に無縁ではないものの、米軍グランドハイツ跡地の光が丘に代表される所謂大規模団地に居を構えるには至らなかったので、ベーゴマ遠征の合間に闖入した赤羽台団地に郷愁を覚える必然性は無い。
 23区内初にして最大規模のそれは、大会会場に隣接する細長い赤羽緑道公園が軍用引込線跡であるのと同様に、軍都赤羽らしく旧陸軍被服本廠跡地になる。既に建替が進み団地固有の域内商店街もほぼ跡形無く替わりにマルエツが鎮座在して現代風の装いを呈している。
 ただひと棟、外面との接点増加を企図しながら土地の有効利用の観点から住宅公団から忘れられた存在となったスターハウスが現存しているが、原武史氏の「レッドアローとスターハウス」に示された戦後民主主義的な革新思想の培養が三多摩と城北地区において如何なる相違を齊したかは定かでない。だとしても団地からヌーヴェルという些か前衛的かつ郷愁にも訴えかけるネーミングへの衣替えとともに、そうした独特の文化もまた過去へと磨滅していくのだろう。

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 黄金週間中は久々にブックオフ巡りに努め、都合10店舗を網羅した。
 基本パターンは108~200円コーナーに突進して政治、野球、相撲、音楽、芸能、交通等で少しでも引っ掛かりがあれば買い漁り、移動して同じ手順を繰り返す。当然専門古書店の様に稀少本が発掘される可能性は小さいが、発行時期が旧くなればほぼ自動的に廉価に分類されるから、新刊を購入する迄の魅惑には欠けるが目を通してもという類をかき集めるには合理的である。
 しかも中には看板こそ掲げながら完全にブックオフ化されてない従来からの古書店擬きも見受けられ、思いのほか各店舗ともゼロ成果に終わる事態には見舞われず、極めて偶発性に左右される品揃えは思い切りテールエンドまで網羅されたAmazonでの通販に馴れた頭には却って新鮮である。
 集めるだけで満足しそうになるが、堆く積み上がると早く消化しなければ雪崩が起こりそうな強迫観念が襲い、それはそれで知識拾得には効果的だったりして。

5月6日(祝) しなやかに回して  -育児 - パパの育児-

h33.jpg  未だゲーム機の普及していない1970年代末の小学生の遊戯と言えば内においては人生・億万長者らの盤系、外ならば野球やはさみっこといった球技ベースを別とすれば銀玉鉄砲とベーゴマが二代巨頭だったという記憶がある。
 或いはそれは山の手の下町たる矛盾した形容を持つ杉並の中央線沿線区域に顕著だったのかも知れないが、恐らくは児童の誰かしらが親から譲られた遊具に由来し駄菓子屋をキーステーションとした自然発生的なブームだった筈である。詰まり既に親世代がアナログ遊具の経験則に欠け巷から駄菓子屋が消えた現代においてベーゴマを流通させる為には、伝統文化の継承に邁進する伝道師の如く存在が必須だろう。
h34.jpg  黄金週間最終日は赤羽台公園のベーゴマ大会である。何故赤羽かと問われればキューポラのある街、川口の近隣だからだろうか。勿論、大会と言っても顔見知りの寄り合い風情でシステマチックな造りではない。
 公資は早速の四人一組の予選で2勝勝ち抜けのところ1勝同士の対決で惜しくも敗退したが、驚くべきは同じく惨敗組に馬橋小からの参加者がなお三人も見受けられたことだろう。聞けば主宰者が馬橋公園に現れ感化された友人による伝播がこの時ならぬベーゴマ旋風の発端だったというのだから、或いは帝都のベーゴマ文化は眼前で指導に余念の無いひとりの人物の双肩に委ねられているのだろうか。
 確かに午後は名人によるワークショップとの触れ込みだったが、勝者が敗者の駒を奪取する真剣勝負=ホンコ転じて「オマケホンコ」で、年配の名人氏に勝てば加工したベーゴマを貰い当然敗北に伴うリスクなしという有り難いデモ競技に続いては、ズラリ並んだ名人に交替で挑戦し参加回数と勝利数により一定ポイントを獲得すれば名人の称号が与えられる公開競技で事実、公資と同世代の名人も居並んでいる。
h38.jpg  この大盤振る舞いにも拘わらず全くの無償であり、手の込んだ加工駒に如何なる競技上の実利があるのか、或いは佐野駒とN企画の相違など聞き齧っただけでは到底奥義に迫り様も無かったが、思い切り手作りのカードまで至れり尽くせりには頭が下がる。
 さて泥警は未だ小学生において命脈を保っている様だから、附属アイテムとしての銀玉鉄砲も何方か再興を図って戴けないものか。舗装の行き届いた路面では自然に土に還る銀玉の環境適合性も効用が下がっているし、そもそも銃器の模倣自体が今の御時世には眉を顰められかねないのかも知れないが。

 帰還してわが家でも勉学の息抜きにと兄を誘い対戦に勤しむ弟。俄か仕込みの加工ベーの意義を解説しながら。
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