コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

2月28日(土) 浮かない話  -地域情報 - 名古屋・愛知-

g963.jpg  金持ち喧嘩せずには到底該当しないものの資産運用にはとんと関心が薄い。それはシャイロックが如く不労所得への嫌悪にはあらず、端から面倒臭がりの性癖に依ろう。
 従って有り難いことに父から譲渡された株式の預託先とも長らく音信不通のままだったが、気が向いたのでわざわざ土曜の朝に顧客として証券会社を訪れてみることにした。結果的には住所変更届以外に危急を擁するアイテムには巡り会わず、安堵感を得たのが最大の成果だったろう。ニーサの資料も預かったが多分手を付けないのではないか。

g962.jpg  午後の野暮用まで手持ち無沙汰だったので三年半振りにリニア・鉄道博物館に単身乗り込む。東日本の北陸、北海道両新幹線に旬の話題を奪われつつある中、リニア開通まで徒らに時を重ねること無くリニューアルに努めていようと想定していたが、実態は何等の変化も認められなかった。
 辺りには南極観測船や水族館といった名古屋市には希少な観光スポットに衣更えした港湾地区にも拘わらず、休日に児童層への最大の誘因に他ならない運転シュミレーションも容易に予約可能で、視察に訪れたのだろう年輩諸氏が興じている風情では先が思いやられる。
 確かに大宮の鉄道博物館は言うに及ばず西日本の梅小路機関区交通科学博物館も再編新設されるとあらば、屋外展示にも乏しくそもそもハコそのものの小さい本リニア館もまた、ドル箱たる東海道新幹線とその後継たるリニア中央新幹線の人気に胡座をかいている証佐のひとつと後ろ指を刺されてもあたら無実の罪とも言えまい。
 矢張り愛知県は産業遺産もまた自動車とともにある街なのかと、地理関係が著しくディフォルメされたジオラマを眺めながら鉄道車輛そのものには知見の薄い都市変遷評論家は唸るのだった。

2月24日(火) 北東ではないけれど  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

g969.jpg  かの郵政解散において閣僚として署名を拒んだ島村宜伸氏が現行憲法下三人目の罷免に至った際に、戦後間も無くの第一号たる平野力三氏もまた農林相であったことに言及されていた記憶があるが、それは当然単なる偶然に過ぎない。
 ただ第一次安倍政権に至り、恰も崩壊への序曲の如くに事務所費問題により松岡利勝氏は自裁、後任たる赤城徳彦氏は加えて絆創膏で落選から若き引退を余儀無くされ、更に遠藤武彦氏も補助金の不正受給と続いたのは不運のひと言では片付けられない負の連鎖であったろう。それは福田内閣においても留まらず、再三臨時代理を務めた若林正俊氏が野党転落後本会議の代理押しボタン行為で辞職に追い込まれるに至っては、冗談でなくお祓いの必要性が囁かれかねない始末だった。
 時は流れ閣僚の不祥事すら支持率に響かないアベノミクス順風満帆の現下においてなお、鬼門は変わらなかったらしい。そもそも良くも悪くも古式ゆかしい農林「族」の色濃い西川公也氏の起用は、毒を以て毒を制するという意味で官邸の意志は明白に感じられたが、結果としては叩かれてみたら想定していた埃に意外な火の付き方をしたというところだろう。
 早期収束が復辟した安倍官邸の基本路線だから最終的には撤収はやむを得ないとしても、問題は今般の辞任がひとり西川大臣固有の事案に留まらないことではないか。
 即ち補助金を交付された企業からの寄附の可否は政治資金規正法に定められており、西川氏のケースも違法行為には当たらないにも拘わらず世間を騒がせたという道義的な事由をして幕引を図ったことにより、閣僚の辞任ハードルを下げて仕舞ったとも言えよう。
g961.jpg  確かに前任とはいえ党税調の主戦力を再び閣内に取り込んで補任するあたり転んでも只ではの攻めの姿勢は失っていない官邸だが、政治とカネに纏わる痛くも無い腹を探られての辞任ドミノを招かないよう慎重に事を運んで戴きたい。

 会社携帯が今や骨董品の域に入りつつあるiPhone4から一挙に6に更新され、預り品と要返却を併せ4 5 6 6sが居並ぶ壮観な絵柄が構築された。右端は個人所有のHTCである。
 貸与の6sはYouTube鑑賞器に特化しているため最新機材の実用は初めてに等しいが、流石にネット環境含め反応が速く、それにも増して噂通り電池の減りも早い。
 また充電器を補充しなければならるまい。確定申告で経費に充当したいところ。

2月22日(日) ガスタンクより愛をこめて  -政治・経済 - 環境・資源・エネルギー-

g959.jpg  記憶からも記録からも欠落しているがブックオフ訪問は凡そ半年振りにはなろうか。溜まりに溜まった売却物件は約百六十冊、新刊本を読み終えた端から売り捌く自転車操業率の向上も寄与していようが、〆て金壱萬弐阡圓也とは驚くべきお大尽振り、しかも待機中見繕った100円本も金券バックで賄えるとは望外の合理性に他ならない。
 遠征した練馬区大泉方面は住宅街の装いをも呈しているが、目白通りには野菜市場にかの東京飯店本店、中規模ゴルフ練習場や寺院、複数の自動車販売店に流通業の配送センターと、まとまった敷地が再開発されたのであろうか、如何にも郊外型の土地利用が広がる。
 勿論、最大のランドマークと言えば谷原のガスタンクに他ならない。帰ってきたウルトラマンもひと度は屈した宇宙怪獣べムスターの標的としてもお馴染みだが、越後湯沢のスキーにしろゴルフにしろ関越道を出て久々に車が一時停止して目覚める時分に目に映る光景、帰還近しを知らせるアイコンとしても焼き付いている。
g960.jpg  ただ無事所期の目途を終えハタと脳裏に去来したのは都内の先陣を切って誕生した水素ステーションの存在である。元素記号にHが含まれていれば生成可、即ち民族資本化に資するべく夢のエネルギーの供給源のひとつがガスであることは既にエネゴリ君が立証している。
 従ってガスタンク隣接は合理的であり現に東京ガス系統の水素スタンドの中身はここ谷原が親元になっているが、当然水素自動車自体がまだ一般顧客に流通していないから究極の閑古鳥かと思いきや、稀に商用車が出入りする姿が認められるのは天然ガス用途を兼ねているからだであった。それでも商業的にペイしているかと問われれば先行者利得にも程遠かろうが、安全面の懸念を論理上100%クリア出来ないとしてもかく郊外型からガソリンスタンドへの併設を試験的に認めていく規制緩和が無ければ鶏卵論争の俎上にも載せられまい、普及への遠き道程に改めて直面して金銭利得と知識の習得と一石二鳥だった一日。

2月19日(木) 悠久の彼方に  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

 猿は木から落ちても猿だが代議士は選挙に落ちたらただの人、とはかの大野伴睦元自民党副総裁の至言だが、本来は政治家はたとえバッチがあろうと無かろうと政治家には替わりなく議会以外の「院外」における使命が存在して然るべきでなければならない。
 恰も公分野が永田町、霞が関といった特定領域に限定され世俗と遊離した存在に祭り上げられるわが国においては、引退した元議員が政治に影響力を行使する事態は却って眉をひそめられるかねないが、有権者の直接の利害得失に煩わされること無く大所高所からの見知を披瀝する行為は、後進の育成にも寄与すべく本来は政治に携わった者の責務とも言える。
 勿論、流動化が進んだとはいえ長期雇用慣行の強いわが国はリボルビングドアに乏しく、必然的に引退議員の有力者=高齢者の為に、元老院的なマイナス・イメージが喚起され易いが、本日の講演者の如く八十の坂を遥かに超えてなお国家財政の行く末を憂え消費増税延期に警鐘を鳴らす姿には、信条の是非は別にしてかつ 「消費増税の真実」という新刊自体はは民主党政権を些か性善説に基づいて事実関係を羅列したに過ぎなかったものの、矢張り感銘は禁じ得ない。
 そもそも元蔵相・水田三喜男氏に始まり、椎名悦三郎氏と三賢人、「宴のあと」の有田八郎氏、果ては牟田口中将に至る歴史上の人物のオンパレードには、参加者の一体幾人が全貌を把握出来たかには甚だ不安が残ったものの、"政治オタク"を自称する私にとっては頗る知的好奇心をそそられるひとり時事放談であった。
g965.jpg ただ少しとして聡明さの喪われていない口振りにも拘わらず、安保防衛の域に及ぶと少なくとも冷戦下における西側陣営という位置付けの希薄になった現下の国際情勢においてなお、失礼ながら日本社会党チックな戦力否定論を説かれるのは恐らくは世代差の為せる業であり、こうした現に先の大戦を身を以て実感した高齢層の知恵に学ぶことは肝要には違いないものの、正直一抹の違和感もまた否定出来ない。

 眼鏡を求めて家捜しした挙げ句自らの胸ポケットから発見される様な事態はわが家では日常茶飯事だが、遂に本日は社内を行脚する羽目に陥った。行動を反芻し続けた結果、驚く勿れ金庫から発掘される。
 どうやら物品を確認した際に老眼の為外してそのまま放置して鍵を閉めたものと忖度される。愈々鎖を付するべきか、年は取りたくないもの。

2月16日(月) 先例の意義  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

 騒音対策に伴う埼玉県の小学校へのクーラー設置を巡る住民投票は賛成が過半数を超えながら結果の尊重義務を伴う有権者の三分の一には至らないという絶妙な結末に終わった。
 設置対象校の児童の非快適性と総額4000万円という予算規模を勘案する材料は持ち合わせないから結論の是非は問えない。しかしながらそもそも行政措置としての予算執行は知事の権限であり徒らにその判断を住民投票に委ねる行為は責任の転嫁たる謗りも否めまいし、幾ら二元代表による純然たる三権分立の地方自治とはいえ条例設置という立法機関の権能を行使こそすれ、単一イシューを個々有権者にお伺いを立てているようでは、当該クーラー設置により恩恵を被る層と租税公課の見返りに預からない両アクター間の利害調整機能の放棄であり、極論すれば間接民主制の否定に結び付きかねない。
 幸いにして行政に最良の余地を残す結果を受け、執行機関には自らの意思による結論を是非お願いしたい。

g958.jpg  一般論として政治資金規制法8条の2に該当する政治資金パーティは、憲政記念会館の様な希少な例外を除けば飲料は入場時から飲み放題であっても来賓に続く本人挨拶を終え乾杯に至って食物が解禁されるのが儀礼となっており、これは党派を問わない。
 にも拘わらず本日は須く開会前から舌鼓を打っているのは、幾ら金弐萬圓也の元を採ろうと鵜の目鷹の目の来訪者とはいえ少なくとも有り体では現物に御目に掛かれない筈だから、端から主催者側が下手すれば小一時間立ちんぼで腹を空かす羽目に陥る支援者への配慮を優先したか、或いは慣行に馴れていない人々の剣幕にホテル側が畏れを為して配膳の蓋を開放して仕舞ったのかも知れない。
 確かに北海道出身の著名歌手氏がひと節奏でてみたり、その盟友たる他党党首が当然の様に登壇していたりと、最大野党における反主流派の立ち位置の難解さを裏付ける光景も繰り広げられていたが、観衆を演説を拝聴せざるを得ない環境に追い込んで当該登壇者への親近感を惹起せしめる励ます会のもうひとつの効用自体に、上の空でバクバク喰い漁られては支障を来たしたのではなかろうか。
 少なくとも食物消費の増大には寄与していようから本来の意義たる金銭利得もまた縮小を余儀無くされたろうが。

2月14日(土) 東京タワー~空缶と弟に似ているオトン  -育児 - パパ育児日記。-

g953.jpg  「知恵を集めて」と堂々校歌にも謳われた学芸会に比して隔年でその代替となる作品展の影が薄いのは、児童は平日に内覧を済ませ公開日は寧ろ授業参観がメイン行事となる構成故だろうか。
 ただ本年は通常授業に加えて分類としては図工に該当する追加の作品製作の模様が公開されたのは新機軸と言えよう。恰もナスカの地上絵の如く六年生が繰り広げる校庭をキャンバスに見立てた大彫画に比べれば、五年のグループ単位の東京タワーはスケールにおいては見劣りは否めないが、生真面目な女子の指示にアバウトに応対する祐旭のわが家における内輪の顔と何等変動の無い屈託の無さが伺える。
g954.jpg  思い余って茶々を入れつつ口先介入してみると、祐旭のお父さんは顔だけでなく性格も公資に似ているねと学友に指摘された。自身初参加となる公資の二年の部屋に河岸を変えるとこちらは個々人にて空缶をニヶ繋ぎ合わせる工程だが、色取り取りのガムテープとサインペンを他者にも配分しながら捌いており、小学五年生の観察眼の鋭さを立証した形だろうか。
 ただ改めて授業終了後、二人を率いて体育館の会場に再訪したが矢張り絵になり難くカタルシスには程遠い。放課後の多忙な児童が増える中、イベントを成立させる準備時間を捻り出すだけでもひと苦労とあれば、多用な学校行事が維持されているだけでも有り難いと受け止めるべきなのだろう。

g956.jpg  1970年に阪神球団に外野手が入団した時分にはチョコレート贈呈の文化は未だ市民権を得ていなかったのかも知れないが、ロッテ球団が95年に監督としてその名を戴く人物を迎えたのは明らかに本業との相乗効果を意図したものだったのではないか。残念ながらヤクルトの本塁打王はスペルが異なるのでタフマンのCMには起用出来ない。
 部下の居ないひとり立ちとなると一躍義務チョコにも事欠く始末なので義理チョコの有り難みに痛み入ることになる。ホワイトデーの前倒しに伴い昨日は、本来当日たる46歳への言及には殆どあり付けずとも改めて本日息子達の祝辞を頂戴したから良しとしようか。
 因みにスペクトルマンには「ネビュラギムレット」なる技があるが、優雅にカクテルを傾ける訳ではなく地中に潜るドリル技ということはギムレット=錐に基づくと思了される。
 話が反れました。

2月11日(祝) 膜の数だけ抱きしめて  -政治・経済 - 電気、電力-

g950.jpg  年が開け官邸を皮切りに納車が始まり、お台場に要人を迎える水素塗れの日々ももう訪れまいと高を括っていたら、紀元弐阡陸百七拾伍年を迎える良きこの祝日に再び見える日が訪れようとは因果な商売である。
 原発をはじめとするエネルギー転換と環境負荷の低減たる時代の要請の為せる業か、果た又わが方が積極果敢な宣伝攻勢に努めた賜物か、予想以上の好反響のなか好調な滑り出しを見せている燃料電池車だが、嬉しい悲鳴たろう何分半ば手作りに近くては生産能力の限界には逆らえず計算上数年待ちの事態を迎えようとは今度は迂闊にお薦めも出来ない。それでも水素社会の足掛かりにとインフラ整備ともども国に地公体にと支援も求めなければならないから悪戯に腰も引けず痛し痒しである。
 ただ水素と酸素による発電機を除けば駆動の構造は電気自動車であり、始動から低速時に著しい回転力を擁する内燃機関と異なり初速からフルパワーだから加速に優れ、寧ろ風切り音が耳に障る程の静粛性もまた実際に試乗してみなければ体感は出来まい。
 今般は開発者御本人直々の解説とあってボンネットの中に潜む微妙な意匠の謎解きなど新たな発見も少なくからずあり、数を重ねるに連れ門前の小僧の御経読みも御利益が高まりそうなのは有り難いが、東京駅100周年記念Suicaの如く紛糾を招かぬよう推しつ引きつつ綱渡りの日々。

 紛うことなく昨夜の唄い過ぎの災禍たろう、終日もんたよしのりか中村あゆみか、或いは葛城ユキかと疑われそうなハスキーボイスだったが後日譚になるが、出席者のうち三名は高熱に悩まされインフルエンザの疑い濃厚だったと聴くのだから大病に至らず幸いだったと胸を撫で下ろしておくべきなのだろう。
 相変わらず不健康な体力には秀でているらしい。

2月10日(火) 受験生ブルース  -育児 - パパ育児日記。-

g941.jpg  受験シーズンの二月初が学年の切り替わりとなる為、祐旭もひと足はやくサピックスにおいては六年生、正真正銘の受検生である。土曜授業、専門用語で言うところの「土特」もスタートするが、なまじ男女平等を謳わざるを得ないが故に、成績の優れた女児は実際の受検にはハイレベル過ぎる数学の難問にも直面せざるを得ないとは、制度上の陥穽と言えまいか。
 夏以降は出題傾向に合致した受検校別編制になるからより実践に即するのだろうが、矢張りサピックスは保護者サイドの取捨選択が肝要との定説を裏付ける証左のひとつだろうか。
 同時に未だ週一ペースではあるものの三年次下の公資も、こちらはメダルまであと一点の好記録を引っ提げて意気揚々とサピックス稼業に突入である。早々に受検地獄に落とし込むまいとの妻の入塾への躊躇に「低学年はまぐれも」と切り返し早期参入を促す事務局への憤りを自ら解説しながらも「向こうも商売だから」と又もやの老成した割り切り振りである。
g951.jpg  結果に恬淡過ぎて気負いの見られない祐旭と著しい拘りから落涙も辞さない公資と、中庸がよい案配と溢しても思惑通りに進まないのがまた子育てかな。

 暴飲暴食の賜物かストレスの成れの果てか、尋常ならざる胃の痛みに耐え兼ね胃カメラを飲む。麻酔技術の発達により検査そのものには嘗ての塗炭の苦しみは無いが、傾眠から覚め起き上がるとそこに現れた映像は素人眼にも立派な潰瘍以外の何物でも無い。
 しかも胃全体に胃炎が認められ上部には継続して逆流性食道炎とはヘレン・ケラーも真っ青の三重苦、昭和52年にフロントと対立した上田阪急監督が神経性"言えん"と称して雲隠れした気持ちも解ろうものだろうか。
 それでも潰瘍に留まったとの安心感からか、毎度のガストロームを頂戴しただけで激痛も嘘の様に消え失せて仕舞った。まさに病は気から、これ幸いに総員上半身を脱ぎ捨てて飲めや歌えや乱痴気騒ぎでは元も子も無いのかも知れないが。

2月8日(日) 公称56歳現役  -スポーツ - プロ野球-

 フリオ・フランコという特異な外国人選手の名が本邦職業野球界に畏敬を以て刻まれたのは、かのバレンタイン氏が最初にロッテ監督を勤めた1995年に長期ストに見舞われた米国から現役大リーガーとして来日し、外国人ながら主将的な位置を担ったリーダーシップにあったと言ってよい。
 是非は兎も角広岡GMとの確執から一年で帰国し、小宮山投手らの強い要請に応えて三年後に再来日した時点で公称でも不惑を迎えていたが、米大リーグに復帰し2007年には48歳にして最高齢本塁打を放つとは常軌を逸していよう。
 そのフランコ氏がBCリーグの石川ミリオンスターズ監督兼選手に就任する。わが国における所謂独立リーグはバブル崩壊後、従来職業スポーツの供給源たる役回りを担っていた社会人競技からの企業の撤退を受け2005年に発足した四国アイランドリーグを嚆矢とし、 選手養成機関としては10年を経て定着した感がある。
 しかしながら今年も週刊ベースボールを皮切りにほぼ一斉に店頭に並ぶ名鑑を眺めてみると、寧ろBCリーグとの出入りの激しさが伺えよう。石川球団は前監督の森慎二氏が西武コーチ、GM兼投手の木田優夫氏が日ハムGM補佐に転出する一方で元日ハムの多田野投手がコーチ兼任で参戦しており、信濃からオリックスには吉田、辻両氏がコーチとして復帰し、逆に高橋信氏が選手兼任でと恰も派遣社員の交替が如き現象も生まれている。ラミレス選手の現役最終球団が群馬であったことも記憶に新しかろう。
g949.jpg  詰まり幾ら崇高な理念に基づこうと経済合理性との両立が図られなければ結社として存在し得ない資本主義社会において、BCリーグは元日本野球機構所属選手を積極的に受け入れることにより、育成と同時に興行としての成功に結び付けていると定義されるのではないか。マスターズ・リーグがスポンサーシップの撤退により再開に目処が立たない昨今、現実には日本野球機構への復帰には繋がり難いとしても、元気な高齢選手の受け入れ先たる新たな存在意義の象徴としてもまたフランコ「選手」の復帰は美しい目の付け処ではなかろうか。

 久々にヤフーオークションを覗いて衝動的に昭和52年版のケイブンシャ「プロ野球大百科」を入手する。
 子供向けにも拘わらず、或いは子供向けだからこそかも知れないが住所、家族構成は元より思想信条に至るまで恐ろしいまでの個人情報のオンパレードに加え、その辛辣な物言いには苦笑を通り越して感嘆せざるを得ない。
 曰く「きかん坊です」「くさっても鯛」「走塁の勘もあとひと息」「下半身のもろさ」といった本職への技術的な注釈ならばまだしも、「長続きしません」「栄光が嘘の様な不振」と言われては立つ瀬が無かろうし、「干された」と明示されては幾ら首脳陣が入れ替わろうと次年以降の名鑑作成に支障が生じまいかと他人事ながら不安になる。「猪首で突貫」と身体的特色を指摘されて喜ぶ人間は稀少だろうし、「幼妻に女子誕生」「デートはパチンコ屋」なぞ余計なお世話だろう。
 世の中が直裁だった時代が懐かしい、とも言えようが。

2月7日(土) 出会いはスローモーション  -スポーツ - ゴルフ-

g948.jpg  突然の解散・総選挙の余波は現世紀を迎え棒降りへの本格的な参入以来最長の約三ヶ月のブランクとなって現れる。
 それでも飲み会の連鎖と久方振りのラウンドのなか前半こそ51と耐えたのは、先月の練習で振り幅を調節しながら恐る恐るのスイングを試みたのが力を抜いて振り抜くスムースさを喚起したのだろう、結果として瓢箪から駒で寧ろ飛距離アップとして結実したからだろうか。
 しかしながらそこは慣れ親しんだホームグラウンド擬きに拘わらず、パッティングこそ安定しつつも哀しいかなアプローチの力の抜き方に勘所が失われ、何よりもスルーの後半はそもそも体力が追い付かず腰を痛める始末では改めて芝刈り離れが憂えられよう。
 驚愕したのは同伴の御仁のバンカーショットで、市井のゴルファーが思い切り開いて高く上げるカット打ちという究極の小技を操り、どうしてもパーが求められるここ一番で見事砂イチを決める姿には滅多に御目に掛かれまい。
 喪いつつあるゴルフへの情熱を取り戻すには余りに世俗を超越しており仰ぎ見るしか術は無かったが。

 こちらも総選挙の余波で先送りになった忘年会モードで正月から宴席が連なるのはバッヂ組の如しと言っては畏れ多いだろうか。
 愈々今週はダブルヘッダーを各々に換算すれば五日で五席のフル稼働、これではスコアなぞ気にしていられないのも道理か。
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