コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

11月30日(日) 二人の男  -アイドル・芸能 - 芸能一般-

g888.jpg  高倉健と菅原文太という老優の相継ぐ訃報に接して思い起こされるのはその対照的な足跡であろう。片や東映ニューフェイスの華やかなりしデビューに対し、一方は劇団四季から今は亡き新東宝を経て漸く東映に辿り着き30代も半ばを超えての漸くのスターダムである。
 同世代ながらそのタイムラグは高倉氏が「網走番外地」なら菅原氏は「仁義なき戦い」と、同じ東映ヤクザものであっても時代劇の翻案とも言うべき任侠路線と実際の抗争に範を取った実録シリーズでは180度その印象が異なろう。
 結果的に菅原氏は同じアウトローでも刃傷沙汰には及ばない「トラック野郎」というもうひとつの銀幕の代表作こそ得たものの、レギュラーの如く頻出した大河ドラマもまだ重鎮と化す前の「獅子の時代」こそ一斉を風靡したが、晩年の農業従事や政治への関与に至るまで右翼の棟梁の如き香りが消えなかった。
 僅かにアンバランスの妙を狙ったCM「時代はパーシャル」のコピーだけが、ナショナルの冷蔵庫はブランド毎消え失せても今も鮮烈な印象を残していよう。
g891.jpg  逆に「幸せの黄色いハンカチ」とともに語られる高倉氏は見事に任侠の色を消しイメージ・チェンジを図ったと言えようが、菅原氏と入れ替わる様に東映を去りフリーに転向した最初の当たり役が「ハンカチ」であり、同じ年には「八甲田山」にも主演しているのだから、一朝一石に実直寡黙「健さん」イメージが確立された訳では無かろう。
 個人的には最も鮮烈な「野生の証明」に誰しも触れない様に、アイドル映画たる薬師丸ひろ子の引き立て役、更には「南極物語」では犬の助演と今から想えば何も高倉氏で無くともという出演もまま見られるのは、独立後収入を安定させる為に必ずしも仕事を選べなかった環境が伺作用していたのだろうか。
 何しろ後年の印象に合致する「駅 station」と「鉄道員(ぽっぽや)」の間に米国版任侠とも言うべき「ブラック・レイン」は兔も角、監督と外国人選手の異文化交流を描く「ミスター・ベースボール」まで挟まっているのだからその雑多振り、看板とは裏腹の器用さも堂に入るものだろう。
 家庭的には菅原氏は長男に先立たれ、高倉氏も親族の借金問題で早々に離縁した江利チエミ氏を早くに見送っている。安易にひと纏めに論じるべきでもなかろうが、長く生きた引換に栄光と哀愁をともにに携えた人生と言えようか。

11月28日(金) 蜻蛉帰り  -地域情報 - 福岡-

g892.jpg  二時間睡眠でまだ夜も開けやらぬ内にわが家を出立して朝一番のフライトで福岡へ飛ぶ。余りにも定番なため旅の新奇性には乏しいが、今般は車を飛ばして大牟田まで往復したのが特筆すべき点だろうか。
 残念ながら三池炭鉱の産業遺産に詣でて争議の爪痕を肌に感じることは到底能わなかったが、移動の間を僅かでも睡眠に充て体力の回復を図り得たのは長き一日においては貴重な行程だったろう。
 結局、現地での宴席はパスして日帰り強行軍となったが、20時には帰社して原隊復帰とは猛烈ビジネスマンの如くに慌ただしい。
 そこから漸く配布の準備も調いつつある資料を片手に全国にお仕着せがましく電話連絡を始めるが「まだ21時じゃないか。何で電話に出ないんだ」とダイヤルを回し続けている様では既に些か感覚が麻痺していよう。愈々神経と体力勝負。

 福岡への往路、何処かで見た顔が隣の席に座す。その人の名は名球会入会資格に約百安打足りず涙を飲んだ松永浩美元内野手ではないか。故郷への帰路と考えれば不思議ではないし、丁度手元には最新の週刊ベースボールが鎮座していたが、わざわざサインを求める程のネームバリューは感じられない。
 折しも氏が晩年を過ごした現ソフトバンク・ホークスに松坂大輔投手の九年振りの本邦復帰が決まったが、松永さんも米国に挑戦されましたね等と野球フリーク振りをひけらかしても仕方あるまい。
 帰路は機材の相違も作用してエコノミーの座敷牢の如く窮屈さに辟易しつつ、幸い役員随行のためクラスJの優雅な航路だった朝方を、それでも猶予の稀少だった松永元選手の体格とともに思い起こすのだった。

11月27日(木) いつもの様に幕が開く  -政治・経済 - 衆議院選挙-

 事務方の唯一ではないが最大の責務はフロントに立つ役者陣のハンドリングである。勿論座付き演出家も偶には舞台にも上がるものの美しく、余りに美しく言えば先ずコントロール・タワーに徹しなければならない。
 しかしながらタワーを僭称するのも烏滸がましい地平スレスレから電波を発して凡ゆるスターがコントロールに浴すとは限らないし、千秋楽まで走り続けながらの自転車操業だから柿落としを迎えてもシナリオの変更は日常茶飯事である。しかも興業先とその日程まで含めた著しい変更が訪れると、フレキシブルな対応と言えばそれまでだが段取りを組む事務方としては溜まったものではない。
 ただ考えてみればスターありきの芝居、就く木戸銭を集めるスターこそが一座の幹部なのだから、なまじ調整の労苦を察して興業そのもの効用を減じる様では元も子も無い。寧ろ意図的か天然かは定かで無くとも事務方の人的コストに何等思いを馳せず合目的性からのみ判断を下すのが指揮官の羊蹄であり、なまじ事務経験に乏しい程、事務官の労苦に囚われず幾将功成りて千骨枯る勝利を導くのだろうか。
g889.jpg  元より物分かりの良い役者と従順な裏方、そして逐一指令を下さずとも自発的に立ち回る有能な演出助手が数名揃えば通し稽古までスムースに辿り着けようが、往々にして自発的過ぎる役者と操り人形が如く細かな振り付けを要する事務員と、果てはスター然として床の間にしか座れない裏方擬きの揃い踏みで下士官演出家は途方に呉れるのである。
 それでも突発的な事態の発足に恰も何事も無かった様に乗り越え芝居を続けてこそ一座の結束も高まろう。今公演はまだ始まったばかりである。

 マニフェストの名がわが国選挙に踊り出したのは21世紀に入ってからだが、民主党の大勝した2009年選挙がブームのピークだったろう。
 結局民主党政権は自ら掲げたマニフェストのよく言えば意欲の空回り、蓋を開けて見れば具現化に及ぶべくも無い夢想の山積に、政権を明け渡してなお自縛され続け、各党ともその反省を踏まえて今般は現実性を重視した項目の羅列に回帰している。
 確かに白紙委任ではなくとも政権を委ねた四年間は一定のフリーハンドを国民は政権政党に与えるべきであり、oの文字を末尾に付したマニフェストゥも古式ゆかしい「公約」の鞘に収まったということか。公約は口に甘くも苦くもなくていい。

11月24日(祝) 勤労の日  -政治・経済 - 衆議院選挙-

 平日のうちに著しく簡略化した社内の意志確認まで辿り着いたおかげで、週末は関係各所への電話連絡に勤しむ。電話連絡自体、急遽選挙班を編制して分担には及んだものの事務局として自らも応分の負担を担わなければ説得力に欠けるし、だからと言って平日は調整事務のみならず多様な船頭の指揮命令に浴している内に一日が終わるから当然その暇はなく、必然的に自らの割当ては週末に処理しなければならない。
 ただ不幸中の幸いだったのは相手先の大半がサービス業に類する土日稼働のため逆に連絡に適していたことだが、一方で通例の週休二日に対しては当然ながら土日では機能しない。しかしながらハタと気付いたのは製造業の特性である。即ち均一的な生産を維持するため、また稼働と休止に擁する負荷を最小限に導くために古式ゆかしい製造業においては旗日を稼働日として夏季や冬季に長期休暇を設定する勤務形態が少なくない。即ち今日の日は社内の喧騒に囚われることなく、関係者への電話掛けに充当することの出来る貴重な祭日なのである。
g885.jpg 想えば二年前もこの日の僥倖に膝を打った覚えがあるが、独り焦燥感に駆られ責任のみ負わせられながら何の見返りも無い現状だけにより天のみは我を見放さなかったかとその配剤に感慨ひと潮だったろう。そしてそんな廻り合わせに感謝している倒錯が、豊穣を祝う新嘗祭の改められた勤労感謝の日の振替日に訪れている二重の皮肉にひとり嘆懐せざるを得ない。

 わが家から駅への途上にある伊太利亜料理店にはまだ駅の南方に居住していた時代から度々訪れたものである。
 確かに創業当時の場所柄に鑑みれば幾分高尚な装おいながら合理的な価格設定に、却って消費者の立場から利潤が成り立つものかと不安だったが、少しずつ合理化を図りながらなお一定水準を保つ矜持と経営努力には敬意を抱いていたものである。
 しかなしながら今般訪れるとボンゴレロッソの浅蜊の水準が明らかに低下したのみならず、ミートソースと同味覚に堕している。幾ら同じトマトベースとはいえ合理化にも程があろう。
 よく見ればタイトルも「南欧食堂」から「イタリア酒場」に改変されており、間釈は合っているとも言えるが、お洒落なレストランが増大している隣の阿佐ヶ谷に更に水を開けられている様で少し切ない。

11月22日(土) 預言者の末裔  -音楽 - 楽器-

g880.jpg  既に高度成長期のサラリーマン宜しく週休一日の臨戦体制だったが、いざ解散して仕舞えば二年前の経験則からも、投票日までに一日は休みを作ろうと自己管理を施す他はない。
 それでも助走期間の今日は午後半休を企み、当然誰に了承を求めるべくも無い事実に直面して感覚の麻痺に苦笑せざるを得ない。

g881.jpg  「国内最大の楽器展」を謳う楽器フェアなる存在すら初耳だったし、そもそもお茶の水やら新宿やらに出向けば大概の市販楽器は対面のみならず試奏も叶うのだから、わざわざ臨海副都心まで足を運んで混雑を掻き分ける必要も無い。
 にも拘わらず到来したのは「YMO楽器展」の名に踊らされたからだが、結論から言えば予想を少しも上回ることも無い企画に過ぎなかった。
 確かにワールドツアー時の楽器群が居並ぶ姿は感慨を誘う絵柄には違い無く、来訪を見送っていれば幾ばくかの後悔は去来したかも知れないが、現実には夭逝した音楽家の親族がデモテープすら商売の種にするかの如きと言えば些か口が過ぎるだろうが、トークショーとして登壇した関係者がYMOのエピソードを述べるとの大義名分を傘に、如何に自らがYMOのメンバーと親しいか、親しかったかを誇示し合う自慢話は、遺産を貪り食うハイエナの様な寒々とした光景にしか映らず辟易とせざるを得なかった。
g886.jpg  壇上に所狭しと機材を並べた初期YMOの姿が音色やデータの切り替えに時間を擁した往事の制約に起因するのは言う迄も無いものの、逆に空中のチューブの中を流線型の異動体が疾走する未来絵図宜しく新奇性とともにYMOの代名詞となった点は否めない。実際中後期には技術の進歩とともに機材自体もシンプルかつコンパクトになっているが、ならば現代においては積層されるキーボードを廃して、一台の鍵盤を中核にドラムの一部と小振りな弦楽器までパッケージにした「ひとりYMO」セットが現れないだろうと夢想してみたが、その発想はサンプリングを主体にボタンだらけのDJ機材が代替しているからこそこうした需要は全く産まれないのだろう。
 YMOのステージもまた音楽の再現性が相当程度演奏家の肉体と技量に左右された最後の時代の歴史的遺物として、「楽器展」に納められる存在と化したのだと受け止めておこう。
 勉学に勤しむ祐旭を残して公資との二人旅だったが、サックス、太鼓、ピアノにキーボード、果てはテルミンに到るまで公資が親しんでいたのだから1500円程度の価値はあったのではないか。

11月21日(金) 万歳の向こう側  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

g890.jpg
2010年の渡辺氏パーティ
 衆院解散に先立ちみんなの党が解党した。渡辺元代表の孤独な自民離党を実質的な端緒とする六年の歩みを振り替えれば、2009年選挙では自民批判票の一定の受け皿たり得ながら結党間もない準備不足の中、あたら二つもの比例議席を名簿搭載者不足で放出を余儀無くされたが、翌10年参院選では10議席を獲得して一躍第三極の騎手にのしあがったのである。
 ただ六年間を総浚いしてひと言で締め括れば選挙運に恵まれなかったとも言える。即ち2009年からして民主党ブームに霞んだ感は否めないし、第三極が注目された2012年総選挙では主役の座を日本維新の党に奪われたばかりか、婚約間近と目された両党の破談による候補者調整の失敗から共倒れに陥ったケースも少なくなかったのである。
 そもそも最大の「アジェンダ」たる行政改革は渡辺氏の長年のお株とはいえ既に小泉内閣の旧聞に属すると世間では受け止められたであろうし、先駆的であった金融緩和の主張はアベノミクスにその果実を奪われた形になっている。しかもこうした主張がみんなの党の代名詞として定着する前になまじ第三極の雄たり得てウイングが拡がったが為に、保守の補完勢力を目指した渡辺氏と中道野党再編に軸を置く江田氏との路線闘争に埋没したのは、嘗ての新自由クラブにおける西岡・河野の対立の再現に他ならなかった。
 30数余年を経て新自ク・みんなが共に神奈川をその根拠地としたのは偶発的ではなく、都心通勤層を基調とする都市型住民の浮遊的な政治思想に依居する要素は少なくなかったろう。そしてそのマイルドな反権志向は西岡氏の長崎同様に渡辺氏の地元栃木では受容されず、自由民主党に反発しながら恰も「自民党基盤政党論」を掲げざるを得なかった背反に、渡辺氏の悲劇があったのではなかろうか。
 前回選挙の反省を踏まえるならば戦術的には野党候補の一本化を図らなければ壊滅的な打撃は火を見るより明らかであり、そしてその野党再編の主導権を握るには既に政党の体を為してなかったからこそ五月雨式の解党という、独力で選挙戦に臨める一部幹部には合理的であっても大半の所属議員にとっては大海に投げ出される様な最悪の選択に収斂されたのだろう。
 既に新自由クラブにおいて国会に議席を得、今も現職にあるのは甘利経済再生相ひとりになり、永田町でその名前が口端に上ることも少なくなった。みんなの党も死してその名の通り「Your Party」として歴史に刻印を残すことは恐らくは能わなかろう。

 伊吹議長が万歳のタイミングを指導する小波乱の本会議だったが、通例は「解散する」の直後に万歳に突入していた記憶があり、事実「御名御璽」まで待つどころかその読み上げすら行っていないケースの方が多かった模様である。
 確かに解散は陛下の国事行為であるから詔書は全文頒布すべきには違いない。流石御所を抱える京都一区と讃える程の大事ではなかろうが。

11月18日(火) 保守党の解剖  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

g868.jpg  自らが何時から政治評論家、就く主たる研究対象、派閥を僭称するに至ったのかは定かでない。ただ既にものの本を紐解き始めた時分から派閥研究者における古典的文献が、かの渡邉恒雄氏の若き日の手に依るものであることは世に轟いていたと言ってよい。
 昭和33年版の当該書籍は長らく絶版であったが、この度復刊の運びに至ったとあれば政治評論家においては必読であろう。
 しかしながら一読して感じたのは、取り分け前半の概説部分の取って付けた様な印象であろう。勿論、近衛十四郎氏は松方博樹氏にそっくりだねとオリジンとその複製の順序を混同しかねない様に、原本の分析が普遍的で後世に引用され過ぎたが故に、恰も陳腐に映るきらいは否めない。
 ただそれ以上に、後段の各派の個別事情が余りに微細に亘っており研究者魂をそそられたが為余計に、前段のボリュームに比類しない平板さが有り体に映ったが、その疑問は昭和39年の改訂二版をわざわざ大枚叩いて古書店から入手して、前後半が逆転している構成に接して粗方氷解した。
 恐らくは若き日の渡邉記者も同時代の眼から見た事実の詳述にこそ羊蹄があり、かのオーラル・ヒストリー同様に歴史の生証人たるを以て、解釈は後世の研究者に委ねるべきとの見解に至っていたのではなかろうか。
 現実には氏が師事した伴睦氏の大野派と当時の最中核、総裁派閥たる岸派を除けば、遥か後塵を拝する私が如きを以てしても鱗が落ちる程の新事実には廻り合わなかったが、派閥が選挙と政治資金という現世利益と別ち難く存立する以前に、総裁候補を担ぎ上げるべくこの指止まれの論理をもとに形成され、だからこそ同時に政策集団の側面をも色濃く有していた時代において、その存在が必ずしも肯定的だけでは無かったとしても受容されていく端緒の姿は彷彿とされたと言えよう。

 昭和47年の角福戦争総裁選を期に三角大福中の五派閥に収斂され全盛期を迎えた派閥は、同時にその固定化が進み株式会社の如く領袖の代替わりが行われ組織としては確立されたものの、小選挙区制の導入以降急速に形骸化が進んでいく。
 ただここに来て二階、石原の両派合流論が浮上してきたのは、ひとつには既に議席も派閥会長の地位も後進に譲り渡したもののなお隠然たる影響力を有する退役世代をも交えた派閥再編成の萌芽と見ることが出来る。
 即ちひとつには頓挫した麻生、大島両派の同じく合流論も含め福岡における三巨頭間の勢力争いもまた寄与していようが、広く捉えればポスト安倍乃至は反安倍の新たな勢力図を、派閥流動化の象徴たる無派閥という名の石破グループとは全くの異相、血の結束を謳う古式ゆかしい派閥の論理から描こうとの思惑に基づいているのではないか。
 資金とポストの配分機能を大きく喪い、派閥解消を唱えた福田赳夫総裁がその代替として自民党本部八階に設けたリバティ・クラブ宜しくサロン化を余儀無くされた派閥は、中選挙区時代の選挙区内における党内闘争という軛から逃れ失った存在意義を逆手にとって合併再編の自由を得て、自民党一強期の党中党として再び政局の主役の座に返り咲くのだろうか。

11月17日(月) 走れメロス  -政治・経済 - 衆議院選挙-

 日頃は永田町との関わりなど末端の東京探題の極一部に限られる地方製造業において、このタイミングで朝夕二本も政治に纏わる社内会議が設営されていたのは、勿論風を予感した訳ではなく単なる偶然に過ぎない。
 ただ滋賀知事選の逆転負けで首長三連敗が現実の与件として浮かび上がった時点で、大義名分として弱過ぎると指弾されながらも意図的に解散を試みるならば消費増税の延期を問う以外に無いと主張してきたし、つい10日程前、まだそよ風も吹かない段階の政局見通しに自ら「沖縄知事選に敗北すれば消費増税の判断にも影響」と核心を避けながら言及していたのは、もしかしたら無意識の内にそれを予感していたのかも知れない。
 勿論、同じ文面に総選挙見通しでは「本年末ならば政治とカネが争点」と如何にも可能性を低く見積もっていたのだから到底事前準備に及ぶべくも無く、いざ蓋が開きそうになってみると党首討論からトントン拍子で選挙に至った二年前も唐突感はあったものの、「近いうち」発言の当否を問う以前に危険水域たる三年を超えた夏の時点で最低限のキックオフの火蓋が切られていたことに、改めて記録を紐解いてみて愕然とする。
 それでも幸か不幸か前回の経験則から概ねの段取りは一瞬にして脳内に描かれ、ただ残念ながら関係者の顔触れが一新されているが為にその絵柄は以心伝心では共有されず、先ず可視化して周囲の理解から着手しなければならず、加えて同じ末端事務役でも前回は組織としての意志決定や地方製造業たる根拠地の別部隊との連動といった上部構造は上官が担い、自らはツールの整備や訪問のロジスティクスといった下部構造の取りまとめ役に過ぎなかったのに対し、今般はその双方を担わなければとの推測のもとに、エンジンを噴かす暇も無く冒頭からひとりフルスピードでの滑走を余儀無くされた。
g878.jpg  恰も永田町の住人かの如く選挙を迎えれば血涌き肉踊ると揶揄とも後ろ指とも付かない周囲の視線を浴びてなお、ハイテンションを保たなければ末端窓口が高らかに笛を吹いても誰も踊って呉れないとの自覚に依居する孤独なスタートラインである。
 夕刻の打ち合わせを終え帰路に着く名古屋駅では業界団体主催の税制改革を唱える演説が行われていたが、そもそも消費増税が延期されれば凡ゆる税制は御破算にして年末に向けた戦術を組み直さなければならない。勿論、当事者も重々それを認識してなお今更壇上を去ることも能わないのだろうが、皮肉にもその絵柄は最早早すぎる事前運動にしか映らない。
 この選挙は経済界に、自動車産業に、そして詰まるところ私個人に何を齋すのだろうか。或いは何を喪わしめるのだろうか。

11月16日(土) 日本の歴史がまた一頁  -学校・教育 - 子育て・教育-

g884.jpg
平安神宮(H26/5)
 SAPIXでは五年生の約半年で通史を網羅する歴史も、ついこないだネアンデルタール人が大陸を闊歩していると思ったら既に戦国時代、あっという間に大河ドラマを追い抜きそうである。
 元来苦手な国語や共通一次の地学以外は中途で捨てた理科は今更子供に教えることすら能わないし、旅人算やら時計算やらXとYをわざわざ用いない小学校高学年に特有の必要以上に難解な算数も既に手に余る。ただ残る社会、就く歴史だけは基礎知識が脳裏に焼き付いている分だけ、回答に児童にも興味を惹きそうな豆知識、エピソードを付加して保護者らしく対応し得るのである。
 それでもいい国を作る筈だった鎌倉幕府が1185年に繰り上がり、戦前には朝廷に反旗を翻したとして日本三悪人のひとりに数えられた足利尊氏の強面を象徴する長髪髭面の肖像画が単なるモデル不詳の「騎馬武者像」に格下げとなったりと、新事実の発覚により歴史そのものが修正された事例が余りに多いことには驚嘆を禁じ得ない。
g883.jpg"
五稜郭(H25/7)
 取り分け仁徳天皇陵が副称に改められ、地名から新たに大仙古墳と命名されたのには、確かに父が習得した時代において既に宮内庁の天皇陛下陵認定と実際の埋葬者が異なるであろう事実は問わず語られてはいたものの、教科書において公的に追認するとは歴史教育も良くも悪くも科学的実証主義に毒されたと言うべきだろうか。
 果たまた全く聞き覚えの無いキャラクタすら登場しており、シャクシャインなる人物は多様性の観点からアイヌの歴史をプレイアップする為の代名詞に他ならなかろう。しかも小学生向けに漫画交じりで誂えられた日本史人物辞典にも一項が設けられているのだから歴史は変わるものである。
 肝腎の祐旭よりも二年の公資が読み耽り、シャクシャインは泥酔させられ殺された、安徳天皇陛下は舟とともに沈んだと耳年増宜しく矢鱈と末期にだけ詳しくなっていたのには微笑みを禁じ得なかったが。

11月13日(木) 大きくなれよ  -携帯電話・PHS - iPhone-

g877.jpg  総選挙直後に会社携帯がiPhone4に切り替わったのが二年前、約一年前からは関係者のご配慮でモニター使用の名目のもとに同5Sを貸与されていたが、目玉の指紋認証が旨く働かず、恐らく当該機能に特段の賛賞は得られなかったのだろう、今般来る6においても継承はされているもののその種謳い文句は影も形も無い。
 ただ驚くべきは、iPhoneと言えば画面の狭隘を補って余りある片手にすっぽり入る携帯電話本来の携帯性が最大の売りだったにも拘わらず、今般6においては更にその躯体が大きくなっているではないか。確かに4から5、6と代替わりする度にひと回りずつ膨らませて消費者に順応させるべく段取りは踏んでいるものの、遂に6plusに至っては所謂ファブレット仕様まで増殖している。
 恐らくはネットや資料の閲覧にしろカメラ機能にしろ一定の巨大画面が近年の需要に見合っているとの市場調査に基づく判断なのだろうが、これではもうひとつのドル箱たるiPadとの差別化もまた希薄になりかねない。勿論iPadもノーマルとminiの二種類が用意されているし、ブランド確立後は多品種生産が幅広い顧客獲得に資するのかも知れないが、既存スマートフォンへの近似という融通無下さは孤高のアップルには些か不似合いな気もする。
 確かに接続が早い感はあるし、使い倒している4は会社メールに返信しているだけで半日も持たないのに比べる迄も無く電池容量も革新的な伸びを見せているのだろう。個人的にはまた寝室でのiPod替わりの利用に留まる見込み故、つとに細かい画面の見辛くなった身の上にはディスプレイは甚大なるを以て良しとするので、plusを預かったのは有り難い限りなのだが。

 日に日に風がその風圧を増す中、嵐吹き荒れる前に三連荘の飲み会となった。
 女性秘書の御仁達、バビルの塔の住人、官界と中央銀行の永田町寄りの面子と、当方顔触れも何れも異相ながら、いざ暴風雨が訪れる前に台風の目の中で、妙な高揚感とともに杯を傾ける日々。
 日常もあと僅か。
次のページ

FC2Ad