コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

4月29日(祝) ジキル博士とハルク氏  -学問・文化・芸術 - 観劇-

g673.jpg  豊島師範跡地の東京芸術劇場に訪れるのは三年振り、又しても三谷幸喜氏の舞台である。この間、氏は映画や TVに大物振りを遺憾なく発揮する一方で、近くは再婚に間もなく出産と華々しい転機を迎えているが、容貌に近似すると一部に指摘される当方は馬齢を重ねるのみとは忸怩たる想いもまた禁じ得ない、と言うのは市井の人間としては大仰に過ぎようか。
 東京公演の落日もまであと僅かと演技も練れてきた好タイミングでもあったろうが、前半こそ幾分の冗長感は否めないものの、中盤からは非常に解り易い笑いが繰り広げられる。題目の「酒と涙とジキルとハイド」そのままに、同一人物たるジキルとハイドの交錯、入れ替わりを隠蔽するための繕いが次々と綻びの上塗りを呼び、その意思疏通の不一致が舞台裏を覗く視点で観客にカタルシスを齊す。
 古畑壬三郎における風間杜夫氏が犯人を務めた回にも似たと言うべきか、演劇における舞台設定の制約を逆手に取った造詣は三谷氏のお手の物であり、手癖の領域で仕立てあげられそうな軽めの一作とも言えようが、ストレートな喜劇として楽しめた事実は少しも色褪せない。
 半沢からお茶の間にも顔の売れた片岡愛之助氏以上に藤井隆氏の弾けっ振りありきの宛て書きだろうが、何よりもその基礎体力に脱帽せざりを得ない。ヒロインの優香氏は彼女でなければ成り立たない役柄では無かったろうが、TVでは女優として目が出なかったものの舞台で甦る契機になる可能性を感じたと言って過言で無いし、何よりも綺麗だった。些か役者に頼り過ぎには違いなかったが単純に楽しめたのではないか。
g674.jpg  残念ながら映画「清洲会議」はこれに比べると作者の時代劇趣味に引き摺られ過ぎた感は否めず、正直なところ再来年の大河「真田丸」にも不安は残ろう。得意分野で勝負して欲しいと望むのは、桑田佳祐氏にもう一度「just a little bit」みたいな曲を求める様なファンの悪い癖なのか。

 子供達はスポーツ教室主催の潮干狩りであった。大漁の浅利は幾ばくか祐旭が手を付けたものの、酒蒸しに味噌汁にと押し並べて父の胃袋を満たすのであった。

4月27日(土) それではお別れしましょう

g720.jpg  6時半の新幹線で新大阪へと旅立つ。JRと阪急を経由して降り立ったのは宝塚南口駅、閑静な住宅街の風情である。 半年前に気儘な、半ばひとり旅に及んだのは脳腫瘍の再発した友人の見舞いが本旨だった。その際、今生の別れになるのではとの予感は既に濃厚ではあったが、師走の葬儀に駆け付けること叶わず、今日改めて墓参に及んだのである。
 タクシーに分乗して段々畑ならぬ、宝塚をも遠く見下ろす高台に佇む段々墓地に赴けば、阪急沿線のこの地が急速に宅地化した歴史の一旦が伺えよう。
 和尚さまの読経が見晴らし抜群の開放的な墓地に響く光景は盆暮れの年中行事と大差無いが、大きく異なるのは骨袋を開いて参加者各々が実地見聞宜しくお骨を確認する行程であり、納骨の儀式に立ち会わせて戴いた事実とともに身が引き締まる。本来は家族のみ集う行事に、学生時代日々をともにした関西方面の大学出身面子はいざ知らず、自らにもお声掛け戴いたのは曲がりなりにも卒業後、インカレ・サークルの大学を超えた同世代の横の繋がりを自称事務局として担ってきた、その御褒美とも言えようか。
g721.jpg  大正15年竣工の由緒正しき宝塚ホテルにて中華に舌鼓を打ち公式行事を終えると、大阪駅に戻り旧梅田貨物駅再開発により昨年誕生したグランドフロント大阪の屋上展望を覗いた後、旧交を温めつつオープンカフェにてまだ明るい内から更に杯を傾ける。
 故人の想い出を語り、そして我々ももう若くはないと自覚しつつ。

 衆院鹿児島2区の補選と沖縄市長選は揃って与党の勝利で幕を閉じた。自民前職の不祥事にも拘わらず後継が快勝した前者は、戦後長らく唯一の小選挙区だった奄美群島の特殊性を割り引いてなお保守王国たる地域柄の為せる業かも知れないが、基地問題でなお揺れる沖縄まで逆転に至ったのは安倍政権の堅実振り、裏を返せば野党の不甲斐なさの傍証とも言えようか。

4月26日(土) 保護者の質問教室  -育児 - パパ育児日記。-

 努力に勝る道筋なしとは道理には違いないものの、狭い後楽園球場のライトスタンド最前列に恰も図ったか様に吸い込まれる王貞治氏の本塁打もかくあらん、如何に最小限の努力で最低限の成果を齊し得るかを、将来に役立つ学問の何たるかよりも短期かつ現実的な中学受験に資する技術を教授するのが、教員と異なるサービス業としての塾講師に求められる属性であろう。
 その現世利益主導性に毒されれば、寧ろどうしても後進者に比重を置かざるを得ない学校の授業が無駄に感じられようが、サピックス保護者会に集結する父母の真摯な顔付きを拝察すれば最早それを否定することすら憚られかねまい。
 勿論、子供達の授業を上回る勢いで質問教室宜しく講師陣に群がる多くの母親諸氏の情熱は、中途でレコーダーの電池交換にコンビニまで走った父とは比べるべくもなかろう。それでも取り分けαと一般クラスの往復切符を手にしている様な祐旭のポジションにとって、クラス別の合格属性こそが虎の巻であり、志望校選択の情報のひとつとするのもまた受験技術に他ならない。
g678.jpg  戦術性のみで人生に付いて回る肩書きが左右される弊害を説いてみても、技術に基づいて受験競争に勝利する過程に若年時における基礎知識の刷り込みたる教育効果も決して否定出来ないのだから、ここ数年はサピクッスに煽られるままが道理なのだろう。

 今年もまた大道芸の季節がやって来たが、正直なところ毎年大差の無い出し物に些か食傷気味とも言えなくもない。
 結局、駅前のロータリーを遠目から眺めるのみだったが、阿波躍りの前座の如くだった夏から黄金週間の高円寺メインエベントに躍り出て6年、大道芸も曲がり角を迎えたか。

4月22日(火) 若者たち  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

g779.jpg  今にして思えば出向して間もない9年前の2月に「少子化対策委員会」の事務局に任命されたのは、二重の意味で運命的な出逢いであったろう。
 ひとつには実際に自らが少子化の呪縛に悩んだ挙げ句に第二子に授かる過程にあった環境に依存していたが、一方では研究会における多くの邂逅が些か下世話に響くきらいを怖れず述べれば、現在の永田町周辺居住者たる職責における人間関係のベースたると自認するに過言でないが故だろう。
 最盛期には週に二度の勉強会の準備と取り纏めたる後行程という、凡そこれまでの当該出向先の身の上とは思い難い多忙を極めた少子化対策研究会は、料亭で箱弁たる奇妙な打ち上げを経て二年後にはメンバーを拡大して若年者の就職支援の雇用研究会として事実上再編成された。
g780.jpg  更に個人的には、出向先の第二次少子化研究会に民間人に復してなお顧問の肩書きにて報告書に記載される栄誉に預り、それ等を包含した若年者対策の、政界における"若年者"の集団にも片想いとも言うべき同志的な親近感を抱いていたのである。
 その集団、所謂「若若議連」もメンバーが既に若くないと言えば失礼だが、寧ろ中堅層に差し掛かり「若」のネーミングが似合わくなった証佐か、愈々の解散式を迎えるにあたり本来は部外者たる嘗ての出向者にお声掛け戴いたのは感慨ひとしおだったろう。おかげで自ら率先して事務取り扱いに名乗りを挙げたが、本当に嘗て同様の事務局に任命されたのは流石に意外であった。
 それは生来の事務局気質の為せる業かも知れないが、〆にバッジ・サイドの幹事役氏ー既に事務方の役回りからは脱すべきポジションに昇格されておられるがーから、改めて阿吽の呼吸で今後も親睦の場を続けるに当たって民間側事務局に指名されたのは、下世話に言えば関係者に自らの立ち位置を傍証戴くという意味以上に、同じ釜の飯に預かったと認められた様で、掛け値なしに有り難い限りだった。

4月20日(日) アフター・サービス  -ビジネス - 仕事の基本-

 公資を蹴球に中野区の小学校まで搬送迎した後に、珍しく子供達を残して妻と二人阿佐ヶ谷へと赴く。
 さて軽く昼食でもとパールセンターの寿司兼飲み屋に草鞋を脱ぐものの、ランチ定食にも拘わらず待てど暮らせど比喩にあらず一時間到来しないではないか。確かに馬齢を重ねて短気になったのは否めないが、催促してなお悪びれず蕎麦屋の出前の如く回答が続けば流石に激怒して飲物代も払わず席を蹴らなければならない。
g740.jpg 当初の目的であったJTBにおける夏の南の島をセブを棄て嘗ての委任統治領、パラオを予約する過程こそスムーズで幾分気を取り直したが、腹を空かして阿佐ヶ谷駅でたこ焼にあり付くと、今度は指摘しなければ私の注文を次の客に回される次第とは天を仰がなければならなかった。
 確かに会社に程近いそれなりに名門とされる中華料理店が、厨房近くに陣取りラーメンか炒飯にしておけば自ら名乗り出るだけで労苦なく先任の客の注文を横取り出来ると揶揄された際に、サービス業に著しいホスピタリティを要求し得るのは、わが国固有の素晴らしき特性であり、弱肉強食における自力救済が世界標準なのかも知れない。
 しかしながら単に製造物やインフラ単体に留まらず、システム・メンテナンスも含めたサービスをパッケージとした外貨獲得戦略が唱えられる昨今、肝心のサービス業のモラルの低下が散見される様では如何にも心許ない。
 或いは失われた幾年の帰結たる人智そのものの滅失だとすれば尚憂えられなければならないが、自分自身が無意識に心遣いを果たせる気質になく、後天的に施され緊張感を維持して漸くもてなしを為し得る「作られたサービス業」であるだけに、意図的な配慮の欠如が余計に腹が立つ。

4月19日(土) 義務と演技  -スポーツ - バスケットボール(日本)-

g666.jpg  原宿の雑踏を抜け代々木第二体育館へと向かう。評論家を僭称する野球と相撲以外のスポーツには押し並べて疎いにも拘わらず、ことバスケットに限っては一昨年に次ぐ二度目の観戦とは驚きであろう。
 一定の得点差が生ずると焦りから攻撃が雑になるのか、三点シュート狙いに切り替えざるを得ないからか、果た又諦めて余力を次の試合に確保するのか、劣勢側の攻撃力が落ちるのが素人眼にも明らかだったが、単体の試合の帰皺よりは贔屓球団の勝利を継続して追い求めることに観戦価値のある競技なのだろう。
 元より今般も引退間近の同僚の雄姿を拝むのが第一義であって、等しく賑やかしの同僚と合流した後、撮影の便のためゴール裏から向正面へと移動する。記憶を紐解けば主たる登壇はハーフタイムに限られていた筈だが、休憩毎に現れてはコート狭しと躍りが繰り広げられるとは明らかに出番が増えているではないか。
 翻れば大学時代のサークルは学生の真似事とはいえ半ば会社組織擬きであり、常に問われたのは意欲惹起のあり様だったと言ってよい。恐らくは企業スポーツにおけるチアリーディングも同様であって、無償かつ組織側に束縛する合理性が無く退出自由が前提であるだけに、有り体に言えば上意下達の組織維持の鍵は自発的な興味がどの時点で義務感に切り替わるかに委ねられていよう。
 ただその義務感が他律的な受動性に留まらず責任の域に達した段階で、人はそこに新たな意欲を見出だすことが出来るという構造に改めて直面して、それはノブレス・オブリージュにも似た限られた高貴な心構えの持ち主にのみ該当する論理なのか、或いは万人に通用し得る汎用性を持つのかという煩悶に駆られる。
 詰まるところ役務の提供に対価の生ずる企業人と化せば解決しようとの想定は学生時代の夢想に過ぎず、その責任感を凡ねく生ぜしめることが組織の論理における経営管理との帰結に至ろう。
 理屈ばかり先行して実務の伴わない管理職紛いの邪推を余所に、繰り広げられる華麗なチアリーディングを前に、休憩の度に自由席前方まで侵出して撮影する異様な人物に再び身を窶す。もうすぐバスケットを観戦する理屈も無くなるのだなと思いながら。

4月13日(日) 杉並行脚  -育児 - パパ育児日記。-

g669.jpg  杉並がアニメの聖堂視される様になったのはサンライズ由来とされるが、ジブリ美術館東映アニメミュージアムも広く東京西部という点では近隣には違いないものの、何れも区外に他ならない。
g670.jpg  従って中央線ガード下再開発の一環とはいえ、阿佐ヶ谷にアニメストリート誕生のポスターにも今更感は否めない。隣接する高円寺居住者として義務的に覗いてはみたが、祐旭曰く「アニメマニア用」の表現が正鵠で親子連れは御呼びでなかったろう。
 その足で蹴球練習中の公資の迎えに赴くもアニメストリートが殆ど通り抜けに等しかったため早々に到着し、手持ち無沙汰のなかリニューアルされた荻窪タウンセブンへと踵を返す。まだ祐旭が幼稚園の時分だから今や昔だが、戦隊ショーでゴーオンレッドと握手した記憶は鮮明である。
g672.jpg  デパートの類の屋上から遊園地機能が廃除され行く中、大仰なギミックこそ皆無だが嘗ての痕跡を残しつつ新たに簡易ボルダリングが増設されていようとは、流石に戦後の闇市店舗を糾合した由緒正しい地域の中核商業施設の気概と言えようか。
g671.jpg  再び公資と合流して夜は高井戸のオオゼキへ、阿佐ヶ谷では西友も覗いているので地域スーパー巡りの様相も呈してきたが、せっかち親子には珍しく整列待機して広告搭の如くに誂えられた美登里寿司の分店へと導かれる。
 立派かつ美味な穴子を頬張り、これも久々の美しの湯の大層な露天に体を浸し、漸く帰途に着いたのであった。阿佐ヶ谷からのほぼ全行程がタクシー移動、寿司に風呂と期せずして散財の午後だった。

4月12日(土) TAN TAN  -音楽 - テクノ-

g667.jpg  禄を食む企業が外様大名として財閥系グループに属する余波として、その発祥に近似する中核に位置しながら伝統ある百貨店と経済用語的な"流通業者"の中間に位置する様な、デパートメントよりは「ストア」とも言うべき後発、格下であった同業他社に事実上乗っ取られた恨み節の一端を耳にした記憶がある。
 確かに中元・歳暮の包み紙に著しい価値を求めた世代が代替わりし、流石にジャスコやヨーカドーは別のカテゴリーだとしても既に伊勢丹のネーミング自体にブランド価値が生まれつつあることは、この4月から三越の旧ショッピング・バッグが一掃された事実もひとつの傍証となろう。
 元より旧貨物駅再開発に伴う高島屋の南口進出の際に苦境が伝えられたのも今は昔、副都心線の渋谷延伸にあたっても危惧された新宿三丁目のスルーはおろか、逆に改装中の東急から沿線客層を奪いかねない勢いに加えて、かの矢野顕子女史のアシストとあらばお誂え向きのお洒落感が更に醸成されようか。
 二週間振りの休日を体力の回復を企図して音楽鑑賞に充て、先ず耳を傾けたのは矢野氏の新譜「飛ばしていくよ」であった。先行公開された当該伊勢丹のキャンペーン・ソング「ISETAN-TAN- TAN」の80年代的な適度なテクノポップ感に、技術の粋を極めると言えば美しいもののスリーピース基盤のアドリブ的な演奏に流れ、共同作業による楽曲を作り込む過程を回避してきたとも指摘出来ようYMO同様の過程から漸く回帰現象かと大いなる期待を抱いていたのである。
g668.jpg  結果的には、確かに多数音楽家との共同作業には違いなかったが、旧曲のリバイバルといい、故レイ・ハラカミ氏とのアンサンブルに顕著である様に、恰も矢野氏のトリビュート・アルバムに本人が参画したかの面持ちは否めなかった。「ごはんができたよ」の再来を望むのは期待過剰であり、通例の一新譜として受け止めれば失望する謂われも無かろうが。

 年に一度の爆笑問題の漫才に、公資は単純に笑いこけている風情だが、流石に将来の夢「お笑い芸人」だけあって祐旭の反応は真剣である。
 才能があり余るからこそ反射神経主体のリアクションでも充分に絵になるのは承知の上でなお、太田氏による作り込まれた笑いは秀逸であった。

4月10日(木) 雛と花  -地域情報 - 埼玉県-

g778.jpg  明治16年に民間資本として誕生した日本鉄道は上野から高崎を結ぶわが国大動脈のひとつとして、やがて予定調和的な鉄道国有令により国有鉄道東北本線の一部となっている。
 鴻巣は開業当初からの由緒ある駅であり、それは中仙道鴻巣宿に由来するものだろう。しかしながら現在は東京北部への通勤圏内とはいえ首都在住者にとって余り馴染みのある土地ではない。
 しかも首都高の上尾延伸に全く目処の立たない今となっては埼玉北部は高速不毛の地と言ってよい。おかげで本日は役員を新幹線から在来線に乗り換えさせる離れ業を余儀無くされた。
 自動車製造業たる出自と本拠が驚くまでの公共交通機関不毛の地であるが故の慣習なのだろう、少々時間は余分に経過しても須く自動車移動に流れがちな企業であってなお、道半ばにして下道走行が続くとあれば在来線の方が合理的であると、常人ならかく判断が当然だろう。
 そもそもわざわざ単一案件に丸半日を費やして鴻巣まで赴く必然性が存在したのか。確かにわざわざ御出座しとあらば先方へのプレッシャーにはなるし、実際対面して薄いパイプを経由して人間関係の結び付きが判明したのも事実である。恐らく本件が無ければ鴻巣に足を踏み入れる事態は想定出来なかったから貴重な経験と言えなくもない。
 しかしながら効率性の観点からは過度の現場主義も時と場合によりけりだろう、と帰路上官は車にて送り宴席に向かうべく再びの在来線車中でひとり自問するわが身であった。

4月8日(火) いつの日か この場所で  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

 悪妻という称号が正しいかは解らないが、渡辺喜美氏の突然の転落は野村克也氏の南海ホークス解任を想起せざるを得ない。
 実のところ多額の融資の発覚そのものは寄付元からの意図的なリーク、元谷町の何等かの怒りの余りの返す刀に他なかろうが、使途の代表例としての「熊手」が本来ならば多分にユーモラスな響きを醸し出して然るところ、松岡元農相の「何とか還元水」を想起させて得体の知れないどす黒さに背筋が寒くなる以上に、妻の口座なるひと言が新聞紙面には一切踊らない替わりに矢鱈と週刊誌、タブロイド紙だけを賑わすスキャンダラスな側面を強調したのは開き直りだったならば戦術上の失策だし、それ程までに財布の紐ばかりか一挙手一投足を握られているとしたらそもそも政治家として疑問符を付けざるを得まい。
 渡辺私党からの時ならぬ変節は最早みんなの党がみんなの党である必然性を失わしめ、恐らくは野党再編のひとつの引き金たろうが、渡辺代表の失脚により"My Party"が文字通りの"Your Party"への脱皮を余儀無くされるとすれば皮肉な幕引きではあった。
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 赤坂離宮か聘珍樓か、記憶は定かではないのだが、実際に周富徳氏が席まで挨拶に来られ、気さくな人柄に感銘を受けた印象は強く残っている。
 弟・富輝氏の喧嘩早そうに設定されたキャラクターに引き摺られた訳でもないのだが、料理の鉄人はじめTV出演多数の有名人でありながら、実は炒飯すら作れないなどと揶揄も尽きなかっただけに、些か慇懃に芸術家然と構えた大陸人を想像していたところ、少しばかり高尚な中華料理店の店長の様な腰の低い人物が現れたのは驚きだった。
 晩年は華やかさには欠けていたが、御冥福を御祈りしたい。

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