コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

3月30日(日) ハルバルとビッケ  -グルメ - 中華料理-

g639.jpg わが家が16年目の黄玉婚を迎える前に義父母が晴れて金婚と相成った。祖父母の時代には仰々しく親類縁者を招いた文字通りの「金婚式」が開催され、幼少時の私も御相伴に預かった記憶があるが、時代は下って家族にて中華料理のひと幕である。
 偏食家のわが家、除く妻に配慮されてのバイキングは僥倖だったが、自ら大皿を回遊する通例のバイキングと異なり注文式、かつ点心は一定の時間を擁するのでお早めにとの注釈は、90分一本勝負という時間制限と相まって猛烈な焦りを生ぜしめざるを得ない。
 当然、余分に頼んで残さないのがエチケットだが、その基本様式すら忘却しそうに勢い勇んでオーダーを続ける。思いのほか麻婆豆腐が美味で賞味を重ねたが、未だ虎視眈々と最後の点心に「秘密の花園」宜しくダイエットに光らせるママの眼を盗んで手を伸ばそうと企む子供達を余所に、一時間もしない内にグロッキーに陥る父だった。

 今更の様にまた書籍を大量発注して、お急ぎ便にも拘わらず発送の遅延に、アマゾンもまた駆け込みかと唸ってみる。 注文の時点で決済は完了しているから、登録時の税制が適用される自動車の如く駆け込みの前倒しを危惧する必要は無いが、発送の遅れは余波に違いない。
 ただアマゾンなら一物一価でも、四月を超えて需要が急減すれば必然的に価格は下がるから凡ゆる商行為に大きな駆け込みが生ずるとは限らない、と小学二年になる公資が持論を述べていたのには、はしなくも的を付いていて驚いた。
 確かに多数消費者が消費税上げに伴う還元セール等を予想して合理的に行動すれば、理論的には駆け込みは平準化されよう。勿論、更に逆張りしてひと儲け企む輩もいようから実体経済はリスクに溢れてこそ魅惑的というのもまた道理だが。

3月29日(土) トンネル天国  -スポーツ - ゴルフ-

g638.jpg  朝は混雑するアクアラインを避け木更津へと向かう。職務上はもうひとつのホームコースとなって然るべきカメリアヒルズには存外にも凡そ中3年の御目見えとなるが、羽田からの時間距離の近さから政治関係者にも愛用されている高級コースと位置付けられよう。ただ学術都市開発を目指したかずさアカデミアパークと併設されたホテルオークラの閑古鳥状態に鑑みれば、矢張り道路ネットワークの発展は地方への産業誘致よりは中央への人口流出を招いたと断ぜざるを得ないが、カメリアヒルズの繁盛がアクアラインの効用に他ならないのもまた事実である。
 ほぼ二ヶ月振りのラウンドは終始チーピンばかりで、ドライバーが当たったのが前後半を通じて一発のみではゴルフにならない。遥かに年配の方々が飛ばし捲る一方で着実に左右のブレ小さく置きに行くのが生命線にも拘わらず、左の林目掛けて駆け出してばかりでは体力も失われる。第二打が出すだけとあらば飛ばない私はスコアどころでないし、第一著しく気力が萎えるではないか。
g643.jpg  そもそも平坦な接待向けコースのここカメリアの、更に混雑下のフロントティー仕様で百十の王では、正直なところゴルフへの情熱そのものが失われかねない。仕事は仕事として心根を改めるか、褌を締め直すのか。

 この日、環状二号線築地ー虎ノ門トンネルが開通した。以前の妻の実家が予定地と髪一重だったことから関心高く眺めてきたが、米国大使館と竹芝桟橋を結ぶマッカーサー道路の俗称が相応しかったのか否かは定かでないが、トンネルの真上に高層ビルの依拠する姿は技術開発の進歩を体現するという意味で現代の公共事業のひとつのあり方を示しているとも言える。
 勿論、都心と臨海副都心の接続が目途にある以上、今や懐かしき世界都市博の中止以来の都市再開発のパンドラの箱を再び開きかねない道路ネットワークの構築であったろうが、時恰も五輪誘致決定を経て1964年における首都高速道同様の五輪道路たる大義名分を新たに賦与されたのは、望外の成果だったのか予定調和かはさておき、国家として幸いだったろう。
 環状二号線整備の全体像はこれも五輪計画と連動しよう築地市場の移転に左右されるため未だ紆余曲折は予想されるし、残念ながらわが家から妻の実家のあった新橋へと向かう短絡ルートになるには少し遅過ぎたが、戦艦大和は兎も角、伊勢湾や青函トンネルがバカ査定とひと括りにするには未だ歴史の評価を待たなければならない要素があるように、後世にオリンピックに伴う経済活性化の一助たり得たと評価されることを信じてならない。

3月28日(金) 星影のワルツ  -ビジネス - ビジネス-

g637.jpg  仕事柄夜は関係者との会食の日々なので、サラリーマン的な同僚との怪気炎を挙げる飲み会には恵まれないが、四年と三ヶ月身を窶した部局の"発展的解消"に伴い、事実上の解散式の名のもとに杯を傾ける機会に恵まれた。
 ただベースが「秘書」たる職責の為、ボスの一挙手一投足に左右される身の上ばかりで、取り分け男性の登壇は不詳当方のみとは世知辛いお仕事と言わざるを得ないのかも知れないが、おかげで日頃同一部局にあってもコンビを組む面々以外とは意外に接する機会の少ない女性陣の"本音"に多分に預かったのは、望外の運びだったろう。
 夫唱婦随と言えば榎美沙子氏に突き上げられそうだが、良く言えば歴史と伝統ある組織だけに世を飛び交う男に銃後を守る女という高度成長期の如く構造が今も承継されていた。従って戦後わが国の主流であった専業主婦家庭の妻の嘆き宜しく、夫はひと旅玄関を飛び出していけば果たして24時間戦っているのか新橋あたりで飲んだ呉れているのか皆目判然としないとの声が上がるのも道理である。
 それでも内勤のサラリーマンなら同僚やら上官やらにそこはかとなく探りを入れれば概容は掴めるかも知れないが、ボスに随行する秘書とあらば動向は当該ボスしか把握出来ないし、例えば要人同士の対面で御付きは待機となればボスすら埒外である。
 だからこそ究極の蚊帳の外になりかねない銃後の女性秘書サイドには必要以上に疑心暗鬼も募るのだろうが、詰まるところ単品としての政治屋、美しく言えば政治担当たる側面を持つ当方にとっても、半ば同じ身分を有するとはいえ、純然たる「秘書」の行動様式、就くその実情には触れる術もない。確かに"妻"の側の言い分だけ鵜呑みにする必然性こそなかるまいが、当該部局の"解散"を目前にして改めてその事実、少なくとも相互理解の難しさに直面して天を仰ぐ思いだった。
 所詮、個人商店の集合体だから管理の網が及ばない、との述懐は管理職の末端として天に唾する行為であるし、だからこそこの組織は発展的ではあっても解消を余儀無くされたのかも知れないが、秘書という職責が残る限り、管理形態の大括り化という言葉を以て改編しても、秘書をして他の秘書の内情すら把握出来ないのならば、秘書でない管理者が束ねることなど端から望み薄に他ならない。
 或いはこれを契機に時間管理と避雷針という古式ゆかしき秘書のあり方が、ボスの職責そのものの一部代行者、「業務秘書」へと変貌していく過程なのか。ともあれ、この日確実にひとつの歴史は終りを告げたのだ。

 飲み会は会社の建物の中だったので、隣接されて入社時期に伴う"同期会"なるものも開催されていた。しかしながらそもそも東京という当該企業においては異端の地にスタートし、件の文脈においては部局を転々とする"夫"の側にして今や唯一二十余年に亘りこの地に留まる者としては、取り分け社内外ともに年輩の御仁との接触を主とする職務柄と相まって、同期なる連関もまた皆無に等しく、文字通りの顔見世興行に留まった。
 コミュニケーションの充実という、そもそも適切な邦訳が見付からない時点で難題極まりない、言うは易く行うは難し命題に思いを馳せる。

3月25日(火) 大阪ラプソディ  -政治・経済 - 政治・地方自治・選挙-

g636.jpg  出向先は各社の寄合所帯だったおかげで明確な指揮命令系統の無い、職能組織である以前に異業種交流サークル的な乗りが強かったが、ともに席を温めた面々は元より代が異なっても、敢えて表現の是非を問わず述べれば同じ釜の飯を喰った秘密結社的な共犯意識を相い携えているという点で結束は堅い。加えて卒業後も単なるネットワークに留まらず現実に永田町周辺居住者たる職責を伴にするとあらば、職務上の利便性以上に密な人間関係が構築されるのも道理だろう。
 互いに連携して永田町関係者と宴席を設営し合うケースも頻繁であり、パーティでの鉢合わせも日常茶飯事だが、それだけにわざわざ内輪で一席設ける事態は稀に他ならない。ただ改めて数社一同に会して永田町裏話とも称すべき四方山話に興じていると、単なる職務情報の交換や同病相憐れむ憂さ晴らしを超え、周辺居住者らしいマニアックな永田町インテリジェンスの披歴に花が咲いて、今日も日本酒を煽り過ぎたものの気楽で楽しき夜だった。

 嘗て選挙の風物詩と言えば赤尾敏氏に東郷健氏だったが、2007年の夕張市長選において羽柴誠三秀吉氏があと一歩で市長の座に手が届きそうになった様に、継続は力なりの法則性の存在は否定出来ない。
 然れば結局メディアの好奇の眼に曝されることすら能わずひとり相撲に終始した大阪市長選における最大の着目点が、マック赤坂氏の得票数であっても可笑しくなかったろう。
 しかしながら蓋を開けてみれば大阪に特段縁の無い元議員秘書にも破れ三位に留まった。
 中選挙区時代には事業経営や資格保持者が保守系無所属として出馬を重ね、度重なる蹉跌を経てバッチを掴むケースも少なくなかったが、晴れて赤絨毯を踏んでもひと度落選すると選挙を重ねる毎に票を下げ、果ては趣味的候補と変わらぬ位置付けに陥落する悲喜劇もまたまま見受けられた。
 小選挙区の時代になってかく牧歌的な風景は事実上地方選に限られつつあるが、詰まるところ継続は力の法則が働くのは昇り調子の一定期に限られ、羽柴氏が四年後の市長選では三位に甘んじた様に、ピークを過ぎれば緩やかな下り坂を迎えるのは、選挙の人気投票的な側面を物語っていると言えよう。
 スマイル党たるユニークな政党も、良くも悪くも風物詩の域に落ち着いたということか。

3月23日(日) 鍛冶屋の物語  -ビジネス - ビジネス-

g635.jpg  小説のドラマ化は総じて細部を省いて単純化し、判り易さを求めるケースが多い。取り分け二時間ドラマは、今般はワイド版二夜連続の為、約五時間ではあるもののその傾向が顕著で、加えて半沢直樹人気に肖る企業ドラマの二番煎じとの色合いも濃厚だから、些か過剰なドラマツルギーが演出されていたと言えよう。
 ただその分、子供にも訴求力充分で取り分け小学四年を終えようとしている祐旭は食い入る様に被り付き、翌日が短時間の終業式であることも踏まえ、リアルタイムで親子揃っての視聴と相成った。
 自らが禄を食む企業であっても資料編纂室でも無い限り社史に明るい筈も無かろうが、ドラマの縦軸に宛て込み易い創業家の存在という史実とともに、個人的には広報担当時代、財界総理を務める出演者のひとりに末端とした仕えた職務柄、既に絶版となった原作「日銀管理」も所有しており、実物のイメージが明瞭なだけにより楽しめるとも言えよう。
 ただインナーで無くとも、氷川寮に愛人を囲っていたかはさておき一万田法皇の日銀における権力者振りや、実際には融資担当常務であって実在の名古屋支店長とミックスさせているとはいえ、後の住友のドン、堀田庄三氏の合理主義など昭和の歴史ドラマとしても楽しめよう。
g634.jpg  多分に誇張されている労働争議については戦前の反動として共産党がわが世の春を謳歌していた時代背景に少しは触れてもと思われたが、最大のハイライトたる「鍛冶屋には貸せない」と言い放った貸し渋りの権化が如き金貸しが面罵されるカタルシスは、事実当該銀行との長きに亘る絶縁と、今や協調融資の音頭を採った銀行とがひとつになってメインバンクの座を占めているという歴史の皮肉に鑑みてなお、実名が明かされないが故に「西国銀行とは」の犯人探しがネット上で飛び交う展開には背筋の寒くなる関係者もありやなしやと要らぬ心配に駆られて仕舞った。
 ドラマ田中角栄が最終段階で中止に追い込まれた様に、登場人物やその子孫が現存する近現代史の作品化は、たとえフィクションの体裁を採っても具現には障壁が小さくない。だからこそ映画「小説吉田学校」の様に凡ゆる配役が偉人ばかりに描かれたり、逆に「ザ・商社」の如く企業そのものが跡形も無く潰れていて制約が無いケースなど実例が限られるが、視聴者側がおおらかに、飽く迄史実を基盤としたひとつの見解との共通認識を抱くことが出来れば、自国の現代史教育の一環としてもこうした試みは推奨されて然るべきではなかろうか。

 森繁氏の吉田翁宜しく、往々にして実録ドラマにはキャストのモデルとの相似が求められるものだが、幸か不幸か今般は実像が世に著しくポピュラーで無いだけに、この点は配慮されなかった様である。
 だからこそ再現性よりは一企業を舞台に借りた仮想空間色が強く、過剰な演出も違和感無く受け入れられたとすれば、視聴者の大層が基本的なストーリーを了解している大河ドラマに典型的な予定調和と細部のどんでん返しとは正反対の、秘められた歴史の発掘という新たな可能性を見出だしたとは持ち上げ過ぎだろうか。

 [写真は、産業技術記念館,トヨタ博物館より]

3月21日(土) 科学の子、再び  -育児 - パパ育児日記。-

g631.jpg  子供達とのお出掛けシリーズも主だったアトラクションは既にひと周りし、かつ勉学に勤しみ始め休日も窮屈になってから飛び石になりつつある。同時に祐旭はそろそろ友人同士での遊興にシフトしており、常に兄との対等性に拘る公資と穴埋めにふたり旅とも思案した末に、結局は三年半振りの科学技術館に辿り着いた。
 前回はまさに視覚・触覚に訴える現実科学を体感すべく最上階の歯車やバネを用いた大球転がしのギミックに掛け値無く感動に包まれたものだが、何と無く子供騙しに映ったのは記憶に基づく期待が大き過ぎたか、時を重ねてこちらの眼も肥えたのだろうか。
g632.jpg  子供達にとってもTVゲームにデバイスを借りた科学技術知識の習得や自動車運転教習の方がより受け入れ易くなっていたのも時間の経過の為せる業だったかも知れないが、幸い電事連の原発コーナーは健在で、独りアトムのみならずウラン、コバルトも夢の21世紀を体現する未来だった旧き善き時代の意匠が伺えたのは、もしかしたら逆に館全体の時の流れが緩やかになっている証しだったとしても、わが国にとって幸いに違いなかったろう。
g633.jpg  四階にはしっかり理研プレゼンツの冠コーナーも聳えていたのは、震災から程無くしてキッザニアの東電アクティビティが跡形も無く消え失せていたのと対比するのは不謹慎かも知れないが、時節柄皮肉な符号に苦笑せざるを得なかった。

 北の丸の素淮、吉田御大の像に対面した後、開放されていることを初めて知った清水門を通り抜け、これも前回同様に昭和館だが、国民服の様なモンペの様な装束を纏い井戸水を汲み上げる、アトラクションと呼ぶには些か添え物に過ぎるギミックに興じる程度だった。
 確かに昭和前期の生活様式としては充実した展示には違いないものの、過度に思想性を廃除した造詣は「昭和」そのものを冠に戴くには看板に偽りありの感は否めない。
 その述懐もまた前回の繰返しであり、邪推すれば隣接する旧軍人会館の存在に配慮したものなのかも知れないが、今や震災により存亡の危機に立たされているその九段会館の偉容に触れるに連れ、三年半の時の流れという現実に回帰させられる。

3月19日(木) 雲の上を歩く  -音楽 - 音楽-

g630.jpg  所謂有名人の店は數多かれど、名義貸しに近かったり過剰に多角化されていたりと、実際にオーナーたる当該著名人が店舗そのものに常在しているケースは必ずしも多数ではなかるまい。しかも常連客のテーブルを周回して宴席に参画するとなると、飲んだ分だけ売上増という現実の効用を割り引いてなお、旺盛なサービス精神が求められると言うべきか、端から接客業が板に付く人物でなければ務まるまい。
 残念ながらアリスの楽曲はヒット曲しか知らないので、ジャズ・ドラマーであった矢沢透氏にとって、フォーク・ベースの歌謡ロックから寧ろ演歌に近似するスタイルへと変貌していく中で、どんどんリズム隊の意義が薄れていく過程を如何に捉えていたかなどと初対面で伺う術も無く、折角の邂逅も私も半ばオブジェと化した電子ドラムが部屋にありますとお座なりの会話に留まって仕舞ったが。

 個人的にはフォークから派生したと一般的には分類される「ニューミュージック」はYMOから先祖帰りして以降に馴染んだもので、中学生の時分に一時的に復活したタイガースを契機に聴き漁ったGSの方が歌謡曲評論家としては血肉になっているのかも知れない。
 往時、既にワイルドワンズは再結成して今に至る萬年青年的な面持ちを醸し出していたが、タイガースに曾て"失踪"した加橋かつみ氏が復帰した替わりに慶應高校の教員だった瞳みのる氏が参画しなかったのと同様にワンズにはチャッピーこと渡辺茂樹氏が不在であるのを発見し、歌謡界における人間関係に思いを馳せたのがGSに親しむ一因となったのもまた私らしいと言えよう。
 存在を認識した時分には既に氏が作曲家或いはバックバンドのバンマスとして携わったキャンディーズも亡く氏の足跡を表舞台で追うには至らなかったが、世代的にはアリスと変わらないにも拘わらずカップスのデイブ平尾氏やジョージ柳氏、カーナビーツのアイ高野氏らGS勢が鬼籍に入られるのを伺う度に、早く世に出た方々の勤続疲労とも看做すべき悲哀を感じてならない。

3月18日(火) 僕らの一歩が日本を変える。  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

 自らの学生時代を振り返ると、サークル内の人間関係を同代の著名政治家に準えて描いた実録小説「覇道への暗躍」を当のサークルの機関誌に発表するなど、同世代の中では政治に関心の高い層に属していたのは疑い無くとも、飽くまで井戸端会議の域に留まり現実の政治に触れることは皆無だった。
 サークル活動自体、国際交流の諸活動にあたり古式ゆかしい経団連の奉加帳方式に則り賛助金を得ていたのは現実社会との接点とも言えようが、些かバブリー、或いはプチブル的な色合いが濃かったのは否めない。
 本日「僕らの一歩が日本を変える。」なる団体に遭遇したのは、企業の政治担当として偶さかに支援要請の窓口たる職分故に他ならなかったが、既に高校生の時分から全国から同世代の御仁を集めて政治との接点を求めるという発想もさることながら、現実にそれを為し遂げている行動力には脱帽せざるを得なかった。
 「誰も書かなかった自民党」なる書籍にある様に青年局が本当に総理への登竜門であるかはさておき、最初に小泉進次郎氏を口説いて芋蔓式に拡大していったという目の付け所もまた戦術として高校生離れしていたには違いない。しかしながら民族派チックな保守と言えば当代なら聞こえも良かろうものの幾分復古反動的な嗜好に流れることなく、曾ての学生運動の如くに流行り病に罹患した様に反権左翼に被れることもなく、恐らくはリベラルのやや右程度の思想をベースに広く各党を招聘して討論を尽くすという企画が生まれる時代背景そのものに、わが国も漸く"歴史上唯一成功裏に導かれた社会主義"と揶揄された戦後民主主義から脱却しつつあるのではないかと頼もしく感じられた。
g628.jpg  企業の一機関として支援に及び得るかは兎も角、即座に個人として賛助金を進呈した。現実政治に足を踏み入れず周辺居住者に留まらざるを得ない今に至る自らの学生時代への幾ばくかの悔恨もまた込めながら。

 拡大された東京五輪組織委を眺めていると、余りに多彩極まりない顔触れに圧倒されるとともに、実に理事34名中「河野」姓が三人を数えることに驚く。
 勿論それは偶然の作用に他ならないが、内一名は河野一郎氏、先の東京五輪担当大臣を務めながら翌年志半ばに斃れた党人政治家の名が符合するのは、何か歴史の導きの様な気がしてならない。

3月16日(日) 牧場は緑  -地域情報 - 名古屋・愛知-

g624.jpg  名古屋市の東部周辺は、更に東方に豊田市を中心に産業集積地を抱える為に、公共交通機関不毛の地にも拘わらず著しい宅地化が進んでいるが、一部にはゴルフ場含め緑地帯が残されている。
 そのひとつ日進市は愛知牧場へと赴く。乳牛業経営の一環としての歴史は古いが平成に入ってからアミューズメント化され周域では一定の集客を確保しているらしい。折からの陽気も拍車を掛けたか、本格派の乗馬レッスンは満席で、パターゴルフから参戦である。
g625.jpg  しかしながら張り切って飛び出した割にはノー勘続きの祐旭は早々に嫌気が差したか中途で放棄し、同じくヨレヨレながら名残惜しそうな公資を尻目にハーフで切り上げる。この点、負けず嫌いながら一旦携わった事項はたとえ遊戯であっても完遂に努める父の性格の両端を受け継いでいる様で面白い。
 少しでも牧場らしさを味あうためにポニーで回遊し、馬に人参を差し出し、自前のアイスクリームを賞味して時期外れの墓参行路に回帰した。

 昨日、東京駅でコインロッカー探索に難儀した喪服を取り出して、通夜へと向かう。お花茶屋という全く縁の無い駅前には下町らしく商店街が拡がり、幾分わが高円寺にも似た光景である。
g626.jpg 冠婚葬祭の冠は職務柄事務方としてはまま到来するものの一個人としては縁遠いし、公的色の薄い祭を除けば婚は逃しても葬は欠かさないというのは下世話に響いたとしても、社会に携わる者には自明の論理であろう。
 勿論、世話になった知己の親族の別れに弔いを捧げたいとの心情は介在するものの、参列者相互の弔問外交を通じて当事者との距離感や義理堅さを計り合う計算もまた否めない。
 かくイレギュラーな場での遭遇が人と人との結び付きを深めていくと纏めるのは、些か美し過ぎるのかも知れないが。

3月15日(土) 柳井の星  -政治・経済 - 政治家-

g623.jpg  朝方、後が無くなった確定申告の送付に荻窪郵便局へと向かう。考えてみれば直接杉並税務署に持ち込む方が物理的には近いのだが、事務的な申告なので簡易書留代を割り引いてなお係員を訊ねる時間コストに鑑みれば割安だろう。
 その足で名古屋へと赴く。年に二回の顔見世興行が今年は新幹線の遅延と一家総感冒で再々延に至り、四年と一年とは到底信じ得ぬ体躯の息子達の占有面積に鑑み、今般は敢えて宿を抑えることとした。
 元より小学五年までを横浜市緑区青葉台と杉並区高円寺に過ごした私には名古屋市東部は永劫未開の地に他ならないが、地下鉄駅終点あたりに突如現れたアジアン・リゾートには土地勘の有無を勘案せずとも驚愕を禁じ得ない。曾て埼玉のバリスパにて同様の光景に邂逅した際にはバリ島宜しくアジア風スパが拡がっていたから場違いの趣向にも肯ぜざるを得なかったが、こちらは宿泊設備に結婚式仕様の空間が拡がるのみとは画竜点睛を欠く処ではなかろう。
 翌朝食のバイキングこそわが家向きには違いなかったが、産業都市として税収こそ豊富ながらビジット・ジャパンには寄与し難い愛知県の宿泊インフラ不足を痛感せざるを得なかった。

g622.jpg  既に二月に辞任した時点で体調の悪化が伝えられていたから驚くには当たらないのかも知れないが、山本繁太郎前山口県知事の逝去には残念という想いを禁じ得ない。
 実際にお目に掛かったのは氏の早過ぎる晩年を迎えてからだったが、山口2区支部長としては前任にあたる福田現岩国市長の時分から、基地の視察陣中見舞、政治に携わる者としてはひとつの聖地たる田布施訪問、更には共通の知己に加え落選中の事務所詣でから御縁が拡がったりと、親近感を抱く存在であった。
 責めてもの救いは短期間なりと謂えども故郷・山口に錦を飾ったことだったか。御冥福をお祈りしたい。
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