コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

2月28日(金) 参議院の凪  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

g607.jpg  そもそもが補正予算の冒頭処理に始まり外遊にソチ五輪開幕式まで加わった総理日程の中、タイト極まり無かった審議にも拘わらず二月中に予算の衆院通過が具現化するとはまさに政界は「凪」としか表現の仕様が無かろう。
 当然、第一義的には一日審議を止める大義名分すら持ち得ない野党の不甲斐なさの為せる業には違いないが、同時に不可解なのは何故易々と与党の参院側がこの日程を受け入れたのかという点だろう。
 極端に両院の対等性の強いわが国においても予算と条約に限っては憲法上、衆院の優越が認められており、衆院通過後ひと月での自然成立が制度化されている。詰まり二月中の衆院通過とは本予算の年度内成立を確定させると同時に、事実上参議院の予算審議を無力化する効用を持つことになる。
 従って参議院としては自然成立ならしめてより参議院の意義を矮小化させるよりは早急なる審議を選択する他は無く、89年「山は動いた」参院選以来、幾度か断続的には復帰しながらも僅か一年前まで継続されて来た、良くも悪くも参議院の独自性を発揮させる為には好都合だった「捩れ」時代のバーゲニング・パワーを全く失ったという事実を、政治的に改めて露呈した格好に他ならない。

 丁度51年前のこの日、尖閣上陸でお馴染みの西村眞悟衆院議員の父、右派社会党・西村栄一氏の質問に端を発し、衆院解散にまで及んだ吉田総理の「バカヤロー」発言が予算委員会で生まれている。
 結果として与党自由党の小数内閣となり予算成立は七月までずれ込んだ。エネルギーに溢れた故き良き時代と回顧趣味に浸る謂われは無かろうが、「凪」一辺倒との彼我の相違には僅かばかり複雑な想いも生ずる。

2月26日(水) 歴史は回る  -ビジネス - ビジネス-

 会合の直前、配布資料に彩りを求められる。マーカーで色塗りし、付箋を貼り、クリアファイルに封筒と、要求された全てのアイテムが次々と鞄から現れる様は丸でドラえもんのポケットの如し。我ながら殆ど用も無いのに七つ道具を詰め込み肌身離さず鞄を携行する効用を再認識する。
 それにしても今日の大物揃いの顔触れは、当日の国会情勢による二転三転に至るまでよくぞ成立に至らしめたものだと、我ながら多数関係者との友宜に改めて感慨を抱かざるを得ない。

g608.jpg  嘗ては株主総会を契機として交替していた役員人事も実質的に年度改正に前倒しされ、トップによる所謂「呼び込み」前後に丸で年中行事の如くに飛び交った新聞辞令が踊ることもなく公式発表に及ぶスマートなシステムが確立されつつある。
 そのプレス・リリースの中にひっそりと会社組織の変更も告知され、普段は全くのひと事に過ぎないものの当事者たる今般は些か身の引き締まる想いであった。
 現部局に異動して四年余、等しく政治を生業としながら思い切り短絡すれば政策と政治という、微妙に相手先も内容も異なりながら一方で半ば意図的に双方をラップさせつつ結果として双方に携わって来た私にとって、両部の統合はひと口に言えば仰天の展開であった。
 勿論、合併の意図は政治担当の統合だけではないが、必然的に最大の混在要素たるその部位が大きな影響を蒙るのは必定である。
 ただ永田町周辺居住者となって14年、常にかく事態の訪れる蓋然性を予感しながら双方の禄を食んで来た私こそが渦中の人たる使命を預かるべきという、些か大上段に振り被り過ぎの謗りは免れずとも自負もまたある。
 頑張りましょう。

2月25日(火) 大東急今昔物語  -地域情報 - 神奈川-

g606.jpg  一歳から九歳までを過ごした横浜市緑区青葉台は、青葉区として分離独立した現在でこそ絵に描いた様な高級住宅街に他ならないが、既に田園都市線の一部に編入された渋谷~二子玉川園の旧新玉川線すら未開通の往事は、渋谷に赴くにも自由が丘乗り換えという横浜市の奥地だったと言っても過言ではない。
 遥か高架を246の走る江田に米軍機の墜落した衝撃は今も忘れられないが、中では南武線との乗換駅たる溝ノ口は都会の部類であったろう。ただそれでも祖母との待ち合わせで双方東急と国鉄の駅頭に佇み数時間を空費した事例に代表される様に、十二分に雛びた地方中核駅に過ぎなかった。
g605.jpg  青葉台こそノスタルジアに誘われた訪問も含め後年幾度か訪れその発展振りを垣間見てはいるものの、溝ノ口はまさに35年振りと言ってよい。そこはまさに拡世の感という通例の表現では到底驚愕の域を示し切れない程に全くの別次元が拡がっており、何よりもペデストリアン附随の巨大なビル群に囲まれ両駅が全く一体化されているではないか。
 勿論、目的は駅の視察ではなく講演者の事務方お付きだが、バスにて赴いたサイエンスパークなる複合施設の立派さに再び目を見張る。聞けばホテルと企業の立ち上げ時に安価なスペースを提供するインキュベーション機能を携えた県主導の第三セクターであり、幾分セミ・バブリーな香りも漂うものの川崎という中小企業のメッカには相応しい設備と看做すべきであろう。折角新進気鋭の起業家が集積しながら横の連携に乏しいとの評は如何にもどの組織にも見受けられがちな寄り合い所帯の哀しさを体現してはいるが、勃興しつつ今ひとつメジャーの域には辿り着き得ない都市近郊部らしさもまた醸し出していよう。
 帰路、本来は貨物主導であった南武線沿いに歩けば一転して嘗ての準工業地帯・溝ノ口の印象に相応しき閑散とした道筋が連なり、駅に近付けばその近辺のみが恰も摩天楼の如くに光目映く煌めくギャップもまた、都市近郊部に相応しい光景だったかも知れないが。

2月22日(土) 丸坊主ではないけれど  -音楽 - DTM-

g471.jpg  初めて自ら購入した鍵盤がローランドのJUNO-106という世代にとって、後年現れたそれ一台で凡ゆる演奏をカバーする所謂オールインワン・シンセの登場は衝撃的であった。時は流れこうしたワークステーション型の重厚長大な機材は今もラインナップには健在であるが、多くの打ち込み音楽家達がPCベースに以降した今は、打ち込みのためのシーケンサー機能と音源の分離が進み、キーボードは丸坊主でまさに入力のための鍵盤か、ライブ等の実演に資する限定的な音源を内包した仕様に収斂されつつある。
 既に「宅録」の世界から遠ざかり、歌謡曲を適当に演奏するだけの私にとっては手近にコンパクトな音源内臓の鍵盤があれば充分であり、従ってベーシックな音色の揃った49鍵のヤマハMXYMOカバーバンド・中国男の公演に導入後一度しか出演していないが、ライブ用ボコーダーをメインユースとするKORGのR3という編制は非常に使い勝手が宜しく全く不満を覚えていない。
 にも拘わらずMX導入から一年余を経ての衝動買いは新し物好きの血が騒いだとしか言い様が無い。しかもそのArturia KEYLAB 49は音源こそ本体に内臓されている様な解説で丸坊主から単体鍵盤への回帰嗜好を満たす逸品と思いきや、現実にはUSBで繋いだPC上に音源ソフト擬きをダウンロードし、発音自体もPCからとは凡そスタンドアロンとは程遠い構成に他ならない。
 確かに70年代からの名器とされるシンセ群の音色が安価に手に入り、ピロピロと奏でれば新曲のひとつでも拵えたくなるミュージシャン魂には大いに刺激的だが、実情はかく用いられず矢張り歌謡曲のお伴の域を超えないのだから、究極の大人の玩具だろう。責めて早々に御蔵入りしない様鳴らし続けてみようか。

g603.jpg  久々に家族で焼肉を賞味する。肉質が全ての如き世界だから仕事柄それなりの有名店に赴く折も少なくない父には平均点であっても家庭向きには決して安価一辺倒ではない店舗だから、矢張りそれなりの効用は求めたい。
 しかし残念ながら取り分けロースが今ひとつであった。確かに父も、また食べ盛りのわが子達にもカルビの脂は必定には違いないが、本来より上級であって然るべきロースの不具合は店の信用を疑わしかねない所行と断罪するのは大袈裟にしても、検討を促したい思い千万であった。

2月21日(金) 巡る季節の中で  -スポーツ - ソチオリンピック-

g602.jpg  史上最多七度目の冬期五輪出場と聞けば、幾ら不惑を超えた葛西選手であっても一体如何なる幼少の砌から滑走に勤しんでおられるものかと驚愕せざるを得ないが、この世代の冬期競技者は五輪の夏冬同年から二年周期への移行期が挟まれているため通例より出場が増大するからくりが介在している。
 元よりそれは葛西選手の偉業を少しとして減じせしめるものではないが、選手個々と五輪との巡り合わせの妙をもまた思い知らざるを得ない。例えば今般ソチ五輪のキャラクターにどことなく見覚えがあるのはかの「仔熊のミーシャ」との近似性故だろうが、今では歌手の名前としか認識されないであろうミーシャと言えば嘗てはモスクワ五輪の代名詞であった。冷戦の煽りを受けたモスクワへの不参加で柔道の山下選手らが涙を飲み、一転して東側諸国がボイコットした次のロス五輪では体操はじめ金メダル続出であったのもまた、巡り合わせの為せる業と言わざるを得ない。
 こうした観点から捉えれば、彗星の如くに台頭し登り調子の絶頂期に五輪を迎えた羽生選手と、残念ながら五輪においてはピークを過ぎた後の出場となったと言わざるを得ない浅田選手の運不運は人智を超えた配剤と言う他はなかろう。
 ただ兎角比較対象になりがちなキム選手が、例えばかの国では寧ろ一般的とされる様に生のままの容貌では無かったとしても、絶世の美女と言うよりは男性の目から見て圧倒的な色気を感ずるのに対して、過度のプレッシャー故に本音を吐き難い環境に追い込まれたであろうコメントの拙さを割り引いてなお、総体的に幼さの残る浅田選手に少なくとも国際的な感覚からは競技の評価に好ましくない影響を与えていたのではないかと忖度されるし、そのキム選手ですらホームタウン・ディシジョンが揶揄される敵地において優秀の美を迎えたのもまた巡り合わせなのだろう。

2月20日(木) 政府と与党  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

g600.jpg  JAのTPP緊急集会において石破幹事長は「脱退も辞せずということは、遊びや冗談で書いているものではない」と強硬姿勢を示したと報道にはある。
 防衛通として名高い石破氏だが、鳥取という選挙区柄からしてもベースに農林族の血が流れているのは疑い無い。ただその発言が関税化に反対する、第一次産業における南北問題の"弱者"の立場を代弁したと単純に受け止めるのは早計だろう。
 55年体制化における自由民主党が政権交替の可能性が著しく低い中で、政府と党という形で擬似的に二元代表的な構図を演じて来たのはよく指摘されるところである。即ち政策決定は党側が主導し、各業界との二人三脚で総合調整を図る多元主義の一形態であるが、政調部会において前日まで雛壇で厳しい政府攻撃を繰り広げていた人物が、内閣改造で政務次官に収まると一転して官側に座ってひたすら頭を下げ続けるという珍妙な絵柄に象徴される様に、「党は常に業界の味方」という構図を演出してきたとも言える。
 民主党政権において小沢幹事長が政策決定を政府の「政務三役」に一本化したのは、現実の政権交替を迎え擬似的な二元代表を必要としなくなったという文脈に則ればその判断は誠に正しく、副大臣・政務官という政府役職の充実に始まる「日本改造計画」以来の主張の具現化には私もまた密かに大いなる期待を寄せたひとりであった。
 結果的には党の政調、部会の廃止は社会経済の"現場"の声から与党を遠ざける効用しか齋さなかったとしても、安倍政権が「官邸独裁」と揶揄されるまでに権力の集中を図っているのは、形を変えた政府・与党一元化の発露と看做すことも不可能ではなかろう。
 以上の顛末を踏まえて再び石破発言を顧みれば、そこにまたぞろ政府と異なる「与党」の台頭を垣間見ることは出来まいか。それを再び政権交替の蓋然性の小さい基盤政党の座に返り咲いたとする自由民主党の奢り、55年体制の旧弊と断罪することは容易い。或いは近来稀なる高支持率を誇る安倍政権も一年余を経て愈々綻びが生じ始め、与党の"反乱"を許しつつあると朝日・毎日チックに批判することも可能だろう。
 ただ戦後民主主義においてなお制度的には絶対的な権力を与えられていた内閣総理大臣が小数派たる野党への配慮を常に欠かして来なかったのは、単にスムースな国会運営上の要請に留まらず制度運用における根元的な生活の智恵ではなかったかという、これまでの私自身の主張ー政府・与党一元化への軍配ーを覆さざるを得ない論理もまた涌き出て来る。
 天皇陛下に全ての権力が集積していたという意味で決して封建的であった明治憲法下においても、戦後議会制民主主義が制度化されてもその呪縛から脱し切れていないという弊害こそ喚起したかも知れないが、少なくとも立憲君主制に相応しい政府と議会=民党の鬩ぎ合いが存在していたし、帝国陸軍ですら軍政と軍令、教育の鼎立という形で絶対的権力を生ぜしめない生活の智恵が図られていた筈である。
 政府主導の中での与党という立場の使い分け、との表現が好ましくなければ単なる一元化に留まらぬ両者の緊張関係たる、政権交替なき基盤政党の新たなあるべき姿の呈示、と看做すのは些か美化しだろうか。

 夜は各社寄り合いの新年会にその他大勢として参画。戦後民主主義的に捉えればその他大勢の一員だった筈だが、眼前に旧知の議員が座られ有り難くも弄られ役の任に預かり、かつ恰も事務局の一員であるかの如くに終宴後の雑談にも居座り、あまつさえ高校の先輩たる議員と繰り出すとは、実に効率的との表現が直截に過ぎるならば有意義な夜であった。
 会合には臆せず出るべしの古典的な教訓に従うべし。

2月19日(水) 密なるを以てす  -ビジネス - ビジネス-

 唐突に経団連広報対応の一員に妻とともに指名されたのが94年1月、その年の夏には交際が始まり、ほぼ丸四年の経団連会長企業任期の満了を待って成婚に至っているので、振り替えれば社内恋愛歴は長い方だったと言える。
 ただ通常の企業と異なり実質的に帝都探題に過ぎない東京に若年男性が少ない構造故に、東京地域における社内結婚事例が企業規模の割には稀少であり、従って当人達はそれなりに秘匿していた積もりであっても、蓋を開けてみれば大方には目星の付いていた事態であったのだろう。
 実際、同衾する場面を目撃されなくとも微妙に一線を超えているかの如くに疑念を醸し出しかねない当人同士の口調が発覚の引き金となる事例が垣間見られるとすれば、男女七歳を超え席を同じうする同僚にして社内を欺き続けるのは難関に違いない。
 ただ一方で、社内恋愛の多くがともに職務を遂行する過程における密度に端を発するとすれば、たとえ常に同一空間にて一挙手一投足を捉えられなかったとしても矢張り白を切り通すには、相当に周到な口裏合わせを含めた戦術を擁しよう。
 本日、親愛なる部下から目出度く御成婚の報告を戴く。既に秒読みと伺っており昨今の風潮通り結婚後も働く続けるからには人事的に著しい驚愕は無い。しかしながらお相手が職務柄再三両者の遭遇に瀕していた筈の人物とは、比喩でなく目の玉が飛び出る程に驚いた。聞けば当人は彼氏はいるが社外、新郎は募集中を貫き通したというのだから、上官としてその見事な隠蔽工作に気配すら推察出来なかったのもやむを得まいか。
 公式ルートでの報告が完了するまではオフレコを厳命された為、折角の役得でマル秘情報を手にして少しも開示出来ぬ悲哀の中、家に帰るや否や堰を切ったかの如く妻に報告する。
 御目出度ふ御座います。近来稀なる慶事に翌朝、我慢ならず微妙なフライングで漏洩して仕舞いました。

2月16日(日) 本を売るなら  -本・雑誌 - 古本-

g597.jpg  漫画が溢れて子供の教育上望ましくないという妻の要請を容れ、スポーツバッグ二つにも収まり切れない書籍・雑誌の在庫を抱えて古書店へと旅立つ。
 月に概ね15冊前後読了しているからには幾ら建造時に土台から補強して書棚だらけに誂えた書斎擬きも、一部ロフトに文字通りの棚上げを図ってなお悲鳴を上げざるを得ず、物持ちの良さと言えば響きは美しいが棄てられない症候群だった私も、一読して感銘が薄ければ即廃却を肝に銘じざるを得なくなった。
 取り分け漫画においては、懐かしき「票田のトラクター」や「加治隆介の議」、昨今では「テルマエ・ロマエ」といった数少ない例外を除いては手元に残さないのが大原則と弁えざるを得ない。
g598.jpg  古式ゆかしい、マニアが日がな一日中眺めている様な古書店の多い街ではあるが、近隣には現代的なチェーン店も散見される。ただ売却量が量だから自動車で運搬したいし、ならば少し足を延ばして掘り出し物の発掘にとの欲望も湧いてくる。
 結果、西は武蔵野、北は新座あたりまで駐車場も豊富なブックオフは既に数店舗回遊しただろうか。確かに専門古書店に持ち込めば結構な価格帯の付きそうな大昔の政治関連本が百円コーナーに無造作に並べられている僥倖に稀には巡り会うが、概ねはパーティの引き出物にと贈呈されれば政治評論家として必ず目は通すが、わざわざ懐までは痛めたくない政治家の評伝の類を漁る程度に留まろう。
 寧ろ一度売却した漫画を再度手にして仕舞うケースが増えており、記憶力の退化と言うよりは馴染みのものにしか興味を抱けない進取の気性の減退が憂えられる。アマゾンに頼り切りで神保町詣でもめっきり御無沙汰の中、ブックオフに遠征する気力があるだけよしとしておくか。

2月15日 僕等の街に、今年は雪が降る  -ニュース - 天気(晴れ・曇り・雨・雪)-

g595.jpg  二週連続の大雪に昨日は某先生との会合を17時からに巻き上げ辛くもわが家に辿り着いたが、明けて本日、公資に続いて祐旭が発熱とあらば医者へと急行する他は無い。
 とはいえ街医者までの徒歩にして十数分の距離でもぐったりした患者には辛かろうし、弟ほどでなくともたぷたぷした腹を抱える四年生を背負うことなど父母ともに到底叶わない。
 結果、車で赴いたがチェーンはおろかスタッドレスすら履かない身の上では車庫から出る迄にひと苦労、杉並の細道を直角に曲がるだけでタイヤが空回りを続ける始末である。漸く馬橋通りまで辿り着いても本来なら四本視認出来る筈の轍が実質的に真ん中二本が乗り入れている形状で、対抗車と遭遇する度に豊富な積雪に乗り上げて二度と再び軌道が回復出来ないのではと気が気でない。
 命辛々医院に到着したものの、今度は駐車場へと舵を切ったところで両前輪が水溜まりに突入して立ち往生とは一難去ってまた一難だろう。見かねて登場された医院の方々にスコップを借り、窮余の智恵で水溜まりを雪で埋めて脱出とは余りに無謀だったろうか。
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写真は札幌五輪のジャンプ台
 帰着すると恐らくは齢四十五にして初の雪掻きに従事すると書くと怠け者の如しだが、少なくとも一戸建てに鎮座在してから雪掻きを必要とする事態に陥ったのは初めてに違いない。
 各戸が周囲の側道を人が歩ける程度に轍化する暗黙のルールが構成されていくが、ご老体でスコップを奮うには厳しい家庭あらば勢い勇んで路面全てが現れるまで完璧に雪を排除する御仁もある中、腰痛に至らない程度と偏差値の中央程度の掻き振りに留めたのは、悪平等主義の為せる業だったろうか。

 わが家が雪に埋もれているからより親近感が湧く訳でもないのだが、ソチ五輪は事前の予想以上の盛り上がりを見せている。
 思わぬベートーヴェン騒動に捲き込まれた高橋選手や失礼ながら幾分画竜点睛を欠いた羽生選手もさることながら、社会人になって間もない時分に会社のTVで長野五輪ジャンプに狂喜した世代にとっては、自らの企業人生活と同じ時を隔ててなお銀メダルを獲得した葛西選手には喝采を上げる他ない。年齢はかく美しく重ねたい等と他人事の如く唸っているお年頃ではないのだが。

2月13日(木) I don't wanna be a tiger  -政治・経済 - 経済-

 永田町を訪れると決まり文句の如くに問われるのはベアである。あら可愛い熊さんがなどと呆けている場合ではなく、兎角大企業は潤っても地域における景気回復の実感に乏しいとされるアベノミクスにおいて、消費への波及の鍵とされる賃上げの行方である。
 安倍政権とすれば政府が連合のお株を奪うのかと揶揄されてなお、政労使会議という枠組みを作って賃上げを迫る程に、景況が支持率のメルクマールであることをよく理解した上での所業なのだろう。
 勿論、「三本の矢」の恩恵を蒙る民間企業もまたその構造は充分に理解したとして、これぞ日本型社会主義の成れの果てと優雅に見守っている訳にも参るまい。実際、消費増税を控え必ずしも先行き見通しが確かでないままに下方硬直性の高い固定費の増加には足踏みしようし、円安でほくそ笑む企業あらばエネルギーはじめ苦境に陥る業種も少なくなく、幾ら旧日経連・連合相手を携えた横並びからの脱却が進んだとはいえ、ひとり満額回答して脚光を浴びたとして勝ち組故の余裕の為せる業と過剰に羨まれるのは嫉妬の経済の世界においては避けたかろう。
g596.jpg  そもそも組合側からして長年のデフレ続きの中にベアという言葉すら忘却の彼方に、寧ろ理性的な慎重な構えを取っているのだとすれば、成果だけを政府の手柄にされてはとの心理が働くのもやむを得なかろう。
 百円玉の積み上げから、美しく言えばワークライフバランスといった広義の労使交渉に転換して生き残りを図りつつあった春闘そのものも、適度なインフレの中には次たる大きな曲がり角を迎えた、という解釈は好意的に受け止め得ようが。

 45歳、アラフィフに突入しました。年齢な常に定昇のみ、肉体はベースダウン。
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