コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

11月29日(金) Show Must Go On  -車・バイク - 新車・ニューモデル-

g507.jpg  横綱太刀山ではないがひと突き半前、項垂れていた東京ビッグサイトに帰ってきた。
 回を追う毎にまだ見ぬ未来の夢のクルマから近未来の市販車とほぼ寸分変わりないプロトタイプへと満腔の現実感を増大させていく中で、震災後故に極力華美さをもまた排除していた二年前に比べれば、カメラ小僧も適量配備されハレの日の彩りを高めていたが、こうした視覚効果に留まらず事実来場者が大幅に増えたのはアベノミクスによる経済活性化の如実な傍証と言っても過言ではなかろう。
g508.jpg  二年前は矢鱈とドラえもんばかりが目立って一歩間違えれば左傾どころか産業否定にも繋がりかねない「ECO」の文字ばかりが踊っていたが、同じく環境や福祉を旗頭にするのは時代の趨勢としても、東京五輪を視野に置いた次世代タクシーこそデザイン以外の新奇性を概説するのは少々難儀だったものの、燃料電池の原理を改めて力説しているとアテンド役たるこちらも一端の自動車製造業従事者の如しと言うのは揶揄であって、今般の半沢一派がひっそり佇むに過ぎなかったことを勘案するまでもなく、商品そのものの訴求力の復辟を物語っていたのではないか。
g509.jpg  都心からの距離は幕張に比して圧倒的に有利な替わりに会場が東西に分断されるのが最大のデメリットたるビッグサイトにも拘わらず、幸か不幸か来訪者間の合間が長引き一時的にアテンダーを離れて逆サイドにも亘ってみたが、ホンダ社がわざわざ嘗ての軽自動車規格たるN360を引き合いに軽スポーツカーを大々的にフューチャーしていたのは、消費税上げに伴う車体課税の大幅見直しの中で軽自動車の課税引き上げが遡上に登りつつあり、「地域の生活の足」として過重負担を回避すべき立場にも拘わらず敢えて奢侈品色の極めて強いスポーツカーを前面に掲げるとは、論戦を前に大胆不敵と刮目せざるを得なかったが、それもまた好景気を反映した帰結のひとつなのかも知れない。

 月曜の葬儀には御多分に漏れず私も前泊を余儀なくされたが、同様に当日を迎える筈だったおひとりがついぞ再び部屋から現れずそのまま彼岸へと旅立ったとの事実を伺った際には、つい先週金曜も職務上やり取りを続けていただけに衝撃は計り知れなかった。
 その客死を企業戦士の栄誉に準えることは勿論可能だが、敢えて労働よりも自らの健康に価値を置くべきとの忠告と受け止めておきたい。合掌。

11月25日(月) 棺を覆いて  -車・バイク - 自動車全般-

g506.jpg  動物には死期を悟ると自ら姿を消す種族があると言われるが、百歳を超えること四日での逝去には、万物の生き死にには何か人智を越えた自然の力が働いているのではと考えざるを得なかった。
 父が関係会社に在籍していたこともあり、豊田英ニという人物の名には世代の割には比較的親しんでいたと言えようが、今日その表現が適切であるかはさておき盛大なるお別れの会に事務局の末端として携わって改めて、既に歴史上の人物として教科書に掲載されて久しいわが国近代の産業革命の旗手としての豊田佐吉氏とはまた異なった文脈において、未だ日本経済の基幹産業の地位を占めるとされる自動車産業の中興の祖のひとりが、現代史の世界に刻印される日でもあったという想いを新たにする一日でもあった。
 勿論、ここに至る道は一事務員にとっても平坦ではなかった。政官という対外分野に携わる者として、先ず誰にご案内すべきかは重大な選択である。企業として現に関係の深い各所は元より、取り分け送られる側が高齢なだけに寧ろそれ以上に現実に接触のあった世代、即ちOBへの対応は必定である。
 かく事態においては日頃政治オタクとして無駄飯を漁っていた蓄積が少しは役に立つもので、今や引退された御仁の元秘書の誰に亘りを付ければよいのか、幸いにして労苦が少ない。しかもいざ当人をお迎えするに当たって全員の顔と名前が確実に判別出来るのも昔取った杵柄の要素もあるが、我ながら便利である。
 最初から最後まで車寄せに佇みながら、国会の合間をぬって疾風の如く去っていった大臣の後ろ姿に安堵し、久方振りに再会した元議員の方と瞬殺で旧交を温めて末端には烏滸がましい弔問外交にも預かり、葬儀場に祭られた「天皇陛下」の御名に不眠には至らなくとも不休の一週間が思い起こされ、残念ながら誰にも共有されない感慨に浸って名古屋を後にしたのであった。

11月24日(日) 唇寄せて  -育児 - パパ育児日記。-

g502.jpg  忍者から還俗した昨夕、向かった先は戸倉上山田温泉とは幾分マニアックだが、戸隠とわが家を結ぶ上信越道沿いをガイドブックと首っ引きで探索し、予約の初動に遅れる中での意外な選択に他ならない。
 いきなり千曲川を越えると小さな温泉街が連なる中でも思い切り鄙びたホテルで、確かに煮沸もしていない源泉掛け流しは温泉としては一級品なのだろうが、泉質よりは湯船の広さ、多彩さを求める子供達には工事中の露天、濃密過ぎる硫黄の香りとともに些か不評だった。
g503.jpg  実際もう少し奮発してグレードアップしてもと悔やまれたが、何故か隣の部屋に設営された夕食では四人で好物を交換し合いながら、漸くわが子らもバイキングにあらず典型的な和食御膳にも対応出来る御年頃に、父を凌駕して到達したかと感慨を新たにするとともに、地下の今や懐かしきフレーズ「娯楽室」にて親子卓球に目覚めたのも、古式ゆかしい温泉宿の功徳だったろうか。

g501.jpg  加えて季節外れまであと一歩のこの時季にも拘わらず、近隣には林檎園が群れなしているとは行き掛けの駄賃以外の何物でもない。早速明けて本日は寒空の中、8時半から開園間近の農園を急襲し、案内された高台の畑にて収穫に専心する。
 刈りの定番苺に比して冬場に限られる林檎はわが家には初体験であり、昨今幾分の御無沙汰とはいえ子供時分から果実の中でも大好物だった林檎の山との邂逅は父にとっても魅惑的なひと時だった。
 好事魔多しで撮影に興ずる余り老眼のためファインダー越しには無用な眼鏡を落葉渦巻く土壌に滑落させ、二度と再び巡り合うことは無かったが、佐久から碓氷にかけてのトンネル八連発こそ乱視の身の上には脅威だったものの、幸い陽の高い内で支障なく帰還し又もや眼鏡の新調に走ったのであった。

11月23日(祝) 忍者のひみつ  -育児 - パパ育児日記。-

g497.jpg  碓氷までは日帰りで臨んだが流石に峠を超えるとなると一夜を費やさなければならない。しかも大嘗祭の祝日に加え実に関越二箇所の事故渋滞の煽りを喰らい、早々七時にわが家を出立したにも拘わらず、戸隠に辿り着いたのは間も無く昼を迎えようとする時分だった。
 しかしながら蕎麦を求めて彷徨っていると前触れもなく忍者からくり屋敷が現れる。実はHP上には11月中旬まで営業としか記載が無く果たして本当に開館しているのか半信半疑だったが、併設されていた戸隠蕎麦こそ蕎麦粉の風味が強くて今ひとつだったものの、民俗資料館を嘗めてから高台の雪景色の中、手裏剣に続いてはからくり屋敷に闖入する。恐らくは子供の頃に読んだ「忍者のひみつ」によって脳裏に焼き付けた様な、どんでん返しの類や単に襖の何れが開くかといった安易なギミックが展示宜しく並べられていようと踏んでいたら、あにはからんや掛け軸の裏に抜け道が開いて迷路が現れたりと矢鱈と趣向が凝らされている。
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 定番たろう床が斜めの大広間で大団円と思いきや、先刻の部屋に逆戻りして出口が見付からずお助け電話も繋がらない。結局壁そのものがゴロゴロと開閉する大掛かりな構造で、更にはこれも定番の囲炉裏全体が動いて階段の現れる仕掛けも登場して感銘を受けること頻り、内部撮影禁止も珍しく納得だった。

 さてピサの斜塔以上階上の揺れるびっくり館、史実なのかパロディなのか定かでない忍法資料館も見物した後は、山道を上り詰めてチビっこ忍者村に到着した。寒空に秘境の如くスポットを訪れる酔狂な客が存在するものかと戦々恐々だったが、混まない程度の遊興に適した賑わいとは良い案配か。
g499.jpg  早速子供達は忍者装束に着替え、バンダナも巻いて出陣する。忍者屋敷は迷路造りの子供騙しだったが、からくり不思議屋敷は先般のそれが余りに上出来だったが為に見劣りは否めないものの、地下に拡がり見掛けよりは遥かに複雑で先ず先ず及第点だったのではないか。
 後段は単にアスレチックと言えばそれ迄だが、黒づくめで水蜘蛛に載ったりすればそれなりに絵になるものだろう。流石に小学四年の祐旭には些かの子供騙し感は否定出来なかったものの、吹き矢で見事五発中三発を的中させて賞品を獲得したりと年長者らしい役得にあり付いていたし、思い切り手作りのテーマパークに公資が満悦そうだったのは、実に明日までの営業と寒さは厳しかったものの、久々の御出掛けシリーズは父の好奇心をも満たしてまず正解ではなかったか。インテリジェンス活動の充実に向け、わが国外交・防衛にも寄与しようと得心するのは飛躍にも程があろうが。

11月21日(木) 口から尻から  -ヘルス・ダイエット - 健康-

g495.jpg  その日暮らしの多忙を極める中、あと一歩で先月に引き続き前夜のキャンセルに追い込まれかねなかったところ、辛くもわが身を優先し検査への途に就いた。
 四年程前に逆流性食道炎に流行に先駆けて見舞われた際、併せて大腸検査も薦められ、幸い簡易なポリープが発見されたのみだったが胃のピロリ菌除去には失敗し、再チャレンジを求められながら八丁堀という立地の利便性の低さと幸い日常生活における消化器機能に特段の異常も認められなかったため放置していた。
g496.jpg  しかしながらこのところ胃痛の波が断続的に訪れるため自発的に検査を求めたという経緯である。新たな医院は御茶ノ水と近く、更に胃も腸も一緒くたに検査出来るとあらば好都合に違いない。
 昨夜は早めに帰還して夜食も控え、通常通り起床し下剤を溶かした2リットルの水分を少しずつ流し込む。排便を繰り返して10時半に病院に入り確認の再排便を要求された後、早速本番となる。
 今は亡き飯田橋の旧警察病院における胃カメラで最初から最後まで嗚咽し続けた経験値を踏まえ、強めの麻酔薬を要請した為か意外な程スムースに喉を通り抜けていく。
 逆流性食道炎に加え、前回検査時点で既に治癒していた筈の胃潰瘍まで立派に復活しているとは、本来なら悲嘆に沈むべきなのかも知れないが、些か尋常ならざる胃の痛みからすれば十二分に想定の範囲内で、寧ろ範を超えることの無い結末に齊されたのは安堵感に近かった。
 逆に前回はほぼ傾眠情態に近かった大腸カメラは今回は胃に引き続いて覚醒したまま行われ、又もや即座に捩じ切られる程度の軽微なポリープに留まったのはこちらも幸いだったが、肛門並びに腸下部の違和感は否定しようもなく到底御稚児さんにはなり得ないと深く感銘を受けたのであった。
 恐らくは薬がよく効き過ぎたのだろう、検査終了後もふらつきが治らず夕刻まで半ばゴロ寝状態だったが、夜の宴席に向け復帰する。潰瘍に本日は少量をと試みたら、胃腸のみならず当然肝臓への負担も少なく爽やかな夜だった。当面は酒を控えてとのお達しは到底不如意には違いないものの。

11月20日(水) そしてめぐりあい

g505.jpg  昨日は夕刻時間調整に嘗ての出向先を訪れると裳抜けの殻、後々任者の卒業旅行ならぬ卒業視察とは時の流れには逆らえないものである。それでも自由に来訪者が往来するサロン的な雰囲気は保たれている様で、伽藍とした部屋に次々と関係者が現れ、昔とった杵柄とばかりに俄かに現役顔をして応対する。
 先方もふらり立ち寄られる際は時間に猶予があろうから、わざわざアポをとって構えてのアクセスと異なり却って口舌も滑らかで、下世話に言えばかく機会に情報を引き出すべく個々人に相応しいネタを用意しておくのも対外業務のひとつの羊蹄なのだろう。
 おかげで辞去するタイミングを失い、パーティ出席を一件見送ったが、余程有意義なひと時ではなかったか。

 本日は来週の大きな会を前に、ご出席者への駐車場配布の旅。案内状ひとつでも訪問の有力な口実となるのは営業ならずとも外回り業のテクニックだが、時間に限りのある折りには、事務的に済ませて効率性を優先したくなるのも心情としてはやむを得ない。
 しかしながらこうした日に限って丁度同行される人物が事務所に来られていて再会を果たしたり、大物御本人に対面して飛んで火に入るとの表現は失礼かも知れないが、幸便にご用命を戴いたりと巡り合わせの妙、嬉し過ぎる悲鳴を挙げざるを得ない。
 この間、会社での打ち合わせを飛ばして院内へと闖入する上官に記章を借りて届け、別の上官のお付きもこなして漸く一段落したところで新たなアポの指示に、先方よりも内輪の調整に難儀しつつ役所に移動では、到底身ひとつでは覚束ない。学生時代、バブル期らしい資金集めパーティに失敗した先達が「ドラえもんが居れば」と真剣に呟いていたのには及ばずとも安堂ロイドぐらいは欲しくなる今日この頃。

11月17日(日) come again  -結婚・家庭生活 - 結婚式-

g493.jpg  入場からケーキ入刀に至る一連の段取りを経て歓談に入ると、二人の馴れ初めを披露する再現ビデオが放映される。今を遡ること12年前に、友人の御成婚二次会の演出で、新郎のみならず新婦の友人まで駆り出して本人出演の再現ビデオを製作・監督したが、居酒屋のシーンで声が拾えず窮余の策として当該部分のみ当日舞台裏からのアテレコで凌いだ記憶があり、音声を字幕処理していた今日の技術の発展に時代の流れを感じさせた。各テーブルに恋愛映画のポスターが配され、悉く主演男女優が新郎新婦に置き換えられていた細かい仕掛けとともに、世が世ならこうした試みを採用したかったと嘗て友人の御成婚二次会プロデューサーを二桁以上務めた身の上をも唸らせるものだったろう。
g494.jpg  ただビデオの配役もひと昔前のワイドショー宜しく関係者が代演していたのも、著名エッセイストが乾杯登壇して然り気無く映画の宣伝に勤しんでいたのも、ストリップと言えば淫猥に響くが最後には上半身を露わにした女性ダンサーがお捻りを集めるアダルティーな余興も、事務方も含めて参列者の年配故の所産ではなかったか。
 その最たるは、再婚同士の新郎新婦、各々の御子様がビデオレターと手紙の奉読で登場したサプライズであって、風邪の治り切らない体に三時間立ちっ放しのオーラスは肉体的には限界を迎えつつあったが、心暖まる演出であったろう。
 何れ同僚、部下のそれに出席する機会も訪れようものの、このところ披露宴や二次会とも屯に縁遠くなっている中で、15年以上前の前職時代の年輩の知人のお披露目会へのお招きに預かること自体予想だにしない展開だったが、久方振りの関係者に多々再会出来た以上に、二次会の演出に頭を悩ませ続け、毎度手を変え品を換えしながら最後は必ず躍りに持ち込んでい〆ていた元舞踏隊隊長の日々が思い起こされるとともに、後学の為に非常に勉強になった催しだった。かく宴を仕切る機会にはもう出会いそうにないが。

11月16日(土) 雷と露西亜人  -育児 - パパ育児日記。-

g490.jpg  既に記憶が曖昧になっているが、自身の小学生時代、恐らく五年時の学芸会で当初主役級の「村長」に抜擢されながら、演奏者不足でBGMのエレクトーンに転向を余儀無くされた顛末は未だに印象深い。結果として他のクラスは二人で演奏したエレクトーンを単身務めたのだから、幕毎にクラス単位でのリレー形式だったのか、或いは各クラスが同じ演目で競い合ったのかは最早定かではないが、少なくとも学年全員が一同に会しての舞台では無かったことになる。
 現に本日の学芸会も五・六年はひとり二役ならぬひと役複数だったが、矢鱈と旨い主役が次のシーンでは急に素人臭くなっていたり、端役になると微妙に衣裳の統一感に欠け同一キャラクターなのか判然としなかったりと弊害も認められたものの、星新一風のSF作りだった五年生は新奇性に富んでいたと評価出来よう。
g491.jpg  しかし二年に一回、展覧会との持ち回り故か、二年次毎に明確に色分けされており、一・二年は基本的に主役・端役の別の無い群衆劇である。それでも二年生は個人技を活かすアレンジもあったが、一年となると台詞を明瞭に唱えるだけで目一杯との観念も働こう、公資も六人ひと組の雷様として一翼を担うに留まっており、折角早出して前方桟敷席に居を構えた割には数少ない登場シーンにビデオとカメラの二重方列で、動きのある絵柄を納め切れない始末だった。
 一方、三・四年は両者の中間で、数名の主役級以外はその他大勢扱いで格差が明白になっている。祐旭は自らピアノ伴奏に名乗りを上げ、残念ながらメイン奏者の座はオーディションにて同僚に敗退したものの連弾のメロディに任じられ、併せて何故か黒ずくめの露西亜人として現れ、丸で黒子の如しと眺めていたら実際に幕間では大道具として書割を運ぶ奮闘振りであった。
g492.jpg  ただ基本は群衆劇であり、その他大勢ではあっても満遍なく出番を作る民主主義的な配慮に満ち溢れているから作劇としては相当に無理が生ずるし、常に全員が揃わないと練習もままならないから拘束時間も馬鹿にならない。
 六年は下手に消えた主役がすぐさま上手から登場したりと複数配役制を旨く活かしていたが、いっそクラス毎の短編オムニバス形式にして複数配役を更に敷衍するのも、空時間に効率的な鍛練が進みそうだし新たな方策ではなかろうか。
 次回は二年後、三年で迎える公資には主役級の性格俳優狙いを薦めたいが、六年になる祐旭に是非オムニバス案の提起を囁きたい。演劇に生きる訳でもなかろうし、そもそも受験前で学芸会どころではないのかも知れないが。

11月13日(水) 地下のひみつ、地上のひみつ  -地域情報 - 東京23区-

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新橋・第一ホテルより
 先般珍しく東京駅まで車で赴き、帰路は八重洲駐車場から直接首都高に乗り入れた。首都高八重洲線自体が、外堀を埋め立て階下の商業施設のテナント料により運営される為、通行料の徴収されない東京高速道路線を都心環状線の短絡線として首都高ネットワークに取り込む為の特殊な路線であり、二つの大型駐車場と同時整備されほぼ全線がトンネル仕様となっている。
 だからこそ格好の「地下の謎」の標的にもなりがちなのだが、供用から約50年を経て現在その一部が通行止めとなっている。 g488.jpg  それは防災・減災の為の国土強靭化の一環たる対震補強では全く無く、米大使館と竹芝桟橋を結ぶことから俗にマッカーサー道路と呼ばれているが、事実は後藤新平の震災復興計画に端を発する環状道路計画のひとつであり、現実には環状七、八号しか全通していない中で漸く開通の目処が立った環状二号線整備に基づくものである。
 今日は東京プリンスにて昼を挟んで約二時間の待機が生じた為、意を決して現地まで視察に赴いてみたが、橋梁の架け替えと言うからにはてっきり首都高自体が切り取られて歯抜けになっていると思いきや、あにはからんや健在だったのには幾分拍子抜けだった。
g489.jpg  ただ百聞は一見に如かずとはこのことで、汐留のビルに挟まれた取って付けた様な空間が見事に路盤に転用されていたり、よく見ると地下に道路が埋設されていたりと、文字通り蓋を開けてみたらの合点が得られた。元より妻の実家の隣の隣のビルが取り毀し対象となり近隣店舗の閉店・移転も相次いだし、予定地だけ見事に容積規制が掛かって天空が低く、加えて日比谷通りとの交差部に当たるビルだけが綺麗に角の面取りのされている光景に遠き日の絵図面を夢想していたものだが、改めて立体道路制度により配下にトンネルを抱いた奇怪な虎ノ門ヒルズを眺めるに連れ、虚空に漂うチューブを浮遊する移動体が滑空する未来にはまだ程遠くとも、矢張りこれは21世紀の公共インフラのひとつの帰結であると得心する。
 帝都建立に未だ終わりはない。

11月11日(月) ゴホンと来たら  -ヘルス・ダイエット - 健康-

g486.jpg  喉の痛みに微熱を覚え、土日を安息に過ごして咳き込んで来たので、通例パターンならそろそろ治りかけと思いきや、悪化の兆しを見せている。
 おかげで大根役者揃いの座興の如く避難訓練も、火災発生を割り当てられたフロアではその間も芝居が続いていたのかも知れないが、火災待ちの中弛みの間はヘルメットにマスクの今や懐かしい新左翼スタイルで執務に復帰とは些か緊迫感に欠けよう。ただ無事階段を降り切り小石川後楽園を背後に整列して講話を迎えると、あろうことか恵みの雨、幸い建屋付近に陣取っていた為濡れ鼠にもならず早々に退去したのは不幸中の幸いだったか。

 それでもなお体調芳しからず診療室に赴くと市販の風邪薬しか供与されない。薬事法を厳格に適用すれば薬の在庫を保備出来なくなるという理屈は判るが、処方箋すら齋されないのでは産業医が常駐する意義も薄かろう。
 結局若干足早に高円寺に帰参したものの駅ビル内はタッチの差で受付終了で、庚申通りの皮膚科と並ぶ内科に初の御目見えとなる。しかしながら在りし日の平和相銀が15時以降も窓口を開いて繁昌したのと同じ理屈と言うべきか、その時間まで受け入れている街の医院に病人擬きが溢れ返るのは道理なのだろう、現に待機している人員を見る限り然程の激混みとは見受けられなかったが、皆心得たもので一旦診察券を提出してお買い物に出掛けているらしい。
 おかげでまさかとは思ったが小耳に挟んだ「二時間待ち」の情報が正鵠を得ており、漸く風邪薬にあり着いた頃にはすっかり罹患モード全開である。引き始めに産業医からPL顆粒を貰って悪化を防ぐのが定番だったのに、手頃な医者の友人に恵まれない文系の不遇に今更ながら悩まされなければならないとは、単に個人の生活ばかりでなく企業の生産性にもマイナスに結び付きかねない。
 規制緩和で薬をネット販売する前に、もう少し蛇の道ではないが生活の知恵を大目に見る余裕が世の中に欲しいではないか。単に加齢とともに愈々風邪ひとつ治り難くなるお年頃を迎えただけかも知れないが。
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