コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

10月31日(木) Diamondは歌えない  -音楽 - カラオケ-

g472.jpg  年に一度の出向先のOB会を兼ねた「囲む会」型の大会合も、囲まれる重鎮氏の第一線からの退役に伴い四月を以てひと区切りとなったが、とくに重鎮御仁の直接の薫陶を受けたOBベテラン勢を中心にとの大議名分を従え、はや第二ステージに鞍替えして中半年で再びの御目見えである。
 正直多忙の中の事務作業には不安もあったが、出向先の"生き字引"を僭称する身の上としては幹事役に名乗りを上げるのは必定である。そこには客商売としてコントロールタワーたり得ると同時に、下世話な物言いをすれば関係者からオブリゲーションを得られる事務局役は金の草鞋を履いても奪取すべきポジションとの思惑の存在も否定しない。
 それでも半ば出た所勝負であった割には20数名が集結し、今後に向け軌道に乗せることが出来たのは幸いだったし、楽しい一夜に他ならなかった。A級戦犯ならぬ永久世話人として永劫お務めを果たすのが多大なる恩恵を賜った出向先に還元すべく私の天命なのだろう、と大仰に構えてみました。

g478.jpg  しかしながら年齢的には概ね同輩ながら出向順から"若手"にカウントされる方々に紛れての二次会で久方振りにカラオケに興じ、更に本日の宴席でも喉を鳴らしてみたが、あろうことか声が掠れ掠れで発声に及ばないではないか。
 学生時代には高音の女性ボーカル曲を裏声で奏でるのを受け狙いの芸とするとともに、「恋に落ちて」の如くバラードのハモリも持ち業としていたものだが、加齢に伴うものか裏声どころか地声まで危うくなってはミュージシャン生命に関わろう。
 今や「ソ」の音すら限界領域とあっては昨今の高音化著しい歌謡曲はおろか、ジュリー、サザンすら覚束ない。にも拘わらず絶対音階保持者の宿命として転調させると途中で原音と混同しそうになるので、迂闊にキーも下げられない。
 がなり立て唱法の限界かも知れないが由々しき事態、ここは元弁論部らしく腹式呼吸からやり直すべきか。

10月30日(水) 寿司悔いねえ  -グルメ - 鮮魚-

 偏食では人後に落ちない私の好まない食物の中でも、大別して口に入れれば拷問以外の何物でもない「不可食」と好んでは食さない「不食」の分別がある。例えば野菜であっても宴席であれば概ね戴く玉葱からラーメンに絡まる一本一本を隔離しなければならないモヤシまで、彼我の差は大きい。
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刺身は好みです
 一方で、丼ものがカレーと炒飯を除いて一律にアウトであるのと比例して、寿司も穴子と稲荷以外は限り無く「不可」に近似した位置にある。ただそもそも先方席自体が希少な商売であり、懐石であっても野菜尽くしは考え難いので少しずつ箸を付ければ形は整えられるし、丼は上物だけ腹に納めて蓋を閉じるという荒業もあろうが、寿司は押し並べて寿司なので逃げ場が無い。
 そして恰も示し合わせたかの様に、昨日の昼が寿司桶ひと盛りならば、本日はカウンターでのお任せとは、本来なら有り難さ極まりないと恐懼すべきなのだろうが哀しいかな猫に小判に他ならない。それでも苦汁はおくびにも出さず笑顔で詰め込むが、更に厳しいのは日常昼食を採らないにも拘わらず供される量が並ではない。しかも昨日は傘寿を目前にした重鎮がワインとともに優雅に、本日は同年の御仁が僅か20分の間に何れもペロリと平らげる光景に、活力の基盤は胃袋たるを深く再認識せざるを得なかった。

 院内では先月オープンした吉野屋が活況を呈しているらしい。記章が無いと食べられないというのは誇張で議員会館の来客は院内に抜けられないから希少性が高まっているのだろうが、すき焼き丼風の和牛1200円と言われても反丼主義の身には有り難みが無い。
 牛皿は実在するのだろうか。

10月29日(火) 本物は誰だ  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

 またぞろの偽装問題ではあるが、建築物の様に安全に著しい瑕疵を及したり、食品でも大陸宜しく段ボールを喰わされるとあらば兎も角、些かここぞとばかりに糾弾し過ぎに映るのは感受性が不足しているのだろうか。
 ひとつには嘗ての雪印もそうであった様に、阪急阪神グループの初動対応の不味さが火を大きくした面は否めない。確かに実態を捉える為には現場の監督者による説明は必要だろうが、恰も高帽被った料理長に責任を押し付ける様に映ってはマイナスでしかない。
g470.jpg  ただ実際に芝海老や車海老標記であっても中華料理では慣行として他の海老が使用されていたという説明に一定の理があろうと頷けるのは、恐らくは他の魚においても同様の事態が暗黙の了解となっていなければ極端に安価な寿司店なぞ成立する筈がないという実感に基づくが故ではないか。或いは多くの居酒屋では生麦酒と称して生発泡酒を供しているケースは幾らでもあるが、殊更に騒ぎ立てる顧客はいないだろう。
 後者の例は一般人の拙い舌でも充分に見分けが付くが、車海老の替わりがザリガニだったら詐欺であっても、どの海老までを代替に値する廉価版として許容するか、たとえ舌が越えていて車海老でないと断言出来たとしても、消費者側からのコスト・パフォーマンスを勘案した冷静な判断はあって然るべきではないか。生発泡酒が嫌ならばコストを払って本物を買うべく別の居酒屋を選択出来る様に、安価であれば代替品であってもやむを得ないとの共通認識は働こう。
 勿論、客の顔を見て肉を変えたりという始末は悪質に違いないし、一流と称する店舗が金額に見あわない粗悪な素材を用いていたならば、恰も天然の温泉でなくとも肉体への効用は大差無かろうとも単なる湧かし湯であったのと告げられれば騙されたと受け止める様に、信用を裏切ったという汚点は残る。だからこそ一件一件を大袈裟にあげつらうのでなく、消費者の側が金額と効用から取捨選択すればよいと言うのは物分かりが良過ぎるとお叱りを戴くだろうか。

10月27日(日) 秋の気配  -地域情報 - 東京23区-

g2.jpg  高円寺の祭りと言えば夏の阿波躍りに尽きるが、黄金週間に商店街を埋め尽くす大道芸もその規模の大きさから市民権を得られつつあろう。一方で冬の演芸祭は寄席を中心とした伝統笑芸として特定層に受け入れられているとすれば、秋の高円寺フェスティバルが最も特色に欠けているのではないか。
 何しろ北口ロータリーのメイン会場に素人女子プロレス、目抜き通りのPALに素人ブラバンとは目を覆わざるを得ない。時節柄ハロウィン擬きの装束も現れ、北公園には大道芸から御目見え続きのジャグリング、果ては阿波躍りまで動員(写真)されコンセプトが曖昧以前のごった煮状態である。
g469.jpg  流石にこれは「四大祭り」の形式を設えるために、秋祭りに拘り過ぎではなかったのか。だからと言って笑芸者同様の音楽家居住の多さに鑑み、今回登場した謎のテルミン奏者氏らを集めた楽隊祭、天然スプロールの土地柄を活かした街中迷路などと発想は浮かんでも、現実には商店街と住宅地が入り組み過ぎているから突飛な企画は住人の許諾が難しそうである。革新・杉並らしく反原発イベントが勝手連的を装いながら、その実「プロ市民」の手で仕立てられるのだけは願い下げだが。

g467.jpg 祐旭10歳。神社本庁や写真スタジオに煽られたか「ハーフ成人式」なるイベントには興味は湧かなくとも、矢張り感慨はある。
 ティーンエイジャーには未だ猶予はあるものの段々と難しいお年頃になって来て、小賢しいと言うよりは屈託の無さ過ぎるのが癪に障る祐旭だが、十年に亘り我々に喜びを与えて呉れたことに今日は感謝して、次のより難しい十年に向け歩んでいきたい。

10月25日(金) はや我々は離れたり

g464.jpg  妻の実家が新橋だったので何時でも足を伸ばせるとタカを括っていたからだろうか、全日空や共同通信にも再三訪れている割には、偶さかに空き時間が生じても休業中だったりと、旧新橋停車場鉄道の歴史展示室内はなかなか拝めない。
 今日も隣の立派なビルに赴きながら、余裕を以て参上したにも拘わらず既に閉館後とは御縁が薄いというものだろう。

g465.jpg  その汐留シティセンター41階に昇れば中央のラウンジ風スペースが幾分バブリーな構えだが、周囲を囲む様な造りの店舗群は導線が複雑のみならず程好い詰め込み感が逆にバブルとは一線を画し、却って同時代性を醸し出している。
 学生時代の友人達ともこのところ交遊が薄れつつあるが、本日は珍しくサークルのひとつ下の学年と合同である。代毎のカラーはあるもので留年組が複数存在したひと世代上と我々は卒業後の接点も多かったのに対し、今般は異色の顔触れと言って良い。
 加えて就職活動期が、後年から見た経済指標でなく往時の実感としてバブルが崩壊していたか否か、その売り手市場度合いが必ずしも彼我の差を生んだ訳でも無かろうが、学年がひとつ違うだけでわが国長期労働慣行に胡座を欠いている御仁が極端に少なく転職組、更には独立した「社長」業の方々が大量に見受けられる。
 こうなると古式ゆかしい大企業の中でも取り分け日本企業らしく、かつオールドファッションドの秘書業に身をやつす立場では、肩身が狭いとは言わないが会話が噛み合わないではないか。勢い「同期の桜」の蛸壺に入りがちだったが、少しは自らの力量で生きている有り難いお話しを拝聴すべきだったか、しがないサラリーマンとしては。

10月23日(水) 我田引鉄  -地域情報 - 岩手・盛岡-

 この時機恒例の地方巡業に、帰路はお暇を願い出て少しだけ盛岡に留まり行き掛けの駄賃を自ら拵えてみる。水沢に後藤新平あらば盛岡には原敬ありで、先ずは生家に因んだ博物館を訪ねるのは永田町周辺居住者の職業病だろうか。
g461.jpg  展示そのものには驚くべき内容は無く、鉄道優遇が道路整備の遅れを招いた一因とは微塵も記載されていないが、「平民宰相」のネーミングとともに暗殺という悲劇的な最期がより人気を高めた面もあろうものの、新聞社と高級官僚を行ったり来たりした挙句、閣僚に抜粋され果ては人臣を極める足跡に改めて明治・大正期の勃興するわが国のダイナミックさを痛感させられた。
 一方、驚くべきは盛岡駅から程近い一等地に雨後の筍の如く点在する博物館群であろう。或いは戦災被害が激しく広大な官公用地が残されたのかも知れないが、かくメニューを並べられ商魂逞しく「二館共通券」なぞ呈示されるともう一館羽根を伸ばすのも人情に違いない。
 と自らに言い聞かせての先人記念館は盛り沢山で、先人達の顔像の貼り付けられたオブジェの呼称こそ相応しい顕彰碑が仮面ライダーアマゾンの仇敵・十面鬼を彷彿とさせたが、個別コーナーとして新渡戸稲三、金田一京助の両氏とは仲々侮り難い。
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 ただもうひとりの元総理・米内光政氏については、確かに海軍の戦争回避派だったのは事実としても、装束、辞令の類の陳列のみで、海軍大将たる輝かしい業績は押し並べて割愛されポツダム宣言受入への貢献だけがクローズアップされていたのは、昭和史の取り扱いの難しさが伺われた。

 しかし指定席変項が叶わず次のはやぶさに乗り込んだのは当方の帰責であり、満席には畏れ入ったが、相談した車掌氏に「仙台から他の電車の自由席に」と文切り口調で切り捨てられたのは客商売として如何なものかと首を捻らざるを得なかったろう。
 流石国鉄とは言わないし、末期に至るまでの原敬氏との因縁も問うまいが、はやぶさのトイレが何故か常に満室だったことと併せ、一期一会の印象の重要性にもまた感じ入った帰路だった。

10月20日(日) 遠くへいきたい  -スポーツ - ゴルフ-

 まだ自家用車の無かったマンション時代にはクラブ数本を担いでゴルフ練習場行脚を続けたものである。車という足を得てからはその範囲も拡がったが、23区西部という立地から対象は自ずと西北・西南に絞られ、概ね早宮のファーストゴルフに居を落ち着けている。
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(上)新座の武蔵野ウィンズ
(左下)大泉の学園ゴルフ/お馴染みの早宮
 ところが過日、芝の上ならず練習場でも度々邂逅する御仁に薦められ、酔狂にも新座まで足を伸ばしてみると、なる程都心から離れる分打席数も豊富で何よりも甚大な駐車場が早朝から埋め尽くされている光景には、衰えたりと謂えどもわが国ゴルフ人口の堅調なるに心強くしたものである。
 ただ折角距離があっても勢い勇んでドライバー200ヤードの私には宝の持ち腐れ、却って如何に足掻いてもネットまで届かない不甲斐なさに苛立ちが増すばかりでは藪蛇だろう。練馬からと杉並発の微妙な時間距離差からも打ち止めになりそうである。
 しかしながら帰路、大泉インター近辺を回遊していると何度か訪れた大泉バーディゴルフとは別の練習場を発見。小規模でわざわざ試打に及ぶには至らなかったが驚くべきは隣接して6ホールのミニコースが存在していたことだろう。既に宅地化の進んだ一角に生産緑地と見紛うが如き芝の緑が映える光景は、練馬大根発祥の地と謂えどもよくぞ生き残ったと喝采を送りたくなる。
 思わぬ出会いに触発されたか今日は光ヶ丘に河岸を変えてみたが、こちらは余りの混雑に早々馴染みの早宮に退散と相成った。このところ雨やら面子揃わずやらでラウンド中止が続いており、芝を離れて練習に勢を出していると何と無く好調が持続している様な気がして来るが、錯覚である。行脚はこれに留め次回を期したい。

10月19日(土) 僕と指切りしないか  -携帯電話・PHS - iPhone-

g455.jpg  総選挙の喧騒を終えて会社支給の電話がiPhone4に切り替わっても、充電速度の速さには刮目し、メールやスケジューラの職務上の利便性こそ高まれども、基本丸坊主のままだからベストセラーたる由縁を実感するには至らなかった。
 だから新たに「5」登場と世間を騒がせていても食指は湧かなかったが、友社の御配慮により新作「5S」のモニター利用の栄に浴するとは得難い役得である。
 加えて通信速度や通話範囲、或いはカメラ機能など随所にパワーアップはされていようが、最大の訴求ポイントが指紋認証とあらば話の種にも利用したくなるのは人の性であろう。
 ところがデモ実演では他人の指をいとも簡単に認証していたのに、いざわが人差し指を押し付けても待てど暮らせど反応しない。思い余ってグリグリ捏ね回すと漸く認証こそされたものの、いざスピード違反で捕まった哀れな子羊宜しく指を差し出しても一向にロックは解除されないではないか。
 果たして登録ミスなのか、押捺にコツがあるのか、そもそも私の指紋が薄いのか、ロック画面で毎度パスワードを入力する手間が省ける筈だったのにこれでは宝の持ち腐れも際まれりだろう。
 ただそもそも会社のシステムと同期していないから携帯電話としては発信専用のザブ機以外に使い途は無く、わが家に鎮座在して贅沢なYouTube再生専用機として重宝しているのでは改めて指紋認証しようという特段の誘引にも欠ける。モニタリングの任を少しも果たしていないのは申し訳ない限りだが、窃盗団の方には私の指を切り落としてもiPhoneは利用出来ないことを明示しておきたい。

g456.jpg  「僅か2年の現役生活に幕を閉じることとなった」と述べたのが2年前、今度は録画ボタンを押しても録画に及んだり及ばなかったりと等しく接触不良に見舞われたのはデジャブでなく現実に他ならない。
 流石に自動車の車検より短い二期連続では「敢えて一定期間で壊れる様に作っている」と揶揄する以前に、製造業として生産技術そのものに重大な瑕疵が生じているとしか考えられない。
 結果「SONYブランドに憧憬を感ずる最後の世代」も愈々宗旨替えに踏み切らざるを得なかった。Panasonicという選択には議論もあろうし、カメラには大枚を叩いても動画は動けば充分とまでは割り切れなくとも、一消費者として平均点重視に傾くのはやむを得ないのではないか。モジュール組み付けの潮流とは相容れないのだとしても。

10月17日(木) なんとなくインテリジェント  -ビジネス - ものづくり-

g454.jpg  結果的に知らぬ間に関係者の来訪が執り行われていたと聞けば事務局としては手間を掛けずに幸便と胸を撫で下ろす一方で一抹の寂しさを禁じ得ないのに対し、逆にわざわざ「明日行きます」と連絡を頂戴すれば面倒には違いないものの、日頃の関係構築が功を奏したという悦びも生ずる。
 取り分け本日は、到来された要人から開口一番ご一緒の同じく要人を紹介され、同行の折々に会話の花も咲き、言葉は悪いが一昨日の失態が良きリハーサルとなったか受入れ側も案配よく、アテンダー冥利に尽きる午前中だった。

g453.jpg  過日のシーテックや東京モーターショーに比して同じ見本市でも技術者向け、専門性の高いITS世界大会はビジュアル的には地味だが、所謂モビリティの「自動運転」が成長戦略の一項目に掲げられ、俄かに注目を集めつつある。
 元より先行する移動体と一定の距離を保ち隊列走行するバスは既に8年前の愛知万博で御披露目済(下右写真)であるし、道路上の白線を検知してハンドル操作を補助するシステムは高級車に採り入れられつつある。物流促進を目途に先ず高速道路で自動運転をとのプランは古くて新しい命題に他ならない。
 しかしながら例えば交叉点上に電波を飛ばして路面の物体を捕捉するのは技術的に可能でも果たして何を障害物と看做すのか、或いは飛び出した人間を捉まえて自動車が文字通り急停止したとしてその際運転者の安全性は担保されるのか、更には万一システムを過信して誤作動が生じたら何処までが製造物責任の範疇なのかと、路側や移動体そのものへの膨大な付帯コスト以上に実用化には大きなハードルがある。
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2004年ITS世界大会より
 詰まるところロボット技術同様に人間の叡智に勝るものはないという現実を踏まえ、人の五感に基づく運転能力と「自動」運転をも可能とする先進技術とを、実際のモビリティ操作において両者の主従を含めて如何に分担を図り、その役割に応じた実用的な技術開発を進めていくかが、「未来の夢」の段階を超え現実性が視野に入って来たITSの求められる次のステージなのだろう。

 大会は明日が最終日となるがどうやらこれにて打ち止め。ITS漬けになった二週間も終焉を迎えてようとしている。
 次の一手に向けて再び水面下で立ち回るのが、歴史と伝統を継承すべく自らに課せられた責務なのかと自らに問い掛けながら。

10月15日(火) 世にも悲惨な物語

g452.jpg  本来なら晴れがましい、臨海副都心ビッグサイトに居を移しての実質的なITS世界大会初日であったが、結論から言えば世にも悲惨な物語であった。
 本日からは実際に最新技術の実証から実用段階のデモンストレーション走行が始まり、臨時国会開会日と重なった為にダウンサイジングされたものの午前中には議員試乗が予定されていた。従って今日もまた導線確認に始まる一日だったが、実際には片時も携帯電話が離せず、同僚の後を追って試乗車の発車口に辿り着いても帰路に迷子になっていては到底ご案内は務まらない。
 考えてみれば昨日アテンドに専念出来たのは祝日故通常業務から解放されていた為で、台風という不如意な状勢も幹部の御沙汰も朝令朝改の中、千手観音の如くに多数調整事を同時並行にこなしながら客も迎えようとは自らのキャパシティの過剰見積りを問われても致し方無い。だからと言って端から会社で後衛に回っていればとの後講釈は道理ではあるが、昼のブース「テープカット」たるメインエベントにはアテンダーたる役員の更に随員という必須項目が控えていたから、移動時間を挟んでいたら肝心の調整も追い付かなかったろう。
 しかしながらその昼の接遇も要人の回遊を迎えてなお各ブースは知らん振りでは立つ瀬が無い。実際には電話に忙殺されていたとはいえ確かに朝から現地に張り詰めていたのだから、ひと言最終確認すればこの事態を未然に防げたのではないかという悔恨は、トランキライザーたる秘書は一義的に全ての責任を負わなければならない、郵便ポストが赤いのもという便法だけでは済まされない自らの落ち度に、少なくとも幾ばくかは帰因しているのも否めない。
 項垂れて会社に戻れば不首尾に終わった調整事の挽回工作が頭越しに進められそうになっており、議員会館に重い荷物の運び屋をしながら自らの存在意義を自問自答して宴席へと向かう孤独な結末であった。

 幸か不幸か天候不良で早々の帰着が見込まれていたので、夜が白むまでは大袈裟だが帰宅後の約三時間、速射砲の如く妻に窮状を訴える。
 元社員であるから一定の土地勘こそあれ、愚痴の聞き役になって呉れる妻の有り難みに改めて感謝し、大分と心平かになって眠りに就く。曇る日あらばきっと照る日も訪れよう。
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