コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

9月29日(日) 勉強しまっせ  -政治・経済 - 選挙-

g428.jpg  中選挙区時代、衆院の補欠選挙は稀だったが、現在の様に春秋一括に集約されない分却って、偶々連なった参院補選や時期外れの知事選が政権の黄昏にボディーブローの様に寄与したケースはある。或いは土井たか子社会党委員長や小沢一郎自民党幹事長の様に、敗北の責と言うよりは統一地方選の結果を辞め時の契機に選んだ例も少なくない。
 だからと言って政令指定都市でも無い一地方首長の帰趨が全国紙で取り沙汰されるのは異例に違いなく、堺市長選の結果が国政にも一定の影響を齊すとの推測が働いたが故の所産である。
 しかしながら現実には事前の意気込みは何処へやら、戦い半ばで維新サイドが白旗を上げた形となり、ダメージを最小限に留める戦術だったのかも知れないが、却って国政政党としての今後の妥当性に疑問符を与える結果に映ったのは二重の戦術ミスであろう。
 嘗て自由民主党が補欠選挙に圧倒的な強さを誇ったのは、著名な幹部の大量投入という空中戦のみならず、秘書団はじめ多数実務者の動員による選挙ノウハウが確立されていた点に秘訣があったとしても、そもそも55年体制以来脈々と積み上げて来た地方組織の存在あればこそである。
 勿論新興の維新の会に同様の手筈を求めても仕方無かろうが、闇雲に段取りも無く国会議員をひとり三回ずつ堺入りさせて悦に入っている様では、肝心の大阪府においても矢張り全ては風任せかと、ただでさえ不安視されている大阪組とそれ以外のすきま風を更に吹き荒れさせたのではないかと他人事ながら心配になる。
 考えてみれば自民は官邸・党本部サイドが維新側に好意的に見れば将来的な連携含みとの解釈から現職の推薦を控え、衆院選時から相乗りだった公明は自主投票と政権与党の物量作戦に悩まされなかったにも拘わらず自滅している様では到底野党再編のヘゲモニーも握れまい。寧ろ開票終了後に菅官房長官が淡々と国政への影響なしと述べた様に、官邸としては敢えて喧嘩をするにも値しないというのが本音だったかも知れない。
 当面と言ってもまだ一年半後のターゲットが統一地方選になるので、関西不動票の意義が著しく下がらないのは野党側にとってもまた痛し痒しだろうが、暫くはゆ党として岐路を定めるモラトリアムと割り切る他は無かろう。

9月28日(土) グラウンドの天下を  -育児 - パパ育児日記。-

g423.jpg  小学校と幼稚園が重なり父母での分割対応も余儀無くされて来た運動会も漸く一本化され、冒頭の挨拶から体操、応援まで前振りこそ八条パーティの挨拶の如くに長丁場だったが、いざ全校一丸の大玉転がしから競技が始まると、出場競技數が単純に二倍だから次から次へと怒濤の忙しさである。
 中一種目で棒をバトンに誂えたリレー、更には体格を見込まれ一学年上の騎馬戦の人数合わせにノミネートされ、前日になって補欠から昇格して先鋒に任じられたおかげで、再び中ひとつ措いての出走とは大義である。その上二回戦総当たりの勝ち残りとは出ずっ張りに近い。
g427.jpg  続く公私の徒競走はオーラスの為、林立するカメラ・ビデオの放列も粗方片付き幸便だったが、更に三連荘で本人弁に依ればダイエットに寄与した縄跳び躍りとあらば、幾ら立ち位置や順番が事前に個々人別プリント配布され相当に効率化が進んだとはいえ、そもそもタイトルだけでは競技内容が不明瞭だったり、肝心の顔の向きの記載が欠けていて入場門に並ぶ本人を捕まえて確認作業に追われたりでは撮影ポイントまで疾走するのもひと苦労だろう。
g424.jpg  漸く中ふた駒で、練習量の割に引っ掻け引っ掻け優雅さに欠けた祐旭に対し、キメの叫びに気合い入り捲りの公資のボンボリ躍りにて午前の部は一段落したが、昼を挟んで幾分余裕は生じても、祐旭の徒競走健闘の二位に続いて、躍りながらの玉入れではなく躍りの合間に玉入れという面妖な競技に再会する。折角正面に構えた筈が被写体として据わりの良い躍り時は逆向きと判明し、二回戦までの小休止に向正面まで疾走とは、長尺レンズの恩恵にこそ預かったが、三年前祐旭の一年時の教訓を活かし切れたとは言えまい。

g425.jpg  いい加減足が棒の如くに至り、校舎三階の撮影室で待機していると妻から連絡が入り、同じく児童の父母となった、音楽集団をともに構成していたメンバー小学生時代の同級生と旧交を温める。昨年も邂逅した別の元クラスメイトは、担任だった高齢教諭を揶揄したりと小学生らしからぬブラックなエスプリを効かせて音楽集団を代表してか、嘗ての私を「アングラなスター」と評して呉れたが、30年を経てなお地縛霊の如く人を留め続ける高円寺の根の深さをもまた示す事実でもあろう。
 肉体的には父母にもまた運動会並の運動量ではあったが、充実した一日では無かったか。

9月27日(金) 老いては部下に  -ビジネス - ビジネス-

 朝から昨日御一緒した各事務所を回ってみる。丁度良い案配で永田町で体が空いたが為の半ば思い付きには違いなかったものの、いざ訪れてみると御礼の趣旨が明確なだけに必然的に一定の歓待を受け得るし、中には首尾よく御本人に再び見え、飲み屋のお姉ちゃんを口説くなら短期凝縮で毎日の如く通い詰めること、の法則に準えるのが正鵠かはいざ知らず、印象度アップを果たし得たかと悦に入るのも渉外担当としては意義あるお務めに他ならない。
 年齢も永田町周辺居住者生活も年を重ねるに連れ木目細やかな御礼のひと言が、決してぞんざいになっている自覚は無くとも日々の喧騒の中に疎かになり、結果としてお高く止まっているが如き印象を与えているきらいは否めない。有能な元部下が、元より大半はセッティング側であるにも拘わらず、宴席の翌日には今も最低限御礼メールを欠かさないばかりか、同席者にも儀礼としてそれを強く推奨していると承り、老いては子に教えられではないが、改めて原点に帰って儀礼、礼節の意義を再認識させられた朝。

 某商社が深夜残業の禁止に踏み切ったとの報道に触れる。仕事と生活の両立という大義名分と総人件費削減の相方向性が編み込まれた古くて新しい施策の積もりだろうし、商社に時間管理対象者がどの程度在籍し現実に深夜まで過剰労働に勤しんでいるかは定かでないものの、能力や実績と勤務時間が反比例する恐れすらあるのは事実に違いない。
 ただ一方でチームワーク重視と表裏一体の帰結としてジョブディスクリプションが明確でない故に仕事の出来る、速い人間には級数的に職務が嵩んでいくわが国労働慣行の中では、一歩間違えると有能であればある程サービス残業が増える羽目にも陥りかねない。
 仕事がある内が華、苦労は買ってでもとの美しい格言はさておき、ホワイトカラーの時間管理そのものにメスを入れるべきではないのか。

9月25日(水) 金鵄の微笑み  -スポーツ - 東北楽天ゴールデンイーグルス-

g422.jpg  愈々22連勝とは人智を超えたとしか表現の仕様の無い田中投手である。実際先制点を取られようと少々調子を崩そうと、他投手当番時に比べて明らかに得点比率が高いのは勿論エース登板に伴う打線の奮起には他なかろうが、田中投手が負けることは有り得ないとの雰囲気、更には対戦相手も含め黒星を付けるのが憚られる様なコンセンサスが暗に醸成されているという意味で、既に信心の域に達していると評しても過言ではない。癪には障るが野村元監督の「神の子」たる表現が現実に憑依したと言わざるを得なかろう。
 一方で球団史上初優勝を目前にしながら従来とはうって変わって目立たないのが星野監督である。熱血青年監督として「世界の王」に殴り掛からんばかりだった中日時代は元より、取り分け三顧の礼で迎えられ大量投資に基づき優勝を果たした阪神時代は、パフォーマンスの巧みさと相俟ってそれこそ田中投手を遥かに凌ぐ大スターだった筈が、今や憑き物が落ちたが如くオーラが漂って来ない。
g421.jpg  確かに北京五輪の失敗を星野監督ひとりの責に帰すのは酷だとしても、世論の前評判に留まらず御本人も自信満々だっただけに必要以上に評価を下げたきらいは否めず、自省の要素も介在はしていよう。ただ単にマスコミ的な商品価値が落ちたが為だけではなく、元より全国区のタイガースと楽天という基礎露出の差異にも依ろうが、星野監督自身が先頭に立つ指揮官から敢えて後衛に陣取りここぞという場面のみ姿を現す教祖スタイルに立ち位置を変えたことが、結果として東北のファン層に好意的に受け入れられ、現下の好成績にも結び付いたのではなかろうか。
 邪推すれば読売グループや不動産会社の影に陽にのバックアップが薄れた為とも、単に星野氏自身齢を重ねて円熟した、平たく言えば老けたからとも言えようが。初の日本一を果たして汚名返上、有終の美を飾る日は訪れるのだろうか。

9月24日(火) 三つ子の魂  -政治・経済 - 環境・資源・エネルギー-

g419.jpg 自らの小学生時代は高度成長の影の部分、公害問題を経てなお社会科の教科書には大平洋ベルト地帯に四大工業地域、或いは新産業都市・新居浜といった光の残滓に纏わる記述が少なくなかった。
 勿論、現在の生活~社会科においてもわが国の根幹を担う基幹産業への言及は相応に登場はするものの、寧ろ環境保護やバリアフリーといった逆位相の視点が、例えば国語の読解等にも色濃く影を落としている。
 それは中学受験においても同様であり、浮世離れすることなく受験勉強と世相をリンクさせるのは実用主義の観点からは推奨されようが、一方では若かりし時分から一定の思想教育が施されているとも言えなくはない。
 その時流に迎合した訳ではないのだが、過日やむを得ずプラグインハイブリッド車を一昼夜預かった際に、これも教育の一環かとわが子達をご相伴してみた。電気とガソリンの最も効率的な要素を組み合わせたハイブリッド車に、充電機能を付加して冒頭の電気自動車部分を拡大した優れものだが、家庭用充電設備の普及難からか存外に台数は掃けていない。
g420.jpg  しかし通常のプリウス同様にバッテリーからモーターへ、逆にブレーキの回生エネルギーをバッテリーに回収する電気の流れと従来の内燃機関の駆動、各々を解り易く図示したパネルが前面に付されており、加えてEV走行時はその旨インジケータが点灯するから、些か安手の玩具の様でもあり、昔見た未来絵図の様でもあり、子供心に訴えかける視覚効果には充分だろう。
 楽しみながら学べる実践環境教育だが、望むらくは環境性能のみにスポットが当たることなく、燃費の向上という経済効率性が消費者の需要を喚起し、結果として環境負荷の低減も両立させたという、言葉遊びに堕すことを恐れずに述べれば持続可能な成長と言うよりは成長可能な持続性を感じ取って呉れたのならば、ド派手なPHV宣伝カーの意義もあったというものだろうか。

 その車を前に利用した御仁が意図的かアクシデントかは定かでないがゴールデンボンバーのCDをサーバーに取り込んでおり、期せずしてヘビーローテーションに陥った。
 子供達のカラオケ愛唱歌たる「女々しくて」位しか知らなかったが、エアパフォーマンスのみならず著名アーティストのパロディ楽曲がどれもそれなりに的を射ていて遅蒔きながら感心した。楽曲を手掛ける鬼龍院氏の腕前に依るところなのだろうが、KISSの様に化粧を落としたら実は演奏も旨かったという二段落ちがあったらより感銘を受けるところなのだが。

9月23日(祝) アンクル・アルバイト  -育児 - パパ育児日記。-

g413.jpg  主たるターゲットが小学校低学年であることに鑑みれば本来公資は漸く本領発揮の世代なのだが、いい加減父の方が飽きて来て二年振り五度目のキッザニアである。
 おかげで勝手が掴めず携帯ショップを予約して大和ハウスで待機とは不効率な出だしである。年寄り役の祐旭が重りを背負って体感的にバリアフリーの設計を試みる趣旨だが、「大和ハウチュ」とCMの真似でもさせて笑いの要素も採り入れて欲しかったところだろう。
g414.jpg  総じて主だった個別企業は制覇し尽くしているのでここから宗旨替えというか昔採った杵束でドコモは返上、前回味を占めたミュージカルに倣って早くもオーラスのパレードに狙いを定めると父の読みが的中したか、幸便に係員氏に誘われたお笑い芸人に雪崩れ込み劇場に腰を据える展開となった。ピエロの演芸を鑑賞しつつまた待機し満を持して臨んだお笑いは松竹芸能主催ながら古式ゆかしきドリフのもしもシリーズの如しで、医者と患者のコントを二人とも好演の部類で乗り切ったと言えよう。とくに公資は抑え目な演技ながら観客に「あの子が旨い」と褒められており、祐旭は突然女医氏に「結婚してください」と叫ぶ熱演である。
g415.jpg  些か拘束が長いのが難でパレードの練習までの埋め草入を探し、大日本印刷のポスター製作でお茶を濁すも、かくアイドル状態をお嘆きの貴兄にとの趣旨だろう、リクルートの短時間バイト紹介が新設されており、証券会社は頭脳労働で絵にならないと思いきや、いきなり一般人にお仕事結果のサンプル聞き取り調査という営業職で驚いた。どうやら公資はこのアルバイトが気に入った様で将来の夢がフリーアルバイターと豪語する後日譚も生まれて仕舞ったが。
 して待ち望んだオーラスはビルメンテナンス協会という幾分マイナーなスポンサーで箒を持ってお掃除とは派手さに欠ける行進だったが、毎度ノリノリの祐旭と実直な公資が前後に分かれて双方のトリの大任に翼し、撮影には体力を擁したものの大団円の構図は描けたか。
 俳優というシュールレアリスティックとも言うべき"超現実"と文字通り"超"現実的なアルバイトの両極端を揺れ、そろそろわが家には店仕舞いのキッザニアであった。

9月22日(日) 笑顔の行方  -映画 - 映画感想-

g417.jpg 半沢直樹の最終回に引き続き、妻お奨めの映画「鍵泥棒のメソッド」を見る。
 要は主役が同じ顔触れという御縁だが、演劇的な微妙なボタンの掛け違いが織り成す展開に恋愛も絡ませた構造が巧みである。
 この種作品はプロット勝負で俳優を完全に駒として扱う小津映画や映画的なシーンの美しさとは対極にあり、ロケやセットに経費が掛からない替わりに配役が全てと言っても過言ではない。従って「フェイス・オフ」ではないがひとり二役が如くに演じ分ける香川照之氏は、矢張り旨い役者なのだろう。
 勿論、ともすれば単に荒唐無稽な夢物語に陥りかねない、現実にはあり得ないシチュエーションに視聴者を感情移入させるためには、個々の場面においては必然性なり不可避性を自然に受けとめられるべく演出の妙は必須であろう。鈴木清順氏ばりは大袈裟であっても、寡作で知られる内田けんじ監督には前作にあたる「アフタースクール」程ではなくとも、落ちまで全て把握した上でもう一度見返してみても筋が通る様に細部の整合性を図らなければならないし、そもそも演劇同様に事実上、俳優をアサインしての宛書きに近いだろうから監督・脚本家の腕の魅せ所には違いない。
 日本映画の生きる道を改めて提示された感。

 しかし堺雅人氏は出生作となった新撰組!の山南敬介以来、コミカルな言動も、逆に笑って人を切り捨てる様なシニカルな役柄も映える稀有な俳優として遂に大スターの座を手にしたのは、歴史と伝統ある早稲田演劇に培われた演技力は勿論の要素だとしても、常に微笑を携えた様な容貌に由来する部位も小さくはなかろう。
 ギラギラとした出世欲の如きを感知させないのも当代向きなのかも知れないが、後天的な研鑽と運気を得てなお人は天賦の才の活用が鍵という例示か。

9月21日(土) あんたの時代は良かった  -スポーツ - ゴルフ-

g412.jpg  一夜明けつい数時間前西に下ったばかりの中央道を折り返す。わざわざ蓼科に草鞋を脱ぎながらゴルフは山梨とは、帰路の混雑を勘案すれば合理的な判断なのかも知れないが、折角ならばゴルフの未開の長野に筆を下ろしたかったとの未練は残ろう。加えて行程90分ならばわが家から駆け付けてもと昨夜は再三踵を返す誘引に駆られたが、搬送義務を除いてなお朝食にて一同との邂逅を果たしたのはホスト側の礼儀であったろう。
 命辛々僅かに温泉のみあり付いたわが身の不幸か、最終三組目にて出立もドライバーのみならずウッズが全滅、更には平屋のクラブハウスが思い切りバブリーなメイプルポイントらしく施しが宜しかろうグリーンは予想外の速さ、でインの大半がトリプルとは悲惨極まりない。僅かにこれもティーショットはトップした14番で第二打ベタピンのバーディと、だからゴルフは罷められないの瞬間最大風速こそ訪れたが、名物大打ち下ろしの18番も意識した第三打はピート・ダイ氏の注文通り池に吸い込まれと回復を見ぬままだった。
 ところが何の因果か昼を挟むと、前半から安定していたアプローチに加えてドライバーが回復、漸くパッティングにも慣れ、連続ボギーにショートはOKパー、ミドルでパーオンのパーと別人28号ではないか。続くミドルもボギー、ボギーのカサブランカ・ダンディー状態でハーフ自己ベスト更新すら視野に入ったが、7番ロングでこれがイップスかというショートパットをチビりのダボで後は平板に終始した。
 それでも誰ひとり百を切らず103でもあと一打でベスグロとは、昨晩へべれけになった一行と、命辛々温泉にだけあり付いたわが身と悪条件には大差無かったということか。
 結局、帰路は思い切りの渋滞だったが。

9月20日(金) 事前調整だんごう  -地域情報 - 地域情報-

 今週は丸四日間、役所に赴く以外は判で押した様に毎日23時まで、事務作業に没頭していたと言ってよい。
 勿論、当方がお伺いを立てる要求側であって、役所サイドにすれば降って湧いた様な事態に本来ならば迷惑千万がられても致し方無いところ、ペーパーの作成→チェックと修正指示→修正と夜分遅くまでやり取りを繰り返していると、互いに著しい迅速こそが最優先との共通認識の中で、必ずしも相応しい表現であるかはさておきストックホルム症候群的な共犯意識も生まれ、恰もともにひとつの仕事をともに為し遂げるが如き一体感すら醸成されたと述懐するのは、余りに美化し過ぎなのだろうか。
 幸か不幸か宴席も欠礼を余儀無くされても乗り切れる類ではあったが、漸く一旦完パケとなった20時半発、一路蓼科高原へと車を飛ばす。本来ならばヘッド・スケジュールが予測されたこの週末には古式ゆかしき一泊懇親会を設営しており、午後から先乗りしているべきところ大遅延での出立である。
 確かに絶好のリゾート環境には違いなかろうが、地方ベースの企業らしく保養所もこの日目的地が最東端で、有り体に言えば睡眠時間の足りない身の上に三時間以上の強行運転は些か苦行に他ならない。加えて三連休前の金曜とあらば都内を抜けるまでの混雑も激しく、絶景の筈のビーナスラインも真夜中では単に工事だけが盛んな田舎道に過ぎない。
 結局到着しても終焉間際のカラオケに参画する気力もなく、僅かに露天風呂にて一部方々と懇親を温めたのみだったが、日付が変わるまで胃腸を空にはしておけないので、途上サービスエリアにて小休止を試みている。
 夕刻の上り線が必ず渋滞する中央フリーウェイならぬハイウェイはゴルフ場選定にあたっても極力回避に努めているため、談合坂SAに降り立ったのも久方振りであった。
g411.jpg 団子三兄弟の替え歌「談合三兄弟」が一世を風靡した時分には既に縁遠くなっていたが、企業人と化しても暫くは学生時代の友人達と連れ立って旅に赴いたものである。その際、携帯電話も存在せず、稀に伝言ダイヤルを活用するという荒業も試みたが、基本は自動車数台に分乗して一箇所に集結し、恰も磁器誘導式バスIMTSの連接運転宜しく連なって隊列走行に努めなければならない。そしてその集合場所が、中央道方面の場合ほぼ自動的に談合坂SAだったのである。
 既に嘗ての姿は忘却の彼方だが、民営化の最大の眼目であろう、小綺麗なフードコートに生まれ変わっているとは頼もしい。独り饂飩をすすり再び走り出す。侘しさの中にもひと仕事終えた安堵感が懐かしさとともに虚空へと消えていく。

9月19日(木) 番人はもういらない  -スポーツ - プロ野球-

g410.jpg  昭和50年代には公式球を扱う二社の反発係数が著しく異なる「飛ぶボール」の問題があり、昨今は国際大会の増大から世界標準に準拠したのが統一球であるから、幾ら規準の範囲内とはいえ打撃戦を誘発するために反発力を高めるという行為からして、興行の側面を軽視すべきではなくとも、余り誉められた事態ではない。
 あまつさえ当事者が明らかに昨年までとの相違を実感として物語っているにも拘わらず、製造会社別に口止めして糊塗した経緯は姑息極まりないし、たとえ真実にその事実を把握していなかったとしても、球界のトップが自らそれを露わにしては責任逃れと言われても反駁出来ないばかりか、球界の意志決定の在り方すら疑われかねない。従って加藤コミッショナーの任期途中の辞職は遅きに失したと言わざるを得ないだろう。
 翻って日本野球機構の最高責任者たるコミッショナーは、労働争議で実質的に読売新聞を放逐された初代の正力松太郎氏(写真)を除けば、必ずしも野球という競技そのものとは直接の関わりの無い、法曹を中心に外務、警察といった官出身者に占められてきたのは、取り分け商業ベース色の強い昨今の米大リーグと対照的で、よくも悪くもわが国らしい。
 加えて唯一の民間出身者であった金子悦氏が江川事件における「強い要望」裁定で辞任の余儀無しに至った経緯もあり、コミッショナーらしい采配振りを見せていた川島廣守氏もセ・リーグ会長からの異例の昇進だったが、元を辿れば正力氏の後輩たる内務官僚であり、官OBポストが揺るぎ難かったのもやむを得ないのだろう。
 勿論結果責任は致し方無いとしても、恰も悪代官の如くに避難轟々の加藤良三氏も人格的には定評があり、寧ろ外務官僚として先任になる下田良三氏の方が、世間的な高い評価とは裏腹に日本シリーズにおけるDH制度の強引な導入など、公平性を旗頭に過去の経緯を踏まえぬ運営を行ったとして異論が残っているのは皮肉である。
 恐らくは王貞治氏の担ぎ出しも念頭にあろうが、単一球団の会長職にある以上に、球界の至宝に体力的にも過剰な負担を掛けることは避けるべきだろう。コミッショナー自らが先頭に立つという意味では、詰まるところプロ野球が読売グループに依存している事実を所与の与件と捉えれば、球界のマネジメントのあり方を現実に依拠させ再活性化を図るという意味でも、皮肉でなく渡邉会長がもう少し若く気力体力ともに充分であったらと残念でならない。
次のページ

FC2Ad