コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

4月30日(祝) 党争中  -テレビ・ラジオ - お笑い/バラエティ 全般-

 フジテレビの深夜番組と言えば「カノッサの屈辱」、「TVブックメーカー」、「たほいや」等の濃厚なサブカル色が記憶に色濃く、「カルトQ」や「IQエンジン」といったクイズ番組もその系譜を引いていよう。一方でバラエティの範疇では今や伝説的たる部類に入る凝縮された笑いの「夢で逢えたら」やヒロミ氏が尻に大火傷を負う事件で悪名高き「ワンorエイト」に連なる佳作は昨今現れていないと言ってよい。
 それは「笑い」そのものが練りに練った作り込みよりはハプニング性重視、その実長回しの中から使用に足る部分を抽出する、率直に述べれば安易な方向性に流れつつある帰結なのかも知れないが、深夜枠からゴールデンの定例特番に昇格した「逃走中」もまさにその流れを組むものだろう。
 ただ深夜時代に何度か視認した記憶はあるが、改めてスペシャル版を拝見すると元来が立派な鬼ごっこ、より正確を期せば豪奢などろ警以上のものではないからこそ若年層に人気を博す構造は理解出来るものの、とって付けた様な舞台設定、ドラマ要素が加わりより一層子供向けにアレンジされている。
 恐らくは一世を風靡した電波少年的、或いは遥かに密度は高いが印象としては「逃走中」の先駆とも看做すべき「サバイバー」に終始纏い付き続けたヤラセ批判に対し、意図的に虚構の部分を拡大して虚実を曖昧にし、リアリティよりはバラエティ色を前面に押し出すことにより反論を端から防ぐ趣旨と読むのは勘繰りが過ぎるだろうか。
 就職シーズンのこの時期、偶々邂逅した学生氏からサークルで自ら実演した逸話を伺ったが、携帯電話を用いれば充分に再現可能だし大の大人が実践する分には画面で追体験するよりも余程楽しいだろう。
g195.jpg  それは自ら幼少期に嗜んだ、エレベーターや非常階段を駆使したマンション鬼ごっこの拡大版、言うならば亜流の大人買いの世界である一方で、今や友人達との屋外の遊び時間すらままならなくなった子供達の疑似体験として人気の秘訣があるのだとしたら疑問符は否めないが。

 幼少期を関西圏で過ごすと吉本文化が刷り込まれるのに対し、関東のそれは大正テレビ寄席であるというのが持論である。
 作り込みと評するには些か緊張感には乏しいかも知れないが、冒頭と締め括りに登場する牧伸二氏のウクレレ漫談は笑いの原体験と言ってよい。
 御冥福を御祈りします。

4月29日(祝) めだかの学校  -育児 - パパ育児日記。-

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僅かな期間に生物、水槽ともに大増殖。

夏は亀は日向ぼっこが必要なため
間もなく原則屋外に
 ペットを飼ったこともなければ小動物、取り分け虫に著しい忌避感のあるのは個人的な性癖としても、総じて生物の生息に寄与するのは男性よりも女性というのが通り相場であるのは、矢張り母性本能の為せる業なのだろうか。
 既に五年目を迎え着々と成長を続けている亀二匹に加え、めだかに金魚が新たにメンバーに加わり水槽が群れ為すわが家において、文系科目と数学には口を出しても生物には寡黙極まりない父にはめだかが孵化間近と言われても為す術も無い。それでも小学校に今も「いきもの係り」が現存し、観察日記が夏休みの自由研究の定番であることに鑑みるまでもなく、情操・受験の両面から教育的には有意義なのだろう。
 食物嗜好の不如意を後世に継承しない為にも苺狩りは元より湯沢でも名古屋でも芋掘りに勢を出し擬似農業体験に務めてきたが、いざじゃがいもとさつまいもが何方が根で何方が茎かと問われてみると皆目検討も付かないのは、色弱故に刷り込まれた後天的な文系嗜好の所産か、或いは端から数学的に白黒の明確な物理・化学に対し、例外要素の大きい言わばアナクロな生物・地学には父は不向きだったのか。
g194.jpg  祐旭の将来の夢のひとつに「古生物学者」が挙げられているのに待つ迄もなく家庭環境の影響は小さくなかろうし、理系離れの嘆かれる昨今、若い身空には適宜な文理バランスは必定なのかも知れない。

 珍しく牛丼を所望した子供達に倣い恐らく二十年以上振りに松屋に闖入したが、牛皿が無いのはショックだった。
 幾ら偏食でもひとつは賞味出来るメニューが存在するという大原則が破綻している。分割が叶わないのは単に需要が少ないのか、端から丼としての完成品として集中調理しているのか。吉野家まで後少し足を伸ばせば良かった。

4月28日(日) 名門の罠  -スポーツ - ゴルフ-

g188.jpg  黄金週間に送迎付きで箱根とは一見優雅極まりないが、早朝とはいえ流石に丸二時間の旅路である。
 ゴルフと言えば昨今こそ職務上成田方面がホームコースの如くあるものの、長年関越方面ばかりだったのでメッカたる箱根遠征にはそれなりの気負いもあったが、インスタートいきなりのショートをバンカーで叩き捲り暗雲の出だしとは厳しい。
 所謂名門コースにも好スコアの望める如何にも接待向けとプロ仕様の二種類がある中、シニアツアー開催の当地は後者で、ドライバーこそ前回に次ぎまずまずだったが、何よりも距離がしっかりある上に要所要所に配置されたバンカーに悩まされ続け、一方で前回神憑り的だったパットが冴えないのでは推して知るべしだろう。名門らしく確かにアップダウンは少ないが、矢張りこれも名門らしく全行程徒歩なのでホールを重ねるに連れじわじわと体力を奪われる。しかも一見平坦なフェアウェイも微妙なアンジュレーションが施されていて、いざ第二打に臨んで天を仰ぐことも少なくない。
 なる程回を重ねる毎にアプローチの安定性が増していると自認出来るのは錯覚でなければ収穫だろうが、前半17番、漸くのツーオンも短いパットを外し、後半も7番それ以来のツーオンは長いパットをノー勘でバンカーに落とし正真正銘ジ・エンドである。
 御一緒させて戴いた元政府首脳の御仁に、腰を右に回し過ぎ、寧ろフォロースルーを大きくと諭されたのはわが意を得たりだったが、逆に意識して腰を固め過ぎると引っ掛けも生じ、矢張りゴルフは難しい。
g191.jpg  知る人ぞ知る人気伊太利料理店にお招き戴き、野菜は食べませんがピザは好きですと注釈を加えながら有り難く賞味する。幸い当初予定を覆して当日中にわが家に辿り着き、ゴルフそのものは悲惨だったが黄金週間最大の職務を無事乗り切り幸いだった。

 嘗て補欠選挙と言えば組織と人員に勝る与党自民党が総力を挙げて臨むが故にまさに金城湯地だったが、統一補選になり勢力が分散される以上に選挙全般が「風」の差配する要素が大きくなり、総選挙や通常選挙の前哨戦たる色合いが濃くなっている。
 今回はその両面から与党の圧勝が予想され殆どニュースにもならない内に粛々と20時丁度の当確を迎えた感が、権力は抑制的に行使すべきとの観点からも政治の季節を迎えていないわが国社会の小康状態の証佐と肯定的に受け止めるべきか。

4月27日(土) 闊歩するマナコゲルゲ  -学問・文化・芸術 - art・芸術・美術-

g184.jpg  黄金週間は昨年に次ぐ大道芸で幕を開ける。のっけから宿題にサッカー、ピアノと多忙な息子達の一段落を待ってわが家に程近い北公園へと向かう。ジャグリングは大道芸の定番商品で高円寺一帯に二日間数限り無く溢れているが、パントマイム形式の抑制された笑いが印象的なジャグラー氏に一年振りに再会(左写真)したのは美しい皮切りであった。
g187.jpg  南口のPAL商店街では同じくジャグリングがベースながらBGMに載せた着包み操演と話術で魅せるパフォーマンス、日英二人組Funny Bones(右写真)に足を留めるが、交叉点の大きなスペースが与えられていることからも人気の高さが伺える(右写真)。更にジャズバンドを経て庚申通りにとって返すとアコーディオンをバックに詩吟という思い切り渋い高齢デュオに遭遇と闇雲に練り歩いた割には高ヒット率だったろう。
 ここから漸くパンフレットに基づきお目当てを漁るが、夕刻に連れ演者も分散しており今更街を横断するには能ず北上して長髪を振り乱す微妙なマジックを賞味した後、ホームグラウンドたる中通りに回帰した。
 装束さえ揃えば特段の技術を要しない被ものが賑やかしに最適なのは、嘗て友人達の御成婚二次会のプロデュース業を、比喩でなく「業」の名に値しそうな勢いで、奇抜な衣装に塗りもので踊る「舞踏隊」隊長として務めた経験から身に染みて理解出来る。既に庚申通りでストロンガーの宿敵・一つ目タイタンと言うよりはバロムワンの敵役マナコゲルゲの名を新たに拝命すべき二人連れには邂逅していたが、ジブリ擬きのブリキのロボットやイカデビルの贋作、お馴染みの超長身シリーズはバレリーナと総員一網打尽に遭遇出来たのは、効率性の追及が大道芸見物の本旨に叶うか否かは別として、子供達の壺に嵌まった河童の到来とともに良い締め括りだったろう。
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 阿波踊りに比して街に露店が溢れていないのは、観客も見物に夢中で存外に食べ歩き需要が少ないとの読みだったか。人ばかり溢れて居住者には必ずしも歓迎ムード一色とも言い難い四大祭も、黄金週間は近場での法則に鑑みれば望外の駄賃だったのではないか。

4月26日(金) 将棋は歩から  -育児 - パパ育児日記。-

g183.jpg  小学校時代は何部に属していか、最初に選んだ机上旅行は今に至る都市変遷評論業のはしりとも位置付け得ようが、まだオープンリールも併用されていた部活とは別枠の放送委員会に憧れながら入会の叶わなかった悔恨は鮮明に記憶に残っているから、後年の音楽活動のみならず編集癖に鑑みれば三つ子の魂は矢張り変わらないものである。
 四年になった祐旭も入部の時期を迎えたものの、週休二日とゆとり教育からの逆コースの両立の中、活動枠が月に一度では、将棋というわが国伝統に則った、かつ世界でも稀な捕獲した駒の再活用により変化の天文学的なゲームの選択は頼もしくあっても、当然駒の動かし方すら習熟する暇も無かろう。
 部活までSAPIX宜しく家庭での予習・復習必須では小学生の課外活動の範を超えそうだが、移動可能な範囲を矢印で示した初心者向けセットを用い、基本的なルールすら覚束無い公資を打ち負かし悦に入っている内弁慶を前にしては、小学生時代に加藤治郎名誉九段の名著「将棋は歩から」を皮切りに、比喩でなく将棋の指南書を三貫目は読み耽った父としては、今では野球や相撲同様に遊戯そのものよりも棋士のドラマ人間模様に心奪われて仕舞ったとはいえ、自ら登壇するに如くはなかろう。
 生憎父も駒落ち定石に疎くはあっても、二枚落ちは疎か六枚落ちでも当然の様に楽勝では祐旭も詰まらなかろうし、責めて初手は3四歩か8四歩ぐらいは学ばないと幾ら上級者と手合わせしても実戦オンリーでは上達は覚束無い。
 暫くは部の初心者対応を見守ってみようか。

 ゴルフの最大の利点は競技年齢の長さであって、それは50の坂を越えて改めてシニアの新人としてデビュー出来る職業構造にも如実に現れている。
 それでも昨今でこそ藤田選手ら中年四十代の星が再び脚光を浴びつつあるが、シニアプレイヤーがレギュラー・ツアーで好成績を収めることすら稀有な中でのジャンボのエイジシュートには驚愕せざるを得ない。
 腰痛でも距離に拘るが故に常人では到底真似し難いスイングのお陰で安定感には欠けるが瞬発力は健在という証明だろう。
 私も年を重ねぬ前にダブルエイジシュートを目指したい。

4月25日(木) ニウロマンティック

g182.jpg  珍しく歌舞伎座に赴くお仕事があり、辛くも地下の店舗街こそ覗けたものの、新装なったタワー展望や歌舞伎ギャラリーやらを嘗める暇もなくお土産を買って永田町に蜻蛉返りとは切ない日々である。
 細々とした多数案件を同時並行的に抱えていても恒常的なタスク・リストを作成したりはせず、飽く迄記憶力頼みで思い出した順に逐次処理していくその日暮らしシステムを長年採用し続けているから、偶に足が比較的長く重目の案件が混入しても同様に源泉掛け流しが如く質よりスピードで勝負していると、細部のミスが発覚することも屡々になって来た。
 物理的にも心情面も余裕が無くなると何事にも創意工夫を凝らすことなく眼前の事務を淡々とこなすのみの蛸壺状態に陥り、そこに昼間は出ずっ張り会食後踵を返して事務作業の日々が続けば些か神経過敏の初期症状が現れるのも否めない。知覚過敏なら歯周病が関の山かも知れないが、こちらは更に悪化すれば被害妄想の様相をも呈しよう。
 幸か不幸か神経症の域に至らない自負はあるが、他者の共感出来る言動に過度に感激したり、或いは恐らくは悪意に乏しかろう一言に猛烈な敵愾心を覚えたりと、傍目には著しい異常値には映らない程度ながら必要以上の喜怒哀楽を発する程度には疲弊が現出する。
 ただ問わず語りではあってもなにがしか他者と四方山話をしていればそもそも気が紛れるし、取り分け老いては子に教えられにはまだ猶予がありそうだが、新たな同僚と人物譚など繰り広げているとなる程視点を替え敢えて何事も好意的に解釈すれば平穏な人間関係の構築に寄与するのみならず自らの安寧にも繋がる意義を改めて教えられる。
 勿論その為にこそ一見無駄な時間を費やしいるが如きであっても物理的な糊代が求められようが、多忙の中でも非齷齪感を醸し出す風情を天性に依らず意識的に心掛ければ、やがて恰も余裕綽々の如くに自らの感覚を麻痺錯覚させることも叶おう。
 「話し聴きます」の看板を繁華街に見掛ける様な殺伐とした世において、会話の成立する僥倖を改めて噛み締める。

4月22日(月) 五体満足  -ヘルス・ダイエット - 健康-

g181.jpg  通例通り6時に起床して尿と便を採取、市ケ谷への予防医学協会へと向かう。今日は「節目健診」なるネーミングの簡易人間ドックである。
 採血が痛くなくレントゲン技師が妙に綺麗なところは確かに企業内診療所とは一線を画しているが、何度も覚醒したまま艱難辛苦の胃カメラに耐えた身の上にはバリウムは今更の想い強く、眼圧で眼に風吹き付けられ立腹し、無理矢理何度も強制吐息させられ何とか及第点と流れ作業感の強い行程ではないか。
 先週のゴルフ以来、左腕に痺れが続いており、駄目元で訴えても医者に行かれてはの反応では意味が無い。胆嚢に小さなポリープがあっても放置して構わないらしく、四年経ったらまた会いましょうでは重大な事態が発覚した折りには手遅れだが、寧ろ何等の異常が認められない事実に拍子抜けだった。
 幸い恒例の自転車漕ぎを心臓には何等の問題なくとも足への過重負担を理由に中途で断念し、午後の詰まらぬ健康教室もパスして昼前には無事終了と相成る。

 しかしこのところ食道の調子が今ひとつで食が進むまなかったためか体重が72キロまで回復していたのは驚きだった。
 171センチなので太り気味には違いないが、揃いも揃って腹ぷっくりの息子達を引き合いに出す迄もなく体質の為せる業も少なからずあり、一時は75キロを上回りBMIも経過観察水域に入っていたから、学生時代比5キロ増ならば先ず御の字ではなかろうか。

4月21日(日) 翔ぶ前に視ろ  -育児 - パパ育児日記。-

g174.jpg  想えば三年前の夏は、震災に伴う電力需給平準化の要請に伴い、表記上水木休暇とされながら仕事柄実質土日の何方を休めれば御の字という労働強化の日々であった。
 それでもシフト休暇の恩恵に幾ばくかは預ろうと念願の崎陽軒本社工場見学をそこに充当したのは我ながら大ヒットだったが、企業側も号令一下自治体までもが当然にシフト休暇に従う企業城下町主導の措置に、皺寄せを喰らう東京サイドを少しは不憫に感じたか、子育て世帯に魅惑的なプログラムが設営されたものの、見事に崎陽軒とバッティングして涙を飲んだのが全日空機体工場見学であった。
g176.jpg  爾来今では老若男女を問わず空前の工場見学ブームを迎えているが、最大のネックが凍り付いて大半が平日に限られることには変わりない。確かに常設の展示館であればいざ知らず、飽く迄稼働中の工場を社会貢献的観点から一般公開するのであれば、余程PRに余念の無いマイナー産業でもない限り、週休二日の御時世にわざわざ土曜に開放しなければならない謂れはない。
 だから出向時代の同僚たる御縁と政治的な与野党対決構図からも全日空贔屓でありながら日本航空の機体見学に足を踏み入れるのは内心の葛藤を払拭し切れない思いはあったが、土曜に広報マンが大挙して出勤する絵柄もまたJALの立ち位置を示しているのかも知れない。
g175.jpg  新整備場に早めに到着してコスプレ撮影に勤しむと、13時より幾分冗長な飛行機の飛ぶ原理の解説、ビデオを経て愈々実機見聞だが、前説と連動しているのは777の羽根の先端が曲がっているウィングレット位で、先ずは文字通りドックで丸坊主になった777に積み込む座席に遭遇する。今やファーストは元よりビジネスもほぼ個室仕様で、会社規程が厳しくなる前にこうなって欲しかったと嘆くのは後の祭りだろう。
 ただ以降はだだっ広い格納庫に並べられた機体を有り難く眺めるのみで、次々と着陸する飛行機に比較的間近で遭遇したのは見聞ではあったが、当局の要請を盾に787には近寄れず、ともに寂しく佇むANAのそれを垣間見るのと大差なかった。

 帰りの足にはバスも業務用のみなのでモノレールで国際線ターミナルまでひと駅移動してからタクシーで仲六郷の商店街脇にぬっと現れるその名もヌーランドなる黒湯を経て一日を終える。
 昨今流行りの見学モノでは必ず大きく頁を割かれる著名スポットを制覇した満足感の一方で、待ち焦がれた割には幾分の拍子抜け感もまた否定出来なかったのは、出向時代の役得で通例では御目に掛かれない物件に足を運び過ぎた反動だろうか。退役し売却に向け薄化粧を施されているMDが消えると須くボーイングという構図にMRJ、更にはその次が待たれるわが国航空産業の有り様の一端が伺えただけでも文字通り百聞は一見に如かずと受け止めておきたい。

4月20日(土) 仮想敵・阿佐谷  -地域情報 - 東京23区-

g171.jpg  小学校時代、学区は学校名にその名を残す旧地名の範囲で現在の高円寺北から阿佐ヶ谷北に跨がっており、かつ居住地も現下のなお阿佐ヶ谷寄り、丁度両駅の中間辺りだった。今もなお子供達は阿佐ヶ谷のスポーツクラブに通い続けており、 環七という分水麗を超える中野と比べるまでもなく、阿佐ヶ谷との縁は深く、ともに豊富な商店街に恵まれながら駅ビルにしろ飲食店にしろ高円寺に比する微妙なハイソ感は憧憬の対象であると同時に、ひと駅都心に近いコウエンジャーのそこはかとなき優越感の発揮先でもある。
 勿論、区役所、区議会、或いは地域中核病院たる河北と南北を貫く中杉通りの存在に待つ迄もなく、阿佐ヶ谷が杉並区の中心たるは疑い無き事実であり、杉並特有のスプロール化した住宅地に相応しい五叉路(写真)に居を構えた今は亡き駄菓子屋に、スーパーカー消しゴムや野球選手の名入りベーゴマ、銀玉鉄砲の球を購入に赴いた日々も懐かしい。

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 その五叉路から程近い玉の湯へと赴く。わが家から徒歩数分圏内にも小杉湯なみのゆと特色ある銭湯が陣取ってはいるが、毎度生来の新しもの好きは風呂巡りにも大いに発揮され、過日の高円寺南の弁天湯(下写真右)に次ぎ今日は阿佐ヶ谷小遠征となった。
 立派な瓦屋根の日本家屋が聳えているが、当然男女に分割されるので見掛けは甚大でも特段のスペースは無い。それでも電気やらジェットやらのギミックは子供も楽しめるものの、主たる浴槽は矢張り思い切り熱いのである。
 学生時代の終盤、開店間もない公衆浴場がスーパージョッキーもかくやの熱湯風呂で、一段高くなった円周部にウォーターボーイズの如く、辛うじて男四人が丸く身を横たえた伊香保温泉の記憶は別格としても、高齢者対応なのか果たまた目一杯温めて余熱で賄うのが経済的なのかは定かでないが、なみのゆ然り小学生には荒行である。
 幸いこちらは別枠で穏便な湯船が用意されていたし、風呂から上がると冷凍庫にはこのところ店頭から姿を消しているガリガリ君のコーラ味が凍り付いていたのは幸便ではあったが、それはまた別の話。

4月19日(金) 同級生

f637.jpg 総員押し並べて子育て世代に突入しても年に一度の忘年会だけは欠かさず設営して来たが、やがて年を跨いで新年会に、更に今年は遂に新年度会まで先送りされて漸く具現に至り、土曜昼間から久々に平日夜集合に回帰してこれまた必然的に男性比率が飛躍的に高まった。
 それでも総計9名は卒業から21年を経た大学サークルの同級生の飲み会としては立派なものだろうし、何となくここ数年は受験や塾通いはじめ教育談義こそ共通項たり得てもどうしても金融関連と政治・行政周りに二分されがちだったところ、日銀の政策転換はじめ政治・経済に跨がる話題豊富で両者の融合、昇華が図られたのもアベノミクスによる政経一体化の成果と捉えるのは全くのこじつけだろう。
 ただ経営の職人としてアパレル業界に身を投じたメンバーを肴にクールジャパン、更に敷衍して男児の父としてのウルトラ・仮面ライダー、80年代音楽と多岐に拡散し、久々に日頃の不快さを一時的にも吹き飛ばし得る会になったのは、永久幹事個人にとっても有り難かった。
g170.jpg  二次会はメンバーのひとりの小学校同級生の店に赴き更に交流の輪が広がり、火鍋に始まり三次会のラーメンで〆める、心持ちだけバブリーな夜は3時過帰着。空いたグラスにも気を付かわず頷きひとつも憚られることの無い宴席は矢張り心地好い。

 曾て来日したレジー・スミス外野手が共和党支持を明言する光景を流石自己主張の強い米国らしさと受け止めた記憶があるが、寧ろ臆病な迄に中立性を装おうわが国こそが特殊であって、それは不偏不党を謳いながらその実紙面で反政府思想を煽るマスコミ由来の悪癖のひとつと言ってもよい。
 確かに最終消費財に携われば営業上どの勢力にも愛敬を振り撒かなければならないことは理解出来る。或いは本業以上に対外活動に特化した業界団体には余計に等距離外交が必要との見解もあろう。
 ただ中立を貫く余り超党派にあらざれば懇親ひとつ許されないとの理屈は俄かには信じ難い。百歩譲って参加が憚られる事由があるとしても、言い訳にしては出来が悪い。
 政権交代に伴う変わり身ならば揶揄されても仕方ないが、自らの背負う刻印までも否定されては立つ瀬が無い。或いは脈々と築かれてきた人と人との交わりに拘り続ける私が旧態依然と自戒しなければならないのか。
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