コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

2月28日(木) いちご白書はもういらない  -ヘルス・ダイエット - 健康管理-

g098.jpg  転んで出血から一夜明け、宿酔いのまま挑んだ朝食会を抜け出しトイレに駆け込んだ瞬間、腰に電気が走る。へたりこんでそれでも嘔吐に及ばざるを得えない、まさに弱り目に祟り目の光景が繰り広げられたのが昨朝であった。
 会社に辿り着いても一向に回復の兆しも訪れず、こうした日に限って国交省への御使いが発症し、命辛々赴いてその足で宴席もパスしての退散に追い込まれた。

 風呂で温を採ると少しは快方に向かうので、コルセットで固めて眠りの途に就くも、目覚めれば寧ろ悪化したかの様相である。
 ここ二年程出社も叶わぬ重症に見舞われなかったのは、ゴホンと来たらならぬピリリと来たら早めの対処で腰痛との付き合い方も体得したかと勝手に合点していたのだが、ことここに至れば瀬古選手ならずとも這ってでも医療機関に頼る他はない。
 高円寺南の銭湯跡地に各科医院が集約され、整形外科も幾分わが家から距離が嵩んだのもこの身体には重労働だったし、 横臥すらひと苦労にも拘わらず機械的な作業に徹するレントゲン技師には閉口したものの、咲坂守氏に似た医師に窮状を訴えると恐らくは三年振りだろうか、痛み止めの注射を施され、当然直ぐ様安楽に回復はせずとも、現金なもので薬の効用は心理面にも安堵感を与えるものである。
 思えば嘗ても当該医師に、安静にしていても治らないから寧ろ普段通りに活動すべきであって、その為に痛み止めも処方していると恂々と諭された記憶が甦ったが、だからと言っていきなり健常の如く立ち居振る舞うことも叶わず、ソファーに横たわりながら思い切り怠惰な人の風情である。
 おかげで読書は進んだが、「もう若くないさ」と自分に言い訳ならぬ言い聞かせなければならないのでは情けない。

2月26日(火) 綻び  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

g094.jpg  参院の「捻れ」が必要以上に喧伝される様になったのは丁度六年前、第一次安倍政権退陣の引き金となった参院選以降だが、与党の過半数割れという意味では既に89年「山が動いた」の土井社会党の大勝以来、わが国には再三の経験則がある。
-  ただ往事、捻れが著しい政治の停滞を招かなかったのは、海部内閣から宮澤内閣にかけては野党の中から公明、民社との政策に応じたパーシャル連合で乗り切る余地があり、消費税上げの98年参院選敗北後には更に進んで自由党、更には公明党の連立と複数野党の分断という手段が存在したのに対し、二大政党制がほぼ定着したと思われたそれ以降は巨大野党が寝れば、衆院優位の予算、条約を除いて凡ゆる法案を進捗し得ない状況が生まれたからに他ならない。
 翻って再度の政権交替を経て、参院の勢力分野そのものには致命的な変更は無い筈なのに、近い将来の政党再編に活路を見出だしたい"ゆ党"、与党に早急に復帰したい者らが入り乱れ、遂に今般補正予算の採決において一票差の可決成立に至ったのは、辛くも第二党の座を維持している民主党にとって党の存在意義を左右しかねない一大事であると同時に、政党・議員の投票行動が一定程度有権者の嗜好に左右されるとするならば、国民もまた権力のバランスや分散よりは政治の安定を希求したと看做すことが出来るのかも知れない。

 女性陣を侍らしていい気になって飲み過ぎ、椅子から転げ落ちた自覚もなく、うっすらと記憶にあるのは救急病院で恐らくはMRIなのだろう、全身を固定されて筒に吸い込まれていく光景である。
 頭部は血流が多く少々の擦過傷でも驚く程に出血する構造故であり、このところ頓に血の気の多過ぎる私には丁度良い薬という訳ではなかったが、後から鑑みれば来るべき奈落の底に転げ落ちていく予兆であったのだろう。

2月25日(月) 割れてもひとつ  -政治・経済 - TPP-

g097.jpg  大国の一翼を占めていた大日本帝国ならばいざ知らず、軍事力という国家の根幹の一部を他国に依存せざるを得ないわが国にとっての外交とは、同盟関係を毀損しない範疇において如何に有利な二国間関係、或いは国際協定を確保すべく、ルール・メイキングに関与することと同義と言っても過言ではない。
 だから前政権において一向にTPP交渉を進められなかったのは、国内の利害対立から合意を図り難かったと言うよりは、普天間はじめ肝心の安全保障で家鴨の水かきどころか同盟国と足蹴にし合っていては、経済交渉において国内各層が充分ではなくとも振り上げた拳を降ろすに足る程度の譲歩を引き出すことすら叶わなかったと捉えるべきなのだろう。
 勿論、逆に言えば互いに「聖域なき関税撤廃」の原則論では通用しない分野もあろうから交渉のテーブルが用意されるのであって、結局のところ主張が採用されず負担を強いられる業界には、何等かの形で飴を与えて解決を図る他はない。
 それは嘗ての繊維交渉宜しく税や補助金というストレートな対策に留まらず、現下の円安誘導に同盟国の御墨付きを獲得するといった、それこそ日米関係全体の中で補填することをも可能にするのが、まさに外交であろう。

 この段に則れば対露関係は交渉自体はハード・ネゴシエイトたろうが、有史以来協調の時期は少なく、現在も平和条約すら結ばれていない緊張関係がベースとなるから、逆に言えば純粋に利害得失で判断し得る要素が大きいことになる。
 勿論、領土と投資等の何等かの経済的恩典とのバーターを通じても両国の信頼関係が築かれなければ二国間関係は進展しないし、わが国にとってはインド同様に大陸の隣国への牽制という要素もある。だからこそプーチン大統領と最も親交のある森元総理の起用が得策なのだろう。

2月24日(日) 投げたら、こう打って  -育児 - パパ育児日記。-

g091.jpg  日米決戦という叶わぬ夢の代償行為と言えば身も蓋も無いが、恐らくは世界で最もWBC熱の高いわが国において、日頃東京ドームには場所柄仕事柄足繁く通いながら御無沙汰続きだった野球体育博物館を見学するのも時宜に叶ったものだろう。
 途上電車で祐旭が携帯を落とし、駅に届けられたとの情報に基づき信濃町まで引き返すハプニングこそあれ、予想通りのWBC特集に過去の12球団ユニフォームと必用以上にマニアックでないだけにオフの定番、蘭展当日にしてはそれなりの賑わいである。
 研究者向けには図書館が用意されており、専門=移籍の野球評論家として日本プロ野球 トレード・移籍大全を過去に遡るために訪れた実積もあるが、市井の自称評論家に毎度の入場料負担は耐えかね、杉並中央図書館での一般紙閲覧に切り替えたのも最早20年近く前の出来事である。それでも殿堂入りレリーフを眺めていると蘊蓄のひとつも漏らしたくなり、ひとり一人に立ち止まり呟いている姿は奇異な人以外の何者でも無かったろうが、幸い電動の解説板が設けられ、写真を掲示させては当該人物の解説を施し、自己満足に浸っていた。
g092.jpg  子供向けにはプラスチックにゴムを巻いた簡易バットで映像から電気的に投げ込まれた球を打つバッティング・シュミレーションが用意され、存外に難関と評判だったが、祐旭は二打席目で見事巨人山口からヒットを放ち、運気の強さを伺わせた。

 子供達にとっては寧ろこちらの方が本題だったかも知れないが、続いてはラクーアである。
 嘗ては戦隊ショー、果た又リニューアル後と再三旧後楽園遊園地を訪れながら風呂に背を向けていたのは、入館は小学生以上との規定に阻まれたからに他ならない。厳密に言えば公資は未だあと一ヶ月余は園児に違いないが、小学生と偽るより幼稚園と申告する方がサバを読んでいるかと疑われかねない体格であり、当然何等の支障なくスパの人と化した。
g093.jpg  ボーリング技術の発達故か、ほぼ国土全土において温泉採掘が可能になったのは風呂好き親子にはギョウコウ以外の何物でもなかろうが、都心部だけあって仕事帰りのサラリーマンやOL需要を宛て込んでいるのだろう、取り分けサウナが充実しており祐旭も公資も揃って羮に目覚めていたのは更なる風呂フリークに仕立て上げる父の思惑通りとも言えようが、正直なところコスト・パフォーマンス的には高額と言わざるを得ない。
 昼食が高台寺を名乗る大椀うどんになったのには幾分の御縁を感じて仕舞ったが。

2月23日(土) 多かりし仁  -学校・教育 - 中学受験-

g095.jpg  自らの小学生時代を振り返ってみると、人並みに四年からは地元の塾に通い、やがて往事の最大手たる四谷大塚を経ながらも家庭で学習に明け暮れた記憶は皆無だし、肝心の受験生たる六年時には地方に蟄居していたから特段の労苦もなく気付いたら私立中学生が誕生していた感がある。
 勿論三十年を超える月日が経過しているから単純な比較は慎むべきなのだろうが、現下の小学生の勉学事情には想像を絶するとの表現も過言ではない。取り分けSAPIXは大手の中でも授業では学問の中身に興味を抱かせるべく、よく言えば顧客志向だけに詰め込み式でない分、必然的にこれを補う家庭での予習・復習の負担が並ではない。
 幸い公文式の賜物で単純計算には一日の長があるが、一方では文章題には小慣れず、その弊害は残念ながら国語にも及んでいるきらいがある。
 ただ記述問題には過剰なまでに饒舌に回答せよという受験テクニックは、確かに幅広く読解した事実をアピールするには有効に違いなかろうが、過剰な装飾を削ぎ落とすべしという文章の羊蹄こそ小学生には尚早かも知れないが、回答の肝の部分を選別する本来の読解力を問われ難い構造は今ひとつ解し難い。
g096.jpg  奇想天外な穴埋め主体で受験生の量を競っていた私立大学も少子化の進む中、寧ろ受験機会の多様化の方向に舵を切り、だからこそ中学段階から文章題主体に移行しつつあるとすれば、記述回答の技術が氾濫するのもやむを得ないのだろうが。

 阿南元中国大使の、かの国に対する「化粧国家」論には含蓄があった。
 勿論、最後には隣国であるから仲良くという当たり障りの無い結論だったが、資本主義の枠組みないままに資本主義を取り入れた社会主義市場経済の成れの果てへの批判は、史上最も成功した社会主義と揶揄された嘗てのわが国への憧憬を借りた戦後中華人民共和国の賛美の如くもあり、何となくストックホルム症候群的なチャイナ・スクールの深層心理が伺えるというのは失礼に過ぎるだろうか。

2月21日(木) 白と黒  -ヘルス・ダイエット - ダイエット・美容・健康-

 朝から身体の節々が痛く珍しく宿酔いが胃腸の外にも波及したかと思いきや、会社の診療室で体温計を挟めば37.6度で合点がいく。元より基礎体温が高めだから37度位なら平熱の範疇だし、38度を超えなければ日常活動に著しい支障は生じない。
 だから薬でも貰って現隊復帰しようかと形ばかりの診察を求める暇もなく、即座に別室に隔離され、有無を言わせず鼻に綿棒突っ込まれて雄叫びを抑え切れない痛みを味わってなお、約20分待機である。
 ひとり放置プレイなので余程判定に細工してやろうかとと思ったが、判定はシロ。ならば即座に無罪放免たるべきところ、発熱当初は陰性でもインフルエンザの可能性があるから即座に家へ帰れの一点張りである。
g090.jpg  確かに産業医の立場からすれば万一他者に飛散させれば責任問題だし、役員に接し易い秘書稼業故に余計に自制を求められるのも道理だろう。ただそれでは痛みに耐えての検査の意味が無いし、そもそも余程全ての職責を遺漏なく平らげてからでなければ診察も受けられないことになり本末転倒も甚だしい。
 宴席に向け幾ばくかでも体を休めようかとシロの御墨付きを掲げ再び診療室を訪ねても、まだ会社に居たのかと言わんばかりでおちおちベッドで横にもなれないし、熱が下がったかと確認しようにももう一度計ることすら憚られる。
 外形標準で一律機械的に判定しなければ大容量を捌くテーラー方式は成立しないのかも知れないが、自分の体は自分が一番判っているとの言い分が少しも通用しないのは、些か釈然としない。なお結論から言えば翌朝には36度台に回復していたことを付記しておきたい。

 昨昼は久々に永田町黒澤で蕎麦を賞味したところ、今夜は「三船」をテーマにした店でデジャブの如しだった。「男は黙ってサッポロビール」のフレーズも遠くなりにけり。

2月20日(水) 免許が無い  -車・バイク - 自動車全般-

g088.jpg  忘れた時は出掛けずに、忘れた頃にやって来る免許の更新だが、それこそ忘れて仕舞う様な軽微な違反でゴールドを逃し免許更新センター送りとは驚いた。
 ならば都庁に赴けばよいものの、そこは新しもの好きの面目躍如、初めて神田のそれへとやって来た。遥か昔20代の時分に通った旧経団連会館の取り毀しの模様を眺めつつ到着すれば、流れ作業の後教室形式に押し込まれるのは毎度のパターンである。
 道交法改正のあらましこそ一定の知識修得には寄与しようが、飲酒やら事故やら逐一「皆さんには関係ありませんが」と謙虚なのか嫌味たらたらなのか判然としない枕詞が煩い講習に耳を傾ける素振りを装おう。事故被害者の語る悲惨なビデオは免許取得忌避に効果大で自動車産業サイドに立てば行き過ぎのきらいは否めないが、何よりも鑑賞すること事態おぞましいが儀式であるからにはやむを得ない。
g089.jpg  次回こそは淡々と30分講習で退散すべく運転は慎重に、と居佇まいを正すよりは運転を控えようかとの結論に至るのは本末転倒に他ならないのだが。

 それでも引き寄せられるが如くに午後は都庁に御目見えとは、言葉は言霊であるのと同じく土地の地縛の為せる業というべきだろうか。
 若かりし時分から自らの領域、所掌に囚われず関を跨いで首を突っ込む傾向があったのか、美しく言えば「小人の靴屋」宜しく好んで裏舞台に従事して来たが、時にセクショナリズムからの逸脱は必用だとしても、責任を問われない気軽な評論家業の成れの果てと指断されればひと溜まりもない。
 だとしてももう十年位前に、赤坂の隠れ家に屯っては深夜に至って漸く打ち合わせ擬きの始まる行政改革の真似事に瞬間携わったのも今となっては良い想い出だろう。
 何よりも秘匿性の高い裏稼業故に同じ秘密を共有したメンバー間の連帯は高まるし、その御縁で久方振りに都庁を訪ねることも出来たのだから。

2月18日(月) 外圧天国  -ヘルス・ダイエット - 健康、美容、ダイエット-

 愈々交渉のテーブルに向け待ったなしのTPPは昭和から平成への過渡期に焦点となった牛肉・オレンジ問題以来、構造協議やそれに続く日米交渉において、「糸で縄」ならぬ「井草で車」を経てなお農業対第二次産業の構図を繰り返しているが、一方その影では保険の第三分野はじめ美しく言えばウィンブルドン化による競争の促進と市場の拡張、その実米国資本に席巻された分野も少なくない。
 今般もまたお馴染みの最終消費財の"系列"への疑議も取り沙汰されてるなど前哨戦が繰り広げられているが、ターゲットのひとつには医療における混合診療の解禁がも挙げられている。
 例えばERの如くTV番組において保険の有無から医療機関が診療・治療の可否に苦悩するというドラマツルギーがわが国において切迫感を齊さないのは、国民皆保険制度の認識され難い功績に他ならない。
 だからこそオバマ政権もまた公的保険の導入に血道を上げていたが、同時に富裕層に最先端医療を実費で供与し得る自由経済社会を是とすれば、皆保険のわが国が寧ろ経済合理性を欠き、富裕層への逆差別を喚んでいるとの見解も成り立つ。
 従って皆保険の中で保険適用に削ぐわない最先端、或いは万人が診療対象たり難い医療部分のみ実費を求める混合診療に手ぐすねを引く外圧にも理は認められようが、経済格差が如実に反映され結果皆保険の破壊に繋がりかねないとの反論にもまた頷かざるを得ない要素はあろう。
g087.jpg  ただ所謂差額ベットや歯科には混合診療が容認されており、現代においては金歯が嘗て漫画の類に再三描かれた金持ちの象徴たる如くに珍重されていないのは、勿論金を上回るセラミックの存在を勘案してなお、逆説的に混合診療が貧富の格差助長に必ずしも寄与していないことを示しているとも言える。
 一部のマッサージに恰も混合診療が解禁されたが如く面持ちがあるのは若干の疑問ではあるのだが。

 祐旭の嘆きを受けて塚田農場を再訪したが、当の祐旭が馬刺を食べたのは意外だったものの矢張り飲食そのものはインパクトを欠いた替わりに、公資の「濃い味好きは一緒だが、お父さんは『善は急げ』、僕は『急がば回れ』」「あと一緒なのは、ああ顔が似てる」と絶妙な突っ込みが冴えていた。
 幼児のウィットに乾杯しよう。

2月17日(日) 見上げて御覧  -地域情報 - 東京-

g081.jpg 開業から約9ヶ月を経て、遂にスカイツリーへとやって来た。6時に総員を叩き起こして電車を乗り継ぎ、平安の歌人も世界最高峰の鉄塔には勝てず業平橋改メに到着したのが開場の8時前、急ぎ駆け付ければ既に長蛇の列である。快晴かつ昨日折からの強風で450mの天望回廊が閉鎖された為の一層の混雑とは言え、特段段取りが悪い様にも見受けられなくとも当日券購入まで50分表示のところ実際には一時間以上経過していたのだから、相変わらずの人気を物語っていようか。
 更に天望へと上昇するまで30分表示はほぼ案内通りだったが、到着する頃には些かグロッキーである。すぐさま記念撮影を経て富士山を拝みつつ回廊を週回するものの、正直言ってとてもゆったり見物する雰囲気にもならない上に、気圧に酔ったのだろう公資は軽い腹痛を訴え始めるではないか。
 早々に345mまで下り、更に一階下りて足元の透ける硝子床にて再び記念撮影の大枚を叩き、早々に退散とは幾分せっかちに過ぎただろうか。
g082.jpg g085.jpg g086.jpg
(中)ROCKS近辺は被写角を選ぶ (右)10/3のスカイツリーとともに
 当然フードコートも席取り合戦の嵐だが、周りには八重洲地下街とほぼ同じ顔触れのキャラクター・ショップが並んでおり、要は東京見物の名所という位置付けなのだろう。であれば高額な割に開架部分もなく大物はペンギンとその裏にひっそり佇むアザラシだけで、サンシャインよりも華の無い水族館も、品川や横浜、千葉といった沿岸部を離れて東京東部の需要を満たすというよりは、寧ろ地方顧客の吸収源と考えるべきなのだろう。
g083.jpg  帰路は浅草ROCKSまで足を伸ばし、露天から眺めるスカイツリーこそ乙だったが、展望しながら杯を傾けられる筈の大広間が貸し切られており、そもそもスカイツリー建設を想定した建屋でないからやむを得ないとはいえ、画竜点睛を欠いた。
 結果、一階から撮影してお茶を濁したが、東武沿線にはストロー効果と異なった需要増を斎しているものかと思い馳せながら、偶には御上りさん気分も乙としてみようか。

2月16日(土) ブロックサイン  -スポーツ - プロ野球-

g077.jpg g078.jpg g079.jpg g080.jpg
三塁コーチャーズボックスから采配を奮う伊原監督(02年)、ロッテ上川(10年)、ヤクルト城石(12年)、巨人・勝呂(12年)の各コーチ
 スポーツライターの草分けと言えば「江夏の21球」の山際淳司氏、更に遡れば沢木耕太郎氏の名が浮かんで来よう。
 ただ運動分野を半ば卒業した沢木氏や故人なる山際氏がなお特筆されるのは、例えばベースボールマガジン誌上において、時代背景だけで必要以上に字数を稼ぐ新聞記者出身者が幅を効かせている様な、果た又西本元阪急/近鉄監督との類希なる縁こそ心暖まるエピソードには違いないが、残念ながら文章力を鍛える過程に遭遇しなかったのだろう俄かライター氏など、金銭代償を費やしてなお読了するには冗長に過ぎる文章が氾濫し続けているが故ではなかろうか。
 だから中継ぎや打撃投手といった、微妙にマニア心を擽りそうで、その実必要以上に深入りせず大衆受けに配慮した穏便な野球著作を輩出している澤宮優氏に着目するのは、失礼ながら相対評価の為せる要素も少なくはないとはいえ、少なくとも近著「三塁ベースコーチ、攻める」の着想は純粋に賞賛に値しよう。

 些か堪え性の無さに起因しようとも、高木老監督が昨年、交代に次ぐ交代に明け暮れたのは、逆説的に三塁ベースコーチの重要性を示唆しており、その教訓からか本年は上田、平野両コーチに三塁/一塁ベースコーチの肩書きを公的に与えているが、こうした例は珍しく歴代ベースコーチに関する記録は、手前味噌ながら拙「日本プロ野球 トレード・移籍大全」の付録以外にお目に掛かったことはない。
 今でこそ両ベースともに守備コーチの管轄が倣い相場となっているが、三塁にはヘッドやチーフ格、或いは監督昇格後引き続き立ち続けるケースもまま見られるし、ひと昔前までの一塁には打撃コーチが暇そうに佇んでいることも少なくなかった。或いは第一次政権時の金田ロッテではホームは一塁、ビジターは三塁と監督自らパフォーミングを兼ねて自陣に近い側に陣取っていたのは語り草である。
 それでも今も三塁コーチの代名詞たるV9巨人の牧野茂氏が、後年の藤田政権下では試合の帰趨が決するとその座を江藤省三現慶應大監督に譲っていた記憶があるのだが、規則上は監督自らの登壇と一・三塁の入れ替えを除いてベースコーチの交代は許されない筈で、この検証すら出来ない。こと程左様に謎に包まれた世界なのである。
 著書には伊原春樹や高代延博といった当代の名参謀に加え、土屋弘光、石井晶といった懐かしい名前も並んでおり、こうした歴史に埋没しそうな野球人にスポットライトを当てただけでも意義あるものだったのではないか。
次のページ

FC2Ad