コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

1月31日(木) 矛と盾  -政治・経済 - 自民党-

g053.jpg 単身会派では著しく活動の制約される院内において、無所属議員が「無所属」のままに会派を形成する事例は従来から少なくないが、そのまま「無所属の会」として政党に移行したのは、勿論選挙や政党助成金の観点からの要請だったとしても、明白な自己矛盾であった。
 同様に、既に資金やポストの配分という力の源泉を失いながらなお人材育成や情報流通に存在意義の残る「派閥」をに、前時代の遺物として敢えて背を向けながら、「無派閥連絡会」なる集団を旗揚げしたのも同じ穴の狢と揶揄されても致し方あるまい。
 わざわざ「連絡」を標榜して派閥色を薄める配慮が為されているものの、それは各派閥に振り分けられる幹事長室や国対といった組織からの情報を得るには現実に無派閥が不利であるが故の「連絡」の価値とともに、逆説的に派閥の有用性を立証した形になっている。
 政策集団であろうと連絡会であろうと、派閥がマスメディアにおいてもまた派閥と承認される為には、勿論明確な規定は存在しないが、一定規模の人員と親睦団体の域を超越した高額の会費に加え、構成員の「名簿」の存在が鍵とされるが、たとえこれらの要素を満たしても、他派閥との二重戸籍が多ければ派閥とは認められず「グループ」扱いに留まる。
 その観点から捉えれば、敢えて伝統的に各派閥の例会が開催される木曜昼を狙い打ちして他派閥との踏み絵を迫った無派閥連絡会は、結果として会長人事や名簿が確定されなかったとしても、少なくとも派閥を志向する意志があったことは疑い無い。
g043.jpg 「無派閥連絡会」を否定する謂れは毛頭なく、寧ろ既存の派閥が岸田派なり石原派なりに代替わりされていく中で、次代を担う人材が鬨の声を上げ切磋琢磨するのは競争による人材育成効果を齋そうし、一匹狼や部屋住み親方でなく組織の長としてマネジメント経験を踏むという意味でも一派を率いる効用は決して小さくない。
 惜しむらくは徒らに外面の良い"脱派閥"を掲げたままに派閥のプラス面のみ油揚げを浚うが如き魂胆を捨て、堂々と新派閥の旗揚げ、派閥再編に突き進んで欲しい。それでこそ政権政党はなお活性化されるに違いない。次回以降は昼食もカレーに統一すべきではないか。

 赤坂に焼肉店が多いのは地域柄と理解出来ようが、お茶の水のそれは学生向けにしては安かろうでもないし、そもそも往年のTV業界でもあるまいし学生が年がら年中焼肉を摘まんでいるとも思い難い。
 段々と焼肉も量を消費出来なくなってきたかと思いきや、柔らかければそれなりに収まるということは、寧ろ歯や顎間接の衰えか。

1月29日(火) 最後の巣立ち  -育児 - パパ育児日記。-

g042.jpg 生まれてこの方絵を描いて誉められた記憶が皆無に近いのは、視野に捉えた光景をそのまま脳裡に焼き付ける能力に劣っているのか、記憶を手に再現する技術に乏しいのか。或いはその双方ともに才覚に恵まれなかったのかも知れないが、「人間カラオケ」たる私の機能も、前者が絶対音感で後者が脳内で鳴る音を既存のコード感等に当て嵌め楽器に再現する作業と看做せば、少なくとも人間の才能とは五感において全く別個の発展を遂げている傍証となろう。
g046.jpg  一般的に絵が旨ければ字も巧みとされるが、それは文字をカメラの如く画像として捉え得るが故の帰結で、必ずしも文章の巧拙と一致するとは限らない。ただ文体と称されるものもまた大なり小なり過去に読了した文章からの派生と捉えれば、同様の感性が要求されることになる。
 祐旭の卒園から三年を経て、再び幼稚園の卒業文集「巣立ち」の季節がやって来た。何事にも危なかしかった祐旭に対し次男らしくそつない公資、かつ園児保護者としては言わば近似した三年間の繰返しだから、二度目の巣立ちは筆運びが必ずしもスムースではなかったが、父の執筆者は希少との甘言に乗せられ、兄弟の平等性への配慮からも、その実自称文筆家たる血が騒いで、締め切りギリギリに投稿を果たした。
 文章力は執筆量に比例するとの解釈は、蓄積された文章を脳内から引き出して新たな文章を拵えたものが再び記憶として積み重ねられ、いざ机に向かえば自動記録的に手に降りて来る、言わば松本隆氏における作詩の如き所作を指すのかも知れない。
 残念ながら到底その域には及ぶべくもないが、再び全文を掲載したい。
   弟    [つき 粥川公資 父 粥川善洋]
 マイペースで集団生活への同調すら危ぶまれた兄と打って変わって、公資は既に入園式の時分から、寧ろ操り人形に能面を据え付けた様な緊張振りに小脇でも擽りたくなりそうな、生真面目さの滲み出る園児だった。
 長じてそこに落ち着きの要素が付加され、よく言えば風格を携え、より正確には幾分こまっしゃくれた弟は、今や兄を評して「祐ちゃんは○○だからね」と宣うなど、ワイドショーのコメンテーターに推奨したい程の解説者振りである。
 例えば自転車ひとつ乗るにも、ウルトラマンや仮面ライダーといったテレビ番組にしろ、漫画やTVゲームに至るまで、何事も年相応以上に若くして接し始め、その分通過儀礼もまた早かったのは、矢張り兄の背中を見て歩んで来たからだろうか。
 兄にとって真っ当に従順な弟の存在は、意識せずとも頼もしくあったのかも知れないが、親にしてみればもう少し子供らしく破天荒な挙動があってもとの、贅沢な欲が全く生じなかったと言えば正直な吐露ではない。
 ただ考えてみればこれからその兄の歩んだ道をなぞり、園児から児童へと昇格する六歳である。「まだ子供じゃないか。これが幼稚園児か」などと、戦国自衛隊の如くに呟く必要もなく、物分かりが良さそうで、その実内心頑固なピカピカの一年生の登壇を見守っていればいい。
 寧ろ過去を顧みることなく新たな環境に邁進していくであろう公資以上に、祐旭の入園から数えて六年間をともに歩んだ、恐らく個性的であったのだろうやはた幼稚園との別れが感慨深い。子供たちとともに、僕らもまた巣立っていく。

1月28日(月) アベノミクスの光  -政治・経済 - 安倍内閣-

g041.jpg  一国の指導者の名前を戴く政策と言えば80年代米国のレーガノミクスが先ず想起されようが、新たに議連まで立ち上がったわがアベノミクスも早くも流行語大賞に当確ランプが灯りそうな勢いである。
 財政、金融、経済の総合戦略と聞くとご大宗だが、要はマネタリストとケインジアンと上げ潮派の総動員であり、これ等を同時平行的に推進する点が味噌だろう。レーガノミクス・サッチャリズムが減税と規制緩和による小さな政府に主体があったのとは強靭化の名のもとに財政出動を辞さない点が異なっており、基軸通貨かつインフレ局面故に「強いドル」を嗜好したレーガン政権に対し輸出振興の円安誘導は現実的だが、実際日銀も早々に兜を脱いで、補正予算の提出される前から株高とは目出度い限りである。
 勿論、継続的な円安には他国の理解も必要となるし、エネルギー高には原発再稼働が要請される次たる課題の危急性を高めよう。或いはより一層日銀総裁人事の采配が問われるのかも知れない。
 ただ安定的に長期金利を上回る成長率という上げ潮理論が些か虫の良いものだったとしても、多分に新自由主義的で格差批判、地方切り捨て批判を招きかねない要素を財政出動でカバーするという発想は、財政再建に逆行するという批判を緊急事態として退け得るならば、ある意味目から鱗の発想とも言える。
 短期的にはこの上げ潮ムードが続けば政権初期の御祝儀相場も長めのハネムーンとなり、やがて遅行指標たる個人所得に跳ね返る過程に参院選が位置すれば、政治の安定も図られ一挙両得である。
 問題はその緊急事態から平時への移行時のソフトランディングを金融引き締め圧力に屈することなくアベノミクスの旗を掲げつつ、予算という名の財布の紐だけを閉める面舵を如何に静かに取るかであろうが、それは今日始まる静かな通常国会が幕を閉じてから、安部改造内閣の課題となろう。

1月27日(日) Wii Love U  -ゲーム - Wii-

g039.jpg  初代Wiiの導入には、勿論根底に祐旭の主張が介在してはいたものの、TVゲームのある生活を覗いてみたいという好奇心とともに、Wii Fit +によるレコーディング・ダイエットの如くあわよくば実用にも供したいという、虫の良い父の思惑も背中を押したと言って良い。
 翻って実態は一時は矢鱈と好成績を連発したWii Resortのゴルフもとんと御無沙汰で、子供達のマリオもピーチ姫の救出に及んだとあらば、閑古鳥が囀ずるのも道理だろう。
 だからと言って更新投資に踏み切らざるを得ない理屈は、国土ならぬ父子関係の強靭化に照らしても強弁の域を超えまい。僅かに正統性を見出だすならば、師走の販売以来盛んに喧伝されたカラオケ機能に、取り分け祐旭が強い関心を示すであろう必然である。
g038.jpg  何しろ年が明けてから、毎朝SAPIX基礎トレーニング開始までの僅かな隙間を縫っては、日々録画した紅白歌合戦を再生し、飽きもせず一曲一曲歌い明かしているのである。「ここは松山~」などと拳を握り締めている姿を見れば、矢張り若人はメロディー起伏の明瞭な昭和歌謡に馴染み易いかと思いきや、TV出演時には無用の長物となる皿回しメンバーの不憫さが解散を喚起したのではと邪推されそうなファンキー・モンキー・ベイビーズや航空機用周波数帯でないエアバンドのゴールデンボンバー、決してメジャー曲でない郷ひろみや矢沢永吉もそれなりにマスターしており、反復の意義と同時にその熱意には脱帽せざるを得なかった。
 歌謡へのかく強固な熱情が溢れ出るならば、愈々本格化する勉学へのインセンティブ、人参として新たなWii Uを位置付けたいとの思惑が的を射たかは定かでないが、結果的に四年に向けてのクラス替え試験に当り、従来の最下位組から一躍上位第二クラスへと毛沢東も吃驚の大躍進振りであった。
g040.jpg 確かに嘗て権勢を誇り、平氏の如くに強者どもがの悲哀を味合っていよう四谷大塚にしても中途入会者の昇級は徒らに狭き門だったし、早期参加者=より多くのコストを費やした者が、当該学習塾システムの習熟という意味でも有利なのは疑いない。だからそのSAPIX某校舎のクラス同僚も一様に昇格を果たす結末ではあったが、それでもなお表彰状まで獲得した好成績には、たとえ些か運の要素が介在したとしても、当然報いなければならない。
 而して本日、Wii Uの購入に至ったが、基本単体利用だった旧機に対し今般は原則ネット接続、そもそも最大の眼目たるカラオケがスタンドアロンではジョイサウンド10万曲の恩恵に預かれない。
 ただ不穏な予感通りJ:com経由の無線LANには複雑な作業を要し、再び単身トイザらスにとって返して有線を買い足して事無きを得たものの、今度はカラオケの課金にわざわざ一旦年齢制限を設定し、そのメールを受けてHPにアクセスし、パスワードで解除という通過儀礼を経なければならないとは、かくもネット悪用者が溢れているのかとアンタンタル想いに駆られる。
 加えて旧機に比べ機器の反応が思いのほかスローモーだし、カラオケ演奏も初期のMIDI宜しく相当にショボいが、テレビ番組の如く横棒音程・リズムとの差異表示に基づく採点機能も備わっているのは楽し気である。旧ソフトの流用も可能だが、ネット版「太鼓の達人」が発売されたら父も参戦したい。

1月26日(土) 楽しい自動車旅行  -音楽 - 懐かしい歌謡曲-

g037.jpg  先週も流れて遂に中三ヶ月となったラウンドだが、4時起床の強行軍が災いしたか残雪に文字通りの芝刈りすら成立せず、氷るグリーンに弾かれた球はこぼれ捲りバンカーまっしぐらの辛い一日だった。
 より深刻なのはドライバーで、常日頃飛ばない代わりに著しい曲芸にも及ばなかったそれが引っ掛けはおろかOB続発ではスコアどころかゴルフにならない。その替わり手首のコックを深めにアレンジしたショートアイアンが珍しく真っ直ぐ運ばれていたが、何よりも打数の大半を占めるウッドが何故ならぬチョロの嵐では推して知るべしである。
 昼にやけ酒で臨んだ後半も遂にドライバーにもシャンクが現れジ・エンド。近来稀に見る悲惨さで真剣に断スイング宣言に及ばなければならないかと、心は千々に乱れるのであった。

g052.jpg しかしながら捨てる神あらば何とやらで、往路元同僚氏の四輪駆動車に奏でられる耳馴染む楽曲群に、ユーミン40周年アルバムですねと水を向けると、あろうことか同乗の御仁が元同級生と突然のカミングアウトに及ばれたではないか。
 往事既にデビュー間近であり一筋縄で語り尽くされる人物でも無かったろうこそ容易に想像されようが、商才に長けた荒井氏と今や"子供手当"の財源と揶揄される財閥の系譜を引くGS由来の名ギタリストの御宅訪問だったり、或いは先の40周年公演(左写真)においてもかのキャラメルママが踊った番組としてフリークには名高い「セブンスターショー」由来と紹介の上「中央フリーウェイ」をデュエットしたかまやつひろし氏との馴れ初めなど、臨場感溢れる珠玉のエピソード満載であった。
 些かの牽強付会が許されるのならば、70年代とは明らかに世俗と一線を画す様な特殊な世界であった「芸能」と一般社会との境界線が曖昧になり、にも拘わらず四畳半フォークの如く著しく現実にも拘泥されることもなく、手を伸ばせば届きそうな微妙な虚構、ハレの世界を構築し得たのがユーミンをはじめとするニューミュージックの担い手達だったのかも知れないと、別の同級生が後年「ロンリー・ハート」で復活を遂げる人気歌手と結ばれたりという氏の述懐を伺うだに想いを馳せた。
 ゴルフは悲惨だったが十二分にお釣りの来るお土産を戴いた感。

1月24日(木) ハムはお好き?  -スポーツ - プロ野球-

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こちらはサイボクハム
 キャンプイン目前の唐突な大型トレードと言えば85年の中日・田尾外野手対西武・杉本投手、大石捕手の記憶が甦る。
 四年連続三割をマークし、82年優勝時には一番打者として大洋・長崎選手に一輪差で首位打者を逃すのみならず、甘いマスクで人気も高かった田尾選手の放出は、幾ら人材を欠く左の先発と第二捕手の補強と強弁されても、一匹狼で球団への注文の多かった煩さ型への見せしめとしか映らなかった。
 それに比べれば右の先発、怪我の金子内野手の代替、更に駿足外野手と冷徹に見れば日本ハムにとって戦力的には等価或いはそれに匹敵する交換と言えるのかも知れないが、矢張り今期の契約未更改のままシーズン後のポスティング渡米まで要求した糸井外野手の厄介払いが本意だろう。
 「田尾放出は痛い」と率直に語った山内監督に対し、栗山氏は「これ程悲しいことはない」と幾分オブラートに包んだコメントではあったが、現場のみを預かるマネージャー業の悲哀が伺われたのも同じである。
 サラリーマン層も含め全社会的な非長期雇用化が進みつつあるとはいえ、セ6球団中5人の監督までがその現役、コーチ時代を通じてほぼ当該球団に所属していた事実に如実に伺える様に、「生え抜き」の意味は現代においてなお小さくない。
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在りし日の大社オーナー
 ただ嘗ての懲罰トレードと言えば、オーナー主宰の激励会を欠席して放出された広島・高橋慶彦内野手の例に顕著だが、たとえ元首位打者の高沢外野手という釣り合いの良さを表面上は繕っていても、その高沢選手も飼い殺した上に一年半でロッテに返上と、放出への並々ならぬ執念だけが強く印象に残るケースや、逆にトレードを拒否して背番号を剥奪された中日・藤波外野手やヤクルト・西井投手など陰湿な事例に事欠かなかったのに対し、平野内野手の復帰こそあれ選手会長の大引内野手を惜し気もなく進呈したオリックスのみならず、そのオリックスからFA復帰させた寺原投手の人的補償に、幾ら怪我明けとはいえ七年の長きに亘り守護神の座にあった馬原投手を献上したソフトバンクともども時代はビジネスライクに変貌しつつあるのかも知れない。
 だから糸井選手もまたFA取得による渡米までに時を擁するのは芽の出なかった投手時代が長きに及んだからこそであり、その下積み期を培った球団を蔑ろにするが如き挙動を真摯に受け止める契機と自覚して、新しい門出に邁進することを祈りたい。

1月23日(水) ラ・セゾン  -地域情報 - 東京-

g035.jpg  80年代におけるサブカルチャー全盛の中で「セゾン」の名はひと際光輝くものだったのではないか。それは池袋の西武百貨店一店舗のみを父から相続した堤清二氏が、パルコに代表される現在に至る渋谷系文化を身に纏う進化の過程であったとも言えよう。
 詰まりこの文脈において銀座のセゾン劇場はセゾン文化のステイタスの象徴であり、同時に鉄道グループの、皇室由来の土地に数多く立地した経緯に由来する名を戴きたながら、その実態はとくに都心部において高級感よりは大衆性の象徴と化したプリンスホテルへのアンチテーゼとして、コンシェルジュを備えたホテル西洋銀座が存在したのではないか。
 既にセゾン・グループ亡く、セゾン劇場改めテアトル銀座とともに5月末日には幕を閉じる間際に、幾分料理が少なかったのは残念だったものの、部局の新年会の名のもとに在りし日の最期の姿を拝めたのは幸便であったが、赤坂プリンス新館ともども僅か四半世紀強で取り壊しとは、幾ら地盤の弱く建物の長持ちし難いわが国とはいえ些かサイクルの早過ぎる感は否めない。
 跡地にビジネスホテルが御目見えすれば、何れこの土地にも別の記憶が積み重ねられていくのだろう。

 「年末は皆風邪を引く。ゼイゼイ、今年は年明けから」も一段落し、久々に永田町に赴かない一日だった。
 末端と謂えども関与度合いが高まれば、結果に目を凝らさずとも行間から読み取れる量も増えるし、今後の傾向と対策も読めて来る。選挙が終われば、また第二ラウンドが始まる。

1月22日(火) テロとの戦い  -政治・経済 - 軍事・平和-

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政府専用機にて(06年)
 所謂9.11に際し、テロとの戦いが繰り広げられた折には同盟国の危機とはいえ何処か対岸の火事で、だからこそ特措法、給油法への対応にも右往左往したのだろう。
 翻って今般、宗教的背景よりも現世利益の側面を色濃く有すると謂えども、邦人の狙い撃ちとも言うべき事態に直面し、改めてテロリズムに如何に向き合うべきかという命題を突き付けられたのではないか。
 勿論、他国民の安否を事実上無視して実力行使に踏み切ったアルジェリア政府の是非は問われなければならない。ただ人命と他国の信用を犠牲にしてなお同国にとって油田が致命的な利権であることを示すとともに、手をコマネクいていれば続発するやも知れぬ後続のテロリスト予備軍にテロリズムは割に合わないという厳然たるメッセージを突き付けたとも言える。
 わが国にはクアラルンプール、ダッカ両事件に直面し、何れも超法規的措置で日本赤軍のみならず思想性の無い凶悪犯をも釈放要求に応じ、テロの輸出との非難を浴びた記憶がある。とくに後者における福田総理の「ひとりの人命は地球より重い」との談話は今ではわが国の"平和呆け"の象徴の如くに揶揄されているが、寧ろ往時のテロリズムへの対応としては平均値に近く、冷戦終結後の国家対国家の枠組みでない非対象型の戦争に近い領域への拡大を通じて果断な対処が一般化してきたと言ってよい。
 勿論、人命救助を第一に考えなければならないことは現在もまた未来においても不変だが、テロリズムに屈するが如き素振りを少しでも見せれば当該国が次の標的とされかねない現実の中で、国家は苦渋の決断を迫られる局面の存在することをもまた示している。
 安倍政権にとっては最初の大きな試練には違いないが、「海外派兵」という制約から従来民間機借り上げで対応して来た邦人救出に政府専用機の派遣を決めたのは国家としてテロリズムに向き合う姿勢を示したものと評価したいし、ひとつの教訓として集団的自衛権の権利行使の態様含め安全保障の議論を推し進めて戴きたい。

1月20日(日) 白河の関  -スポーツ - 大相撲-

 解散翌週のコンペは当然赴くべくもなく、年末も雨で流れとかれこれ三ヶ月の御無沙汰にいい加減痺れを切らして強引に設営したラウンドだったが、前夜になって残雪のためクローズとは祟られている。
 しかも大陸的という表現が妥当かは別として、如何にも事務的に詫びるでもなく通告して呉れるのでは、バブル期の需要過多の時代でもあるまいしサービス業の本旨を失念しているとしか言い様が無いゴルフ場の対応である。思わずクレーマー化してみたが代替案が遠く千葉ではゴネ得にもならない。
 芝刈りにご縁の薄い今日この頃である。

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現二所ノ関と亡き八代(08年)
 北の湖全盛の幼少期からNHKの大相撲中継ファンだったが、相撲評論家を僭称するに至ったのはプロ野球同様、競技そのもの以上にドラマ人間模様の部分に、取り分け愛憎も金銭も蠢く相撲部屋継承の有り様に興味を覚えてからだったろう。
 八代二所ノ関の元大関・佐賀ノ花が75年に急逝した後継を既に一代年寄・大鵬を襲名していた元横綱・大鵬と、跡目相続のために引退したと明かした元大関・大麒麟の押尾川が争った挙げ句、先代の婿養子となる形で27歳の関脇・金剛が引退、継承した二所ノ関騒動ほど波紋を呼んだケースは無かろう。
 独立した押尾川部屋の移籍が認められなかった二代目天竜は廃業、プロレスラーに転じるなど禍根を残したし、二所本体も後年の親方株の担保入れ問題や離婚の末先代未亡人との養子縁組など親方個人に起因する失策も少なくなかったものの、一門総帥の地位にありながら僅かに晩年一期理事を務めたのみで、30余年を経て後継者もなく両部屋とも閉鎖とは寂しい限りではないか。
 相続争いからは自ら身を引いた形となった大鵬親方も程無く病に倒れ、長年地方担当の伴食理事に甘んじ、定年後こそ理事長OBポストの相撲博物館長職に遇されたものの、娘婿で「大嶽」名義で部屋を継承した元関脇・貴闘力が賭博、自らの故郷ロシアからスカウトした露鵬が大麻で何れも解雇と恵まれない晩年だったと言わざるを得ない。
 事実上別系統に近い阿佐ヶ谷系の花籠、二子山も無き今、恩讐を越え不世出の横綱・大鵬の遺言に則り、二所ノ関再興の日が訪れんことを切に望みたい。

1月19日(土) 駅 STATION  -地域情報 - 東京-

g028.jpg 嘗て某先生のパーティーで会場に惹かれ物見遊山気分で東京ステーションホテルを訪れ、その意外な選択に御当人が運輸族の大家であることを思い出して妙に納得した記憶がある。
 あれから十年近くが経ち、今や創建時の三階建ての面持ちを取り戻した東京駅に、恐らく社会科の授業ででも聞き付けたのだろう、祐旭の要望で視察に赴くこととなった。
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青盤・赤盤ぽい絵柄
 丸ビル側に陣取っても左右に長大な構造は鳥の如く俯瞰でもしない限り障害物無く全容を眺めるのは難しく、早速北口に周れば新設されたステーション・ギャラリーが迎えて呉れる。
 回廊部分に敢えて鉄骨や煉瓦を剥き出しにして嘗ての縁を偲ばせる趣旨は三菱一号館同様だが、プラレールを壁の模様に誂えた部屋や、光源を搭載したNゲージを走らせ線路の外に配された物体の影が恰も壁を走るが如くに映り行くギミック等の展示が存外に見栄えがあり、入場料500円の元は取れたと言えよう。
 更に南口のステーション・ホテルは、丁度左右の大伽藍部分をギャラリーと分け合う構造で常日頃階下から眺めていた二階の周回部に踊り出得たのは幸便だったが、些か宿泊・宴会客専用部ばかりで、駅利用者が気軽に立ち寄る集いの場として機能し難いのは残念だった。
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左は在りし日の旧ステーション・ホテル(03年)
 それでもまだ中央線ホームに旅客用エレベーターが敷設されていなかった時分に、乳母車だった祐旭とともに業務用のそれに乗り、地表に降り立つとそれこそ創業時以来と思しき郵便隧道の如くトンネルに遭遇し都市変遷評論家の好奇心が鎌首を擡げたのは良い思い出であり、こうした歴史的遺産と現代的な利便性を両立させる試みとして、帝都の顔たる東京駅復興プロジェクトが完遂されたのは僥倖であったろう。
 帰路、八重洲のキャラクター・ショップにも足を伸ばし、最早M78ウルトラマンは卒業気味だが、またもやレゴの増殖に寄与するとともに、期間限定なのか赤塚不二夫コーナーが設けられ、来訪したパパと鰻犬とフレームに収まったのはまさに行き掛けの駄賃であったが。
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