コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

7月31日(火) 夜のガンマン  -海外情報 - ハワイ-

f761.jpg  小学生時代、バンド仲間の友人と俄かに拳銃のプラモデル作りに燃えたことがある。長じて大学生になり再びその友人達と何丁か製作してみたが、往時のプラモ・メーカーLSも丁度卒業する92年には倒産し、流石に"熱し難く覚め難い"私も爾来拳銃趣味は形を潜めていた。
 ところがシェラトン隣接のロイヤル・ハワイアン・センターにシューティング・クラブを発見したことから事態は急変、当初公資が興味を示したが身長140cm未満は対象外で、逆に撃てる祐旭は怖がって気乗りせずとあらば、20年振りに元拳銃フリークの血が騒ぐ父が出陣する他はない。

 先ずはオートマチックからだが、三台目に登場したのはコルト・ガバメント。嘗て微妙に銃身が短く撃鉄の先端が丸いコマンダーを作成した身としては"再会"に感激一入だったが、同じ45口径でも衝撃が甚大で、昔の劇映画で見掛けた銃口からそこだけ絵の具で着色したチャチな火花が丸く飛び散る絵柄が、実際に眼前に現れるとは驚きを隠せなかった。
 プラモではオートマ動作を何度も繰り返しているとプラスチックが摩耗するのか、次第に撃鉄を手動で起こさざるを得なくなったが、本物も薬莢が詰まったりして再三固まったのは整備上の課題だろうか。
f762.jpg  反動も大きいし、照星と照門を合わせる単純な照準基では素人には紙の的にすら当たるまいとテイカンしていたが、ライフルに至ってガンマン風情にも慣れて来た上に、構造上安定性が高く、かつ利き目の左眼に合わせて引金も左手で引いたのが返って功を奏したか、縁日の射的の仇討ちを果たすが如く好成績をマークした。
f763.jpg  最後はリボルバー。これもLSでは引金を引くだけで済むダブル・アクションは寿命が短く、コルト・パイソンも程無くシングル・アクションに退化したが、端から撃鉄を自力で起こさざるを得ないキャバルリーやレミントン・ニューアーミーは堅牢だった記憶がある。だからなのかは兎も角、手渡されたのもシングルでスミス&ウェッソンの357に対し、無印の44マグナムは親指が痙攣しそうに撃鉄が重く、マカロニ・ウェスタンに登場しても一発で葬り去られそうだった。
 今更スパイに奉職する訳でも無いのに〆て52発は些か冗長で待機する家族には不評だったにも拘わらず、「初めてとは思えない」などとおだてられ、挙げ句撃ち抜いた的を立派な額に入れて貰って更に大枚を散財するのでは世話は無い。本物の怪しい魅了に触れたのは良い経験だったが、次回万一機会があれば到底実用には敵さないと評判の、ワイアット・アープのバントラインか南部十四年式にでも挑戦してみたい。

7月30日(月) 砂の器  -海外情報 - ハワイ-

f756.jpg  旅程中最も遅い7時に起床、父は遠路未開の海に未練もあったが、結局デューク・カハナモク像聳えるワイキキ・ビーチの最中心地に降り立つ。
f758.jpg  人口岩の堤防で区切られ幾分波が弱まっている区域でパラソルと椅子を借り、水に入っては岩に蟹、波に小魚と戯れる。後半は今日も砂遊びとなったが、愈々父も参画し城擬きを誂えた。夏の陣前の大阪城ばりに内堀・外堀も擁してみるが、潮が満ち満ちていく時間帯なので程無く決壊を余儀なくされ、掘っては流されの繰り返しである。 それでも度重なれば智恵も付くもので、砂の特性上堆く堤防を拵えても詮なく、堀を溜池に見立てて海水を流し込み本丸への被害を最小限にするのが肝要と気付く。だからと言って事業仕分けのターゲットにされる謂われも無かろうが、減災の原理に少しは触れられたと言っては大袈裟に過ぎるだろうか。
f757.jpg  しかし幾ら湿気が少ない分帝都より余程過ごし易いとはいえ、炎天下に長時間肌身を晒しての土木事業は、確実に中年男性のお肌には堪えたのだろう。午後は又もやホテルのプールへと出陣したが、最早鞄も背負い難い程の首、肩、背中の痛みの中、ジャグジーに至っては殆ど拷問に近い。肌が強くないにも拘わらず夏は日焼け止めも塗らずに焼け放題を心掛けて来たが、流石に宗旨替えしてシャツを纏わざるを得なくなった。

f759.jpg  夜半若干郊外の動物園へと赴いたのは、物見遊山本位の性癖にはマッチしていたが、ナイト・ズーと気張る程の規模ではなく、サバンナ擬きの造詣部分だけ子供向けに稼働を伸ばしてみましたの作りであった。
f760.jpg  縞馬の縞は目眩ましかつそれは色を感知しない野生動物の構造故と看破したのに始まり、流石に古生物学者志望を標榜するだけあって、祐旭が単身質問にズバズバ回答してガイド氏を閉口させていたのが印象的だった。
 流石に動物達もお疲れで、寝っ放しだったハワイ名物のスマトラ・タイガーが最後にむっくり起き上がったのは僅かな収穫だったろうか。いきなり祐旭の幼稚園時代の同僚と邂逅したのは、ハワイの人気を物語るとともに夏休みの情景らしかったが。

7月29日(日)-2 アラモアナの午後  -海外情報 - ハワイ-

f753.jpg f2.jpg  真珠湾は唯一の分派行動となり買い物に専心した妻と14時にアラモアナ・センターで合流す。
 ハワイと言えば海か買い物が定番だが、後者は私の範疇でないし、ならばホテル併設の海とプールでのんびり寛いでいればよいものの、可能な限り重複を避け広く足跡を残したい性癖はこと海水浴に付いても例外ではない。従って体を休めるよりは「忙しいリゾート」を嗜好しがちだが、そこは妻もよく理解していてアラモアナから数分歩けばかの地も海、ドラえもんのポケットの如く鞄から子供達の水着も登場して、天気朗々波低しの穏やかな海で泳ぎまた砂遊び、父は珍しく浜辺で半分眠り人並みのリゾート気分を味わってみた。

 結局そのままアラモアナに留まり、夜は「田中オブ東京」、前評判の如くお椀が激しく虚空を彷徨う程の激しいパフォーマンスにはお目に掛かれなかったものの、軽やかなリズムを刻みながら眼前で鉄板焼が仕上がっていく趣向は確かに子供達も飽きさせない。
f754.jpg f755.jpg
昨昼はホテル近辺で/お椀を飛ばした瞬間
 ただ多くの開放型飲食店には平然と鳩が歩いているし、そもそも東南亜細亜と異なりバラエティに乏しく、小洒落た店は子連れでは憚られる。おかげで昨昼もホテルから道ひとつ隔てたバーガー店だったし、夜は巨大な水槽仕様がセールス・ポイントで、そんなに魚が珍しいかと訝しまれる程に繁盛している「オーシャナリウム」も、バイキングなのでメニューには大差無い。勿論、偏食三人衆に配慮した妻の苦心の選択に他ならないが、結果的には毎日ポテトばかりの日々だった。
 殆どガイドブックも当たらず現地到着後の半ば行き当たりばったりの旅だったので、後半は折角妻が下調べしてきたタマも尽き、英国並みの侘しい食文化に落ち着いた。この点はもう少しわが家の特性に懐疑的であるべきだったのかも知れない。

7月29日(日) ニイタカヤマノボレ○七二九  -海外情報 - ハワイ-

f743.jpg f744.jpg
 サイパンならバンザイ・クリフ、韓国では板門店沖縄は道の駅かでなと、観光旅行であっても軍事視察を欠かさない私にとって、ハワイは当然真珠湾である。
 ホテルから約30分、7時半発でとのJTBカウンターのお勧めを振り切り7時に旅立った我々を待ち受けていたのは9時のチケットで、見通しの確かさを裏付けられる。
 そこで先ず向かったのはボウフィン潜水艦、先の大戦でわが国近海に現れ商船を撃沈し続けた憎っき敵艦である。当然ながら非常に狭く、取り分け魚雷と枕を並べる寝台など、劣悪な住環境に往時を想起しつつ船尾から船頭までほぼ一直線に歩いたが、下船すると徳山沖の大津島でも邂逅した回天に直面する。元より特攻兵器である回天が遠くハワイに辿り着き得た筈も無いが、制海権を失いつつあった大戦末期のわが国と、潜水艦が縦横無尽にわが国近海まで勇躍回遊し得た彼我の差を見せ付けられるが如くで、回天の最早身動きも取れないであろう居住スペースには頭を垂れ手を合わる他はなかった。

f745.jpg  次いで愈々本丸、アリゾナ・メモリアルは小型船で海上赴くため、現地15分入れ替え制のグループ行動である。 かの南雲艦隊の撃沈した戦艦アリゾナが今も沈む、その残骸の上に建立された鎮魂の記念館であり、御霊の名の並ぶ慰霊碑には勿論厳粛に対面したが、大日本帝国臣民の末裔としては、遥か太平洋を跨ぎ開戦の緒を開いた先人の蛮勇に敬意を表す心持ちが自然と湧いて来るし、更に誤解を恐れずに言えば、鹿屋基地で学術研究員氏に解説戴いた帝国海軍の歴史が殆ど日露戦争までで所要時間を費やして後は駆け足になった様に、初戦とはいえ勝利の証しをこの眼に収め、時を止めあり得たかも知れない別の未来に想いを馳せたくなる誘惑に駆られるメカニズムはよく理解出来る。
f746.jpg f747.jpg
メモリアル内/帝国版図を背に
 しかも再び小船で引き返した後、大東亜戦争の軌跡を描いた展示館ラストには、近隣諸国への配慮からか本邦では滅多にお目に掛かれなくなった1933年時点のわが国版図が大書されており、取り分け今や殆ど忘却の彼方にある南太平洋の委任統治領の広大さには、愛憎半ばする近隣諸国とは異なった視点も踏まえた歴史認識の必要性を再認識させるものだった。

f748.jpg  位置的にはアリゾナの隣に係留されている戦艦ミズーリには、バスでパールハーバー基地内を移動する別ルートで訪れるが、僅か20年前まで現役だったこの艦こそ、隻脚の重光葵外相が敗戦の調印に臨んだ歴史の生き証人であり、その甲板に佇めば先の真珠湾の栄華から一瞬で敗戦まで転落したかの様な奇妙な感慨に捕らわれる。これも不謹慎だが、大東亜戦争を早送りで、ミッドウェイも餓島もパスして駆け足で辿るのは、わが国観光客にとって寧ろ精神衛生上は合理的な構えなのかも知れない。
f749.jpg
調印後の重光全権と
梅津参謀総長の図
 内部には朝鮮戦争に従軍した際の展示も豊富で、公資が「軍艦、朝鮮、ハワイ」の勢揃いを看破したのは慧眼だったか。

 最後の航空博物館は数多航空機の復元作業を行いつつ些か古今東西航空機を雑多に並べ尽くした感があったが、屋外写真も撮り放題であり、今も太平洋の枢要な軍事拠点でワイキキにも「リムパック歓迎!」の旗が棚引くかの地にしては意外な開放性だった。
f750.jpg  いきなり登場したゼロ戦脇には訳の魔術かも知れないが「日本の巧みな戦術で」等と解説されており、勿論日本人観光客も意識していようものの、総じて宣戦布告の遅れをあげつらうこともない大人の対応に、勝者の余裕なのか米国らしからぬ寛大な一面を垣間見た。
 約5時間半の一大視察はこうして幕を閉じた。円谷フリークとしても何れ映画「ハワイ・マレー沖海戦」も鑑賞しなくてはなるまい。

7月28日(土) ハワイとは何か  -海外情報 - ハワイ-

f739.jpg  朝から精力的に活動して午後は体を休め、夜半再び蠢き出すのがハワイの常とはいえ、いきなり5時起床、6時半タクシー発は気合いが入り過ぎかと思いきや、到着すると既に人の群れ、嘗ては湾まで下る道すがらもグランド・キャニオン並の自己責任状態だった替わりに珊瑚も壊し放題で荒れ果てたハナウマ湾も、今や身銭を切った上に自然保護ビデオ鑑賞の通過儀礼を経なければお目に掛かれない世界遺産級の厳重管理である。
f740.jpg  ただ入江で波足も遠く、流石に海亀にはお目に掛かれなくとも浜辺から一歩足を踏み入れるだけで魚と戯れ得る、人智を尽くした自然の再現に当局の果たした役割は少なくないのだろう。実際、新兵器水中カメラを以てしても人と魚を一葉に収めるのは困難だが、水が透明なのでネモ船長ん宜しく潜航せずとも魚だけなら撮影は容易で、珊瑚で足に切り傷は拵えたものの、早朝から出向いた甲斐もあったというものだろう。

 朝食はホテル23階に設けられたJTB客専用ラウンジが定番となったが、少し遅れれば数珠繋ぎとなる盛況振りはトイレにウォシュレットまで備え付けられている日本人仕様以前に、矢張り無償の強みだろう。午後になればアルコールも用意され、夕食の前にひと渡り酔いどれ状態にすれば倹約効果満点である。
f742.jpg f751.jpg
 ワイキキ周辺の移動は各旅行会社別に運行されるトロリー・スタイルのバスだし、タクシーやレストランの予約には専用カウンターと、当然金額はその分割高になるとはいえ、子連れ客にはメジャー旅行社のツアーは安楽である。
 本日の夜こそパシフィック・ホテル脇の縁日で、到底落とせそうにない射的や偽金魚釣りとわが国が引越して来たかの様な光景に浴したが、そもそも海の家が並び客引きの嵐という熱海の如く想像していたハワイが、存外に日本人だらけでも絵に描いた様な観光地風情でもなく、しかしながら日本語も概ね通ずるリゾートに最適な得難い南の島であったのは意外であり、老若男女著名人から市井の我々までこぞって訪れる理屈が単純に納得出来た。何事も百聞は一見に如かずとはこのことか。

7月27日(金) 南の島へこんにちは  -海外情報 - ハワイ-

f735.jpg  このところ土日も屡々働く猛烈サラリーマン化している駄賃ではなかろうが、政局も嵐の前の静けさなのか穏やかなままに、幸いひと足先に夏休みを迎えることとなった。
 三年前のグアムに始まりバリ沖縄と毎年南の島巡りを続けて来たが、今般は遂にロート製薬も吃驚、夢のハワイ旅行である。
 しかも前夜に思い立ち荷物運搬の労苦を金銭で補おうと羽田国際線の新駐車場を予約したら既に個室しかなく、結果フリーでも楽々入庫出来たにも拘わらず、のっけから妙にリッチな旅の始まりであった。

f736.jpg  夜半の出立に777の狭い機内を爆睡に充て、目覚めて凡ゆる余剰食材を詰め合わせた様な昔ながらの機内食が喉を通らなかったのは、時差でいきなり昼食だったからでも、私の偏食の為せる業でも、増してや再上場に向けた緊縮経営の煽りでもなかったろう。程無くホノルルの人となり、レイを被せられる訳でもなくシェラトン・ホテルに自動的に運ばれるのはパック・ツアーのお気楽さである。
f737.jpg  残念ながら荷物の到着は肉体ほどスムースでは無かったが、水着の到着を待ちわびる前に海へと直行し、子供達は着の身着のまま波と戯れる。更に水着にゴーグル、浮き輪を得て準備万端整えばプールへと御出座しである。
 成人向けには皆一様に巨大な浮き椅子とともにフロートしたままの、海辺沿いの別口も用意されてはいるが、子連れ向けにギミック豊富なプールの充実がシェラトンの売りのひとつであり、今も銅板にその御尊顔の残る小佐野賢治氏による買収も日本人受けし易い利便性を睨んだものだったろうか。実際祐旭はスライダーに狂喜し、公資は果敢に滝に挑んで怯え佇み、父はジャグジーで風呂替わりとは話が早いではないか。
f738.jpg  この日のために新規導入した水中仕様カメラのおかげで水のトラウマに悩まされることもなく、返って何時になく水辺の映像があり余る程だった。
 夜半、公資がベッドから陥落しひと騒ぎの場面もあったが、先ずは充実の初日一日半、旅はまだ始まったばかりである。

7月25日(水) ITSの未来  -車・バイク - -

f733.jpg
会場(?)となった消防学校
 思えば前部局での初めての永田町関係者との大規模な会合は竣工間もないお台場メガウェブへの、ITS議連秘書陣家族連れでの懇親視察会だったから、高度道路交通システム=Intelligent Transport Systemsとの腐れ縁も長くなったものである。
 巡り合わせで欧米亜三極持ち回りの世界大会には横浜、名古屋の国内しか赴けなかったが、時は巡り来年の東京大会に向け議連も超党派擬きにリニューアルされるとは隔世の感がある。名古屋大会プレ視察前日に何故か花博を尋ね、鰻を所望したのち新幹線での移動にあたり元衆院議長の議連会長から「政治とは」を説いて戴いたのも、互いにへべれけで全く中身を覚えていないとはいえ良き思い出である。
f734.jpg  翻って本日、三年振りに議連への視察会が開催され、殆ど物見遊山気分、関係者への顔見せ興業のノリで同行した。首都高新宿線における、現行ナビ、VICSより更に精緻な渋滞等交通情報頒布の実践配備状況の確認がその趣旨だが、ナビの更新含めた車載側の追加投資に見合うメリット如何というボトルネック以上に、前回、実証実験中のお台場で見たシステムと基本構造に著しい変革が見られなかったのは些か残念であった。高度成長期の夢再びには及ぶべく無かったとしても、厳しい国家財政のなかインフラ投資に目を開かせるにはより快適な生活への憧憬を刺激する要素が必須であり、自動車個々体の情報プローブ化といった壮大な未来への一理塚を、大風呂敷と言われても耳にしたいところだろう。
 勿論、実験から先行配備にワンステップ登ったのは確たる進歩に違いないが、自動運転技術も実用化は頓挫したままで宝の持ち腐れ状態だし、何となくETCという大スターが普及して隣のお兄さん化した後の、核なきITSの伸び悩みを体現している様で、道路族の末端に連なる者としては忸怩たる想いを隔せなかった。
 高速道路上という視察地柄、集合場所は消防大学校内を拝借したのだが、杉並の閑静な住宅地のど真ん中で日夜訓練に明け暮れている事実に驚いた以上に、間近に垣間見た放水・救出訓練には思わず魅了される訴求力があった。
 畢竟、薔薇色の明日よりは地道な、安全・安心に向けての投資を謳うならば、ビジュアルに留まらずこうした人間心理に直接訴え掛ける率直な解り易さが欲しいと纏めるのは、強引に過ぎるのだろうか。

7月24日(火) がんばろう紐育   -スポーツ - プロ野球-

 衝撃的な200安打デビューから「がんばろう神戸」の仰木オリックスの二連覇とともにあり、06年には全日本をWBC優勝に導いた様に、本来のイチロー選手はチームの勝利の原動力たる勝負師の側面をもまた有していた筈である。
 ところがオリックス末期からマリナーズに至る倹約方針のおかげで年々優勝争いで切磋琢磨するシーンも少なくなり、次第に打撃技術を追求するよく言えば求道者の道を歩まざるを得なくなった。
 しかも残念ながら本人もそれが自らの本分であるとその気になって仕舞ったか、或いは殻に閉じ籠る以外に手立てが無くなったのかも知れないが、恰も芸術家よろしくマスコミを煙に巻き、取材の権限を与えることにより子飼いのライターを操縦するが如く"孤高の人"振りが板に付いた感がある。
f732.jpg  今般、ヤンキースへの移籍により、個人の数字を犠牲にしても駒として勝利に尽くす道を選ぶのか、果た又常勝を宿命付けられた球団からのオファーを糧として率を至上命題とするスタイルを維持しながら一番打者のポジション回復を謀るのか、氏の真価が問われるのは真にこれからだろう。

 年中行事の会社のボウリング、今年はコマ劇場が更地になった歌舞伎町にて寂れたディスコ風情の中、第一ゲームは途中好調も詰めが甘く120に至らなかった。しかも投げるに連れ微妙な回転が増しスライスしたりフックしたり、ゴルフ同様飛距離ならぬ球速に欠けるためOBこそ無かったが、ワンピン逃しが増えていく。 ボウリングの残尿感をカラオケで唄い捲って解消していては世話なかろう。

7月23日(月) 忘れないで  -スポーツ - ゴルフ-

f731.jpg
ハイランドセンターのショートコース(02年)
 ゴルフ・チャンネル/ネットワーク三昧だったのはもう10年近く前なので、折角買って来た「世界ランキングTOPプレーヤーの真実」を見ても最早知らない人ばかりである。だからこそアーニー・エルス氏の10年振りの逆転全英オープン優勝は、今やシニア入りの方が近くなった同世代として、また嘗て長らく常打ち練習場として高井戸ハイランドセンターに今も「エルス氏指導打席」の立て看板の残る薄い御縁からも、非常に勇気付けられる感があった。
 恐らく今も一定の勢力を誇る南亜勢でも、ウエストハウゼンの名は轟いていても、01年にウッズ・デュバル組を抑えてエルスとともにワールドカップを制覇した同年のグーセンですら忘却されつつある中、往年のタイガーばりのチャージというよりは、先行するリーダー陣がスコアを落とす中、我慢のゴルフの結果とはベテランの味ではないか。
 今年こそ海の日とズレた全英だが少し夜更かしすればオンタイムで視聴出来るのは有難く、にも拘わらず丸っ切り見逃して仕舞ったのは悔いが残ったが。

 一概に規制緩和の悪癖とは言えまいが、道路に明るくないタクシーが大量に増殖したのは事実である。
 わざわざ永田町まで公共交通機関を用いないのは時間短縮とともに移動中を電話掛けに充てる思惑があるものの、水道橋方面からの抜け道や皇居の何方側を回るかの選択を求められる程度なら許容範囲だろう。
 ただ今日は、国会正面まで逐一案内し続け、なお会館までの経路を電話中の客に要求して霞ヶ関まで走り抜けて仕舞うとは、声を荒げざるを得なかった。
 流石に自力ゼロではタクシーの体を為していない。英国被れと言われても、少しはロンドン・タクシーの厳しい地理試験を見習うべきではないのか。

7月22日(日) ロシアン・フィーリング  -育児 - パパ育児日記。-

f728.jpg  ボリショイ・サーカスの名は共産・ソビエトの文化先進性の代名詞として礼賛されていた記憶もあるが、この歳にしてお初にお目に掛かるとは思わなかった。
 勿論、麗水でも散々見せ付けられた、祐旭が「体に紐を結び付けてるだけだから落ちたら死ぬよ」と物騒な解説をしていた現代舞踏風やジャグリングといった新たな要素もあったが、矢張り白眉は古式ゆかしい伝統芸能スタイルで、染之助・染太郎的なバランス芸やシーソーを用いてのジャンプ、空中ブランコ&トランポリンであったろう。
f727.jpg  些か冗長に感じたのは幕間のピエロ以上に、オーラスの象こそ絵にはなっていたものの、犬、猫に自転車にも乗らない熊、如何にも曲芸向きで無く猛獣使いの対象としてもインパクトに欠ける豹など、動物芸に依る所が大きかったろう。
f2.jpg  駅からの道すがらには子供達に「サーカスの人に動物を使わないように言おう」と大書したビラを押し付ける、動物愛護を標榜する団体が待ち構えていたが、子供を叱る際の定番台詞「サーカスに売るよ」も聞かれなくなって久しいし、サーカスが未だ著しく前近代的な動物待遇に留まっているとカンコすのも皮相的だろう。明らかに人間の方が芸達者には違いなく、商業サーカスに最早動物は不要という営利上の策略ならば大いに歓迎したいが。

 午後は父にとってはこちらが本命の特撮博物館展へ赴く。確かに円谷ヒーローのマスクやら歴代防衛隊の航空機やら貴重な展示ばかりだが、唯一撮影可能なミニチュア都市には人々が群れなして優雅に巨大フジ隊員を気取ることは能わなかった。
 「AKIRA」的な小難しい短編映像は如何にも特撮のための特撮で、返ってCGとの格差が明白になり、コストが著しく小さいとも思い難い特撮の限界も顕わだったろう。ただ逆に言えば語り継がれるべきわが国伝統技術のひとつとして、この博覧会が恒久展示たり得るべく差配を奮った庵野秀明氏には敬意を表したいし、仮初めとはいえ舞台となった現代美術館に相応しい展示だったのではないか。
次のページ

FC2Ad