コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

5月31日(木) コーチング  -スポーツ - プロ野球-

f637.jpg  巨人・楽天戦は好調巨人軍がすんなり勝利した。贅沢な話だが一日違いで見逃した昨日の完全試合崩れの如く緊迫感が無いと巨人戦も些か見飽きて来て、野球もそこそこに揚げ物、たこ焼き、餃子と食べ過ぎてお弁当まで到達しない体たらくだった。
 偶には乱打戦も見てみたいというのは、一昨年までの様にそれが続けば投手戦を求める、懐も痛めていない顧客の身勝手ではあるのだが。

 野球規則に依ればベースコーチに付いては「各チーム特に指定された二人に限られ」とあり、試合前に出場選手とともに二人のコーチを登録する形となっている。
 だから平野三塁コーチをクビにした中日が、更に試合中に渡辺・上田両コーチの三塁・一塁の布陣を交替させたのも、ドラゴンズの不名誉な伝統に基づく要素こそあれ、制度に則った措置に他ならない。
 勿論、僅か数日の「司令塔」体験で再び一塁に配転された渡辺コーチにしてみれば晒し者にも等しい扱いであり、ベンチに下ろして経験者たる高木監督自らが陣頭指揮を採った方がまだ温情が感じられたろう。制度的にも登録二コーチ以外に監督は何時でもベースコーチになれるとされており、現にオリックス時代の仰木監督がファン・サービスも兼ねて屡々自ら登壇したのも記憶に新しい。
 そもそも60年代は監督が三塁コーチャーを務める方が一般的で、水原巨人監督のブロックサインの耽美さが賞揚されたのは有名だが、時間短縮のためアウトになった選手が守備に就く迄に一塁ボックスに立つ光景も日常茶飯事だった。
 76年に現規則に改正されそれは不可能になったが、では果たして巨人軍第一次藤田政権において、試合の帰趨が明らかになると牧野三塁コーチがベンチで休んでいると批判されていたのは何だったのか。
実際牧野氏は膀胱癌を患っており、二年目以降はベンチに降り、二年後の退団から程なくして逝去する壮絶な晩年を送るのだが、既に復帰初年の81年においても試合途中から一塁の江藤コーチに三塁を託していた記憶がある。ただそうなると規則上は牧野コーチが一塁に回るか藤田監督が登壇しなければ成立せず、前者では体力温存に寄与しないし、後者はあり得ない。
 果たして錯覚、勘違いの類なのか。記録に乏しいベースコーチだけに真相は藪の中かも知れないが、厳密に登録の推移を探索してみたい気もする。

◇参考:「日本プロ野球 トレード・移籍大全」(筆者作)

5月30日(水) Mission Possible  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

f656.jpg  俄かに浮上した「スパイ疑惑」には今ひとつ釈然としない部分がある。対中輸出振興策そのものがTPPを筆頭とする米主導の世界貿易戦略へのアンチテーゼと見做すならば、古典的な東西対立の構図の一方に組みするのが社会党、弁護士出身で新潟選出の議員という絵柄は解り易い。
 とは言え不正に流出したとされるのが農産物輸出振興に関する重要機密と聞くと、嘗て日米の自動車交渉に際しCIAの関与が取り沙汰されたのに比して、スケールの小ささは否めない。
 勿論、当該事象の軽重に留まらず、国家としてスパイ防止法をはじめとする機密管理のシステム、或いはインフォメーションについての観念が乏しいという根源的な問題があり、だからこそ氷山の一角を契機に警鐘を鳴らす意図を決して針小棒大と片付けることは出来ない。
 ただ事の本質はより深遠な部分にあるのではないだろうか。戦後わが国は事実上、固有の外交戦略を有して来なかったとされる。それは前述の通り東西対立の構図の中で西側諸国の後塵を拝す選択―紛れも無く正解に違いなかったが―故だが、一方で資本主義・社会主義というイデオロギー対立を表層に構えつつ、実態は思想以前の観点から、特定の第三国と極めて密な関係を維持して来た層もまた存在したのではなかったか。
 即ち、今般のスパイ疑惑への糾弾は、農水副大臣がかく特定勢力に該当するか否かとストレートに結び付かずとも、そうした他国と相通ずる勢力への示威行動との側面を有していたのではなかろうか。
 単なる"保守反動"の一過性の政権攻撃と矮小化してはなるまい。

5月29日(火) オヤスミナサイ  -ライフ - 暮らし・生活-

 朝方会社に赴くと、皆口々に揺れで目覚めたと地震体験を語り合っている絵柄は昨今日常茶飯事になっている。恐らくは大震災以来、わが国が総じて地震に過敏となり、美しく言えば危機管理意識の賜物たろうが、昨日もそうであったにも拘わらず、今般も私は少しも関知することは無かった。
 学生時代からの「スイッチの切れた様に眠る」との評にあるが如く、眠りが深いのは健康的には違いない。ただ鼾が息子達に同衾を疎まれる程に激しく、それでも自分は決して目覚めないのだから、その体質を受け継いでいる祐旭ともども深夜に災害が発生しないことを祈るばかりである。
 一方、公資は鋭敏で、夜半目覚めると再びの導眠まで時間を要する妻に似たタイプだが、父とて微動だにしない訳ではなく、妻に依れば夜半猛獣襲来かと見紛う唸り声を上げるのも屡々という。確かに一瞬覚醒して何事かを発して再び眠りの途に着く光景がうっすら記憶にあるのも事実である。
 前任者によれば、秘書業とは自らにとっては分不相応の高位の人物と接点を持ち得るという点で有意義である反面、その日暮らしになりがちでじっくりモノを考える摂理が薄れるのは否めないという。
f655.jpg  或いは知らず知らずの内にストレスも溜まっているのかも知れない。それでもグースカ寝ているのだから世話ないのだが。

 「人種とスポーツ」という新書を読む。黒人は運動能力に優れているというステレオタイプの言説の是非そのものは必ずしも解明されていないが、これが「人種と知能」であったら書籍化すらタブーであったろう。
 取り分けわが国においてはスポーツの優劣には寛容かつ直裁な賞賛はあっても、勉学にはそれを良しとしない風潮が強く、文部省に至ってはその双方ともに否定的であるから、何等か出自との連関を提起すれば袋叩きだろう。 ただ少なくとも地域性と学力の相関くらいは明らかにして競争を促してもとの発想は容易に脳裏に浮かびそうだから、「第三極」に人気が集まるのも致し方無いのかも知れない。

5月27日(日) 筆の道  -政治・経済 - 税金-

f637.jpg  祐旭が硯の裏に水を入れて指弾されたと聞いてわが子ながら何と間抜けなと天を仰いだが、実物を拝見すると摩訶不思議、最近の硯は表裏両面仕様になっている。
 即ち裏側は硯池であり、かねがね書の技量向上を教育の旨とするならば何故に墨汁を用いずわざわざ時間を割いて墨をする段階から始めなければならないのか、その旧弊に疑念を抱いていただけに、合理化の可能性を拓く両面硯の採用は評価したい。
 それでも左利きの祐旭にはハンディは大きいし、書道家として名を為すか筆佼の職を求めるか、でなければ長じて閣議に臨んで花押でも認めない限り書道に秀でても現世利益は得られまい。
 わが国伝統文化の継承とその一端に触れる教育効果を否定する謂われはないが、少なくとも比較優位では実用性のある小筆を優先するなどもう少し実用性との両立を図れないものだろうか、と習字嫌いだった父は自問自答するのである。
f654.jpg  しかしながら偶々乗り合わせたバスに小学生の習字傑作撰が掲示されているのを発見し、その忌避感は改めざるを得なかった。そこには「納税」を筆頭に「公平」「申告」等、まさに財務省御用達の文字が連なっていたのである。確かにペン習字では映えないし、幼少の砌から納税意識の涵養を謀るには、「TRICK」の野際陽子氏ではないが言葉は言霊、書道は絶好の口実である。
 流石に幾ら時節柄でも「消費税」は無かったし、「財政再建」では恐らく旗降り役たる国税の域を超える。次はひとつ「納番制」は如何だろうか。サラリーマン家庭以外からは眉をひそめるかも知れないが。

 引越を前に車を購入したので車検を迎えたのも道理である。検査と代行費も決して安価とは言い難いが、仕事柄よく理解していても自動車税の納税証明を抱え、更に店頭で重量税も徴収されると重税感が漂う。
 だからと言って「自動車車諸税の簡素化」と一筆認める訳にも参るまいが。

5月26日(土) ピアニストになれない  -音楽 - ピアノ-

f637.jpg 子供の頃、エレクトーン教諭が初見で楽譜通りにいとも簡単に演奏する姿を見て、何れ自らも当然その技量が身に備わるのだろうと確信していたが、都合10年以上習い続けた結果は全く予想を違えるものだった。
 勿論それは未だヘ音記号は数えないと読めない楽譜読解力の欠如に起因するのだが、極めて自己肯定的に述べるならば、絶対音感とコード感覚に秀でたが故に楽譜よりも耳を起点に演奏するのが習い性になったからだとも言える。
 従ってアレンジにより原曲と異る音像となった楽譜には猛烈な忌避感を禁じ得ず、楽譜に忠実な演奏を強要されるのは不快極まりなかった。寧ろ耳馴染みの無い曲を楽譜だけ渡されたケースでは、演奏した結果を音で記憶しそれを頼りに指を動かしていたと言っていい。
 祐旭・公資のピアノ教諭も二人のソロ曲には強弱やスピード等盛んに注文を付け、傍らで待機していても辟易としたが、流石に四十過ぎの父には曲相に沿っていれば自由にという寛容な指導である。
 ただ昨年は少なくとも公資の「夢をかなえてドラえもん」には端から父のパート譜は存在しない、完全お任せ状態だったのに対し、今年は二人とも未聴の楽曲だけにハードルが高い。それでも公資の「狼なんか怖くない」の如くメロディとハーモニーのはっきりした楽曲なら一旦記憶が形成されれば応用が効くが、祐旭のそれは不協和音主体なのでそもそも耳に素直に焼き付かない。
 教諭氏は少々音符がズレても不協和音だからと鷹揚に構えて呉れるが、有り難くアバウトに弾いて本来必要とされるべき音が欠けていたら沽券に関わるではないか。
 ヤマハ音楽教室でオルガン二年を経てから、概ね半年ピアノ教室にも通わされた際の違和感は、この単純なコード感覚とそれを基盤とする自由度の欠如であったと今にして痛感しても致し方無いが、本番まで二週間、猛練習して指が勝手に動く域に到達するより道は無い。
 来年は再び曲選択から介在しよう。

5月23日(水) もっと光へ  -地域情報 - 東京23区-

f650.jpg  日曜日、NHKからの帰路は「文化人・芸能人の多彩な美術展」を拝見したが、絵画や書に全く造詣の深くない身の上には、寧ろ渋谷ヒカリエに見参したかったというのが本音である。
 学生時代の前半戦は渋谷が根城に近かったし、書店以外は伽藍としていた東急文化会館には、五島プラネタリウムこそ機会を得なかったが後年も妻と映画に赴いたものである。
 だから現代的なファッション・ビルに生まれ変わった姿には違和感よりもそこはかとなき喪失感の方が強かったが、会場の11階から渋谷駅を見下ろして、その想いは倍化せざるを得なかった。
 渋谷が擂り鉢状の文字通り「谷」であり、本邦初の地下鉄故に地表近くを走る銀座線が渋谷駅の三階に乗り入れていることはつとに有名である。トンネル断面を小さくするために架線を地面に引く第三軌条を採用し、バッテリーの蓄電不足のためポイント切り替え時に一瞬通電が切れ車内が真っ暗闇になったのも懐かしい記憶である。
f651.jpg  そのオレンジの初代銀座線車両を模した新生1000系を30分以上待って無事撮影出来たのは良かったが、よく見れば剥き出しの銀座線高架とヒカリエに直通する連絡路の間に、ガラス貼りの空中回廊とも言うべき嘗ての通路が未だその身を横たえているではないか。
 かの道は東急文化会館へと誘われるのみならず、急斜面に吸い込まれる様に地表へと繋がり、やがて東邦生命ビル方面への抜け道とも化していた筈である。
 ヒカリエの壁面出口から辺りを散策してみたが、溜まり場としていた、斜面を利用した地下なのかグラウンド・フロアなのか判然としない喫茶店「パティオ」を含め、どうやら再開発の途上に道路もろとも吸収された様に伺えた。
f649.jpg  回廊そのものもやがて取り壊されるだろうし、東横線渋谷駅の地下化と副都心線への直通が成立した暁には、山手、銀座両線渋谷駅と一体化した東急東横店は辛うじて維持されるのかも知れないが、近辺もまた装いを変えるのだろう。
 土地の高度利用を迫られる都市の宿命であり、高度成長期の夢を体現する憧憬された未来都市的な絵柄は寧ろ好みではあるが、矢張り一抹の寂寥は禁じ得ない。

 本日は中島飛行機由来の地を訪問した。と言っても武蔵野中央公園でもスバルビルでもなく、富士重工業大田製作所である。
 残念ながら鳥ではないので空から見ると飛行機の形をした社屋の全貌は拝めなかったが、知久平氏像が鎮座在し大蔵省かと見紛う様な重厚な応接室は歴史を感じさせるものだった。恐らくは必ずしも使い勝手が良いとは思い難いが、今も現役で活用している同社に敬意を表したい。

5月22日(火) 瀬戸は日暮れて  -地域情報 - 名古屋・愛知-

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2005年博覧会より
 俗に思春期とされる中学・高校生活を愛知県で過ごしながら、"地元"という観念の惹起されなかった私にとって名古屋市と程近いとはいえ瀬戸市に足を踏み入れたのは、2005年の愛・地球博第二会場が初めてだった筈である。
 だから国鉄民営化に伴い第三セクターとして開業した、公共交通機関に乏しい同県待望の愛知環状鉄道にて、ディスカバー愛知宜しく単線特有の上下線の向かい合わせを要する長旅を経て新瀬戸駅に降りたっても、恐らくはこの街も古式ゆかしい田園地帯とベッドタウンたる新興住宅地の混在のなか後者の比率の高まっていく、選挙地盤としては安定しない土地柄なのだろうという以上の感慨は抱かなかった。
 しかしながら帰路、わざわざ地下鉄駅までお送り戴く途上、その道が嘗ての滑走路跡であるとの解説の中に、地域を文字通りの「地盤」とする御仁にとって、街の記憶をもまた自らの身の一部として受け入れる心意気を伺った折には、わが国政治家のひとつの姿を見る想いにとらわれた。
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10/3と11年末のスカイツリー
 確かに自党に不利な選挙区を宛がわれる新人時代を皮切りに、善戦すれば勝利の見込み得る激戦区に、更には幹部となれば左団扇の楽勝区へと、出身地に関わりなく選挙区を転々とする英国型システムは、最初に選択した選挙区の特性により生涯選挙に苦労するか否かが左右されるわが国有り様に比べれば合理的であろう。
 だとしてもそれがわが国の歴史と伝統の為せる業ならば受容すべきという現実以上に、地域を愛することの出来る者だけが地域を代表することが出来るという確固たる意志に、甚だ卑小ではあっても私が都市変遷評論家を僭称する心情もまた同様の―迂遠であることを恐れずに述べれば「保守」の精神に繋がる―観念に根差したものではなかったかと、目を開かれる想いだった。

 本日、開業した東京スカイツリーもまた、嘗て業平橋という由緒正しい駅名を有し、貨物操車場として東武鉄道の利潤を担って来た土地の記憶を高度成長期の負の遺産と一概に廃することなく包含した上で、新たな歴史を築いていくのだと信じたい。 1003,112

5月21日(月) 貴い神が  -ニュース - 宇宙-

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 ビックカメラを訪れて太陽眼鏡が大量に並んでいるのを目にした時、正直な感想は時ならぬブームの背景は何かと訝しむものだった。
 それから数日、月曜日は学校に7時半集合と祐旭から聞いて漸く、小学生の一大イベント、金環日食の存在を知ったのだから、デビルマンにも遠く及ばぬわが身の地獄耳の衰えを嘆かずにはいられまい。しかも意識してみればドラえもんやしんちゃんは元より、老若男女を問わず世はこぞって日食一色ではないか。
 そこで遅ればせながら色眼鏡を入手し、人並みの手筈を整えて今朝を迎えたが、いざ蓋を開けると祐旭がわが家での観察を主張する。果たして友人達と円滑な小学校生活に及んでいるのか幾分の危惧は覚えたものの、公的には何等のオブリゲーションは存在せずとも暗黙のうちに7時半過出社を要請されている父にとっては、何れにしろ"遅刻"は必至であっても寝間着姿で太陽を拝めるのは僥倖に他ならない。
f645.jpg 本来、父のゴルフ・スイング場として誂われながら鯉のぼりの台座以外に活躍の場の無かったルーフ・バルコニーにとっても漸くの晴れ舞台が訪れ、祐旭が手交された眼鏡を学校に置き忘れたため、兄弟で仲良く一丁裏のそれを交換しつつ三日月ならぬ三日太陽から金還への移ろいを賞味する。
 傍らで悪戦苦闘しながら撮影を続けた父も試行錯誤の末漸く無事金の環を収めたが、レフ板経由とはいえ裸眼に等しく太陽を睨み続けたおかげで午前中は光彩が浮かんでは消える生活だった。
 祐旭が水金地火木土天海のフレーズのみならず冥王星が準惑星に格下げされた経緯もしっかり把握していたし、理系離れが嘆かれる昨今、若年層の宇宙への感心を高めるのに寄与したならば、帝都では173年振りという話題性も功を奏したろう。
 会社に着くともう太陽は満ち満ちていた。天の岩戸は無事開け放たれた様である。

5月20日(日) Eテレ0520  -育児 - パパ育児日記。-

f639.jpg  最近は朝が早いのでとんと御無沙汰だが、「Eテレ」の愛称も定着した教育テレビの子供向け番組は、相変わらず野村萬斎、小錦といった豪華面子の「日本語で遊ぼう」はじめアバンギャルドに意気盛んである。
 勿論、主たる対象は幼児に他ならないから、昨今は小学校低学年向けの「シャキーン」も人気の様だが、幾ら背恰好の割に嗜好の幼い祐旭であってもそろそろ卒業が近付いているのは間違いない。
f640.jpg  そこでこの期を逃したらとばかりに、昨年10月にリニューアルされたNHKスタジオパークを再訪した。一見して著しい変革は見受けられないが、先ずは「おかあさんと一緒のキャラクター・ショー、応時は公資の誕生から間もなく、三歳児の祐旭は大スターたるワンワンの迫力に圧倒されていたが、こちらもリニューアルされたか今般はむて吉の登壇、流石に二人とも応分の反応である。
 ただ外来団体客と遭遇したため後回しにした一階へと下ると、嘗ても存在したアニメのアテレコが簡易版になった替わりに三機へと増殖したのみならず、ここにもキッザニア擬きの体験施設が登場しているではないか。
 ビデオ編集は散々Adobe PremiereやUlead Video Studioと格闘した父としては子供騙し以外の何物でもなかったが、白眉はニュース・スタジオだろう。キッザニアのTV局も現在のテレ東主催の「ピラメキーノ」に落ち着く前、フジのニュース製作時代があったやに伺うが、キャスター、リポーター、お天気、カメラマンに分かれてリピーターのニーズを叶えるところも同じ趣向である。
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 結果「ピラメキ」ディレクターで大活躍した祐旭は出演者たる気象予報士に、解答者だった公資は顔出しを控えカメラマンに転身。念入りなリハーサルのあったキッザニアに比べれば形だけとはいえ、リニューアルの効用を満喫したのだった。
 ただ祐旭が「映像は貰えないんですか」と問い掛け、敢えなく討ち死にしてショックを受けていたが、確かに本人はブルーバックの自らしか視界に入らないし、客席からの動画撮影も不可なので、責めてプレイバックくらい見たくなるのは道理だろう。
 イベント会場は如何にも急場造りだったし、矢鱈とスタッフが溢れているのも皆様の国営放送的ではあったが、リニューアルの途上なのだと好意的に受け止めておきたい。責めてビデオ編集は版権フリー映像でなく、豊富な過去アーカイブの活用を図って貰いたいものである。
 更なる公益法人改革を期待したい。

5月17日(木) お堀端  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

f637.jpg  御厨貴氏門下生の研究成果たる「政治主導の教訓 政権交代は何をもたらしたのか」第12章において高橋洋氏が述べている様に、わが国における業界団体とは、業界の振興を図る研究・親睦機関であると同時に、当該業界の振興を通じて日本経済の発展に資するべく広く政官への理解活動を展開するという点で米国におけるシンクタンクと同様の機能を有し、政治的多元主義のアリーナの一角を占めている。
 勿論、米シンクタンクが政策要望の背景に選挙支援、政治寄付というバーゲニング・パワーを有しているのに対し、わが国業界団体もまた嘗てはそれに比類なき交渉力を戴き、現在もその残滓に預かっているとはいえ、相対的にその源泉を失いつつあるのは良くも悪くも事実だろう。
 また日本経団連はじめ「経済団体」の要望が法人減税といったオール財界の一致するマターに限られざるを得ないのに対し、個々の業界団体は自業界の振興策に専念し得る分機動性はあるものの、その範疇においてもまた個社間の利害が相反する事態も少なくない。
 だからこそ企業は業界主要企業の持ち回りとなる団体会長職の該当期間のみ政治担当を増員するケースもまま見られるが、逆に言えば業界団体とは俗に「会長会社」と称される会長職輪番企業の個別活動を、より業界という形で公的色合いを持たせるためのスクリーニング機関であるとも言える。
 この点からもシンクタンクとの近似性が伺えるが、最大の相違は米国には「政治担当」を独立の生業としたロビイストなる職業が存在するのに対し、わが国におけるそれは著しく専門性が強いにも拘わらず、一介のサラリーマンが務めていることだろう。
 それはわが国雇用慣行に鑑みる限り妥当な措置には違いないが、業法による企業行動の制約の大きい規制業種のそれが、時には当該企業の死命を制することから企業において高い地位が与えられているのに対し、製造業就く国際性豊かな産業においては、対象が本国という事業環境に比して狭い範囲に限られることからも相対的に"黒子"の身の上を超える者たり得ないと言っても過言ではない。
 本日、お堀端パレスホテルの柿落としとともに、当該ホテルを常打ち会場として来た団体もまた新しい門出を迎える。
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